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リアクション
10.雰囲気はとても大事
「乗せてもらわなくてよかったでありますか?」
高坂 甚九郎(こうさか・じんくろう)が、砂埃をあげて走り去っていくトラックを見ながら甲賀 三郎(こうが・さぶろう)に問いかける。
「仕方ありません。定員オーバーでございましたから」
答えたのは、三郎ではなくメフィス・デーヴィー(めふぃす・でーびー)だ。彼女の言葉通り、たった今走り去っていったトラックはどれも超満員。普段だったら、切符を切られても文句が言えないぐらいぎゅうぎゅうに人を積載している。
「それに、誰かがアレの相手をしないといけませんからね」
三郎の視線の先にあるのは、恐竜の一団だ。数は見た限り二十ぐらいだろうが、どいつもこいつも、全長が十メートル近くある大物だ。谷の内部をうろうろしていた、小型の恐竜騎士団とは見た目からして別物である。
「不満でもございますか?」
「まさか、こそこそしたり逃げ回ったり、そんな事をするよりもずっとこっちの方が性に合うというものです」
口ではそう言うものの、向かってくる恐竜軍団の迫力は中々のものだ。
怖い、というよりはアレはどうやったら倒せるんだろう、という疑問の方が大きい。弱点と思える頭は高く、甚九郎の得意の居合いを当てるには頭を使わなければならなそうだ。
「お困りのようですね。こんなところで出会ったのも何かの縁、お手伝いして差し上げましょう」
いきなり、三人の頭の上から声が届く。
「どちらさまですか?」
「ヒーローです」
メフィスの問いに、崖の上からクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)はびしっと答えてみせると、こちらに向かってくる恐竜の一団をみやった。既に何頭かはトラックに向かうようだが、半数以上はこちらに向かってきている。
できれば全部こちらで引き受けるのがベストだが―――
「極光の琥珀は私の手にあります! 欲しければこの私を倒してみなさい!」
突然クロセルが大声を張り上げた。驚いたのは向かっている恐竜騎士団だけではなく、三郎達もだ。その視線に気付いたクロセルは、三人に向かって茶目っ気のある笑顔を見せると崖から飛び降りた。
「嘘ですよ、嘘。敵をひきつけるにはそれなりに価値を示す必要がありますからね。これで、ほら、あちらの団体さんもこちらに来ていただけるようですよ。大丈夫ですよ、恐竜なんてただのデッカイトカゲです。ぱっぱとやっつけてしまいましょう」
お気楽にそんな事を言うクロセルに、三郎は喉まででかかった言葉がどっかに行ってしまう。
「確かに、あれはでっかいトカゲと言われればトカゲかもしれませんね。言うとおり、ぱっぱと片付けてしまいますか」
「ええ、そのいきですよ」
「いいようにやられちまってまぁ………」
イルミンスールの森を目指すトラックの一団の最後尾に如月 和馬(きさらぎ・かずま)の運転する輸送用トラックがあった。このトラックは、普段土砂の運搬用に使われている風紀委員側のものだが、騒動に乗じて何台かかっぱわれてしまったので一緒に走っていても怪しまれずに済んでいる。
「ま、けど俺は出し抜けなかったみたいだがな」
奴らが襲撃してきてから、こうして逃げ出すまでの間、和馬はずっとその様子を観察していた。前の方を走っているのにはほとんど怪我人しかおらず、それ以外のは後ろの三台のトラックに集まっている。
また、逃げ出す先もイルミンスールの森に「最初から」決まっていたようだ。きちんと列をつくり、真っ直ぐ進んでいる様子から、しっかりと準備して事を起こしたのだろう。
そこまでしっかりと準備が済んでいるのなら、当然受け入れ側の準備も整っていると考えるべきだ。となると、手土産を用意していると見るのが妥当である。
あんな生活にも困るような暮らしで用意できる手土産なんて、一つぐらいしか思い浮かばない。
極光の琥珀だ。奴らは、それを黙って隠し持っていたのだ。
「本当ならブチギレてやるべきなんだろうが、感謝してやるぜ。てめぇらの計画を潰して、そのうえ極光の琥珀のオマケつきだもんな!」
怪我人が乗っているトラックには、恐らく極光の琥珀を持った誰かは居ないだろう。そういう甘ちゃん連中であるのは、谷の中の奴らの行動を観察してわかっている。残り、三台のうちどれかだ。
「確率は三分の一、絶好調の俺が外すわけがねぇ!」
「なぁ、あのトラックなんか変じゃないか?」
「変って、何だよ?」
姫宮 和希の言葉に、泉 椿(いずみ・つばき)は眉をひそめながら振り返る。最後尾のトラックは、このトラックと同じで極光の谷で奪ってきたものだから、前を走るトラックとは違うのは当たり前の話である。
