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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

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【7】



「柱か……。孫悟空のようにならないといいけどね」
 雪原を歩く清泉 北都(いずみ・ほくと)は何気なくそうこぼした。
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)は顔を見合わせた。
「どういう意味です?」
「柱だと思ったら御釈迦様の掌の上……巨大柱が指として、光条世界に住まう者の掌の上で玩ばれたなんて笑えないって話だよ」
 3人は一路、果てにそびえる柱を目指していた。
 北都は歴戦の生存術で環境への耐性を高め、超感覚で鋭敏になった五感を駆使して雪の中を進む。
 視界はあまり良くないので、嗅覚と聴覚を重視。視るのはリオンの担当だ。
 とは言え、新潟出身の北都にとってはこの程度なら故郷とそう変わらない。
「……柱の足元が見えてきた」
 近くまで来るともう柱というよりは壁だった。
 壁はどこまでも続き、見上げるとその先は遥か上空の分厚い雲の中にまで続いていた。
 驚いたことに、柱の周辺には雪がなく緑の野が周辺に広がっている。
 けれど、目の前の豊かな野原に、北都たちは踏み入ることは出来なかった。
「……壁があるね。見えない壁が」
 柱の周辺には見えない壁が張り巡らせれていて、ちょうど雪と緑の野の境で線が引かれている。
「目の前にあんなに暖かそうな場所があるのに近づけないなんて……」
 しばらく壁……柱に沿って歩いてみることにした。
「どんな危険があるかわかりません。気を付けて下さい」
 リオンはイナンナの加護で警戒。
 北都の後ろを歩きながらホークアイで隠れているものを見逃さないように注視して進む。
 その後ろにクナイに続く。
「ま、待ってください」
 クナイは、リオンの服の裾を掴んできょろきょろと辺りを見回した。
「迷子にならないようにしてくださいね」
「そ、それは勘弁してください……北都、何か見つかりましたか?」
「ううん。何も」
 超感覚で何も見逃さないように意識を配っているのだが、壁はずっと壁で雪原は雪原のままだった。
「文字とか絵でも描いてあれば手がかりになると思うんだけどな……」
「柱の材質や年代はわかりませんか?」
「そうだねぇ……」
 まじまじと見つめる。
「……ん? 金属か石で出来てるのかと思ったけど……ちょっと違うね。むむ……」
「どうしました? 何かわかりました?」
「これ……柱じゃなくて“樹”だよ」
「“樹”?」
「表面にある細かい凹凸とか、模様は樹皮に似てるよ。うん、間違いないこれは樹の一種だ」
「こんな巨大な樹が……まさか、これも世界樹の仲間なのでしょうか?」
「それを調べるためにも近付きたいんだけど、この壁をどうにかしないとね」
 そう言って、北都は見えない壁を小突く。
「……何か来ます!」
 リオンは雪原に何かを見付けた。
 吹きすさぶ雪原の向こう。飛んでくるのは黒い大きな影。
 しかし敵ではない。ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)のバーバ・ヤーガの小屋だ。
 彼女の動かすは家はのんびりと雪原を横断して、柱に飛んできた。
「あ、柱に先客がいるぞ」
「ほんとダワ。ワタシ達が一番乗りじゃなかったカー」
 窓から顔を出してそう言ったのは、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)も顔を出して、3人をしげしげと見つめている。
 小屋の中で、お茶の用意をするセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)も、ちらりと窓の外を見た。
 小屋は北都の前で止まった。
「あんた達も柱を調べに?」
「うん、と言っても何にもないところだけどねー」
 北都はこれまでにわかったことを伝えた。
「……え? 樹?」
 アキラは柱を見上げた。
「何かの転送装置、あるいはエレベーターか何かだと思ったんだけど、予想外だな……」
 うーん、と唸る。
「しかも近づけないともなると、こりゃ直接上に行ってみるしかないか……。教えてくれてありがとな」
「どういたしまして」
 小屋はふわりと浮き上がった。
「何かわかったら教えるよ」
「よろしく。僕たちはもうしばらくこの辺を調べてみるよ」
 北都たちは昇っていく小屋を見送って、それからまた探索を始めた。
「……北都」
 ひゅるりと吹き抜ける風に、クナイは身を縮こまらせる。
「私たちもああいうの持ってこればよかったですね……」
「ほんとにね……」

