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●ポートシャングリラ、ちょっといい話

 山のような荷物を両手に提げて、橘恭司はくたびれ果てていた。服はもちろん、エスプレッソマシーン(持ち帰り特価)の重さが半端ではない。そして無論、ほぼすべてがクレア・アルバートの購入品だった。
「ふぅ……こんなに買いやがって、持って帰るのが大変じゃないか。ちょっと遅めだが昼飯にしよう……」
 飲食店街のマップを見ながら恭司は思案した。
「………ところでその子は誰だ?」
 顔を上げたところで、恭司はクレア・アルバートが、見知らぬ少女といるのに気づいた。
「さっき道を教えてくれた子じゃない。忘れたの?」
「あ……はじめまして、私、小山内南といいます」
 少女はぺこりと頭を下げた。黒髪のボブカット、イルミンスールの制服姿だ。やせ気味である。
 恭司も自己紹介した後、クレアが言った。
「ちょうどそこで再会してね。聞けば彼女、いま一文無しだって言うじゃない」
「あの……そ、それは言わなくても……っ」
「でも、電車乗らずに歩いて帰ろうとしてたでしょ?」
「……それはその……修行ということで……」
 南は口ごもった。修行と考えているのも嘘ではなかろうが、実際のところは資金を使い果たしたのだろう。ただ、その割に恭司たちと比べると随分荷物が少ない。もしかしたら、いや、もしかしなくても、南はあまり裕福ではないようだった。
「それでね、よかったらお昼ご飯でもご一緒しない、って思ったの。大丈夫、恭司が全部出してくれるから……」
「え! そんなのダメですよ! 見ず知らずの人に……」
 気が動転したのかバタバタする南の様子が、あんまり素直なので恭司は苦笑してしまった。
「クレアの言う通りだ。気にするな俺が出す」
 あまり南が負担に思ってはいけない、と配慮して恭司は付け足した。
「それに、このペースになったクレアを止める勇気を俺は持ってないんだ」
 はははと笑った。クレアも笑った。
「え……でも……」
 と言ったところで、南のお腹がグウ、と鳴った。体は正直、というやつである。南は赤面しつつ、
「じゃあ……すいません。このご恩は一生忘れません」
 妙に大げさに言って、恭司とクレアに従ったのである。
「さあ行こっ!」
「そうしよう」
 南は最安値の牛丼でいいと遠慮したのだが、クレアが「イタリアン! イターリアン!」と騒いで、結果、イタリアンレストランでランチセットを楽しむことになった。
 三十分もする頃には互いに打ち解け、南は恭司とクレアの友人の一人となったのである。

