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リアクション
食卓の華やぎ
冬にもかかわらず、墓は花々で飾られていた。
墓の周りも、訪れたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)たちが何もすることがないくらいに、綺麗に整えられている。
きっと祖父母が手入れをしてくれているのだろう。
形ばかりの掃除をすると、メイベルは母の墓前に手を合わせた。
メイベルの母はイギリス出身で、アメリカに大学留学の父と出会い、それが縁で結婚した……ということになっているが、実際はその出会いも仕組まれたものであったらしい。
元々英国王室の血を引く公爵家の一門だった祖父母は、この結婚には反対だったが、一族の中でかつての輝かしい姿を取り戻すべく動いた人がいて、その結果、結婚が決められたようだ。
没落した貴族が栄華を取り戻そうと財力を求め、逆に空いては家名や誇るべき伝統を手に入れることを欲す。
そんな思惑あっての結婚も、メイベルの母の死と共に一族への援助は途絶え、母の死を嘆いた祖父母はロンドンからウェールズ地方のとある街の別荘へと移り、隠居することとなった。その別荘は母が生まれ育った場所でもあるので、祖父母はそこで母の思い出に浸って暮らしているのではないか、とメイベルは思っている。
毎年この時期にはこの1年の報告をする為に母の墓参りと、祖父母の別荘訪問をすることにしているメイベルだが、訪問するたび母の忘れ形見である自分を歓待したくれるのは、自分を通して母への謝罪をしているのではないか……そう思っていたのだけれど。
(とはいえ、純粋に私への愛情も大きくあるのでしょうね……)
何も解らなかった頃には感じられなかった祖母の想い。それを知ることが出来るようになったのは、自分が成長したためだろうか。
母の墓前に手を合わせるメイベルの頭の隅を、そんな考えがよぎった。
墓前での報告を終えると、いつものように祖父母の別荘へと向かう。
英霊となり受肉して以来、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が英国の地を訪れたのは昨年が初めて。周囲を見渡しているフィリッパにメイベルは尋ねた。
「懐かしいですかぁ?」
「え? ああ、そうでもありませんわね。ヴァイシャリーの方がまだしも、私がかつて英国王妃として生きていた時代に近い感じがします」
風景からメイベルに視線を移しフィリッパは微笑んだ。
フィリッパが死んでから600年の歳月が過ぎ、当時の面影を残しつつ変わりゆくこともまた世の流れ。そして今見ているこの風景もまた、世の移ろいとともに変わり行くものなのだろう。
これから向かうメイベルの生家は、ある種時の止まった世界だが……人は何時までも思い出のみにすがっていくことは出来ないのだから。
到着したメイベルたちは、いつものように祖父母の温かい歓待を受けた。
メイベルそっくりのシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)の姿にはさすがに驚き、不思議なこともあるのだと胸を押さえていたけれど、他のパートナーとは既に顔を合わせたことがあるから対面は何の問題もなく済んだ。
メイベルの母の使っていた部屋に通されると、シャーロットの口から図らずも大きな息が漏れた。
どうやら思ったよりも緊張していたらしい。
「ここに来るたび、この部屋を使わせてもらっているんですぅ。ゆっくりくつろいで下さいねぇ」
「はい……」
メイベルに頷くと、シャーロットは部屋を見渡した。
清潔に保たれた部屋は、常に綺麗に掃除されている様子が見てとれる。
メイベルの母が幼少期に使ったそのままにしているということで、いかに祖父母がこの場所を大切にしているかが窺えた。
それだからだろうか。
シャーロットはこの部屋ばかりでなく、別荘を満たす空気に寂しさを感じた。
明るい照明がついているのに、どこか仄かに陰りがある……まるで、長い時間、この建物が寂しさを吸収し続けてきたことの証のように。
厳しそうな外見だけれど、メイベルを見るとたちまち笑顔になる祖父。
いつも手作りの料理をふるまい、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)にも色々と料理を教えてくれる祖母。
皆が部屋で休息を取っている間、セシリアは祖母に料理を習った。
温かいけれど寂しい場所。
けれど、そうして一緒に料理をし、料理が出来たよと呼びに行き、と別荘の中を動いているうちに、その寂しさが和らいでいくような気がした。
だから、セシリアは殊更明るくできあがった料理を皆に勧める。
「このスープ、僕がお祖母ちゃんに教えてもらって作ったんだよ。味、どうかな?」
「美味しそうですね。いただきます」
シャーロットもつとめて笑顔で答えた。
せめて、自分たちがいる間は、この寂しい空間が華やぎますように。
そう願って。