リアクション
第10章 攻防・2
「虚無霊内部を抜けます。3、2、1」
飛空艦の甲板上。
白砂 司(しらすな・つかさ)のパートナー、獣人のサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が計器を読み上げる。
ざあっと闇が晴れた。一気に明るくなる。
相対的にそう感じるだけで、目が慣れれば、あの薄暗いナラカの空間なのだが。
「来るぞ!」
虚無霊の周囲を徘徊していた屍龍が、こちらに向かって来る。
「待ち伏せ!?」
「かもな」
こちらは、虚無霊の外側は解らなかったが、向こうからはこちらが見えていたのかもそれない。
待ち構えていたとしても不思議ではなかった。
「だが、こちらとて!」
万全の体制で、虚無霊空間を抜ける瞬間に備えていたのは、こちらも同様なのだ。
「アウークァの初陣、参る!」
フレイムスロワーによって炎をばら撒くと、屍龍は距離を置き、牽制しつつも近付かない。
「ふむ。やはり炎は有効か」
ならば、大量に燃料を消費することにはなるが、それ以外の消耗をせずに進めるかもしれない。
倒さなくても、通り抜けられればいいのだ。
「レーダーの反応が増えています。
一時間前より、2割増。艦橋から連絡、下降速度が1割上がります」
「……そう簡単にもいかないのか……」
ふ、と口の端を上げる。
どんな状況になろうとも、勝ち抜け、生き延びて、ナラカに辿り着く。
そうしてマレーナの思いを果たすのだ。
決意は揺るぎ無く、それをこの機体と共にすることが、運命のように司には思われた。
夜露死苦荘と関わったことで得た、この白い機体。
闇を滅ぼすには相応しい色に違いない。
この空間には微妙な浮力があるようだが、それでも、飛行可能ではないイコンは、飛空艦上で、屍龍による襲撃の迎撃と、前線に出る味方イコンの援護が主となる。
そんなイコンの足場として使えるよう、大型飛空艇を持ち込んだ風森望は、飛空艦上のイコン達では援護できない場所――艦隊の下方へと回り込んだ。
下方への攻撃ならば、流れ弾云々に気を払う必要もないし、死角のサポートともなれる。
飛空艇の操縦は、パートナーのノート・シュベルトライデに任せ、基本は甲板からの攻撃だが、場合によっては箒に乗って、周囲を飛び交って空中戦もする。
「つまり飛べなくすればいいのですよね。そうすれば、勝手に落ちて行きますし。
――では、盛大に火葬と参りましょうか。墓まで用意は致しませんが」
ああ、既に死者でしたね。
ファイヤストームを放ちながら、望はそう肩を竦めた。
「全く、以前ナラカに行った時は、全然こんな光景じゃなかったですよ」
湯上凶司は溜め息を吐きたい気分だった。
経験など何にもならない。
屍龍などの、イコン並の大型の敵は、艦上からの防衛が可能だが、艦内に入り込もうとする奈落人は、艦の外側にとりつき、あちこちの入り口から中に侵入しようとしている。
無論大体の出入口は固く閉鎖してあるし、防衛の兵も立っているが、物量に負けて押され気味だ。
「2号艦、格納庫付近の出入口が破られそうです。誰か行けますか?」
味方イコンの邪魔にならないようにしつつ甲板で、パートナー達の指示をしていた凶司は、そこから見えた様子を艦橋に伝える。
「キョウジ。ボクが行こっか?」
上空から、ロケットランチャーで味方の支援攻撃をするエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)が、通信に答えた。
いや、と凶司は返す。
「お前らの武器は、機動力と火力だろう。狭い艦内の白兵戦には向かない」
「でもっ……」
