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リアクション
「楽しそうですねー、美味しそうな匂いがあちこちからします」
千返 ナオ(ちがえ・なお)はあちこちから漂う美味しそうな匂いと熱気溢れる賑やかな空気に胸を躍らせ、目を輝かせていた。
「祭りだからな。祭りは人を陽気にさせる」
ナオの服のフードの中にいるノーン・ノート(のーん・のーと)は客観的に行き交う人々を観察していた。
「ナオ、食べたい物があるなら買っていくか」
見かねた千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が祭りの熱気に飲み込まれているナオに言った。
「はい。何か買ってみんなで食べましょう」
「外で食べるのは美味しいと言う。特に祭りは……」
嬉しそうな顔をするナオだけでなくノートもしっかり祭りの空気を味わい、食べる気満々であった。発した言葉は至極一般的な考察みたいなものであったが。
二人は付近のかき氷を売る店やお好み焼きなど鉄板物を販売する店に向かった。
「二人じゃ、持ちきれないだろうから私達も行こうか」
エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)はあれこれ注文するナオ達の様子に口元を優しく緩めた後、隣のかつみに言った。人数分となるとかなりの量となるので。
「そうだな。ナオ、俺は……」
かつみはうなずき、かき氷注文中のナオ達の元に行った。自分が食べたい味を伝えるためにも。
「私も」
エドゥアルトも続いた。
四人はかき氷やお好み焼きに焼きそばなどを購入し、仲良く食べ歩きながら笹が立ち並ぶ浜辺に向かった。
「先生の言う通りお祭りの中で食べるのは特別に美味しい感じがします」
「そうだろ。しかもみんなと一緒だとさらに美味しい」
ナオとノーンは美味しいそうに購入した物を食べながら歩いていた。
「そうだな。ナオ達の言う通りだ」
かつみも購入した物を頬張った。
「すっかり祭りの空気にやられたね」
エドゥアルトも購入を頬張りつつ楽しそうな仲間の姿に言葉を洩らした。
すっかり祭りに溶け込んだかつみ達が笹が立ち並ぶ浜辺に着く頃には、購入した飲食物は全て平らげていた。
笹が立ち並ぶ浜辺。
「七夕だけあってあちこちに笹が立っているな」
「どの笹も飾りや願い事でいっぱいだね」
かつみとエドゥアルトは浜辺のあちこちに立つお洒落になった笹に視線を巡らせた。
その間、
「ナオ、折角だから何か短冊に願い事を書いたらどうだ?」
「先生 名案です!」
ノーンが何事かを耳打ちするとナオは楽しそうに笑い、浜辺の笹を眺めているかつみ達の元に駆け寄るなり
「あの、みんなで短冊に願い事を書きませんか?」
ノーンの提案をワクワクしながら言った。
すると
「そうだな。折角の七夕だしな」
「いいね」
かつみもエドゥアルトも賛成を示した。
早速、かつみ達は短冊を手に願い事を書き込む作業を始めた。
願い事書き込み作業中。
「……願い事は……」
ナオは短冊を手にするなりさらさらと書き上げた。
「ナオ、書けたか」
あまりにも早いナオに訊ねるノーンに
「はい、先生。どうですか?」
ナオは上手く書けたと誇らしげにノーンに見せた。
「あぁ、きっと叶うさ(やはり、家族が見つかりますように、か)」
予想通りの願い事にノーンは心底叶う事を願う。現在ナオの家族は行方不明なのだ。ナオが必死になるのは人の精神や記憶や感情と食の結び付きに着目した魔法セラピスト達によって開発された飲食施設にて自分の一歳の誕生日を祝うケーキと出会い、温かくなる味に愛してくれたかもしれない家族の存在を知り自分を捨てた訳じゃないかもしれないと分かったから。
その時、
「もう、書けたのか?」
かつみが声を掛けた。
「はい。俺の願いはやっぱりこれです。かつみさんは書かないんですか?」
ナオは笑顔で短冊を見せるなり何も書いていない様子のかつみに小首を傾げた。
「折角の七夕だ。何か書いたらどうだ?」
ノーンも折角だからと書くように進める。
それに対して
「願い事はあるよ。ナオの願い事を叶えたいっていう……ただ、願うんじゃなくて自分で叶えたいから……書くつもりはない」
かつみは僅かに口元を緩め、確固たる理由を語った。ナオを救出してから家族捜索をしても成果は芳しくなく捜索願が出されていないという事から嫌な予想がよぎったがナオの記憶にあったケーキを見て考えが変わった。ナオを祝福した事がある家族なら捜し出す価値はあると。
「かつみが叶えてくれるなら、ナオの短冊は笹じゃなくてかつみにつけたら?」
エドゥアルトが笑いながらちろりとかつみを見て提案した。
途端、
「俺に?」
かつみは思わず聞き返した。まさか笹代わりにされるとは思わなかったので。
「ふむ。それは名案だな。ナオ」
陽気なノーンも賛同するやいなや笑いながらナオを促した。
「……それじゃ、かつみさん。お願いします」
ナオは断りを入れてからそろりとかつみの小指に短冊を括り付けた。
「あぁ、叶えるよ。すぐじゃないかもしれないけど」