 バーバ・ヤーガの小屋を操縦するのはルシェイメア。
 アキラとアリスは窓から外の様子を窺って、何か気になるものはないか探索と観察を担当。
 そして、セレスは台所でお茶を沸かしたり、暖炉の世話をしたり、お風呂を作ったりしている。
「どうぞ、皆さん。お茶が入りましたよ。身体が温まりますよ」
「おお、ありがとう」
 ひと時の休憩。小屋の中はぬくぬくとしてとても快適だった。
「どうです? 何か見えてきました?」
「ずーっと壁だヨ。壁」
 アリスがうんざりした顔で言う。
「ここから見ててもダメだな。よし、外に出て調べてみよう」
「うえぇ、寒いのも嫌ダヨ……」
 アキラとアリスは防寒具を着込んで外に出た。
 小屋の屋根にはLEDランタンが下がっている。探索に出たあと迷わないようにするための目印だ。
 2人は影に潜むものを呼び出し、背中に乗って上を目指した。
 稲妻の渦巻く分厚い雲がどんどん近付いていく……すると、閃光が走った。
「危ないっ!」
 稲妻がこちらを目がけ、雲の中から飛んできた。
「まだ来るヨ!」
 矢が降り注ぐように凄まじい稲妻が、2人を狙い撃ちにするかのように飛んでくる。
「どうやら歓迎されていないみたいだな」
「この雲の上に何かがあるのネ」
 とその時、背後から強襲する気配を感じとった。
 先ほど、祥子が遭遇した巨大な鷹の怪物だ。凄まじい速さでこっち急降下してくる。
 間一髪、攻撃を避けることに成功したが、下のほうから、ぎゃあぎゃあと喚く声が聞こえてきた。
 地上までは大分距離がある……ということは。
「げっ!」
 小屋を鷹が攻撃しているのだ。
 屋根をクチバシでついばもうとすると、小屋のまわりにルーン文字が浮かび上がった。
 ルシェイメアの張ったルーン空間結界だ。
 鋭いクチバシの攻撃を結界が弾く……がその攻撃は執拗で、結界にも限界がありそうだ。
「のわああああ! 何をするのじゃ!」
 窓から身を乗り出したルシェイメアは、銃で鷹の化け物に応戦する。
「俺たちも戻ろう! ……アリス? どうしたんだよ、空なんか見上げて?
「……アキラ、見なかったノ?」
「なにを?」
「雷が落ちてくる時、雲に裂け目出来たヨ。その時、向こう側がチョット見えたヨ……」
「え? な、なにが見えたんだ?」
「それは……」
 アリスは自分が見たものが信じられず、言葉にしていいものか迷った。
 また下から、化け物の鳴く声が聞こえてきた。
「……話はあとだ。今はとっとと逃げたほうがいいな。ルーシェ、戻れ。逃げるんだ!」

「……これでは埒があきません。私も上のほうを調べてきます」
 そう言って、クナイが柱を昇ろうとしたその時、
 ひゅうううううううううううううー
 と風を切る音が聞こえてきた。
「……ん?」
 見上げた彼の目に、まっすぐに落ちてくるバーバ・ヤーガの小屋が映った。
「に、逃げて下さい!」
 慌てて北都とリオンが飛び退くと、そこにがっしゃあん! と小屋が叩き付けられた。
 小屋の中にいたルーシェとセレスはひっくり返って。いたたたた……と腰を擦っている。
 そして、アキラとアリスも遅れて降りて来た。
「怪物が出た!」
「怪物?」
 見上げれば、鷲の怪物はすぐそこに。かぎ爪を光らせ、こっちに急降下してくる。
「させません!」
 クナイは龍鱗化して立ちはだかり、一撃を弾く。
 それから風術でこっちに接近出来ないよう向かい風の壁を作った。
「今のうちに撤退しましょう」
 ぼろぼろの小屋に、北都とリオンは急いで乗り込んだ。
 アキラとアリスも影に潜むもので小屋に追いつき、遅れてクナイも屋根に飛び乗った。
 定員オーバーで小屋の速度は大分落ちていたが、柱から離れると怪物も追ってこなかった。
「……誰も怪我はしてないみたいですね」
「わしの小屋以外はな……」
 ルーシェはため息を吐いて、穴の空いてしまった屋根や床を見上げた。
 せっかくのぬくぬく空間もこれでは台無しだ。ぴゅるり吹き抜けるすきま風が身に染みる。
「まぁまぁ皆さん無事だったんですから。お茶でも飲んで落ち着きましょう」
 そう言って、セレスはまた温かいお茶を入れてくれた。
「ありがとう。これは暖まるなぁ……」
 身体の芯から温めてくれるお茶に、北都は顔をほころばせた。
「はい、アリスもどうぞ……。アリス?」
 アリスはぽかんとした表情のまま、セレスを見つめ返した。
「セレス、ずっと小屋にいたヨネ?」
「え? ずっといましたけど……?」
「だヨネ……」
「……そう言えば、アリス、雲の向こう側で何か見たって言ってたよな?」
「え? 本当ですか?」
 リオンは身体を乗り出した。
「何を見たんだ?」
 アキラがそう尋ねると、アリスは全員を見回し、困った顔でこう言った。
……雲の向こうにセレスがいたんだヨ
「え?」
 一斉に全員の視線がセレスに刺さる。
「雲の切れ間からワタシたちのこと見つめてた。なんだか怖かったヨ……」
「……いや、確かにセレスはわしと一緒に小屋の中にいたぞ。そんなはずはない」
 ルーシェは言った。
「でも、そんな見間違いあるでしょうか……?」
「雲の向こうに、もう1人のセレスか……」
 窓からアキラは分厚い雲を見た。
「あそこには一体何があるんだ……?」