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シャンバラ独立記念紅白歌合戦

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シャンバラ独立記念紅白歌合戦
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リアクション

 
●白熱、紅白歌合戦
 
「お、始まった始まった。……へぇ、けっこー色んな人が出てるんだなあ」
 葦原明倫館、その学生寮の一室でアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が、コタツに入ってテレビ中継を見ていた。セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)はというと、台所で年越し蕎麦を用意しているらしく、微かに漂う柚子の香りが食欲を誘う。
「せっかくの機会じゃ、貴様も出場して歌えばよかったじゃろうに」
「こんな大勢の人の前で歌う度胸なんか俺にはないっつーの。こうやって少し離れた所からぼーっと見てるのが一番俺らしいぜ。
 ……てかこの流れ、前もやったような気がするぞ」
「そういえばそうじゃな。前は……夏じゃったか?」
 アキラの言葉に、ルシェイメアが頷く。同じ会場で行われた『ろくりんピック』、その聖火リレーの際も、明倫館ではなくイルミンスールの学生寮で同じように過ごしていたのを思い返す。
(あれから色々あったよなあ……)
 なんとなく、そんな気分に浸るのは、今日が今年最後の日だからだろうか。
 ぼんやりとテレビを見つめるアキラ、テレビの向こうでは最初の歌い手が司会の紹介を受けてステージに立とうとしていた――。
 
 紅組のトップバッターは、咲夜 由宇(さくや・ゆう)アレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)赤城 花音(あかぎ・かのん)リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)のバンド、『スノードロップ』。
 イベントの盛り上がりに加速をつける、重要な役割を担った彼らの出番が迫る――。
 
「はい、ではスタンバイの方お願いします」
 開場の挨拶を済ませたアイシャたちがステージを引き上げ、進行スタッフの飛ばす声に応えた花音が、自らと同じく純白のメイド服に身を包み、隣に立つ由宇に振り向く。
 気配を感じた由宇も顔を向け、二人の視線が交錯する。
「由宇さん。ボクがパラミタに来て、初めて一緒に演奏したのが由宇さんだったよね。
 あの時の出会いがあって、今がある。……だから、ありがとう!
 紅白の大舞台で、また一緒に音楽ができて嬉しいよ! これからも、マイペースで頑張ろうね!」
 最後に、楽曲の作成に2ヶ月も掛かるけど、と言ってあはは、と笑う花音に、由宇も言葉を返す。
「私も、花音さんがいて、とても心強いのですよぅ。
 花音さんに負けないように、私もがんばって歌って、聴いてくれる人を少しでも元気付けられたらよいとおもいますです」
 独りであれば「私なんかが……」となったかもしれない由宇が、今は楽しそうにステージに立とうとしていた。
「さあ、では行きましょうか」
 リュートの声に二人頷いて、そして一行はステージへと向かっていく――。
 
「紅組の最初を飾るのは、『戦場の希望』をテーマに疾走するロックナンバー、『デウス・エクス・マキナ』。
 ……それでは、歌っていただきましょう!」

 エレンの紹介があった後、照明の落とされたステージから、ギターソロの前奏が響く。
 
 デウス・エクス・マキナ、『機械仕掛けの神』と訳されるその言葉は、時に『どんでん返し』をもたらす存在を揶揄する意味で用いられることもある。
 一意的に見れば、あまりいい意味ではない。
 
 運命の歯車が動き出す 織り成す鼓動のスピリット
 蒼空を翔ける剣を手に 今 世界の創造に立ち向かう

 
 しかし、ベースに乗せて響く花音の歌声が、その言葉に別の意味を与える。
 混乱を極める世界に絶対的な力を持って現れ、誰もが諦めていた状況に解決を下す存在。
 戦場に希望をもたらす存在、という意味を。
 
