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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
「え……わ、私が作詞を……?」
 そうだ、と頷くラスティ・フィリクス(らすてぃ・ふぃりくす)に、有栖川 凪沙(ありすがわ・なぎさ)が戸惑いの表情を見せる。
「そ、そんなのやったことないよ? それに、ラスティとか紗月の方が歌、全然上手いし――」
「……凪沙と紗月のこと、全ては知らないが多少は分かってるつもりだよ」
 あくまでのんびりとした口調で紡がれるラスティの言葉に、凪沙は押し黙ってしまう。
 
 もうかなり前のことになるが、凪沙は椎堂 紗月(しどう・さつき)に自身の想いを告白している。
 その時はホレグスリのきっかけがあったとはいえ、抱いていた『好き』という想いは、彼女が紗月と出会った時から生まれていた、本当の想いだった。
 
 しかし、紗月の返事は「凪沙は俺にとってすごく大切な存在だけど……やっぱり『大切な妹』なんだ……」だった。
 
「……ありがと、大切に想ってくれてるだけで嬉しいよ。想いを諦めはできないけど……頑張るね」
 
 溢れそうな涙を堪えて、心を込めて紡いだ言葉。
(私は……あの言葉通りに、頑張れているのかな。
 ……ううん、まだ紗月のこと、諦めきれてないんだもん。想いはまだこの胸にある……だから私は、頑張れてる)
 思い出した凪沙の表情が、一瞬笑顔に変わって、けれど深みに沈む。
 
 頑張れば頑張るほど、胸の中の想いは忘れられないものになる。
 対象が離れ離れになればまた違ったかもしれないが、二人を分かつものは特別な手段以外では、今生の別れのみ。
 そんなのは絶対に出来ないし、させられない。
 
「凪沙のその思い、自分で掘り返し詩にしてそれを自分で歌うのは辛いかもしれんが……それだけに、人々の心にも届くと思うのだよ」
 投げかけられたラスティの言葉に、凪沙が胸に手を当て、確認するように呟く。
「……いい、のかな。紗月に迷惑かもしれないけど、私の想い、出しちゃって、いいのかな」
 
 想いが消えないのなら、想いを『出して』やればいい。
 風船のガスを抜くように、外に出して適度な大きさになった想いなら、また胸に仕舞っておける。
 また、頑張ることが出来る。
 
「って、わ、私が歌うの!?」
 ラスティの言葉を今更思い返し、再び戸惑いの表情を浮かべる凪沙に、ラスティがもちろん、と頷く。
「……い、嫌じゃないけど……私、歌苦手だよ……?」
「私にはない、“想いを込めた詩”を、凪沙なら歌えると思うのだ」
 ラスティの言葉が、渋っていた凪沙の背中をとん、と押す。
「……うん、分かった。
 これで、私も少し変われるかもだし……歌ってみる、よ」
 
 そして、歌合戦当日。
 無事に曲は完成し、控え室では出番を待つ間、凪沙とラスティが最後の歌合わせを行い、紗月はラスティから受け取った曲の確認を一人行っていた。
(……凪沙……)
 楽譜から視線を上げ、紗月が凪沙へと視線を向ける。歌合戦への出場が決まってから今日まで、紗月には凪沙が何か複雑そうな顔をしているところをしょっちゅう目の当たりにしていたが、直接聞くのは憚られたし、ラスティにそれとなく聞いてみてもはぐらかされ、理由は結局分からずじまいであった。
(ま、今日のステージが終わりゃ、分かんだろ。凪沙もラスティも今日のステージ張り切ってるみてぇだし、俺も演奏、頑張らないとな)
 紗月が踏ん切りをつけたところで、扉が叩かれ、スタッフがスタンバイの旨を告げる。
「そろそろ出番だ、行こうぜ、凪沙、ラスティ」
 紗月の言葉に、ラスティがああ、と頷いて応え、凪沙は緊張しているような、何を言っていいのか戸惑っているような表情を浮かべて、結局無言のまま、二人に続いて部屋を後にする――。
 
