リアクション
【2】 探索隊は雪原で涼司を迎え撃とうと陣を展開した。 総勢50名を超える探索隊メンバーは防衛線を作り、こちらに接近する彼の影に身構え待つ。 その中に黒崎 天音(くろさき・あまね)とブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)の姿があった。 ブルーズは険しい顔で、迫り来るビルを見つめる。 「我らが、現在の山葉の状態に関して把握している事は『このままでは、涼司さんは体を乗っ取られてしまいます! 涼司さんが光条世界を脱する前に、“振り向かせてください”!』という“人型の光の塊”の言葉と『光条世界の連中め。彼に何か仕掛けたな』という少佐の推測くらいか……」 天音は、ふむ、と呟き、口元に手を当てた。 「少佐の推測が当たっているとして、光条世界が“埼玉最狂”を利用する理由はなんだろうね?」 「わからん……が、あの状態の山葉が外の世界に出たら大いなる災厄となるのは確実だろうな」 「ドージェと山葉の一騎打ちは、個人的には興味あるけどね」 「楽しんでいる場合ではないというに……。何故、山葉涼司は『後ろを振り向かずに、光条世界から脱出しようとしている』のか、体を乗っ取ろうとしてる者はどこに居るのか調べなくては」 天音は頷く。 「それにしても……光条世界は彼の相当痛い所を突いたようだね」 思い当たるのは、パートナーの花音の消滅だ。あの出来事は涼司の心に深く大きな傷を残した……。 もし、彼に付け入れられる隙があるのなら、その一点だろうと天音は思う。 「ところで彼の獲物だけど」 「あの馬鹿デカイビルのことだな?」 「うん。どうしてこの光条世界に、僕らが見て高層ビルだとわかる建造物があるんだろう」 「言われてみれば……。見渡す限り一面の銀世界。とてもそんな文明があるような世界には見えんな」 「灰色の雪が何を覆い隠しているのか……。叶少佐や裏椿も調べているだろうけど、実に興味深いね」 「山葉涼司、そこで止まれ!」 張りつめたメルヴィアの声が雪原に響いた。 互いの声が届く距離にまで接近した涼司は、ただならぬ様子の探索隊をぐるりと見回す。 探索隊は涼司本人よりも、遥か頭上にそびえる巨大なビルに圧倒され、そちらに目を奪われていた。 「出迎えにしては人数が多すぎるな。どけ、お前達の相手をしている場合じゃないんだ」 「それは出来ない。お前は光条世界の“何か”に取り憑かれている」 「俺の邪魔をすると言うなら……」 涼司の目に鋭さが宿った。気配がだんだんと凶暴さを帯びていく。 「力づくで道を開くだけだ!」 そう言って足を踏み込んだ瞬間、大地に亀裂が走り、砕けた地面が隆起して襲いかかってきた。 ある者は崩れた地面に飲み込まれ、ある者は隆起した地面にしがみつき、隊は一瞬で総崩れとなった。 「総員、退避だ……!」 逃げ惑う隊員たちの中、ひとり余裕の佇まいで天音は涼司をホークアイで見つめていた。 いや、正確には彼ではなく……彼の背後で発光する得体のしれないものをだ。 「あの光は……」 ピーピングビーを飛ばし、その様子を記録する。 涼司は再び前進を始めた。ずずん……ずずん……と大地を揺らしながら、その足取りに迷いはない。 「待ってろ、花音。絶対にお前を救い出すからな。お前を必ず元の世界に連れて帰るからな……!」 光に語りかけるその呟きを、天音は聞き逃さなかった。 「花音? 連れて帰る……? あの光が花音だと言うのか?」 「まさか、奴が振り返らずにこの世界を出ようとしているのは、あの光が原因なのか?」 ブルーズは天音を見た。 「どうもそのようだ。山葉は後ろの……花音だいう光を外に連れ出そうとしているらしい」 天音は叶少佐にHCでピーピングビーの映像とともに情報を送る。 情報科の少佐を通じてこの事実が広まれば、この状況を打破する突破口が見えるかもしれない。 「行くよ、ブルーズ。山葉を追いかけよう」 「ふ、ふざけんなよ、山葉のやつ……ま、マジかよ……!」 戦闘になるとすぐ逃げる湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)も、今は呆然とビルを見上げていた。 本当に強大のものと対面した時、人は逃げるよりも先に、ただただ立ちすくんでしまうようだ。 「おい、しっかりしろ! 突っ立っている場合じゃない!」 忍の肩を揺さぶったのは、メルヴィアだった。 「そ、そうだった。こりゃ逃げてばっかりもいられねぇか……こうなったら俺も!」 「何かいい考えでもあるのか?」 「ああ、ここは俺に任せてくれ、少佐!」 そう言うやいなや、凄まじいスピードで凍った地面を砕き、落とし穴を掘っていく。 「ほう、考えたな。罠を仕掛けるということか」 「ご名答! 名付けて『せくしぃメルヴィア大作戦』だ!」 「……は?」 「この穴に少佐が入って、すけべなポーズで山葉を誘惑するんだ。きっと山葉のやつ、蜜に群がる蜂みたいにふらふらーっと自ら落とし穴に飛び込むぞ。そしたら穴を埋めてジ・エンドって寸法さ」 「埋めろ」 メルヴィアは雪原よりも冷たく部下に言い放ち、穴を掘っていた忍にしかるべき罰を与えた。 