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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
●紅白歌合戦前、各地の様子
 
「……うわぁ、すっかり埃被ってる」
「けほ、けほけほっ! ねぇねぇリンス、これなぁに?」
 ヴァイシャリーからやや離れた、とある工房。そこで大掃除をしていたリンス・レイス(りんす・れいす)クロエ・レイス(くろえ・れいす)は、埃の積もった四角い箱のようなものを見つける。
「テレビ。映るかな」
 そう言いながら、リンスがテレビの埃を払い、電源を繋いでスイッチを入れる……が、テレビからはザーという音と、黒い砂嵐とでも表現すべきか、そんな映像しか映さなかった。
「うつらないわ!」
「そうだね」
「こわれてるの?」
「どうだろうね?」
 とす、とリンスがテレビに絶妙な角度でチョップを入れると、パッ、と映像が切り替わり、女性リポーターの声も聞こえてきた。
「はこのなかにひとがいるわ!」
「……あれ、どのチャンネルも同じ番組?」
 目をきらきらと輝かせてテレビに見入るクロエの横で、リンスがどこだろう、と考え事をしていると。
「リンぷー、おるかー?」
 工房の入り口から、ひょい、と日下部 社(くさかべ・やしろ)の頭が覗く。
「あ、やしろおにぃちゃん! いまね、『てれび』みてるのよ!」
 手を振って応えるクロエに社の視線が向き、そしてテレビに映し出された映像を見て、社の目がキュピーン、と光ったような気がした。
「居るよ、日下部。どうかした?」
 応対にやって来たリンスへ、社がここに来た目的を口にする。
「「リンぷー、ちょっと相談なんやけど、クロエちゃんを紅白に出してみんか?」
「紅白? なにそれ」
 恍ける風ではなく、本当に知らないといった様子のリンスとクロエに、社が紅白歌合戦について説明する――。
 
「……ってなとこやな」
 説明を終えた社が、どや? とリンスの意思を確認するように視線を向ける。
「へぇ……クロエ、行きたい?」
「たのしい?」
 今度はクロエが、社に視線を向ける。
「きっと楽しいやろなぁ。クロエちゃんの歌と笑顔で、皆に元気をあげられるんやで〜♪」
 その言葉を聞いて、ぱあっ、と笑顔になったクロエが、リンスにお願いするように迫る。
「じゃあわたし、やるわ! いい? ねえねえリンス、いってもいい?」
「どうぞ、気をつけてね」
「わーい!」
 クロエに微笑んだリンスが、しかし次には社に、有無を言わせない圧力を感じさせる表情で告げる。
「その代わり日下部。……クロエに何かあったら、怒るよ」
 だが、すぐにその表情は消え、代わりに微笑が浮かぶ。
「なんてね、冗談。日下部なら大丈夫だって思ってるから」
「一瞬ほんまビビったわ……リンぷー、なかなかやりよるな……。
 さてと! おとーさんからのお許しも得たし、クロエちゃんの支度出来たら行こか!」
「うん! ちょっとまっててね、すぐよういしてくるわ!」
 言って、クロエが走っていったと思ったら、支度を終えて戻ってくる。流石、【ろけっとだっしゅ!】の称号持ちである。
「いってきます!」
「はい、行ってらっしゃい」
 クロエと社を見送って、さて、と振り返ったリンスは、そこでようやく、今まで自分が何をしていたのかを思い出す。
「……そうだ、大掃除してたんだった」
 