「さあ、次の曲に行きましょう。『シオン』、どうぞ!」
 エレンの紹介の後、照明が落とされ、暗がりの中、紗月がピアノの前に座り、スタンドマイクの前に立つ凪沙の斜め後ろにラスティが位置し、照明がもたらす開始の時を待つ。
 やがて、スポットライトが紗月を照らし、それを合図として紗月の指が、鍵盤を滑るように動く。
 
(届いて、私の歌……出てきて、私の想い……)
 胸に手を当て、凪沙が自身の想いを呼び出すように、声を響かせる。
 
 あなたと 出会えたことが
 私の幸福だなんて
 心を偽って生きるには
 まだ 幼すぎて
 
 心が 通じた仲と
 ずっと 一緒だと思って
 
 あなたに 向かうこの想い
 ずっと 気づかぬフリしてた
 
 それでも 永遠に一緒だと
 思って あなたの隣にいて
 だけどね あなたの目は前を向き
 私の姿はその瞳に映ることはない――

 
(この歌、もしかして……)
 ラスティのハモリを加えた凪沙の歌に、紗月は歌の内容が自分と凪沙のことを歌ったものだと気付く。
(…………)
 しかし、紗月はそれ以上考えるのを止めた。この曲を歌うことを決めたのは凪沙。だったら最後まで付き合うのが、パートナーとして、そして『大切な妹』として自分が果たすべきこと。
 紗月の指は変わらず、切ないメロディーを紡ぎ、やがて曲は2番へと移り行く。
 
 私は 今もあなたの
 隣に寄り添うけれど
 あなたの隣にいるのは
 もう 私だけではない
 
 あなたの 瞳に映りたくて
 ずっと 寄り添い歩いた
 
 わたしの 想いを抑え
 傷つけたくなかったのに
 
 抑えられなかった この想いが
 あなたの 心を苦しめるのに
 あなたは いつものように優しく
 私に触れるから頬を雫が伝う――

 
(はは……おかしいな、あの時は泣くのを我慢できたのに。
 今はもう……我慢できそうにないよ)
 
 凪沙の瞳から、涙が雫となって零れ落ちる。
 一滴零れた涙は、とどまることを知らず流れ落ちる。
 
 あなたに この手は届くのに
 心は 悲しいほど遠く
 「好きだよ」呟く声は掠れすぐに
 二人の間に溶けて消えてゆく――

 
 なんとか声を掠れさせずに歌い切った凪沙へ、温かく、そして優しげな拍手がもたらされる。
 
 涼司:10
 鋭峰:4
 コリマ:7
 アーデルハイト:10
 ハイナ:7
 静香:10
 
 合計:48
 
 控え室に戻って来た紗月が息を吐いたところで、背中に重みと温もりを感じる。無言のまま、凪沙が紗月の背中に顔を埋めていた。
「ふぅ、汗をかいてしまったな。私は少し、風に当たってこよう」
 自然な感じを装い、ラスティが部屋を後にし、後ろ手て扉を閉める。
 しばらくして聞こえてくる凪沙の嗚咽を耳にして、ラスティがその場を去っていく――。
 
 
「済みません、そろそろスタンバイの方お願いします」
 レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)ガルム アルハ(がるむ・あるは)が控える部屋に、ノックの音とスタッフの声が響く。
「それじゃ、行ってくるね! レイナちゃん、あたいの頼みごと、聞いてくれてありがと!」
 手を振りながら元気よく部屋を飛び出していくアルハを、レイナが小さく手を振って見送る。
 バタン、と音を立てて扉が閉められ、レイナは部屋の中で一人、これまでのことを思い返す。
 
「レイナちゃん、お願いっ!
 あたいの頼みごとを聞いて!」
 
 ――姐さんに、歌であたいの想いを伝える――
 普段はいたずらばかりするアルハが、その時ばかりは心を込めて頼み込んできたのを、レイナは断れるはずもなかった。
「……分かりました。ワタシに、任せてください……」
 
 そしてレイナは、紅白歌合戦への出場申し込みと、アルハが人前に出るための衣装を用意した。もちろん、アルハが想いを伝える相手であるウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)に、会場に来てもらうように告げておくのも忘れなかった。
 
