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第51章 幸せな時

『話したいことがある。14日に会えないか?』
 バレンタイン間近に、山葉 涼司(やまは・りょうじ)からそんなメールが火村 加夜(ひむら・かや)の携帯電話に届いた。
 涼司とバレンタインを過ごしたと思っていた加夜は快諾をして、涼司と空京で会う約束をした。
 そして今日。2月の14日――。

 2人は駅の前で待ち合わせて、一緒にバレンタインフェスティバルで賑わう街を歩いた。
 これってデートなんだろうかと、顔を赤く染めていた加夜に対して、涼司の方は普段通りだった。
 催し物を見て回り、飾りやイルミネーションを楽しんで、ランチを一緒に食べて。
 仲の良い友達として、楽しい一日を過ごした。
(でも、話したいことってなんだったんだろう? お休みが出来たから遊び相手を探してただけとか……)
 ちらちらと涼司を見上げるけれど、彼は本題と思われる話をしてはこなかった。
「公園、寄ってもいい?」
 そろそろ帰ろうかという頃に、加夜は涼司にそうお願いした。
「……ん。俺も寄りたいと思ってたところ」
 そして、肩を並べて……自然の多い公園へと入っていった。

 加夜は以前、涼司に告白をしている。
 だから、他の片思いの女の子のように、そんなに緊張する必要はないのだけれど。
 それでも、鼓動が高鳴っていき、顔が赤くなっていってしまう。
「えっと」
 中ほどまで歩いたところで、加夜は鞄の中から箱を一つ、取り出した。
 ハートの形をした箱に、白いリボンでラッピングしてある……チョコレートだ。
「えっと、あの、心を込めて作ったの。受け取ってくれる?」
 まっすぐに彼を見ることが出来ず、少し上目使いになりながら。
 加夜は両手でチョコレートを涼司へと差し出した。
「……うん、サンキュー」
 涼司も少し照れながら、そのチョコレートを受け取る。
 加夜ははぁと息をついて、高鳴っている心臓を組んだ両手で押えて、静まれ静まれと心の中で唱えていく。
「座ろうぜ」
 涼司がベンチを指差す。
 頷いて、加夜は涼司と一緒に歩いて、並んで腰かけた。
 去年6月に出会ってから、まだ1年も経っていない。
 だけれど、数えきれない思い出が出来た。
 楽しかった日ばかりじゃなくて、涼司の隣にいるのに、何も出来ない自分が悔しかったことも。
 落ち込んだりした日もあった。
 だけど、その1つ1つ、1日1日が加夜の宝物だった。
「涼司くんと過ごした日々は、私を成長させてくれました」
 そう言って、加夜は隣に座る涼司の顔は見ずに――胸の中に飛び込んで、ぎゅっと抱きしめた。
 言葉では、伝えきれないから。
 強い想いを。愛情と、感謝を。
 抱きしめることで、直接彼に伝えたくて。
 強く強く抱きしめて――。
「……涼司くんが……好き……」
 赤い顔を、彼に向けて微笑んだ。
「ありがと。あの、さ……。今日呼んだ理由、だけど」
「……うん」
 涼司が大きく息を吸い込むことが解った。
 深呼吸した後、涼司が再び口を開く。
「俺も加夜のこと……好きだぜ……っ。だから、これからもよろしく!」
 彼の顔も、少し赤くなっていた。
 加夜は満面の笑みを浮かべて、強く頷いた。
 だけれど目からは、感動で涙が溢れそうになってしまう。
 そんな彼女の頭を、ぎこちなく涼司は撫でてくれた……。

 プレゼントしたハートの形の箱には、小さなチョコレートがいっぱい入っている。
 まだまだ校長として忙しい彼が、少しの休憩時間にぽんと口に入れて食べることが出来るように、小さくしたのだ。
 邪魔にならないよう、彼の傍にいて。
 その1つを忙しい彼に「あーん」してあげられたらいいな、などと。
 彼の胸の中で、加夜は考えていた。
 幸せだった――。