●イルミンスール:校長室
 
「大ババ様、早くするですぅ。私もう待てませぇん」
『ええぃ、大人しく待っとらぬか。私は審査員として出るんじゃ、相応に威厳のある格好でないと示しがつかんじゃろ』
 支度に時間をかけるアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)を急かして、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が退屈そうに椅子の上でぷらぷらと足をぶらつかせる。そしてその様子を、大きめの鞄を肩にかけた神代 明日香(かみしろ・あすか)ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)が微笑ましげに見守る。
「よし、これでよいじゃろ」
 扉を開けて中に入ってきたアーデルハイトは、年代物と思しきローブと帽子を身に付け、儀式用の杖を手にしていた。
「……大ババ様が大ババの格好してますぅ」
「エリザベート、聞こえとるぞ。日本で年の移り変わりに響くという鐘の音の如く、108発のゲンコツを食らわせてやってもよいのじゃぞ?」
「エリザベートちゃんをイジめるのは、アーデルハイト様でもダメですよ〜」
「そうですよぅ〜」
 椅子からぴょん、と飛び降り、明日香の後ろに隠れるエリザベートを見て、何とかして一発はゲンコツを打とう、と心に誓うアーデルハイトであった。
「……おや、来客じゃな」
「あ、はい。私が出ますね」
 扉が叩かれる音を耳にして、ミーミルが応対に出る。
「失礼します。エリザベート校長はいらっしゃいますか?」
 扉の前には神野 永太(じんの・えいた)燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)の姿があった。
「校長、今日の紅白歌合戦に、ニーズヘッグを呼んでみてはいかがですか?」
 ミーミルに導かれて中に入ってきた永太が、エリザベートにここに来た目的を口にする。
「今日あの場に集まる各学園の生徒達は、シャンバラのより良い未来を願い走り続け、時には争うことも有りましたが、それでも皆が幸せな世界を生きれるようにと願い、努力し、一度も諦めず、そして現にこうしてまた一つとなり、新たな世界を築いた方々です。
 そんな方々の、悲喜交々の想いを耳にして、ニーズヘッグにも、何か感じてもらいたいのです」
「ニーズヘッグを呼んでおけば、万が一のことが有った場合でもエリザベート校長や皆を守ってもらうことが出来ますし、ザインが言っているように、イルミンスール以外の生徒達が集い、互いの想いを交し合うこの場で耳を傾けてもらえば、ニーズヘッグの心を豊かにすることが出来るかもしれない、良い機会だと思うんです。
 ……それにあれですよ、他の学園の校長、特に環菜さんの度肝を抜かせるチャンスじゃないですか。
 エリザベート校長はイルミンスールだけではなく、こんなに巨大な竜とも契約したんだって皆に知らしめて、驚かせてやりませんか?」
 ザイン、そして永太と続く言葉に、エリザベートとアーデルハイトは互いに顔を見合わせる。
「やれやれ、出かける前に仕事を増やしおって。ニーズヘッグに留守の間の番を頼もうと思っとったのじゃが、まぁよかろう。イルミンスールに何かあれば、エリザベートに声を飛ばしてくるじゃろ」
「うぅ、あの声ならもういりませんよぅ」
 アーデルハイトの言葉に、エリザベートが心底嫌そうに頭を振る。
「それでは……」
「ああ、おまえたちの好きにするがよい。どうせ、向こうで固唾を飲んで見守っとる者たちも概ねそんなところじゃろうしな」
 アーデルハイトの言葉に一行が扉の方を振り返ると、様子を見守っていたらしい五月葉 終夏(さつきば・おりが)セオドア・ファルメル(せおどあ・ふぁるめる)四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)立川 るる(たちかわ・るる)関谷 未憂(せきや・みゆう)リン・リーファ(りん・りーふぁ)プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が扉から中に入ってくる。
「超ババ先生、ありがとう! ……あ、でもスタジアム上空までの飛行許可が取れたところで、ニーズヘッグさんが怖かったらみんなをビックリさせちゃうよね。だから、ニーズヘッグさんの額や首にお正月飾りを付けておけばいいんじゃないかな?」
『……おい、今まで黙って聞いてやってたが、テメェらオレを何だと思ってやがる!? テメェらと契約してんのは確かだけどよぉ、オレの意思ってモンもあんだろうが』
 それまで黙っていたニーズヘッグが、我慢出来なくなったのか皆の頭に直接響く声で反論する。
「そうだね、ゴメン。ちゃんとニズちゃんに話をして、ニズちゃんにも納得してもらわないとだよね。
 ……ニズちゃん、歌合戦で私とセオと、一緒に歌おう!」
『…………おい。オレがあんま頭良くねぇのはオレ自身も分かってっけどよぉ、にしたってテメェの言葉はおかしくねぇか?』
「大丈夫さニズ君。歌は心! 例え音痴でも心がこもっていれば美しいさ」
『テメェも続くなよ!』
 吠えるニーズヘッグに、終夏がフッ、と表情を沈めて口を開く。
「……全てが上手く行ったわけではないけれど。でも、今のようになったそのきっかけをくれたのは、ラッ君達。
 ちゃんと言えなかった『ありがとう』を歌に込めて、ラッ君とフレスさんへ歌いたいんだ。……たとえ届かなくてもね」
『……チッ、そういうことかよ。ったく、んなこと聞いちまったら、無下に断れねぇじゃねぇか』
「あっ、終夏の言った通りだ。ニズ君、お世話になった人とか大事な人とかに面と向かって素直になれないタイプでしょ?」
『うるせぇ!』
 セオドアの言葉に、ケッ、と吐き捨てるようにニーズヘッグが声を発する。
「んー、結局歌合戦に参加することになったの? でもさ、竜のままだと上空を飛んでるならまだしも、ステージには立てないんじゃない? ねえニィ、あなた人間形態にはなれないの? 氷龍の子とかみたいに」
『言いたい放題言ってくれやがるな。……あぁ分かってる、出来ないなんて言わねぇよ、言わねぇからそんなにこっち見んな』
 唯乃の言葉を受けて、ニーズヘッグが再びあの言葉を言おうとしていたリンを牽制してから、やれやれとため息をつくように声を発する。
『ま、面倒事は起こしたくねぇしな。……おいエリザベート、ちょっと手ぇ貸せ』
「はぁ? なんですかもう。あなたたちぃ、本当にニーズヘッグの人間形態なんて見たいんですかぁ?」
 エリザベートの言葉に、契約者は面食らいつつも、期待するような眼差しを向けてくる。
「あなたたちも物好きですねぇ。分かりましたよぅ、私はどうすればいいですかぁ?」
『しばらくじっとしてくれりゃいい』
 それだけを言い残して、ニーズヘッグから声が途切れる。次の言葉を待っていた一行の下に、ふわり、とどこからともなく風が吹いた。
「……ほらよ、これで文句ねぇだろ」
 そして、一陣の風と共に、人の声を発したニーズヘッグが部屋の中に飛び込んでくる。すらりとした長身、褐色の肌、白から黒へグラデーションする、床につきそうなほど長い髪、整った顔立ちと引き締まった身体、そして……その存在を大いに主張する、二つの胸の膨らみ。
「って、本当に女性だったの!?」
 まさか女の子だったりしたら、なんてことを思っていた唯乃が、その予想が当たってしまったことに驚きの声をあげる。他の者たちも多かれ少なかれ、驚きの表情を浮かべているようであった。
「ま、ヴァズデルが男で、メイルーンが何だありゃ、男女? だったらオレは女だろと。
 なんか小せえヤツばかりだから、でっかくしてみたぜ」
「小さくて悪かったね! とりあえず、服を着た方がいいんじゃないかな!」
 何やら過剰に反応しながら、終夏が呟く。終夏でなくとも、多くの女性はニーズヘッグのその姿を見れば、少なからず湧き上がるものがある……かもしれない。反対に男性は喜びそうだが。
「あぁ、そうだったな。ったく、人間はいちいち服を着なくちゃなんねぇんだよな」
 呟いたニーズヘッグの全身が、『まるで服を着ているように』変化する。傍目には、ぴっちりとしたスーツを着ているように見えるだろうか。
「えー、これじゃニーズヘッグさんにお正月飾りを付けられないじゃない」
「テメェ、まだ言うのかよ! ……分かったよ、その時になったらやってやるよ」
「やったー!」
 泣き真似から一転、パッ、と笑顔を浮かべるるる。その後もニーズヘッグを囲んで賑やかな中、未憂は会場や各方面に根回しを続けるエリザベートとアーデルハイトの下へ向かう。
「少々、よろしいですか?」
「ん、なんじゃ?」
 振り向くアーデルハイト、そしてエリザベートへ、未憂が自らの行動を反省する言葉を告げる。
「……あの時は、放校処分も覚悟していました。ですが結果的に、東西は統一され、シャンバラは独立し、これといった処分もなく、私はここに居ます」
 未憂の言う『あの時』とは、数日前、アイシャの戴冠式を成立させるため旧シャンバラ宮殿に乗り込んだ西シャンバラの生徒たちと、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の下に自発的に向かう形で対峙したことを言っていた。既にその時、イルミンスールは西シャンバラに加わっていたことを鑑みれば、未憂の行動は裏切り行為とも取れた。
「もしかしたら離れなければならないかもしれない。
 ……そう思った時、改めて思いました。
 
