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第54章 君と一緒に歩くために!

「何でもういるのよ!」
 待ち合わせ場所の記念樹にセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)が駆けてくる。
「セイニィを待たせたくなかったからな。といっても、そんなに早く来たわけじゃないぜ?」
「でも、10分前には着いてたんでしょ。ああもう、ちゃんと用意出来なかったじゃない」
 セイニィはツインテールの髪をいじっている。
 女の子としては、待ち合わせ場所に来る前にお手洗いに寄って衣服や髪、化粧のチェックをしたいところだったが……場所の確認に来た今、すでに彼――武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の姿があったのだ。
「そんなことないけど……。気になるんなら、結びなおしてやるぜ」
 言って、牙竜はセイニィの髪に結ばれたリボンを、一旦ほどいて結びなおしてあげる。
 本当は自分でできるんだけど、仕方なくなんだから……などと、呟きながらセイニィは赤くなって、牙竜に任せていた。
「よし、完成。さて、どこに行く?」
 牙竜は今日、セイニィに誘われてここを訪れた。
「どこでも。あなたこういうの好きそうだったから、一緒に行ってもいいと思っただけ」
 ぷいっとセイニィは顔を背ける。
 ここ――空京では、現在バレンタインフェスティバルが行われている。
 周りには、手を繋いだり、腕を組んだり、寄り添ったりしている恋人達の姿が沢山あった。
 顔をそむけたまま、ちらちらとカップルや催しに目を向けているセイニィの姿に、牙竜は微笑みを浮かべながら、彼女の背をぽんと叩いた。
「それじゃ、まずはあそこの、チョコレート庭園に行こうぜ!」
 行って、牙竜はセイニィの手をぐいっと引っ張った。
「は、離しなさいよ。恥ずかしいじゃない!」
 そんなことを言いながらも、セイニィは抵抗せずに牙竜と一緒に催物会場へと歩いていった。

 一通り催しを楽しんだ後、牙竜はセイニィを街外れの自然があふれる公園へと連れてきた。
「噂で聞いたんだが、似顔絵書きの美大生が来ているそうだ」
「似顔絵? そういうのも悪くないかもね」
「それが、単なる似顔絵じゃなくてさ、面白い書き方らしいぜ。ツーショットを描いてもらわないか? 世界で一つの記念になるし……頼むわ!」
「いいんじゃない、別に」
 他人事のようにセイニィは答える。
「それじゃ、決まり。2人のツーショット似顔絵お願いしまーす!」
「あちょっと、そろそろ手離しなさいよ!」
 牙竜はセイニィの手を引いて、似顔絵描きの元へと走った。
「んん? 性別転換似顔絵? 俺が女でセイニィが男として描かれるのか……」
 立て看板の説明を見た後、牙竜はセイニィに顔を向けたが、セイニィは嫌ではないように見えた。
「面白そうなのでお願いします」
 そう言って、セイニィと並んで立ち、似顔絵を1枚描いてもらったのだった――。

「ん? これって……」
 出来上がった似顔絵を見て、牙竜は首を傾げた。
 牙竜の姿は可愛らしい。
 セイニィはツンデレな青年風で、これもまたかっこよく素敵に描かれている。
 ……が。
「俺がでっぱい?」
 そう牙竜は言葉を漏らして、セイニィの顔を見てみると。案の定。彼女はものすごく不機嫌そうな顔になっていた。
 そしてそのまま、何も言わずにすたすたと帰っていってしまう。
「あ、マテ、セイニィ! ……っと、ありがとうございました! すっごく素敵に描かれています。宝物にしますね」
 美大生に礼を言った後、牙竜はすねてしまったセイニィの後を、急いで追った。

「俺が悪かった。セイニィの気にしてる事に触れてしまって……少し浮かれてたみたいだ」
 声をかけても、セイニィは振り向かずにすたすたと歩いていく。
「誘われたことに、純粋に嬉しかったから楽しみで寝られなかったくらいだった。本当にすまない」
 それでも彼女は振り向かない。
 だけれど、決して走り出すことはなかった
 牙竜は後ろからそっとセイニィの髪を優しく撫でた。
 彼女の体がピクリと反応する。
「綺麗な髪だな……よく手入れをされている。金糸のようだな」
「あ、あたり前じゃない。ティセラに髪は女の命だから大切にしろって言われてるし」
 ふて腐れたような声で、セイニィはそう言った。
 でも本当は、ティセラはそのようなことを言ってはいない。
 今日の為に、念入りに手入れをしてきたのだ。
「髪も魅力あるな」
 そうささやくと、牙竜はセイニィの髪に口づけをした。
「な、何すんのよ……!」
 驚いて、セイニィが振り向く。
「紅白の時のお返しだ。こっちは不意を突かれたからな」
 瞬間、セイニィはカッと赤くなった。
「やられっぱなしじゃ、セイニィに相応しい男になれないから。――君と一緒に歩くために!」
 それから、牙竜はセイニィの肩に腕を回して、髪に頬を当てた。
 甘い香りがした。
 チョコレートよりも甘い香りだった。