「この非常時に何言ってんの、危ないなら行きなきゃしょうがないでしょう!」
「なっ……」
怒鳴り声で通信に割り込んで来たのは、三姉妹の次女、ディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)だ。
ティミーアは、凶司に対していい感情を持っていないので、自然、険のある口調になった。
「お前達の力で、正面からぶつかれる相手かって言ってんだ!」
「うるさいっ! 時間稼ぎくらいできる!」
ディミーアは、怒鳴り付けた凶司を更に大声で怒鳴り返した。
「エクス、私の方が近い、私が行くわ! 姉さん、あとお願いっ」
「おっけ」
ディミーアの双子の姉、セラフ・ネフィリムが答える。
ディミーアは近距離を一気に飛んで、目的の場所に突撃すると、がつっと枠に掴まって止まり、勢いで浮き上がった体を下ろすと同時に、真下のゾンビを思いきり踏みつけた。
「増援は!?」
「5分待てと」
戦っていた国軍兵士が答える。
「解ったわ、5分、持たせる!」
「お待たせ!」
と四谷大助と白麻戌子が先んじて援護に駆け付けた。
「気をつけて!」
ディミーアが叫ぶ。
「こいつら、乗っ取りにくるわよ!」
「えっ?」
乱戦の様子に、素早く前線に飛び込んだ大助は、ディミーアの言葉に振り向いたが、言葉の意味はすぐに解った。
ゾンビの中味――奈落人が、憑依してこようとするのである。
ヒュッと素早く飛び込んで来た拳が、がつ、と、腕を掴み、それが攻撃とは別の思惑を以ったものであると瞬時に悟って、大助は咄嗟に腕を払って跳び退いた。
ぞっとしたことには、ゾンビの群れの中に、国軍兵士が混ざっている。
既に憑依された者がいるのだ。
「くっそ、格闘戦は不利か?」
接近戦は、より相手に接触の――憑依のチャンスを与える。
いや、行ける! と大助は思い直した。
敵は奈落人が入っているからか、ゾンビとは思えない素早さだった。
だが、見極めて動けば、反応できない程ではない。
自分は、最も自分を生かした攻撃をするだけだ。
「力を貸せ、ブラックブランド!」
大助はぎゅっと拳を握る。
大丈夫。後ろには、援護の戌子もいる――
大助は躊躇わずにゾンビの群れの中に突っ込んだ。
「格納庫非常口の戦闘終了。負傷2、死亡8」
報告に、都築少佐は嘆息した。
進むにしたがってじわじわと、国軍兵士の数が減っていく。
出発前、斯波大尉は負傷と死亡を想定していないと言ったが、勿論、そんなことはない。
実際のところ3人は、国軍兵が半分残った状態でナラカに降りられれば上等、と思ってはいる。
だが、勿論、想定内だからと平静でいられるわけではないのだ。
「戦闘報告書を共通回線に上げておけ。他の様子は?」
「概ね変わりません」
「これ以上は中に入れるなよ。護りを固めろ」
返答に頷く。やれやれと呟いた。
「いよいよ艦内戦か……。
全く、ナラカに到着するまでに、ズタボロになりそうだ」
◇ ◇ ◇
「ヒャッハ〜どんな敵でも不意打ちを許すかどうかってのが一番の問題なんだぜェ〜?
って信長のオッサンが言ってたぜ!」
索敵に関して言えば、撃てば当たる、と言ってもいい程の敵の量だったが、そんな中で敵の死角を取るのは、やはり技術がものを言う。
「ハイドシーカーホークアイ見鬼ダークビジョンディテクトエビル殺気看破(一息)併用の人間レーダーと化したこの俺に、見えねえモンはねえ――!」
パートナーの織田
信長が
第六天魔王 建勲大神南蛮大具足を駆る一方で、南
鮪は、武器の聖化(性化ではない)を施した火炎放射器を手に叫んでいた。
勿論、死角を取っているのに声に出せば居場所がバレバレなので、ここは涙を飲んで心の叫びである。
(……待てよッ!?)
