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リアクション
明かせぬ過去
天 黒龍(てぃえん・へいろん)に頼んで、紫煙 葛葉(しえん・くずは)はロンドンまで足を運んでもらった。
黒龍は葛葉の望み通りに寄り道をしてくれたけれど、怪訝そうな表情をしている。無理もない。ここは黒龍には何の関係も無い場所なのだから。
道中で花を買って向かったのは郊外の墓だった。といっても、墓の主は家族との縁を切っていたし、葛葉にはまともな墓は用意できなかったから、そこにあるのは名前さえ刻まれていない簡素な墓でしかない。
その墓に花を供えながら葛葉は思い出す。
(今年の夏でもう9年になるのか……俺が、主を殺してから)
葛葉の最初のパートナーは黒龍の家庭教師だった。
外見は葛葉に瓜二つだが、髪は短く眼鏡をかけていた。
名前は……思い出せない。
ただ、黒のスーツの上着を脱いで、赤ネクタイを締めていた主の姿だけは今もありありと瞼に蘇る。
彼はある日黒龍に土産の品を残して失跡した。
……と黒龍は思っているけれど、実は主は契約者としての力を利用して各地のテロに参加していた。2012年のロンドンオリンピックで予定されていたテロにも参加予定だったのだが、決行直前で葛葉が裏切り、主を斬り殺したのだった……。
「どうして俺を裏切った、葛葉……っ。契約相手を殺す事が……パートナーロストがどんなものか、わかってるんだろうな……」
斃れる主を抱き留めて、葛葉は彼に残された時間の間全てに答えた。
「……俺は裏切ったんじゃない。主が真に守りたかったものを守っただけだ。それが主の剣の花嫁としての俺の使命だから」
たとえ禁忌を犯すことになったとしても、と葛葉は主を抱く腕に力をこめた。
「……葛葉……」
「主が守りたかったものとは……主のあの教え子のことだろう」
「違……う……あの子、には……こんな、汚れた世界……知って欲しく、な……」
朦朧とした意識の中、主が必死に首を振ろうとする。
「心配、しなくていい……彼の剣として、全ての敵を退ける、から……」
かすれる声を励まして、葛葉は主に答え続けた。
パートナーロストの影響は大きく、その7年後まで葛葉は眠りについた。そして今もなお、その影響は色濃く葛葉に影を落としている。
隣で訝しげに見上げてくる黒龍にこのことを明かす日はくるのだろうかと、葛葉は見やった。
あの頃は主を無心に慕い、今は自分に信頼を寄せている黒龍に明かしてしまって良いのだろうか。
(主よ……)
自らが手にかけた主へと、葛葉は問いかけるのだった。