 迷い戸惑い悲しみ 暗闇に堕ちないで
 自分の心に問い掛けて 答えの意味だけ闘いがある

 
 今度はギターが、花音の歌声をステージに満たしていく。
 見方によって、言葉は異なる表情を見せる。
 彼らのバンド名の元になった花『スノードロップ』にも、それは言えた。
 
 命の音色…生きる輝き解き放つ刻
 
 ギターとベースが合流し、手を取り合ってステージを駆け抜ける。
 スノードロップの花言葉は、人への贈り物にすると『あなたの死を望みます』という意味になる。
 どうひっくり返ってもいい意味ではない。
 
 僕らは目覚める フロンティアへ
 
 ドラムとハーモニーが加わり、音がステージから会場全体へと駆け出そうとする。
 しかし、花本来が持つ花言葉は、『希望、慰め、逆境のなかの希望』である。

 さあ 戦火の悪夢を断ち切ろう 過ちを撃ち抜く覚悟を胸に
 真っ直ぐな想い加速する 君の強さへ変わって行く
 夜明けの眩しい光が導く 流した涙が虹色に煌いて
 終末に奇跡が舞い降りる 灯した勇気……明日を掴み取るんだ

 
 全速力で駆け抜けていった音たち。
 それは歌を聴いた者たちに、希望をもたらしてくれたことだろう――。
 
(歌う方も歌を聴く方も元気になれる。まぁ、万々歳だとは思うね。実に無駄が無くて良いよ)
 彼らの歌を真上から聴きながら、アレンが頷いて心に呟く。
(……っと、そろそろ出番か。由宇に頼まれちゃったからな。天井が高くて良かったよ)
 小型飛空艇に乗ったアレンを遮るものは、空京スタジアムの天井まで他にない。そのことに安堵を覚えながら、アレンが手に持った色とりどりのリボンを空に撒き、あるいはチーム名にもなっている『紅』と『白』の文字を空に描いてみたりする。音楽が力を与えたのか、それらは見事に決まり、会場を盛り上げるのに一役買った。
(す、凄いのですよぅ。元気付けるつもりが、逆に元気をもらっちゃいそうなのですよ)
 背中の羽を羽ばたかせ、ステージ前方に立った由宇のギターソロが、最後まで曲を疾走感あるものに仕上げる。
「リスナーのみんな! ありがとう☆♪」
 弾ける汗をものともせず、花音が湧き起こる歓声に両手を振って応える。
 興奮冷めやらぬ中、6人の審査員による審査の結果が発表される。
 
 涼司:10
 鋭峰:7
 コリマ:8
 アーデルハイト:8
 ハイナ:9
 静香:6
 
 合計:48
 
 
「なかなかの高評価が出たようです。幸先の良いスタートを切れたことでしょう」
「なんのなんの、そちらがロックならこちらもロックで行きましょうか。
 ……白組トップバッター、『龍雷連隊』! 曲は『ロックサンダー』!」

 
 クロセルの紹介に続いて、スパンコールの施された軍服姿の松平 岩造(まつだいら・がんぞう)がマイクを持ち、会場の観客に挨拶の言葉を送る。

「どうもみんな、こんばんは。教導団龍雷連隊隊長の松平岩造だ!
 俺は今まで戦いに夢中で、それ以外は眼中になかったので、この紅白をきっかけにTTSや【M】シリウスや四十八星華みたいに、歌って踊れる軍人を目指していきたいです。
 ……じゃあこれから、ショーのはじまりだぜ!」
 
 戦闘集団である彼らが、剣や銃をマイクや楽器に持ち替えて歌い踊る。
 それは、長きに渡る戦乱が終わりを迎え、真の平和が訪れたことを意味している。
 
 トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)をドラム、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)をギター、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)をベース、ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)をキーボード、さらにフランツの指揮するバックバンドが布陣する中、先頭に立った岩造が戦闘開始を告げる号令を下すが如く、マイクを通じて己の声を響かせる。
 
 大空から舞い降りる雷 ThunderStrike!!
 