 ポートシャングリラの一角、やや奥まった場所にある超高級セクシー衣装ショップには、特別大口顧客だけのVIPルームがある。シャンデリアが下がっているが華美すぎることはなく、シックな装いを湛えたこの部屋では、現在、ちょっとした贈呈式が行われていた。
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)に、プレゼントを渡しているのであった。
「はい、小夜子。2021年の新作よ。瞳の色と同じサファイアのイヤリングね」
「ありがとうございます。御姉様」
 近くの高級アクセサリー店で、亜璃珠が念入りに選んだ品だ。亜璃珠にセールとか福袋とかいう言葉は無縁であった。いつでも彼女は、最新で最高の品だけを買うのだ。
「……それとも首輪のほうがよかった?」
 ふふっと蠱惑的な笑みを浮かべると、亜璃珠は小夜子からの包みを開けた。金縁、ルビー飾りのブレスレットだった。
「赤や金は御姉様に似合うでしょうから……」
 首輪、という言葉にやや赤面しつつ、小夜子は言ったのだった。
「ありがとう。時間をかけて選んでくれたようね。嬉しいわ」ところで、と亜璃珠は言った。「小夜子には別の贈り物もあるの。この店で作らせた衣装よ……試着してみてくれる?」
 とVIPルーム内に設置された試着室へ小夜子を誘う。その一方、
「さて」
 と言って、亜璃珠は、同じ部屋でフリードリンク(VIP特権)を飲んでくつろいでいる崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)崩城 理紗(くずしろ・りさ)マリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)に声をかけた。
「みんな、この店でそれぞれ、好きな服を選んでおいで。代金? 心配しなくていいから。私はここのVIP会員よ、払いは後で直接私の所へ来ることになってるの」
 ちび亜璃珠はジュースを飲みきって、ぴょんとソファから飛び降りた。
「ふーん、じゃ、このこのふくもついでにさがすかなー?」
 ちび亜璃珠の手は、先日捕まえたというペンギンの手を握っていた。このペンギンは彼女のペットなのだ。くあ、と鳴くペンギンに、
「でもま、ふつうのおみせにはうってないだろうから私のふくでがまんだね。せっかくだしわふくがいいな、ふりそでふりそで」
 などと言いつつペンギンの手を引いた。ペンギンは大人しくちび亜璃珠に従うのである。
「私は福袋を買おうかな」
 理紗もまた自分のペンギンを抱きかかえながら言うので、ちび亜璃珠はふんと鼻を鳴らした。
「どーせふくぶくろなんてうれのこりのあつまりでしょ、かうだけむだじゃん」
「でも残り物には福があるって言うよね、私ちょっとおりこうさんでしょ! ………残り物をつかまされた人の負け惜しみ? ま、いっか」
 理紗も背は低いので、ペンギンを抱くとよたよたしてしまうが、それでもその姿勢のまま歩いていた。
「私たちのまもったお店でお買い物ってなんだかすごいね。ちょっとしたヒーロー気分? でもお店の人は知らないかな?」
 などと言いながら、ちび亜璃珠と並んで理紗はVIPルームのドアを開き出て行った。二人とも、こういう場合の物わかりの良さは心得ているのであった。
「あの……私、これで外を歩けと……?」
 唯一、マリカは当惑気味の顔であった。彼女は本日、ウサミミメイドに変身させられているのである。
「今年の干支……と言いたいところですが2021年は丑年ですし……いや、牛メイドよりはずっといいですが……」
 しかし亜璃珠の命令は常に絶対なのだ。このまま務めを果たす他はないだろう。マリカはちび亜璃珠と理紗の目付役、平たく言えば荷物持ちとしての役割を期待されていた。
「お二人とも、待ってくださーい……」
 ウサ耳マリカは、いそいそとルームから出て行った。
 これを見届け、亜璃珠はまた妖艶な笑みで小夜子の手を取った。
「みんな出て行ったわね、けれど、せっかくだしこの狭い試着室を使いなさいな」
「あ、はい。見られながら着替えるのは恥ずかしいですから助かります……」
「何言ってるの? その理由は正反対ね」
 ところが亜璃珠は、小夜子をカーテンの内側に押し込むと自分も入った。
「狭い方が興奮するからよ」
 そして出し抜けに、小夜子の服に手をかけたのだ。ゆっくりと、玩ぶようにして彼女を裸に剥いていく。
「……この前、あなた空京大学に行って何をしてたのか言ってご覧なさい。大学の先生と一緒だったらしいじゃない?」
「いえ……何も……きゃっ!」
 亜璃珠から刺激的な部分を愛撫され、小夜子は上ずった声を上げた。
「ご、ごめんなさい御姉様……私……」
 亜璃珠は、蕩けるような声で小夜子の耳に囁く。
「……知ってるわ。私とそのセンセ、どっちがよかったかな? 別に私達はあくまで『姉妹』だから、あなたが誰とナニをしようと勝手だと思うけど……困ったことに、独占欲が疼いちゃうのよね」
 亜璃珠の指先は別の生き物のように小夜子の体を探っていく。たまらず小夜子は甘い声を上げた。
「私にとっても予想外の出来事で……っ。で、でも御姉様が一番ですっ、本当ですっ!」
「ね、小夜子。もし私が一番だって言うなら……」
 でもその前に、と小夜子を包んでいたものをすべて剥ぎ取り、亜璃珠は彼女の首筋に歯を立てたのである。途端、小夜子の体を電流のような感覚が駆け巡る。
「やんっ!」
「でも今日は、これくらいで許して上げましょう。その代わり」
 私の用意した服を着てね、と亜璃珠は言った。

 さて、その頃。
「ところでさー、VIPルームの二人、今頃なにやってるんだろーね……」
 チャイナやランジェリー、ガーターベルトなどの揃ったセクシーな衣装を見物しながら、ふと理紗が言った。ところがちび亜璃珠にとっては自明のことらしい。
「しかし……亜璃珠はまーたやってるのか、あきねーなあもう。あれでよろこぶんだから小夜子のやつきっとドMだな」
 と、あっさり彼女は言ったのである。
「え??」理紗はきょとんとして、「マリカは判ってる?」などとマリカに話を振ってきた。
「えっ、私ですか? そ、それはたぶん、なんでしょう……ええと、好きな人とすることですよ。あっいえ、理紗様やちび様にはまだお早いかと……」
 はぐらかそうとするマリカだが、その試みは失敗した。
「なに、なーに、どういうこと?」
 理紗はますます語気を強めてきたのだ。
「具体的にはその……なんと言うべきか…ごにょごにょ」
 マリカは困ってしまって、衣装棚の裏に隠れてしまった。ただ、ウサ耳だけが隠れきれず飛び出していた。
「ぶー、ちびちゃんのほうが年下なのにずるいー私にも教えてよー」
 なので今度は、理紗の問いはちび亜璃珠に向かった。
「わ、私にきくなよ! まだこどもにははやいの!」
 今度はちび亜璃珠が困る番だ。彼女は衣装棚から出ているウサ耳に飛びついて、
「もーマリカ、このバカかわりになんとかしろよ!」
 と声を上げるのだった。

 数十分後。
「恥ずかしい……ですが、御姉様が望まれるのであれば」
 という小夜子はバニーガールに姿を変えていた。といっても、サイズがやや小さいため、色々とはみだしそうな危険なるバニーガールである。
「上にコートぐらいなら着てもいいけど……寒いといけないからわたげうさぎも入れてあげる」
 わざとらしく綿毛を取って、くすぐりながら亜璃珠はこれを小夜子の胸元に挿入した。
「お、御姉様、くすぐった……あぅ!」
「あら、『そういうの』好きでしょう、わたしのうさちゃん?」
 亜璃珠は微笑むと、小夜子の手を引いてドアに手をかけた。
 これから二人はポートシャングリラ中を散歩する予定なのである。兎と、その飼い主として。