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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
 『いつかかならずやってくる、
 この時を今、笑って迎えよう。
 怖がることはないんだから、そっと一歩を踏み出そう。
 
 あなたはとまどっているのだろう。
 知らない世界へ投げ出され、
 右も左もわからずに、何がおきたか解らずに。
 
 澄んだ青空に鳴り響く鐘は、あなたの旅立ちを告げる音。
 
 焔の衣と風の翼をまとったなら、あなたの体は高く高く舞い上がる。
 ああ、この空とひとつになる。
 ああ、なにも縛るものの無い世界。
 再び時が満ちるまで、瞳を閉じ、眠りにつく。
 
 願わくば、次もどうか平穏でありますように。
 願わくば、次もどうか幸せでありますように。』

 
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の紡ぐ歌は、彼女の故郷で歌われていた葬送の鎮魂歌。
(こんな華やかな舞台で葬送のレクイエムは、たしかにどうかなと思う。
 ……だけど、このハーモニーを感じて欲しい。
 悲しんで欲しいわけじゃない、怒って欲しいわけでも、嘆いて欲しいわけでもない。
 ただ、笑っていて欲しい。……私は、そう思うから)
 
 精霊船を見送った時に紡いだ歌の、あの時は省略したがそうでない歌が、ネージュの母国語で紡がれていく。
 
 『いつかかならずやってくる、
 この時が今、やってきた。
 新たなる物語を綴るための序章。
 
 見送る人よ、どうか忘れないで。
 この人との多くの記憶を。
 見送る人よ、どうか忘れないで。
 この人が生きていた証を。
 
 そしてかならずやってくる、
 この時を笑顔で迎えよう。
 広い空に別れを告げて、再び地上に降りたつ刻を。
 
 迎える人よ、どうかよろしく。
 この人の新たなる記憶を。
 迎える人よ、どうかよろしく。
 この人との新たなる絆を。
 
 願わくば、平穏でありますように。
 願わくば、幸せでありますように。
 願わくば……』

 
「……この歌を聴いていると、なんだか無性に寂しくなるのだ。どうしてかは分からないのだ」
 席に座り、ネージュの歌を聴いていたセレスティアーナが、アイシャと理子に小声で呟く。
「私たちは……いえ、このシャンバラに住まう方々は共通して、大切な一人の方を亡くしています。
 セレスティアーナさんもですよ」
「私もか? うーん……あっ! ……」
 アイシャに言われ、唸りながら考え込んだセレスティアーナが、答えに気付いて顔を上げ、しかしまた顔を下げる。
 入れ違うように、理子は顔を上げ、心を込めて歌うネージュを見つめる。
(今日が、『この時』……。
 ジークリンデ、来てるんでしょ?)
 
(この歌……どうしてだろう。
 安心出来るような、でも最後にポン、と背中を押すような、そんな気がする)
 理子の思いが届いたかは定かではないが、少女はホームに据えられたテレビが映し出す紅白歌合戦を、目で見、耳で聴き、心で感じていた。
「アムリアナさん……」
 彼女を見つめ、迎えに来た伊織が呟く。既に二度、三度と理子に会いに行ってくれるよう言葉をかけるものの、アムリアナは動こうとしなかった。
 後は、スタジアムから届く歌が、彼女の背中を押す力になってくれることを祈り、またその時に言葉をかけられるよう、控えているしかなかった。
 
 
 エレンの紹介を受けて、御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)がステージに上がる。
 一部に根強い人気を誇る『秋葉原四十八星華』の一華としての面を、しかしモノトーンの地味目な衣装とメイクは抑え込んでいた。
 代わりに浮かび上がるのは、契約者としての一面。
 
(シャンバラ建国は、スタートラインに過ぎない。
 今日という日のために死んでいった者の想い、忘れないで……!)
 千代が、自身の胸に去来する“想い”を、この場に集まった者へ、そして世界へ届けるべく、歌にする。
 
 『このパラミタの大地に宿願の建国を果たしたシャンバラ王国。
 ここに至るまで、私は多くのものを見てきました。
 
 テロに遭い破壊された村、逃げまどう人々。
 教導団本校を守る為、寺院勢力と戦い散っていった学生達。
 笑いながら虐殺を繰り返した者。
 何かを守る為に、命を懸けて必死で戦った者。
 
 死んでいった者達を、数で数えるのは簡単なことだけど。
 彼らの“命”、そして“想い”は決して数では語ることはできない。
 
 今日という記念日、私たち契約者は振り向かなくてはならない。
 散っていった者たちの“想い”を心に留める為、“想い”を背負う為。
 そして新たに、一歩を踏み出さなくてはならない。
 彼らの屍を乗り越え……。
 
