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リアクション
約9〜10年後――2034年頃、秋
変わったものもあれば、変わらないものもある。
ヴァイシャリー郊外の高原。別荘から眼下に望む紅葉もまた毎年美しい景色で別荘の主と客人たちの目を楽しませてくれた。毎年同じ枝に同じように、同じ色の葉が付くことはなくとも、ほんの少しずつの変化と揺らぎを加えながらも、紅葉は毎年の気候に合わせてそれぞれの美しさを見せてくれる。
紅葉と同じように、別荘の主もまた変わらない姿でそこに立っていた。
白い肌に白いスーツ姿の方に乳白金の緩やかなウェーブのかかった髪を垂らし、長袖に白手袋――エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)。
紅葉の赤の中で、テラスに白い姿がよりくっきりと浮かび上がっている。それは燃えたつような山に建つ白い別荘と同じ印象を与えていた。
「……壮太君、こちらのサンドイッチは如何ですか?」
四十代になった彼だが、姿だけではなく、そのおっとりとした口調とふんわりとした雰囲気も相変わらずだった。
テラスに用意されたお茶の席。汚れ一つない純白のテーブルクロスの上で目を惹くのは中央の青いバラが一輪。銀の花瓶に活けられている。
花瓶の周囲には来客用の食器が並んでいる。皿も高級品らしく、色こそ白で統一されていたもののその形は繊細な曲線や優美な模様が付けられており、白は載せられた手作りの焼き菓子やケーキ、一口大のサンドイッチを引き立てていた。
一方で茶器には色があり、それぞれの持ち主を語らずとも示している。
「ありがとうな。美味いよ」
瀬島 壮太(せじま・そうた)はサーモンとクリームチーズのサンドイッチを口に運びながら答えた。
彼にもまた時は流れ、三十代前半になっていた。こちらも旧友に向けた態度は相変わらずだが、結婚したせいか落ち着きが増しているように思える。
そして……。
空いたカップにお茶のお代りを注ぎいれると、エメのパートナーである片倉 蒼(かたくら・そう)は席に着き、隣席のミミ・マリー(みみ・まりー)に自身のカップを少し持ち上げて笑顔を交わした。
「ミミさん、覚えてます? ほら、このカップ。以前にプレゼントで頂いた物ですよ。今も大事に使ってるんです」
ピンクの薔薇のつぼみが描かれたティーカップ。
「そのカップ、大切にしてくれてて嬉しいな」
ミミも手首を上げると、
「僕も蒼ちゃんからもらったこれいつも身に着けてるよ」
手首で陽光を微かに反射する天然石ビーズのブレスレットは、蒼とミミがお揃いで作ったものだった。煌めく黄金色のシトリンでできた、可愛らしい天使のチャームが揺れている。
「今日はずっと機嫌がいいんだよ」
壮太はミミを見てから、視線をエメに移して笑った。
「蒼もですよ」
エメも蒼を一瞥して笑顔で答える。
会うのは久しぶりではなく、頻繁にと言っていいほど共に遊んでいる。二人が仲が良いのはいつものことだが、今日は特別楽しそうに見える。何かいいことがあったのだろうか。
――今までにも、それを予感させる出来事はあった。
エメが薔薇の学舎に通っていたこともあってか、代々執事の家系のためか、以前の蒼は常に燕尾服を着ていた。元々の中世的な美しさにそれはよく似合っていたが、今では二十歳になり、身体はスレンダーながら女性と判る丸みを帯びていた。
水色のワンピースに白いヘッドドレスを付け、自分を僕と呼ぶこともなくなった。
ミミもまた、ボブカットの黒髪をショートにしており、体のラインを隠すゆったりとした服装を好んでいたが、華奢な身体にすらりとしたスラックスシャツを合わせていた。線が細く可愛らしい顔立ちのおかげか綺麗な雰囲気の男性になっていた。
「私ね……」
「うんうん」
離れていた少しの間の出来事も面白いことは漏らさないように話し合う二人を見つつ、地球人の二人が和んでいると、
「そうだ、僕アルバム持って来たんだよ」
ミミが深緑色のアルバムを広げる。蒼は自然に片方を開き、ミミはアルバムに添えてある蒼の手にそっと自分の手を重ねる。
「懐かしいね、この頃はまだ僕たち小さかったね」
「そうですね」
「ふふ……そうだ壮太君、こちらのアルバムもありますよ」
エメは部屋に取って返すと、白表紙の分厚いアルバムを持ってきた。
「真っ白なのによくタイトル分るな」
「その辺りは整理整頓と経験で」
開いて、中に行儀よく並んでいるパラミタに来てから今までの写真に、エメも懐かしそうに眼を細めた。
