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種もみ学院~配り愛

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種もみ学院~配り愛

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ファイル5


 ヒラニプラの工場の食堂で事情を話して置いてもらった弁天屋 菊(べんてんや・きく)は、ただで潜り込ませてもらうのは申し訳ないと言って、昼食の準備を手伝わせてもらうことにした。
 パラ実で弁当屋として知られている菊の腕に、食堂のおばちゃん達も感心した。
「そろそろお昼ね。菊ちゃん、あがっていいわよ。今日は助かったわ」
「役に立てたんなら嬉しいよ」
 この工場はそれなりに大きいため、食堂も広い。その厨房をぎりぎりの人数で回していた。
 チャイムが鳴って少しすると、従業員の集団がやって来た。
 目的のケビン・マツシマの顔がわからないが、その辺はルカルカ・ルー(るかるか・るー)がやってくれる。彼女もそろそろ来るはずだ。
 広い食堂のほとんどのテーブルが埋まった頃、ルカルカとダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が大きなダンボール箱を運んできた。
 入口付近にいた者達が気づき、ざわめく。
「バレンタインチョコの配達でーす♪」
「会社から?」
「ほとんどが個人よ。あなたのもあるかもね。お名前教えてくれる?」
 従業員が名前を教えると、ルカルカは彼宛てのチョコを見つけた。
「おおーっ! ……って、ねーちゃんじゃねぇか! アビーって子から来てない?」
 ルカルカとダリルで箱を確かめたが、彼へのチョコは姉からの一点だけだった。
「恋人? もしかしたら、直接くれるんじゃない?」
「それもそうか」
「よかったらお姉さんにお礼のメッセージを伝えるわよ」
「そ、それはちょっとこっぱずかしいなぁ。今度、姉を訪ねることにするよ。へへっ、ありがとな」
 彼は姉からのチョコを大事そうに抱えてテーブルへ行った。
 チョコレートも残り少なくなった時、ルカルカはケビン・マツシマはいるかと聞いた。
「ああ、そいつならほら、あそこだよ」
 たった今チョコを渡した従業員は、隅のほうのテーブルを指す。
 そこには一人で食事をする男性がいた。
 くすんだ金髪の細身の男だ。
 目の前の彼は少し驚いたような顔をした。
「まさか、奴にも来てるのか?」
「来てるのです」
「マジか。あいつにもそういう奴がいたんだな」
「どういう意味?」
「あいつ、いつも一人なんだ。協調性はあるんだけど、仲良くする気はないみたいでさ。気難しい顔して、何考えてんだかさっぱりだ」
「そうなの。ま、チョコがあるのは事実だし、行ってみるわ。ありがとう」
 残りのチョコはダリルに任せて、ルカルカはケビンのもとへ向かった。
 様子を見ていた菊もやって来る。
「あなたがケビンさん? チョコのお届けに参りました。ルカからの義理チョコだけど」
「……誰だ、あんた」
「んー、遠回しなのはやめよっか。あなた、パートナーにずっと会ってないんだってね。ルカ、縁があってあなたのパートナーと知り合いになったんだけど、会いたいって寂しがってたよ」
 ケビンは気まずそうに目をそらした。
 ルカルカは、ケビンがパートナーに会わないことに罪悪感を覚えているのだと感じ取り、少し安堵した。話し合いでの解決の余地があるからだ。
「会えないわけでもあるのかい?」
 目をそらしたままのケビンは、そのまま口を一文字に引き結んだ。話す気はないということか。
「何かわけがありそうだが、契約の泉のパートナーはずっとお前のことを待ってるんだぞ。ハチ公並に泣かせるじゃねぇか。そんな相棒を省みたことは一度もなかったのか?」
 菊の追及にも頑なな態度を崩さないケビンに、ルカルカが実力行使に出ようとした時だ。
 突然、食堂の入口が騒がしくなった。
 見ると、警察の一団がものものしい雰囲気でまっすぐこちらに向かってきていた。
 ケビンが舌打ちして立ち上がる。
 ルカルカと菊は身構えたが、その菊にケビンは懐の財布を握らせた。
「たいした金はねぇが、これでそのハチ公に詫びチョコを送ってくれ」
「どういうことだい?」
 ケビンは覚悟が決まったようで、にやりとして言った。
「この工場の製品の横流しがバレたようだ。よくある話で俺の故郷は貧乏でな、金を稼ぐために契約者になったんだ。けど、こんなことに何も知らねぇ奴を巻き込めないだろ」
 頼んだぜ、と言い残しケビンは警察に連行されていった。
「どうするこれ」
「詫びチョコなんて、買えるわけないじゃない。でも、このことは伝えなきゃね」
 気の重い役目を二人は負ってしまった。

 帰りは親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)が運転する出虎斗羅に四人で乗った。
 事の仔細を聞いた卑弥呼は、ため息を吐く。
「それでもさ、チョコ……まぁ、今回は財布だけど、渡せるならいいよ。あたいなんて、いつになったら董卓様にチョコを渡せるのか……。サンタさんの気持ちがわかった気がするよ」
「何でサンタさん?」
 菊の疑問にもため息しか返ってこない。
 渡せる、ということが卑弥呼にはうらやましくて仕方がないようだ。
「そういえばルカは婚約者や団長に贈ったのか?」
「うん。大丈夫だよ、ダリル」
「それならいいんだ。お前のことだから周りのことに走り回ってる間に忘れてるんじゃないかと……」
「心配だった?」
「たんぽぽ頭だからな」
「どういう意味かな!?」
「こらっ、首を絞めるな……っ」
「ちょっと、横で暴れないでよ!」
 助手席のダリルの首を後ろから締め上げるルカルカ。その腕をはがそうとするダリル。
 運転手の卑弥呼が危ないと騒ぐ。
 ルカルカの横に座っている菊は笑いながら傍観者に徹していた。
 やがて契約の泉に着いた彼女達は、待ちわびていたケビンのパートナーに事情を話した。
 シャンバラ人の彼女──ロズリーヌは、がっくりとうなだれた。
 かける言葉も見当たらずただ彼女を見守ることしかできずにいた時、端末をいじっていたダリルがアッと声をあげた。
「ケビン、逃走らしい」
 勢いよく顔をあげたロズリーヌがダリルを押しのけて画面を覗き込む。
「私、助けに行くわ!」
「一緒にお尋ね者になる気かい?」
 尋ねる菊に、ロズリーヌはためらいなく頷く。
「荒野に逃げ込めば何とかなるわ。見つけたら、今までの分も守ってみせるんだから」
「一途だねぇ。んじゃ、これ持っていきな。奴の財布だ」
 菊が渡したケビンの財布を握りしめ、ロズリーヌは泉から飛び出していった。
 途中で立ち止まって振り返る。
「今日までいろいろありがとう! いつかお礼に立ち寄るわ!」
 今度こそ振り返らずに走っていった。