 私たちの前には、更なる困難が待ち受けていることでしょう。
 再び多くの死に見えるかもしれません。
 そして次は私がその“屍”になるのかもしれません。
 
 死んでいった者たちの“想い”、いつまでも忘れないで下さい。
 双肩には幾百、幾千の“想い”が乗っているということを……』

 
 バラード調のメロディーに乗せ、千代がきっと自分にも見えない『想い』を歌という形にして送る。
 
「…………」
 
 歌い終えた千代の想いに最初に応えた(ように見える)のは、鋭峰だった。目を閉じ、黙祷するような姿勢を取る。
 自らの下に数万の兵を従え、自らの命令一つで何百、何千の兵を失うことさえある役職に就く彼が、想いを背負う、なんてのはおかしな話である。言い方は酷いが、いちいち一つ一つの想いを背負っていたら、命令なんて出来ない。
 だが、だからこそ、この場で鋭峰がその態度を取っている(ように見える)ことは、それを見ているものに(たとえ偽善だとしても)印象を与える。
 今日というイベントがシャンバラ中に放送されているとなれば、なおさらである。
「…………」
 鋭峰に追随するように、各学校の校長も同様の態度を取る。人数規模がパラ実を除いて最大の学校、そのトップにそのような態度を取られて後に続かないのは、例え自身の想いに反するとしても、デメリットが大き過ぎた。
「…………」
 そして、シャンバラの国家神であるアイシャもまた、彼らに続く。各学校の校長がどう考えているかはさておき、自分だけは、本当に数千数万あるであろう“想い”を背負うつもりで。
(アイシャ……その覚悟は立派かもしれないよ。
 だけどね……アイシャは気付いた方がいい。その想いは、一人で背負うべきものじゃない。
 あたしも、セレスティアーナも、ここにいるみんなも加わって、みんなで背負うべきものなんだって)
 同じように黙祷を捧げながら、理子はアイシャがそのことに気付いてくれることを祈るのであった――。
 
 
 教導団の生徒が、失った戦友を偲ぶ。多くの者は、それを特に違和感なく見ているだろう。
 しかし、彼の目にはまた違って見えている。
 
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が、自らの故郷、イギリスで年末に歌われる定番曲をステージで歌う。
 親が戦地へ赴いた子供を偲ぶ歌詞に、哀悼・追悼、郷愁を乗せて歌うクリストファー。
 
(……獅子小隊は、教導団の一部でしかない。獅子小隊への蟠りを、教導団全体に広げるのは筋違いだとは思う。
 だが、教導団の奴らがただ戦友を思い偲ぶことに、俺が蟠りを覚えるのは、正しいとは言わないまでも、認められると思いたい)
 
 教導団が、『自分たちは正当行為を行っている』という意識の下起こした行動で犠牲となった者たちは、詳細な数は分からないまでも、ゼロではないはずである。
 
 ――先程戦友のために歌を歌った教導団の彼は、そこまで対象に加えていただろうか。
 そうでないのなら、今後も彼らは同じ過ちを、正当行為という名の暴力を、自分たちの学校に仕掛けてくるのではないか――
 
(……俺は、自分に出来る事をやるだけだ)
 
 今は、この歌が『全ての』戦地へ赴いた子供とその親が対象となるよう、気持ちを乗せて歌うことを意識するばかりであった。
 
 クリストファーのパートナー、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)の歌うイギリスのもう一つの定番曲(スコットランドでは国歌に匹敵するとされている)が流れる中、四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は人間の姿になったニーズヘッグと観覧席で見物していた。
「今回は戦いとかじゃないから、ゆっくりできそうだね。まぁ、ある意味で戦いには違いないだろうけども」
 唯乃の頭の上から、霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)の声がする。
「日本じゃ、この曲が紅白歌合戦のラストだったわね」
「あ〜……オレにゃ全然分かんねぇな。なんて意味なんだ?」
「……そういえば、この曲の歌詞ってどんな意味なのかしらね」
 ニーズヘッグがそうするように、唯乃も首をかしげ、身体を振られたミネが唯乃の頭にしがみつく。日本語訳は独自性に富んでおり、原詞の大意は『旧友と昔を懐かしむ』歌のようである。
「日本では、紅白を見ながら年越し蕎麦を食べるんですよ。……というわけで、ニーズヘッグさんもいかがですか?」
「……って、いつの間に炬燵なんて用意してたのよ」
 背後から声が聞こえ、二人がそちらを振り向くと、関谷 未憂(せきや・みゆう)リン・リーファ(りん・りーふぁ)プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)が炬燵の四方のうちの二方で暖を取っていた。
「コタツぅ? なんだそれ、何をするモンなんだ?」
「えっとねー、ぬくぬくするの。入ってみれば分かるよー」
「……あったか……」
 訝しがるニーズヘッグに、仲良く場所を分け合うリンとプリムが誘いの言葉をかける。
「唯乃さんもいかがですか?」
「……そうね、せっかくだし、お邪魔しようかしら」
 唯乃が未憂の右手、リンとプリムと向かいに座り、残るは一辺。
「……なんだよテメェら、オレも入れってか。……ったく、なんなんだか……」
 渋々と足を入れるニーズヘッグ、その表情が段々と柔らかなものになっていく。
「あったかくて気持ちいいですよね?」
「……ま、まあ、季節が季節だしな? オレはテメェらと違って、着込んでねぇからな?」
 口ではそんなことを言いつつ、出ようとしない辺りが全てを物語っていた。
「で、この上に乗ってるのはなんだぁ? 見たことねぇ食いモンばっかだな」
 炬燵の上にはみかんを始め、年越し蕎麦、甘酒、オードブルやお汁粉などが載っていた。
「色々手配してくれたみたいです。後でおせちも届くみたいですよ。
 本当はどれもちゃんとした由来があるみたいですけど、私は、こうやって一緒に同じものを食べることに一番意味があるんじゃないかなって思います」
「うんうん、そうそう。お蕎麦おいしいねー」
「……おいしい」
「リン、ちゃんと聞いてるの? プリム、食事中は『ながら』はダメよ」
 いち早く口を付け始めたリン、紅白歌合戦を目をきらきらさせて見入るプリムを、未憂がお姉さんよろしく注意する――。