見たところ、これといって変なところは見当たらない。だというのに、ミナ・エロマ(みな・えろま)も、
「何かおかしいですわ」
とか言い出す。
「だから何がおかしんだ―――」
ちゃんと説明しろ、という言葉を全部言う前に、椿も異変に気がついた。最後尾にいたトラックが、どんどん近づいてきているのだ。そして、自分達の乗っているトラックと横並びになると、いよいよ確信に変わる。
荷台には、完全武装の人間が乗り込んでいるのだ。極光の谷から逃げ出してきたのなら、武器は全部取り上げられているはずなのに、である。
「うわぁぁ」
「きゃぁぁ」
「うおぅっ」
横付けになったトラックが、なんの躊躇いもなくぶつかってくる。
「痛たた、頭を打ってしまいましたわ」
「大丈夫か。くそっ、無茶しやがって。怪我人が乗ってたらどうする気だ、あの野郎」
「そうしたら、保険委員の私が」
「その話、本気だったのか! ってか、そうじゃねぇ、あいつまたぶつかってくる気だぞ」
一度離れたトラックは、勢いをつけるためか先ほどより距離を取る。
まず最初にこちらのトラックを横転させるつもりなのだ。足さえ奪ってしまえば、と考えているのだろう。
向こうは荷台に乗っているのは数人だが、こちらは満杯だ。小回りも効かないし、バランスも悪い。思いっきりぶつかられたら、勝ち目が無い。
「来るぞ!」
勢いをつけたトラックがこちらに向かってくる。
遮るものが無いはずの体当たりは、空気を切り裂く轟音と弾丸によって防がれた。
「わ、わかってるってば。言えばいいんだろ、言えば! ヒャッハー! これで満足だろ、もう言わないからな」
「そんな無駄口叩く暇があったら、あの紛れ込んだ敵を打つのだ」
「あんたが言えって言ったんじゃねぇか。くそっ! とにかく、あれをぶっ壊してやる」
マシンガンをばら撒きながら、緋桜 ケイ(ひおう・けい)と悠久ノ カナタ(とわの・かなた)の乗ったトラックが後方から一気に加速し、敵のトラックと椿達の乗るトラックの間に割り込む。
「大丈夫か、おぬし達?」
「ああ、なんとか」
「そうか、それならばよい。アレはこっちで引き受けよう」
「悪い」
「と、いうわけだ。頑張れよ、ケイ」
「なんで俺一人がやるような流れなんだよ! 手伝え!」
「仕方のない奴だな。仕方ない」
マシンガンで敵のトラックを釘付けにし、椿達の乗るトラックのために時間を稼ぐ。ある程度距離が稼げたところで、
「よし、頼んだぜベア」
「よしきた」
雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が白熊号のハンドルを思いっきり切る。本場の体当たりの作法というものを教えてやろうとでも言うように、思いっきりのいい一撃になった。吹き飛ばされて横転したトラックに向かい、ケイがさらにマシンガンで追い討ち。
映画なら、何故か大爆発が起きたりするのだろうが、そうそううまく行かず搭乗員も全員うまい事飛び降りて無事のようだ。
「ところで、ケイ。それを使う時に奇声をあげるように言い出したのは、ベアだぞ?」
「なんだと!」
「ああもう、今はそんな事言ってる場合じゃないですよ!」
声を荒げたのはソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)だ。
「そんな事、じゃねぇ! なんであんな恥ずかしい事言わされなきゃいけないのかしっかり説明しろ!」
「雰囲気だよ、雰囲気!」
「顔を赤くしながら、奇声をあげるケイの様子はしかとこの頭に記憶したぞ」
「だーかーらー!」
とかなんとかやっている後方では、風紀委員の面々が横転したトラックを起こしているようだ。さすがに、徒歩でトラックを追ってくるつもりは無いらしい。
「さぁ、奇声を上げて引き金を引く時である!」
「だからもう言わないっての」
「雰囲気は大事だぞ、雰囲気は!」
「敵さんが来るよ!」
「むむ、無粋なものもいたものであるな。仕方ない、とりあえずあいつらにはしっかりと凝りてもらうべきであるな」
「最初っから真面目にやれよ………」
「なに、こちらに敵意を向けてくれなければ遊撃などという役割は成り立たぬだろう。見てみろ、あやつらの目を。もうわらわ達しか見えておらんだろうな」
やり方はもっと他にあるだろう、とまではケイは言わなかった。
「今のチームは怪我した人を沢山運んでいますから、絶対に近づけるわけにはいきません」
「わかってるての、この道の掃除が終わったら谷に戻るんだからな。さっさと終わらせるぞ!」
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