「ほら、この写真……初めての事件の写真ですよ。ゴブリン退治のために、何故かから揚げを揚げたんですよね。懐かしいですね……」
「そうそう、から揚げに使った肉は消費期限切れでな」
蒼空学園の酪農部で起こった事件で、ゴブリンがゆるスターの唐揚げが好物だとか聞いて、唐揚げを作ったんだった。その肉を学食から貰って来たのは壮太だった。エメは温度に拘って。……最後に飲んだ搾りたての牛乳の味、忘れていない。
「いろんな場所に行ったし、なんでか掃除もいっぱいしたよな」
「夏祭りにクリスマス、蟹を取りに行ったり本当にいろいろありましたね」
「なんか、あんたと行動するとなんでも面白いことばっかりだったな」
何でもないことを大騒ぎにしてしまうのは二人の、特にエメの得意技だった。大したことでもないことも楽しくて、今でも思い出せば思わず笑ってしまいそうで。懐かしくて。
二人で懐かしく思い出していると、壮太の携帯電話が鳴る。
「……っと、ちょっと電話だ。悪い」
出た相手は誰とも言わなかったが、エメたちには分かった。
無意識にだろうが、柔らかい表情になっていたからだ。
通話の間に蒼が全員分のお茶を淹れなおし、エメは黙ってお茶を楽しんで待った。
「……ん、分った。じゃあな」
電話を切ると、壮太は元の表情に戻る。
「悪かったな、ちょっと急ぎの確認があって。……ってなんだよエメ。その顔」
意味ありげなにこにこ顔のエメに壮太がムスッと言うが、ミミがエメに、楽しそうに。
「壮太って相変わらず新婚さんみたいなんだもん。ごちそうさまって感じだよね」
「お幸せそうですね、変わりなくて何よりですよ」
「そりゃまあ、なんだ……幸せだけどさ……しみじみ言うなよ恥ずかしいだろ」
壮太は照れた顔を誤魔化すようにお茶のカップを深く傾けて飲むと、カップを置いてから反撃に転じようとする。
「そういうエメはどうなんだよ。いい相手見つかったか?」
「私ですか? 別に身辺変わりありませんよ。
活花に囲まれながら、お茶やスイーツを楽しむ催しを主宰していてそれであちこち飛び回っているくらいでしょうか」
「そういう意味じゃねぇよ。変わりないって方を詳しく聞きたいんだけどな。
――ミミと片倉もだよ、おまえらこそどうなってんだよ。おまえらが落ち着かないとオレも気が気じゃねえっつーか」
壮太の心配事をよそに、ミミはにこっと笑って。
「え、僕たち? それは内緒だよねー」
ミミは示し合わせたように蒼と顔を見合わせて笑う。蒼はミミの言葉に擽ったそうな笑みをこぼして、
「内緒ですよ、ね? ミミさん」
人差し指を唇に当てる。持ちあげた右の手首にお揃いの天使のブレスレット。こちらは明るいオリーブ色のペリドット。
本当におまえら仲がいいな、と壮太は思いつつ。自分が結婚した後どうなるのかの方が気になるんだよとは言えず。
「でもね」
ミミがふっと真面目な、優しい表情に戻って、
「僕たちこのお茶会の後に、いろんなところを旅してみようって思ってるんだ」
「……あ? 旅に?」
意表を突かれて、壮太が次の言葉を継ぐまで一瞬間があった。
「そっか。おまえらが自分で決めたんならオレはなんも言うことねえよ。気をつけて行ってこいよな」
それは嬉しいような寂しいような表情。
壮太にとってミミはただのパートナーではなく、弟のような存在だった。
家族や友人らとはぐれ彷徨っていたところを契約して、何となく軽い気持ちで、それは保護したような形で――でも、コインロッカーベイビーだった壮太にとっては、自分で選んだ家族のようなものだったから。
「だから……壮太、安心していいよ」
「何だよ、急に。……ん」
壮太はちょっとこみ上げるものを感じながら、ミミの頭をポンポンと叩いた。
そうして、四人はしばらく会えないからとお茶会を最後まできっちり楽しんで。
荷物を持って、蒼とミミの二人は扉を開ける。
開いた扉を挟んで、二組のパートナーは別荘の入り口に立って向かい合う。
「じゃあね行ってくるよ、壮太」
「行ってきます」
ミミは優しくけれど力強く、安心させるように。
蒼はいい笑顔で、皆が後に想いを残さぬように。
それぞれ残る二人に告げる。
「……ああ、またな」
壮太は笑顔で応えてにやっと笑ってみせて。
エメは二人眩しそうに見守りながら、白い手を横に振る。
「行ってらっしゃい、旅を楽しんでくださいね」
そうして、二人はもう一度顔を見合わせて笑うと、紅葉舞い散る中を同じ歩幅で歩き出す。
二人の行く先には、青い青い空が広がっていた。
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