リアクション
歳月の向こう
冬のロシアの大気は怜悧な刃物のようだ。
きりきりと肌に切り込んでくるその冷たさは馴染みのものだったはずなのに。
そう思ってラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)がここを離れてからの年月を数えてみれば、それはもう10年を超えていた。
幼い頃、ラルクはロシアで母親とふたりで暮らしていた。
父親はおらず、母親に父親のことを聞いても教えてくれなかった。
町の人に聞いても、父親のことを知る人はいなかった。
だから2007年に強盗に襲われ、母親が死亡、家が燃えてしまった後にロシアに残っているのは、実家の焼け跡とラルクの立てたささやかな墓ぐらいしかない。
「あれから本当に色々とあった……」
誰にも頼らず、ストリートチルドレンとして路上生活をしていたラルクは、やがて最初のパートナーとなるアインと契約した。それからはアインが武術を教えたり、日本語や勉学を教えたりと、ラルクの更生に力を注いでくれた。
そのお陰もあってラルクはストリートファイトで金稼ぎを開始。
その後、パラミタに行きたくなって新幹線に無賃乗車したが発覚。そのまま波羅蜜多実業の生徒となったのだった。
これまでロシアに戻らなかったのは、ここには辛い記憶しかないからだ。
好きこのんで来ようという場所ではない。
けれどふと、実家の焼け跡がどうなっているのか、見たくなったのだ。
到着した焼け跡は想像通り、墓以外の何もなかった。
1つ想像と違ったのは、その墓が立派に建て直されていたことだ。
そんなことをする心当たりは1人しかいない。叔父のアーロン・クローディスだ。
本当なら、母親のアンジェリカ亡き後、アーロンの所で面倒を見てもらうのが自然な流れだったのだろうが……あの頃は大人を信用できなくなり、簡易的な墓だけを作って飛び出してしまったのだ。
「久しぶりに会ってみるかなー」
近況報告も兼ねて、婚約者がいるのと夢についてアーロンと話してみたい。きっと居間までどうしてたのかと問いつめられるだろうけれど。
「そういやああの人、結婚したんかな?」
ラルクが子供の頃、面倒見がよく気前のいい性格だったアーロンは人気者だった。確かラルクと21歳違いだったから、今は42歳か。結婚していても不思議はない。
どちらにしろ、何か話は聞けるだろうとラルクは過去の記憶を辿り、アーロンの家に向かうのだった。