「うわあああああ! なにをするんだー!!」 「少しはその足りない頭で考えろ。能無し」 「私が行くわ……!」 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は人波をかき分け前に出る。 いつだったか環菜をナラカから連れ戻す時にもやったニセカンナ、あの封印を解く時が来た。 クリエイト・ザ・ワールドで彼女の姿を完全再現。 口調や声色こそ歌劇団の真骨頂、直視してもすぐには見破れないだろうと自負している。 涼司の背後に回り込んで話かける。 「涼司……涼司……」 「その声は……環菜か?」 彼は立ち止まった。 ――環菜君を助けにいったときもみんな必死だった。それは多分今の涼司君も同じだと思う。でもあの時と決定的に違うのは涼司君は独りだってこと。そしてみんなは今、涼司君のためにまた必死になっている。だから、とてつもなく卑怯なのは承知の上で……。 「涼司、あの子のために全てを捨てられるの? 花音は、私たちのことを捨てろという子なの?」 「なにを言ってるんだ。花音はそんなことは言わない」 「でも、そのまま出口を抜けたらあなたはあなたでなくなってしまうのよ?」 「わけのわからないことを言うな。お前は事情を知らないんだ。誤解してる。このまま振り返らずに出口を抜ければ、花音が戻ってくる。だから、俺の邪魔をしないでくれ」 「それは嘘なのよ。そのまま進めばあなたは身体を乗っ取られてしまうの」 「嘘だ。俺は花音を信じる……。花音が俺を騙すはずがない……!」 彼の表情が疑惑に変わる。花音に対する疑惑ではなく、環菜……いや、リカインに対する疑惑だ。 「お前こそ何者だ。探索隊にあいつは参加していない……ここにいるはずがない!」 「!?」 「お前は俺を惑わす、光条世界の闇だな!? うおおおおおおおっ! 邪魔をするなっ!!」 「……ま、まずい!」 手にしたビルを振り回した瞬間、突風が巻き起こった。 リカインはその場にうずくまり、吹き付ける雪の中、吹き飛ばされまいと耐える。 「……くっ!」 「消えろ!」 再び涼司は地響きを立て前進を始めた。 「ここはボクの出番だね……!」 「!?」 雪の中からむくりと影が起き上がったので、メルヴィアはびくっと身体を震わせた。 出てきたのは、先ほど処分された鉄塊こと、ブルタ。 「い、生きていたのか……」 「キミの水着姿を拝むまでは死ぬに死ねないよね」 「そんな約束はしていない!」 ぴしゃんと振るわれる鞭を、鋼の身体でいなし、ブルタは涼司の前に立ちはだかった。 「……お前も邪魔しに来たのか! 見るからに邪悪そうな奴め!」 「酷い言われようだね。けど、埼玉の誇りを失ったエセ埼玉県民のほうがよほど邪悪だよ」 「こ、この状況でまったく無関係なことで責めやがって! 大体、いつ俺が地元の誇りを失ったってんだ! うまいっうますぎるでおなじみのお饅頭は大好きだし、深谷のねぎだってみそ汁に入れて飲んでるし、サッカーチームの試合も見に行ってるんだぞ!」 「口先だけならなんとでも言えるね」 ブルタは埼玉の永遠のライバルでもある千葉県出身のパラ実生、浦安三鬼から聞いた、埼玉人の心をくすぐるワードを言葉にちりばめていく。 「そもそもだね、レーシックでイメチェンっていうのがダメ。てんでダメ。埼玉人ならもっと郷土愛を入れておかないと。例えば、全国生産量は北海道に次いで2位というブロッコリーにちなんで、頭をアフロにするとかね」 「それはもう俺じゃねぇだろ!!」 「あとね、その武器だよ。高層ビルって。埼玉人が語る郷土自慢の一つであるガリガリした某有名氷菓子にちなんで言わせてもらえば、それはね、ハズレ棒もいいところだよ。どうせなら万年雪ならぬ巨大な氷の塊に高層ビルを突き刺して振り回した方がカッコいいとわかる人にはわかるのに」 「う、うるせぇ! じゃあこれで満足か!!」 涼司はビルを持ったまま飛び上がり、大地にビルを突き立てた。 大地ごとビルを引き抜くと、氷の地面がビルにくっ付いて、某有名氷菓子のように……! 「かかったね……!」 ビルに貼り付いた氷は、言わば鏡。 「振り向かせるのは無理でも、後ろにあるものを見たらどうなるのかな……!」 涼司の目に、氷に映った自分の姿が飛び込んできた。 背中には光る何か……。 しかし、涼司はその光を愛おしそうに見つめ、ただそれだけで、何も異変は起こらなかった。 「……あ、あれ?」 「……どうやら背後にあるものを見せるのではなく、厳密に“振り返らせる”のが重要なようだな」 気が付けばメルヴィアは距離をとり、離れた場所で納得した。 「邪魔だどけぇ!!」 振り下ろされたビルがブルタごと大地を打ち砕く。 「ぎゃああああああーーーーーーっ!!」 残念ながらブルタの作戦は失敗に終わった。 が、ビルに氷が付加されたため、涼司の移動速度が少し遅くなったのがせめてもの救いかもしれない。 |
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