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リアクション
滅びた歴史
自分には故郷なんて分からないからと、帰省する皆を他人事気分で見送っていたリネン・エルフト(りねん・えるふと)だったけれど、そこにヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)の声がかけられる。
「あたしの故郷に行ってみない?」
「え、ヘイリーの故郷?」
これまで帰りたいなどと言ったことのないヘイリーだけにリネンは驚いた。
「団長の故郷?」
つまり自分をお嫁さんに紹介……と茶化すフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)をよそに、ヘイリーは続ける。
「そう。カナンに行く前に見ておいて欲しいの」
「でも……故郷って言っても随分昔だけど何か残っているの?」
ヘイリーが人として……ヘリワード・ザ・ウェイクとして生きていたのは遠い過去の時代。今は様変わりしてしまっているだろう。
「さあ……でもあの場所に行けばカナンの未来が分かるわ、きっと」
意味深なヘイリーの言葉に、興味をひかれたリネンは頷いた。
ヘイリーがリネンとフェイミィを連れて向かったのは、イギリス本土だった。
最初にロンドンの大英博物館を見学した後、ノルマン・コンクエストの足跡の残るピータバラへ。
様変わりした故郷の風景。何か思い出すことでもあるのか、時折ヘイリーは顔をしかめる。けれど、今のこの風景を焼き付けておこうというように、何からも目を背けはしなかった。
「ここも立派になって……なんか腹立つわね」
面白くなさそうにヘイリーは豪奢なピータバラ大聖堂を見上げた。建物の配置等に以前の面影をわずかに見いだすことは出来るけれど、それはヘイリーが知る、戦いの中で損傷したあの建物とは全く違う。
次に向かったのはノッティンガム。シャーウッドの森へと行ってみたのだが……。
「どこが森なんだ?」
呆れたように周囲を見回すフェイミィに、ヘイリーが答える。
「昔はこの辺りも木々が生い茂る森だったのよ。それにしても……随分と変わったものね」
そこにあったのは森というよりは、所々に木の生えた公園という方が近い風景だった。昔はあったという木々は減り、今はロビンフッドの森と呼ばれるこの一帯は記念公園となっている。
「ちなみに、ロビン・フッドはあたしの300年後の話ね」
「そういえば、ヘリワードはロビン・フッドのモデルになった人物だって聞いたけど……同一人物なの?」
リネンの質問には、ヘイリーはそれは秘密、と笑ってみせた。
そこから道を戻るようにして最後に向かったのは、ヘイリーが戦ったウェスト湾、イーリー島。
けれど……ここもまた、ヘイリーが知っている場所とは大きく異なっていた。
「島はもうないのね……」
泥沢地帯が干上がった為に今のイーリーは島ではなくなっている。時の流れは地形までもを変えてしまう。
「でも、ここがヘイリーの故郷なのね……」
この地にヘイリーが生きていた頃の姿を思い浮かべようとしたリネンは、ふと道行く人とヘイリーの容貌を見比べた。
「……ヘイリーって、あまり街の人に似てないような」
「よく気づいたわね。そう……あたしをはじめとしてノルマン・コンクエスト以前のイギリス人の主流は、サクソン人、デーン人だったわ。でも今のイギリス王家はそれ以降にできたもので、現在まで征服王ウィリアムの直系になっているから」
「だから……ヘイリーのことも、あまり良く言われてないの?」
「ええ。歴史は勝者によって語り継がれていくものよ。……よく見ておきなさい。征服王に負けた国がどうなったかを」
ヘイリーの言葉に、フェイミィは腑に落ちた顔つきになった。
「……わかったぜ、団長がオレを連れてきた意味が」
フェイミィの言葉の意味するものに、リネンは戦慄する。
「カナンもこうなるというの? フェイミィやマルドゥークたちが反乱者になって……征服王が正義になる……って……?」
「まだカナンは決まったわけじゃねぇ。マルドゥークの旦那や、オレが好きにはさせねぇさ」
フェイミィの瞳は闘志に燃えている。
自分の思いが2人に伝わったことに微笑しながら、ヘイリーはイーリーの地に花をたむけた。
「……いってくるわ、みんな」
歴史の陰に眠る皆へと呼びかける。
「ヘイリーの昔の仲間たち……後のことは任せて。安らかに……。カナンを滅びた過去の歴史になんか……させないから」
リネンも花を供えてそう誓う。
最後に献花したフェイミィは、不意におどけた声を出す。
「団長はオレがもらったぜー!」
「このエロ鴉!」
ははははは、とヘイリーから逃げるフェイミィの笑い声が、重く沈んでいた空気を払っていった――。