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リアクション
みんなに笑顔に
2025年1月。
タシガン空峡の近くの岬に、飛行船が停まった。
降りてきた乗客たちは、船着き場の店で、買い物をしたり食事をして。
休憩をしてから別の乗り物に乗り、次の目的地、あるいは自分の家へと帰っていく。
出店のベンチに座って、ジュースを飲んでいた千返 ナオ(ちがえ・なお)は、見るともなく人々を見ていた。
その表情はどこか暗く悲しげだった。
「ナオ、どうかしたか?」
土産を見ていた千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が戻り、ナオの隣に腰かけた。
2人は今日、この岬に遊びに来ていた。
「はい……」
ナオは真剣な表情で何かを考えている。
「ナオ?」
かつみは優しくナオの名を呼んだ。
こくりと頷いて、ナオは語りだす。
「さっき飛行船から降りた一行がいたんですけど、その中の一人が、持ってたんです……あの時の遺品」
あの時の遺品――。
それはタシガン空峡に現れた、ダークレッドホールの先の世界に存在したもの。
封印されていたその世界に向かった人々の多くが、命を落とした。
ナオはその世界で、身元の分からない人物の遺品や遺体をサイコメトリすることで、身元判明の為の協力をした。
その時の受けた衝撃と記憶は、今もナオの脳裏に焼き付いて残っている。
「一周忌って言ってました。多分身内の人と思います。
……サイコメトリでやっと身元が分かった人でした。
あの遺体を見たのなら、どんなに辛かったかなと思うと……」
かつみとしては、出来るなら消してあげたい記憶だった。純粋なナオには、辛すぎる記憶だから。
でもナオはその記憶に負けることなく、今は普通に生活が出来ている。
「……」
静かに、口を挟まずに、かつみはナオの話を聞くことにした。
「辛い思いの人を支えられる、できれば笑顔にできる人になりたい。
それで、それなら……それならカウンセラーなら俺と同じ境遇の人に優しくすることができるかなと思ったり、先日もボランティアにも参加してみたんですけど、俺まで凹んでしまったりして……」
ナオは今、カウンセラーになりたいと真剣に思っていた。
その話は聞いてはいるが――。
(ナオには向いていないと思う)
かつみにはそれが分かっていた。
(あの時、ノーンが言っていた……『相手を想う気持ちも大事だが、支える方がそれに溺れて動揺しては本末転倒だぞ』と。
ナオは相手を助けようとして、一緒に溺れてしまう気がする)
「俺はかつみさんに助けてもらえたけど、いつまでも甘える訳にもいかないし、かつみさんが安心して外へ出れるように、俺もしっかりしないと」
真剣な顔の真剣な目に、輝きを宿して、ナオはまっすぐかつみを見た。
(そうだ、俺だっていつまでも一緒にいられる訳じゃない。
現在学んでるカリキュラムによっては、しばらく家を出ないといけない事もある)
かつみはぎゅっと拳を握りしめた。
「ナオ、ちょっとまって」
「はい……?」
不思議そうな顔をするナオを置いて、先ほどの土産屋に走り、かつみはキーホルダーを一つ選んで、購入した。
(厳しいこともあえて言わないといけない……だけど、頑張ろうとするナオの気持ちも折りたくはない)
キーホルダーを手にナオのもとに戻ると、彼はまた人々を見るともなしに見ていた。
「観光に来たひとばかりじゃないんですよね。みんな、色々な思いを抱いてるんです。
辛そうな顔をしている人を、支えられたら、笑顔にしてあげられたら――」
呟くナオの前にかつみは立ち、買ってきたキーホルダーをぐっと握って思いを籠めた。
そして、ナオに差し出す。
「ナオ、カウンセラーは、正直……俺は向いてないと思う」
ナオは戸惑いの目をかつみに向けてきた。
「だけど、やりたいって思ってるんだろ?」
かつみのその言葉に、ナオはすぐに強く頷く。
「だったらナオが行けるところまでいけばいい。
もしかしたら、挫折するかもしれない。
でも、ナオが頑張って行動して、その結果出した答えだって信じてるから」
「かつみさん……」
「大丈夫、離れていても信じてる。キーホルダー見る度に思い出して欲しいから」
ナオはかつみからキーホルダーを受け取って、握りしめた。
「あ、でも、無理はするなよ! 何かあったらちゃんと言えよ!
そのときは絶対にナオの所へいくから」
「かつみさんは俺に何かあったら絶対きてくれると思ってます。
信じてるんじゃないんです、知ってるんです」
少し得意げな顔で、ナオは言う。
その表情は明るかった。
「だから、俺がんばれるんです」
「ああ、側にいない時も、俺はいつでもナオを見守っているから――がんばれ」
ぽん、とかつみはナオの頭に手を置いた。
ナオは、キーホルダーを握りしめたまま、こくんと頷く。
そして、2人で船着き場の方を見た。
飛行船が停まり、それぞれ、多様な表情で、人々が下りてくる。
(みんなに笑顔になってほしいんだ。そのために、がんばっていくんだ……)
(その気持ちを、いつまでももっていてほしい。どうにもならなくなった時には、すぐに飛んでいくからな)
ナオは自分に向けられているかつみの視線に気づいて、彼に目を向けた。
そして、2人は頷き合い、微笑み合った。