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●めぐり逢い

 彼らは探していた。
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)を探していた。
 アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)は「だから言ったじゃろうに」と怒りながら、
 リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は「ま、いつものことだけど……」と半ば諦め口調で、
 そして柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、「少し静かにしてくれ」と二人に告げつつ、精神感応を用いながら彼女を捜していた。
 空京じゅうの人間が集まったのではないか、と思われるほどの混雑を呈する本日の空京神社だ。当然、一団で来ていてもはぐれる可能性はあった。一応、真司とてヴェルリアが迷子にならないよう気をつけてはいたのだ。しかしどうやら十分ではなかったらしい。ふと目を離した隙に、彼女の姿は消えていた。
「こんな混雑した場所であやつがはぐれないはずがない、なぜもっと警戒しなかったか」元々吊り目のアレーティアであるが、このときはひときわ眦を上げていた。「人の言うことを聞かないからこんな事になるんじゃ」
 一方リーラは、やや眠そうな目でふわふわと笑った。
「仕方ないわよ。真司がヴェルリアに甘いのはあいかわらずだしね」
 なんとも愉しそうな目でリーラは、怒るアレーティアと怒られる真司、その両者をかわるがわる見比べていた。
「リーラはリーラで探すのを手伝わんか。笑っている場合ではないぞ」
「まぁ、それはそうだけどね。どうせしばらくしたら見つかると思うよ。いつだってそうだし」
 リーラとて冷淡なわけではない。楽観的なだけなのだ。
 二人に下手に反論しても墓穴を掘りそうなので、真司は特に抗弁せず、静粛に、と求めるにとどめた。
「だから二人とも少し黙っててくれないか。今、精神感応でヴェルリアと連絡を取り合っているんだが、混雑しすぎて彼女のいる場所を特定しづらいんだ」
 ヴェルリアにとって空京神社は初めての場所だ。無理に彼女に指示をするより、動かないで止まっていてくれるほうがいいだろう――そう思って真司は方針を変え、主旨をヴェルリアに伝えると近くの参拝客に声をかけた。
「すいません。人を探しているんですが……」
 彼はヴェルリアの容姿を簡単に説明し……ようとして、相手を見上げた。
 相手は女性だったが、男の真司と比べてもずっと背が高かった。つやがあり色濃い肌、人なつっこそうな大きな瞳をしている。彼女は彼に問うた。
「人、どんな人? アナタの娘か?」
「いえ、娘どころか俺はそもそも独身で……」
「そうか、ワタシも、シスター探してる」
「シスター? 妹ですか……」
 真司は応(いら)えつつ違和感のようなものを抱いていた。
 普通の相手ではない。それはすぐに理解できた。
「失礼ながらおぬし、機晶姫じゃな。それも、かなりできると見た。どうじゃ?」
 出し抜けに口を挟んだのはアレーティアである。さりげなく真司の前に立ち、エメラルド色の眼で真っ直ぐに相手を見上げた。アレーティアの口元には笑みがあれど、「返答次第によっては……」という殺気めいたものがうっすらとうかがえた。
「アレーティアどうしたの、怖い笑み浮かべちゃって?」場を取りなすようにリーラがぱたぱたと手を振って、そのアレーティアの前に立った。そして、「ごめんなさい、うちの子が不躾なことを言って……」と少女に告げたのだった。 
「わらわは決していい加減な気持ちで申したのでは……」
 自分の言動を子どもの気まぐれのように言われたので、アレーティアはムッとしたのだが、すぐにリーラの真意を知った。
 リーラは実に自然な動作で、長身の少女の背を取ったのである。
「お忘れなく。あなたが何者であろうと現在は三対一。さらに、囲んでいる分、私たちのほうが有利よ」
 リーラはもう、眠そうな眼をしていなかった。緊張の色こそ混じってはいるものの、戦闘者の眼をしていた。
「ワタシ、攻撃、されるか?」
 リリパット国で目覚めたばかりのガリヴァーのごとく、当惑と混乱を足して二で割ったような表情で彼女は三人を見回した。
「止さないか二人とも。大人げない」
 真司は毅然とした声で二人を下がらせると、まず非礼を詫びた。
「俺は天御柱学院の柊真司という者です。二人はパートナーのアレーティア・クレイスとリーラ・タイルヒュン、どうやら何か勘違いをしたようで」
「勘違い、違う。ワタシ、アナタたちの言う『殺人兵器』、クランジΡ(ロー)」
 さすがに真司も驚いた。アレーティアがいち早く感じたように、確かに彼女は人間にしては動きが怪しかった。それでいて身のこなしに隙がないのも判った。だから、例の『クランジ』である疑いがないわけではなかった。それにしても自ら名乗るとは……真司が目を通した『クランジ』の資料とはまるで違っているではないか。
「ワタシ、悲しい。殺人しきに来た違う。戦争しに来たでもない。オミクロン見張りに来た。でも、見失った。ワタシ、バカ」
「人捜しか……なら、お互い、戦う理由はないわけだ」
 真司は心底ほっとした。仮に戦えといわれても、無邪気な彼女相手にどうするべきか困ったことだろう。
 言葉が途切れ途切れのローとのコミュニケートは手間取ったが、彼女が黒衣の同胞を捜していることは判った。そして、ヴェルリアを見ていないということも。
 ちょうどそこまで意思の疎通ができたところで、ヴェルリアからの精神感応が真司の心を捉えた。
「真司……見えました。背の高い女の人と一緒にいますね。私は屋台の方角です」
「了解だ。そこで待っていてくれ。すぐ行く」

 真司はローに告げた。
「すまない。連れが見つかったらしい……邪魔したな」
「どういたしまして。連れ、大切する。バイバイ」
 ローは彼の手を握ると、ふらりと人混みの中へ消えていった。
「黙って行かせていいの?」
「今なら捕らえられるかもしれん。このまま行かせては後悔するかもしれんぞ。あやつが敵に回ったとしたら……」
 リーラとアレーティアが詰め寄ったが、真司は首を振った。
「敵といっても、何ら敵対行為をしてこない相手に先制攻撃するようじゃ、塵殺寺院の所行と変わらない。甘いと言われようが、俺はそんなのは……嫌だ」
 二人は口を閉ざした。少なくとも、リーラもアレーティアも不満げな表情ではなかった。
 それ以上語らず、真司はヴェルリアの待つ方角へ向けて歩みだした。