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リアクション
第三章
オトシマエ
「はは……マジで?」
「咲耶さん! ペルセポネさん!」
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)と富永 佐那(とみなが・さな)は、機晶装甲を打ち破ったオークの攻撃力に戦慄する。
「まいったなぁ……ちょっとやばいじゃん、これ」
ミルディアが額の冷や汗を拭った。
「佐那さん、あたしがアイツの攻撃を受け止めて動きを一瞬止めるから、その隙にアイツを拘束できない?」
「え? たぶんできると思うけど……大丈夫なの?」
「ん〜、ペルセポネさんの機晶装甲ぶち破るくらいだしなぁ」
ぐ、とミルディアが両の拳を合わせた。
身体強化系スキル・龍鱗化。皮膚を龍の鱗のように硬質化させ、防御力を大幅に上昇させる。ペルセポネの機晶装甲にも劣らない、強固な防御性能を誇る。
「コイツで受け止めて、意識があるといいなあってところ」
避けるつもりはない。野生の魔物は攻撃を当てた相手がまだ動いていれば、追撃して仕留めようとするという。迂闊に避けて視界から外れれば、別の標的が狙われ、被害が拡大しかねない。すでに三人の戦闘不能者が出た。これ以上は増やしたくない。
「分かった。一発だけ我慢してね」
佐那は悩んだが、拘束するための一番の近道がそれ以外に思い浮かばず、納得した。
そしてミルディアはこれまでの戦闘の隙をついて研究室に飛び込んでいったパートナーを思い浮かべつつ、攻撃型オークの前に立った。
■■■
銃撃と剣戟の音が交差する研究室内。
煙幕が焚かれ、死角からのヒットアンドアウェイや狙撃を繰り返し、姿を捉えさせない刹那たちに翻弄されつつも、イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)が研究者を一人捕まえた。
「うりゃ!」
「はぶ!」
隠れ身で姿を隠しながら戦場を横切り、中和剤を持っていそうな研究者に狙いを定めて跳び蹴り。研究者は鼻血を吹いて倒れると、ポケットからビンが転がってきた。
「ぎゃあああ! いたたたた! やめ! ギブギブ! 離してくれ!」
同じく涼介もうつぶせに倒したリーダー格の研究者の背に跨り、エビぞりよろしく上体を思い切り引く関節技キャメルクラッチで絶賛お仕置き中の様子。
「チッ。所詮インドア。ノロマよの」
「おっと! あんたの相手はあたしよ!」
「……関節技ヲキメル男性ヲ狙イマス」
「そこね。やっと見つけたわ、狙撃手」
刹那をセレンフィリティが、イブをセレアナが捉えた。思わぬ攻撃に二人の護衛は驚き、二人から距離を置いた。
「離してくれ? きっとお前たちが実験に使ったオークたちも同じ気持ちだっただろうな。お、中和剤はこれだな。こいつは没収だ!」
涼介は研究者のポケットから転がった、何かの液体が入ったビンを取り上げると、イシュタンに手渡した。
「これを廊下にいるオークたちに飲ませて来てくれ。これで騒ぎが大分収まるはずだ」
「りょーかい! ミルディアが待ってるし、すぐに行ってくるね!」
イシュタンは隠れ身を再発動。刹那たちの攻撃を警戒しつつ、研究室を出て行った。
「も、もういいだろう? 離し……ぎゃす! さらに強く……な、なぜだ! 中和剤は手に入れただろう!」
「お前たちはやってはならないことをした。中和剤を渡せば許されると思うなよ! 次はフットチョークだ! 覚悟しろ!」
「ぐええええ!!」
非人道的な行いに激怒の涼介は、研究者の口から『もうこんなことはしません』と言わせるまで続いた。
■■■
ミルディアが、歯を食いしばる。
迫り来る剛腕。直撃を受ければ大ダメージは必至。スキルで強化しても、かなりのダメージが貫通するだろう。
「ぐぅ!」
両腕でガードしたのに、身体全体に響く衝撃。身体中の骨が軋む。
