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荒野の空に響く金槌の音

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荒野の空に響く金槌の音

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■ 荒野の空に響く金槌の音【6】 ■



「こっちの壁は全部張り替えなんだって」
「それで増築という話しなのですわね」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は貰った設計図を高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)と共に覗き込んだ。
 機晶兵が黙々と脆くなった基礎の土を掘り返して補強し、ついでと壁を剥がし剥き出しになった柱に斜め梁を渡して壁の施工を完了させていく。
 そのついでのついでに一階部分の端に増築という形でトイレを増設できる様だ。先の話し合いで出していた要望が通りネージュは、心配事がひとつ減って安心というものである。
 前に一度孤児院に来た日に、頻尿体質ですぐにお手洗いを借りる事になったネージュはその時から建屋から離れたトイレが気になっていた。
 自分が使わせてもらったのは昼だったが、ここで日々を暮らしている子供達は無論夜間の使用もあったはずだ。ただでさえ夜のトイレは子供の視線からしたら怖いのに屋外にあるなんて、と安心して用も足せない状況に他人ごととは言え、ネージュは心配していた。
 増してこの院は女の子が多い。女の子は特に危険がいっぱいだ。
「でね、水穂さん、どんな感じにする?」
「そうですわね」
 内装と設備は絶対愛らしくしてくれると信じている水穂に期待するネージュは、カタログ本に挟んだプリントを数枚引き抜く。
「トイレは大きくしたいよね」
「ですわね。二軒分……つまり同時に二人までしか使用できないのは不便ですものね。個室を増やして、今まで無かった男の子用のも設置するのが望ましいですわ」
 男女共用なのも年齢が低ければ問題無いだろうが、子供は成長するものだ。いつまでも一緒のを使用するというのは頂けない。
 ただ、まだ幼い子が多いので、便器はネージュ達の孤児院で使っていたものと同じ、子供向けの可愛いデザインのものを使用しようと決めていた。
 女の子用は切り株の形をしたものとか、きのこ型とか、全部同じにするか一個ずつ違うのにするのか、男の子用は丸太型とか、此処に来るギリギリまで考えていたのを思い出す。
 ただ小物とかは悩みに悩んでいるのだが、コンセプトは決めていた。
 木造の可愛いヤツ! である。何事も統一感が無ければいくら凝っても台無しだ。
 それぞれの設置場所を決めて一旦外に出た二人は、運んできてもらった便器の様子を見に行き、ひび割れ等が無いのを確認して戻ってくると、
「あれ、ここトイレになるの? 確かに外は不便だもんね」
 作業着に着替えてメインテーマを脳内に響かせて、さてどこを素敵にリフォームするかと気合充分なセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)に声を掛けられた。
 動き出したネージュと水穂にセレンフィリティは感心する。
「可愛いのにするんだよ」
「素敵にするのですわ」
「じゃぁ、お洒落なのも追加してねー」
 任せる相手がいるのなら任せるのが一番だ。女の子はトイレは気持ちよく使いたいものである。
「セレン持ってきたわ」
「ありがとう」
 設計書の写しを手に戻ってきたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)にセレンフィリティはそれを受け取る。
「んー、じゃぁ、壁とか基礎とかは考えなくていい感じ?」
 誰がどこを担当するか記入されているのを見てセレンフィリティは首を傾げる。
「とすると、手を加えるとしたらここと、ここと……ここね」
 先に自分で調べていた問題点を整理してから紙面に新たに施工計画を記入した。
「んじゃ、食事の前に思いきり働くとしましょうか」
 手始めに傷んでいたり不要と思えた部位の撤去から取り掛かる。
「虫に食べられて穴だらけ」
「こっちのは加工したら使えそうね」
 外に運び出した廃材を選別し再利用できないものを破棄分として、子供達や他の契約者達の邪魔にならない敷地の隅に片付けておいた。
 資材置き場から木材を受け取り、建屋に戻ったセレンフィリティは本番はこれからと、気合を入れ直す。
 大工道具一式が入った籠からセレアナと二人それぞれ道具を取り出すと、耐震等の対策を視野に入れた柱や梁の補強から始める。壁には断熱材をいれ室内環境の改善を。
「セレン、そっちの壁は今は塞がない方よ」
「そうだったわね、配線入れるんだっけ。廊下はこのままやっちゃって問題ない?」
「ええ」
 廊下や部屋の入口の段差をなくし子供が躓いたり転んだりしても怪我をしないようにする。
 骨組みから手を加えられ形になった部分から、設計図片手にセレアナはセレンフィリティの大雑把な性格を加味して彼女が終わらせた部分の見直しに目を細めた。
「こういう事をすると、教導団で歩兵科に行くか工兵科に行くか迷っていた時を思い出すわ」
 普段こそ理詰めではなく直感とそん場のノリでの行動が多いが、セレアナは理系や工学系には強かったりする。こういう機会に自分の脳力を活かせるのはむしろ爽快で楽しい。
 パートナーの見落とし等が無いか粗方確認したセレアナは仕上げの作業に取り掛かった。
 こういう最後の工程はセレアナの担当である。
 二人の役割分担ははっきりと分かれていてかつ能率が良いのは戦場も建築現場も変わらない。