この完璧な能力は、或いは皆の着替えのパンツ的なものも視えてしまうかもしれない、とも期待した。。
帰還したら試してみよう。
いや、むしろそれはサイコメトリ使いまくりの方が簡単に行くかもれない。
などと考える鮪だったが、残念ながら、その後1ヶ月間、生きている限り殆ど休む間もなく戦闘に駆り出されることになった彼に、そんな暇は生じず、血涙を流して妄想で補うしかなかったのだった。
狙いは、比較的小型の敵である。
ちぎのたくらみで黒六道三を名乗る少年姿のまま、三道
六黒は軽身巧を用いて敵から敵へと飛び移り、次々と袈裟懸けに一刀両断して行く。
この空間は、無重力とまではいかないまでも、在る程度の浮力が働いているようで、比較的空中での移動がしやすかった。
「船賃程度には働きましょ」
と、
ネヴァンも、力の及ぶ範囲で戦うが、六黒の援護はしない。そもそも届かない。
「本気でやらせてもらうぜ!」
ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)もまた、イコンもパワードスーツも用いず、生身の体ひとつで船上に出た。
「夜露死苦荘の一員として、絶対ドージェとブライドオブシリーズを回収してやるからな!」
ロイヤルガードに在籍する者としては間違っているかもしれないが、ここは、我を通すことにする。
狙いは奈落人や小型の龍だが、
「……どうも、イコンの数が全体的に少ねえな……?」
見渡して、そう呟いた。
撃墜されたか、最初から足りないのか。
「しゃあねえ、イコン達も自分よりでけえの、相手してるんだしな」
イコンほどのサイズの比較的小型の虚無霊に、狙いを定める。
ムカデのような形だな、と身構えながら思った。
単独ではどうかとも思うが、向こうも単騎なら何とかなるだろう。
「はあッ!」
気合いを吐いて、ラルクは地を蹴った。
相手は小さいが、その覇気で気配に気付いたのだろう、虚無霊がラルクに向かう。
修羅の闘気を纏い、龍の波動を放つ。
「はああああっ!!!」
虚無霊が怯んだ隙に立て続け、その全てが全力の、鳳凰の拳を乱打した。
耳を裂くような嘶きを上げ、虚無霊がゆっくりとナラカの底に落ちて行く。
それを蹴って跳び、しかし次の足場が無く、しまった、と、弧を描いて落下しかけたラルクを、箒に乗った風森望が見付けて拾った。
「悪ィ。助かったぜ!」
「いいえ」
持ちつ持たれつですわ、と望は笑う。
それにしても、全力で戦うと当然、疲れが早く出る。
「耐久戦か……こいつぁ、思ってたより厄介だな……」
深く呼吸をして回復を誘いつつ、ラルクは呟いた。
搭載すること自体は問題ない。
イコンを持ち込んでもいいか、と、御座船に乗り込む時に訊ねた
テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)は、そんな回答を得てイコンを御座船に格納した。
エリュシオンに思い入れを持つテレジアは、エリュシオンの御座船に乗ってナラカへ行きたかったのだ。
そんなテレジアの判断に、パートナーの英霊、
瀬名 千鶴(せな・ちづる)は苦笑しつつも、文句は言わなかった。
「いいけど。できるだけ傷をつけないように戦わないとね」
「わかってます……」
イコン戦闘に関しては、素人し言ってもいい程にまだ未熟な自分に、この危険な世界でそれが可能なのかは、解らないが。
「あれが、奈落人でございますか」
ツィルニトラの操縦席で、テレジアに装備された魔鎧、
デウス・エクス・マーキナー(でうすえくす・まーきなー)が言った。
「確かに不思議な種族のようでございますね。
彼等とコンタクトは取れるのでございましょうか」
「マキちゃん、テレサちゃんに妙なことを吹き込んじゃだめよ」
メイン操縦席に座る千鶴に言われて、デウスは驚く。
テレジアにしか聞こえない大きさだったはずなのだが。
「奈落人とは相容れられない。そういうものよ。
惑わされては駄目。
一部の契約者は、本当に特殊なの」
「解ってます――。
誰も、ナラカの住人にはしません」
テレジアは決意を込めて言った。
彼女達の乗るツィルニトラ}は虚無霊を狙ったが、攻撃を当てることができないうちに、死角から跳び込んで来た数頭の屍龍に撃墜されてしまった。
「ああっ……!」
爆破はしなかったものの、動けないまま落下して行き、とどめを刺そうと屍龍が襲いかかって来る。
「脱出を!」
機体を捨てるしかない、と判断した千鶴が叫ぶ。
ああ、しかしナラカ内で存在できる方法を持たない自分達は、このまま外へ出ることはできないのだ――
その時、落下ががくんと止まった。
出撃していたダイヤモンドの騎士が、ツィルニトラを受け止めたのだ。
ダイヤモンドの騎士が駆るのはブラックワイバーンではなく、特別に下賜された金剛龍と呼ばれる龍である。
龍の体全体で、テレジアのイコンを支えるように受け止めながら、ダイヤモンドの騎士は、虚無霊の攻撃を受け止め、払う。
そしてダイヤモンドの騎士はツィルニトラを近くの飛空艦上に下ろし、ツィルニトラが手にしていた、人の身には巨大なランスを取った。
そしてそのまま、後を追って来た虚無霊に向かう。
構えるランスが、光を帯びる。
放電する巨大なランスを虚無霊の眉間に叩き込み、身を捩る虚無霊に飛びかかって、とどめの一撃を喰らわせたのだった。