かつみはそっと短冊に触れながら約束をした。
二人のやり取りが一段落した所で
「さてと、私の短冊は……」
エドゥアルトは手にある真っ白の短冊に目を落とすなりさらりと願い事を書き記し
「これにするよ。少し願い事じゃないかもしれないけど」
仲間達に見せた。
「……家族捜しがんばれ、か」
かつみが書かれてある願い事を読み上げた。エドゥアルトが言うように願い事というよりは励ましに近かったり。
「これもかつみにつけておくね」
エドゥアルトはてきぱきとかつみに付けた。
優しい仲間達の様子に
「……みんな、俺のためにありがとうございます」
ナオは感謝滲む声音でぺこりと頭を下げた。別にナオの事は願わず自分達の事を願ったりだって出来るから。
「……礼はいらない。当然の事だしまだ見付けていない」
かつみはナオからの感謝に少しぎこちない様子で答えた。
「……でも」
ナオは顔を上げ、口ごもる。
そんな時、
「ほら、星が綺麗だよ。これだけ星があれば新しい星座が作れそうだよ」
エドゥアルトが空や海に広がる美しい星々を指し示し、場を和ませた。
「本当です。俺の家族もどこかでこの星空を見ているのでしょうか」
ナオは広がる幻想的な風景に飲み込まれ感動すると共にどこまでも続く空に思いを馳せた。
「そうかもれない。今日は七夕だ。もしかしたら、ナオと同じ願い事をしているかもしれない」
ノーンは時々吹く潮風にはためく短冊に視線を向けながら言った。
「……だったら嬉しいです」
ナオはそう頷き、食い入るように夜空いや夜空の先にいる家族を見ていた。
この後、かつみ達は何やかんやとお喋りをしながら夜明けを待った。
そして、とうとう夜明けが訪れた。
「……夜明けの海も綺麗だね」
ゆっくりと姿を現す太陽の光を浴びる静謐な海を眺めるエドゥアルト。
その横では
「……そうだけど」
どうしたものかと自分に付けられた短冊を見るかつみ。
「確か笹は明け方に海に流すんだろ。ほらほら、かつみ行ってこい」
ナオのフードの中にいるノーンが払い手で急かす。
「……まぁ、笹だし行って来るか。膝下ぐらいなら海の水も気持ちよさそうだし」
笹役のかつみは軽く苦笑を浮かべるなり、海に入るべくゆっくりと履き物を脱ぎ始めた。
その間、
「ナオ、こっちでフェイントをかけるから、かつみに飛びついてこい」
ノーンは、ちらちらとかつみの様子を盗み見しながらこそっとナオに良からぬ事を耳打ちする。
「先生?」
いきなりの耳打ちに小さな声で聞き返すナオ。
「なぁに夏だし海の水もきもちいいだろう」
にやりとするノーンにつられ
「それじゃ、横から俺が……」
ナオも可愛らしくにんまり笑ってノーンが持ち掛けた悪巧みに乗った。
「……(何か企んでるね)」
密かに好奇心旺盛なエドゥアルトは二人が何やら悪巧みをしていると知りながらも止めず微笑ましげに見守っていた。ただし、二人の邪魔をしないようかつみには黙っていたり。
かつみが履き物を脱ぎ終わり、海に少し近付いた所でノーンはナオのフードから飛び降り、なるべく聞こえるようにと派手な足音を立てる。ナオの動きを逸らすために。
「……早速……(ん、背後からあやしい足音が……)」
かつみは背後から聞こえる足音にはたと立ち止まり、振り向き、
「急かさなくともすぐに……」
ノーンの姿を確認した瞬間
「たぁ!!」
横からナオが勢いよく飛び付いてきて
「おわっ……何で横からナオが!?」
突然の襲撃に対応し切れずバランスを崩したかつみは
「あわぁぁ!?」
飛びついてきたナオもろとも海へ突っ込んだ。
「大丈夫か、ナオ?」
かつみは自分の身よりも先にナオの心配をした。場所は割と深くなく溺れる心配はなかったが。
「大丈夫です……先生!」
ナオはかつみに答えた後、浜辺にいるノーンに大成功だと合図を送った。
「うむ、成功だ」
ノーンも嬉しそうに合図を返した。
その二人の様子に
「……何が成功だ。全く、膝下どころか全身びしょ濡れだ」
かつみは呆れと文句を口にした。それでも怒り狂っている様子は無かった。
「……夏で良かったね」
エドゥアルトが楽しそうにクスリと笑う。
それを見た途端
「エドゥも知っていたのか」
かつみが堪らないとばかりにツッコミを入れると
「ナオ達の妨害をしては可哀想だから」
穏やかな笑みでエドゥアルトは答えた。
「……本当に……」
何も知らぬは嵌められた自分だけという状況にすっかり呆れるかつみ。
そんな時、
「かつみさん、短冊が」
ナオの驚く声が場の空気を振るわせる。
海に飛び込みすっかり濡れてしまった短冊は光の粒子に形を変え、ゆるりと空に昇っていた。
「あぁ、綺麗だな」
かつみもナオと同じく粒子が昇る先を見上げ、見送っていた。願いが届く先を。
「なかなか」
「幻想的だね」
ノーンとエドゥアルトもそれぞれ空に還る光の粒子を見送った。
この後、かつみとナオは無事に浜辺に戻った。何やかんやあったが四人で過ごした素敵な七夕の思い出としてそれぞれの胸に納まった。
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