 直後、落雷を表現するようにステージの仕掛けが炸裂し、会場のボルテージを一気に引き上げる。
(先輩、期待してますよ。先輩は運動神経いいから、きっと最後まで上手く踊りきってくれますよね?)
 ドラムを叩きながらトマスが、事前に岩造には内緒で仕込んだ計画が発動する時を楽しみにしていた――。
 
 やってくる その雷は全世界を GoAlong
 やってくる いくぜ新しい年 みんなで掴み取ろうぜ!
 
 RockThunder!
 新しい年に向けてそれぞれの目標を目指してゆけ!
 
 RockThunder!
 新しい年は今以上頑張らないと!
 
 RockThunder!
 新しい年を目指してゆけ!

 
 岩造の熱い魂を引き継いで、フェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)が紅白のドレスを纏い、背中のリボンを跳ねさせながら声を響かせていく。
 マイクを手放した岩造は、日頃の戦闘で鍛え上げた運動神経を駆使して豪快な踊りでステージを盛り上げる。
 
 大空から駆けめぐる雷光 ThunderStrike!!
 
 駆けめぐる その早さは閃光のように GoAlong
 駆けめぐる 早く新しい年が近づいてくる 新年目指せ
 
 RockThunder!
 今は上手くできなかったけど次は頑張りたい
 
 RockThunder! 
 新しい年こそ今日に向けて今の自分を変えたい!
 
 RockThunder!
 自分変わりたい!

 
 フェイトが歌い上げ、岩造がポーズを決め、照明が落とされる。観客が拍手と歓声を送り、ステージが幕を下ろす――。
 
(先輩、ショーはまだまだ、これからですよ!)
 
 どこか楽しそうな表情を浮かべて、トマスがスティックを叩き、子敬とテノーリオ、ミカエラ、そしてフランツの指揮するバックバンドが音楽を奏でる。それは先程のロック調とは打って変わって、ルンバ調であった。
(な、何だこれは!?)
 この事態に、一人面食らったのは岩造である(フェイトは事前に話を受けていたか、あるいは何かを悟ったか、舞台袖に下がっていた)。しかし、自分を除く他のバンドメンバーは楽しそうに演奏していた(その笑顔は、岩造の狼狽える姿を見てのものだとは、岩造は気付いていない)し、審査員を務める鋭峰は顔色一つ変えずステージを見つめている(トマスが事前に、『龍雷連隊メドレー』として歌うことを運営側に提出していたためである)。
(……やるしかないのか!?)
 団長である鋭峰が見ている以上、無様な真似は見せられない。覚悟を決め、岩造が音楽に合わせてステップを踏む。
 
 ルンバは社交ダンスで踊られる項目の一つとしてあるものとは別に、発祥の地となっているキューバで踊られるものがある。その中の一つ『コルンビア』は速めのテンポ、男性主体のダンス音楽であるが、岩造のステージはそれ、と言えなくもないだろう。そもそも、このステージを応援する観客の大半(特に、パラミタ大陸出身者)は、ルンバの詳しい違いなど知らない。おそらく『何かノリのいい音楽に乗って、男性がダイナミックに踊っている』と認識されているであろう。
 
「お、なかなかウケがいいじゃねぇか。流石は松平少尉だぜ、俺も負けてられねぇな」
「おやおや、これは予想外。しかし、これはこれで良いのかもしれませんな」
 コメディっぽくなるかと思いきや、未だ続く熱狂の渦(もちろん、知っている人は失笑していたが)に、テノーリオと子敬の演奏にも熱が入る。ロック調のルンバという新ジャンルを切り開いた彼らに、惜しみ無い拍手が浴びせられる。
(ならば、これでどうです、先輩?)
 再びトマスがスティックを振り、今度はどこかロマンティックな、それでいてメランコリックな主旋律がステージを満たす。
(こ、今度は何だ!?)
 響くタンゴのリズムに、岩造の足が止まりかけたその時、舞台袖に下がっていたフェイトが着替えを済ませ、ステージに登場する。
 