(あとはあの子次第……アルハさん、頑張ってくださいね……)
 想いが伝わるといいと思いながら、レイナがそっとアルハを応援する――。
 
「よっ、と。ま、ここなら邪魔されずに見れるだろ」
 その頃、会場に姿を見せたウルフィオナが観覧場所に選んだのは、観客席ではなくその上、屋根になっている部分だった。巨大スクリーンや音響設備などもあり、その位置からでも十分に歌い手の姿や声を聞き取ることが出来た。
「しっかし、なんなんだろな。レイナに呼ばれてきてみたはいいけど……まさか、レイナが歌うつもりか?」
 口にして、さすがにそりゃねえなと自身の言葉を打ち消す。
「ま、これからのお楽しみってとこだな」
 ウルフィオナがそう口にしたところで、司会であるエレンが次の歌い手を紹介する。
「さあ、次はとても可愛らしい歌い手の登場です。早速歌っていただきましょう、どうぞ!」
 エレンの紹介通り、外見を引き立たせる可愛らしい衣装に身を包んだ少女に、観客が応援の歓声を送る。
「な……!」
 その中で一人、ウルフィオナだけはそのステージに立つ少女がアルハだと知って、驚きの表情を浮かべる。
 マイクを両手でしっかりと握って、アルハの歌が始まる――。
 
 揺れる尻尾を追いかける
 いつも前を歩く背中
 追いつきたいのに追いつけないよ
 ちかいのにとおい
 とおいのにちかい
 そんな感じでよくわからない
 
 今日は一緒にお昼寝するよ
 もふもふあったか気持ちいい
 お日様あなたもあったかい
 ちかくてあったかい
 とおくてもあったかい
 ぽかぽかあったか幸せ気分
 
 疲れて眠い帰り道
 おぶってもらって見えるお耳
 ピコピコ動く猫のお耳
 ちかくてたのしい
 とおくてさびしい
 いつか置いていかれちゃう?
 
 とおくてさびしくてでも追いつけないの
 いつもいつもちかくにいたいの
 あたいもいっぱいがんばるから
 そんなに遠くへ行かないで
 
 揺れる尻尾を追いかける
 今度はしっかり追いつけるように
 いつか絶対役に立つから
 それまで少し待っててね

 
 精一杯歌い終えたアルハへ、惜しみない拍手がもたらされる。
「……ったく、こういうことかよ。あーもう、なんて顔して会えばいいんだよ」
 頭をガシガシとやって、ウルフィオナが決して迷惑に思っていない困った顔をする。
 アルハを助けた時から彼女に慕われているのはウルフィオナ自身も分かっていたが、こうして改まって伝えられると、どうしていいか分からなかった。
「かといって、放っておくわけにもいかねぇよなあ……」
 なおもしばらく悩んだ後、うし、と覚悟を決めたウルフィオナが立ち上がり、アルハのところへ向かう――。
 
 涼司:8
 鋭峰:6
 コリマ:7
 アーデルハイト:9
 ハイナ:7
 静香:9
 
 合計:46
 
「……ここか。なんかこう、緊張しちまうぜ」
 スタッフに場所を教えてもらい、レイナとアルハがいるはずの控え室の前に立ったウルフィオナが、少しぎこちない動作で扉を叩き、呼びかける。
「あたしだ。……入っていいか?」
 どうぞ、と聞こえてきた声は、レイナのもの。
 入るぜ、と呟いて扉を開けると、椅子に座るレイナと、膝を枕に眠るアルハの姿が映った。
「って、寝てんのかよ。なんか拍子抜けしたぜ」
「はい……アルハさん、頑張りましたから……」
 レイナとウルフィオナに見つめられるアルハが、うぅん、と声を上げ、次いで寝言を口にする。
「姐さ〜ん、待って〜……すぅ、すぅ……」
 その言葉に、レイナとウルフィオナ、どちらからともなく笑みが漏れる。
「はいはい、あたしはここにいるぜ、っと」
 ウルフィオナがレイナからアルハを受け取り、背中におぶる。安心しきった表情のアルハは、おそらく夢の中でもウルフィオナに追い付き、甘えていることだろう。
「お疲れ、アルハ」
 アルハに優しい言葉を掛けるウルフィオナ、そんな二人をレイナが微笑ましく見守っていた。