その衝撃に押されて後方へと弾き飛ばされるも、両足を床で踏ん張り、二メートルほどで止まると、崩れ落ちて両膝をついた。
そして、攻撃後の隙を狙って佐那がオークの死角に回る。低空ドロップキックを足に叩き込むと、突然の衝撃にオークがよろめいた。
「倒れろ!」
予想以上に物理耐性が低いのか、次の一撃でオークは転倒。そのまま佐那はオークにヒールホールドを掛けた。野太い足は関節技が掛けにくいものの、物理耐性の低いオーク相手には強い力は必要なく、思い切り極めると苦悶の悲鳴が響いた。
「お待たせ! お薬到着!」
と、タイミング良くミルディアのパートナー、イシュタンが研究室から帰還。その両手には中和剤の入ったビンが一本ずつ握られていた
「おい魔物、そのままお口を大きく開けといてね!」
苦悶の声を上げるオークに近づき、ビンの蓋を開け、そのまま口の中に半分ほど流し込む。
がらがらがら、と苦痛に呻くオークが中和剤をうがいしていたが、やがて飲み込んだ。
「ぷぎゃ!?」
と、オークの身体中から薄い煙が出てきた。そしてオークの体がみるみる縮んでいく。
「お、おお! 効いてるみたいだね!」
ホールドしている佐那もその効き目を見て、技の手を緩めた。
「よーし、ちょっと回りくどかったような気がするけど、このまま他のオークも元に戻すよ!」
そしてイシュタンは舞花が眠らせた防御力特化タイプ、気絶したハデスたち三人にちょっかいを出している軟体変化タイプのオークにも薬を無理矢理飲ませて回った。
■■■
廊下が静かになっていくのを感じて、研究室内の契約者たちは少しの安堵を、護衛の刹那たちは潮時を感じた。
「さて、もう少し遊びたかったところじゃが……そろそろ退き時かの」
刹那がそういうと、煙幕ファンデーションの効果が消えていく。
すると、契約者たちは気付いた。
「あーーー!」
セレンフィリティが叫ぶ。
なんと、いつの間にか室内には刹那と、涼介がシメている研究者とイシュタンが蹴り倒した研究者以外、犯人グループがいなくなっていた。
「わらわたちの目的は研究者と研究資料の確保と護衛じゃ。そちらを全滅させることではない」
とん、と身軽に刹那は跳躍。セレンフィリティが破壊したドアの上に足を置くと、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
逃がすか。涼介たちは刹那を捕らえるべく突撃。
しかし、刹那がスキル・毒虫の群れ、しびれ粉、そして煙幕ファンデーションを再度使用。
「息は止めたほうがよいぞ。意外と効くからのう」
煙幕の中に細かい劇薬を混ぜられ、契約者たちは足を止めた。
研究データはすでにファンドラが確保、他の研究者たちもイブが護衛して、今頃ここからは見えないところまで逃げているはずだ。
「では、さらばじゃ!」
刹那は身軽に研究室から脱出すると、誰にも追いつかれることなく学校から離脱した。
「くっ……五人のうち二人しか確保できなかったか」
涼介は床でノビている二人の研究者を憎々しげに見下ろした。
刹那、イブ、ファンドラの介入により、研究者三人と研究データが外へと持ち出された。
■■■
「…………?」
オークたちは、自分の体を眺めまわしている。
もとに戻っている。なんだかさっきまで、自分の身体がまったく別物に変わっていたような気がする。攻撃型に強化されたオークはハデスによる追加ドーピングをされたため少々筋肉が発達しているようだが、ほとんど元通りだった。それと同時、契約者たちは一斉に剣を引き、傷つけてしまった部分は治療し、と敵対の意思を完全になくした。
「???」
今ひとつオークたちは理解していないようだが、ふと、窓の外を見た。
遠くの方に、たくさんのオークたちが見える。
さらわれたオークを取り返しに来た、彼らの仲間たちのようだ。
このオークたちを、外に連れて行こう。そう誰かが言った。
かくして、科学の進歩のためにいいように利用されたオークたちは、忌々しい実験室から離れ、眠らされたオークは他の二体が一緒に担いで、外へとそっと連れ出された。