 私は、イルミンスールが好きです。
 
 いつも勝手ばかりして、ご心配をおかけして、申し訳ありません。
 そして、ありがとうございます」
 言い終え、深々と頭を下げる未憂は、いつの間にかリンとプリムが両横に並び、未憂と同じように頭を下げているのに気付く。
「リン、プリム――っっ!」
 そこに、アーデルハイトが振り下ろした魔法のゲンコツが炸裂する。
「ま、三人で痛み分け、って所じゃな。
 ……シャンバラが東西に分かれたのは、私らにも責任がある。おまえたちがそのどちらについて戦ったとして、私らがそれを咎めることは出来ん。おまえたちがこうしてイルミンスールに戻って来てくれたのなら、私らは暖かく出迎えてやるだけじゃよ」
「……はい。ありがとうございます」
 もう一度頭を下げる未憂、そして、それを見ていた終夏が、ふふ、と笑顔を浮かべる。
「? どうしたの、終夏?」
「……なんでもない」
 首を傾げるセオドアに告げながら、自分もああして怒ってくれたことを思い出し、顔をニヤつかせる終夏であった。
 
 そして、一通りの準備を済ませた一行は、一旦竜の姿に戻ったニーズヘッグの背に乗って、会場である空京スタジアムへと向かっていくのであった――。