「おい、これは一体――」
「事情は把握いたしました。この場は私にお任せください」
 
 微笑むフェイト、舞台袖に下がっていた時にトマスの企み? に気付いたフェイトは、岩造がステージで無様な真似を晒さぬよう即興でプログラムを組んだようである。まさに妻として、夫を支える者が為せる技であろう。
「……分かった、任せよう」
 岩造も素直に従い、フェイトに導かれるようにしてステップを踏む。男女の愛憎劇を全身で表現する二人に、タンゴのメロディはピッタリであった。
「何という適応力でしょう。これは私も見習わなければならないでしょうか」
 万が一の保険のためにと、キーボードに曲を覚えさせておいたミカエラが、そのことを恥じつつ自らの手で曲を紡ぎ出していく。最後、二人が身体を密着させながらポーズを決め、照明が落とされると、またもや盛大な拍手と歓声が湧き起こる。
(な、なんだって!? ……いいでしょう、次の曲で必ず先輩をおちょくってみせます!)
 何やら間違った決意を胸に、トマスがメドレーの最後の曲、どこか懐かしさを感じさせる『マツガンサンバ』(トマス命名)をバンドメンバーと共に繰り出す。トマスが用意した百人のバックダンサーたちが、コーラスしながらステージへ上がり、きらびやかな格好で華やかな舞いを見せる。
(これでどうです、先輩――ってあ、あれ!?)
 事態を楽しむようなトマスの顔は、何故かバックダンサーの数名が自分をステージに引っ張り出すのに、面食らった顔に変わる。これも、フェイトが曲の直前に、バックダンサーに仕込んだ結果であった。まさに妻として(略 である。
(ど、どうしてこんな事にー!?)
 岩造をおちょくるつもりが、自分まで巻き込まれてしまったことに、トマスが心の中で悲鳴をあげる。
 しかし、彼の受難はこれで終わりではなかった。
 
 サーンバ ブラヴォ サーンバ マ・ツ・ガ・ン サーンバ〜
 
「……トマス、話はフェイトから聞かせてもらった。
 このプログラムは、貴様が仕組んだ物だそうだな」

「いっ!? い、嫌だなあ先輩、僕がそんなことするはずないじゃないですかアハハハハ」
 
 隣に並んだ岩造に凄まれ、トマスが乾いた笑い声を上げる。パートナーに視線で助けを求めるも、三人とはバックダンサーに阻まれて表情を伺うことすら出来ない。
「だが、貴様の入れ知恵により、龍雷連隊は観客に強烈に印象付けられただろう。そのことには感謝している」
「そ、そうですか……ってどうして光条兵器持ってるんですかー!」
 フェイトから手渡された光条兵器『ドラゴブレイカー』を握り締め、岩造が踏み込む。二人の様子は百人のバックダンサーに隠され、観客からは見えなかった。
 
サーンバ ブラヴォ サーンバ
「マ・ツ・ガ・ン ザンバー!!」

「ギャーーー!!」
 
 トマスの悲鳴は、舞台に仕掛けられた演出のための爆薬が炸裂する音にかき消される。
 岩造とフェイト、トマスの身を案じつつも子敬とテノーリオ、ミカエラが拍手と歓声を送る観客に応える。
 
 涼司:10
 鋭峰:7
 コリマ:8
 アーデルハイト:8
 ハイナ:9
 静香:6
 
 合計:48
 
「白組も譲りません! これはいい戦いが期待できますね」
 クロセルの司会が続く中、ステージを終えたメンバーが舞台袖へ引き上げていく。
「うぅ……ぼ、僕の明日は、どっちだ……がくり」
 そして、岩造にキツイ仕置きをもらったトマスは、そんなことを呟きながら用意されたベッドに伏せるのであった。