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ダークサイズ「蒼空の城ラピュマル」計画・後編

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ダークサイズ「蒼空の城ラピュマル」計画・後編

リアクション

1.ユグドラシル

「実はこれこれこういう事情があって……」

キャノン モモ(きゃのん・もも)の戸惑い気味の説明に、ダークサイズ幹部たちの口からは、一様の次の言葉が漏れる。

「話は分かった。で……どうしてこうなった……?」

 ここはエリュシオンの首都ユグドラシル。
 到着後にダークサイズの大総統ダイソウ トウ(だいそう・とう)は、ダークサイズ幹部たちの自由行動を認め、一時解散していた。
しかし一向に再集合がかからないので、幹部の多くは自主的に広場に集まってくる。
 普通の椅子に腰かけたモモと向かいあって、お茶をたしなむキャノン ネネ(きゃのん・ねね)
 ネネは、四つん這いになった貴族アポロに腰かけ、同じく貴族のヘルメェスが支えるテーブルの天板にカップを置く。

「これも人助けの一環ですわ」
「人助け、ねえ……」

 ネネはそう言って余裕の笑みを浮かべるものの、男二人を虐げる姿には全く説得力がない。

「ほう、君たちがダークサイズとやらのメンバーか! なかなか頼もしそうな仲間たちじゃないか、ネネ」

 アポロは貴族らしいしっかりした語り口だが、いかんせん四つん這いのため、

(そんな下から偉そうに言われてもな……)

 と、ダークサイズの誰もがアポロたちには引き気味である。
 そんな空気はお構いなしに、アポロとヘルメェスは改めてダイダル卿救出をダークサイズに懇願する。
 ちなみに、彼らの体勢はそのままである。

「……そういうわけで、君たちにはダイダル卿を助け出し、ペロポネソス山へ連れて行ってほし……」
「ねえネネにモモ。どこを観光しに行く?」

 と、ヘルメェスの言葉をさえぎって、メニエス・レイン(めにえす・れいん)が二人に歩み寄る。

「ペロポネソス山にある機晶石で、卿の記憶と正気を解放し……」
「あたしはエリュシオンの魔道書をぜひ見たいわ。あなたたちの観光にも行ってあげるから、あたしにも付き合ってよ」
「き、君。今私が事情を話して……」
「うるさいわね! ちょっと黙っててくれるっ!?」
「ひぃっ!」

 メニエスはまるでゴミでも見るように、ヘルメェスを見下して一喝。
 彼女は額に手を当ててため息をつく。

「はぁ……まったくあなたたち、天才的に変なモノ引き当てるわね。幸い五月蝿い秋野 向日葵(あきの・ひまわり)の姿が見えないからホッとしたのに……」

 ネネは扇子で口を覆ってフフ、と笑い、

「せっかくエリュシオンに来たのですから、イベントの一つもなくてはね」

 と言うが、メニエスは頭を横に振る。

「あーごめん。全っ然興味ないわ……ていうか浮遊要塞買うために来たんじゃないの? 別イベント起こしてどうすんのよ。まああたしは浮遊要塞もどうでもいいけどね」
「ほう、君たちは浮遊要塞を手に入れるために来ていたのか」

 と、アポロが反応し、さらに言葉を続ける。

「そういうことであれば、なおさら卿を救ってもらいたい。古いモノだが、卿は浮遊要塞を持っているぞ」
「ええっ!!」

 ダークサイズにとって重要な情報を、さらっと言ってのけるアポロ。

「私たちも見たことはないがな。卿がどこかに封印しているらしい。噂ではあの要塞の魔術式も大変なものらしいが。卿を助け出し、記憶と正気を彼に戻せば、譲ってもらえるかもしれないぞ」
「それ先に言えよー!」

 にわかに幹部のうち数人は、あわただしく動き始める。
 さらにエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)の目が光る。

(なるほど! やはりそういうカラクリか。俺の野望……ここで潰えさせてたまるかッ!)

 今回ある目的を持ってダークサイズの援助に回っていたエヴァルト。目的達成のためにはダイダル卿救出が近道と知り、

「よしっ! ダイダル卿を助け出そうぜ!」

 と、今回は率先して行動に移るが、彼はあくまでバックアップとして、ダークサイズ幹部数人と共に、『アルテミス』とパルナソス山の調査に乗り出し、北へと向おうとする。
 そこへ、

「おおーい、ダークサイズの方々!」

 と、鬼崎 朔(きざき・さく)が急いだ様子で駆け寄ってくる。朔は軽く息を弾ませながら、

「ポンチョのおっちゃ、あ、ダイソウ トウ(だいそう・とう)を見ませんでしたか?」

 と、モモに尋ねる。

「さあ……てっきりあなたと一緒にいるのかと……」

 というモモの返事に、朔は「やはりか……」と口に手を当てる。
 モモはさらに朔に問いかける。

「どうしたんです?」
「実は……さきほど王宮の衛兵に報告を受けたのですが、公然わいせつの現行犯で中年の男と、それに従っていたモンスターと人間を捕縛したと。ただの変態と思われるが、今は有事なので瑣末な犯罪者も注視してほしいと言われまして」
「それはまさか……」
「おそらく、捕まったのはダイソウトウではないかと……」
「……アホかあいつはー!!」

 ダイソウの不運に、盛大にツッコむダークサイズ一同。
 浮遊大陸獲得も、さすがにダイソウがいなければ話にならない。
 ほぼ全員がにわかにあわただしくなり、各々ダイダル卿とダイソウ救出、両面で行動を展開しなければならなくなった。
 一方ネネをはじめ、完全に観光目的の面々はダイソウなんか知ったことじゃないと落ち着いた様子。
 メニエスは、先ほどのアポロの言葉の別の部分に食いつく。

「ねえあなた……さっき魔術式がどうとか言ってたけど、ユグドラシルと『アルテミス』ってどちらが魔術書は豊富なの? できれば人の目に触れたことのないような特別なものがいいわ」
「それはもちろんユグドラシルだろう。郊外の裏辻には、マニア専門の店もある」
「そ、それどこっ?」

 先ほどまでの侮蔑するような瞳が、興味深そうに輝きだす。
 ネネもその会話に乗り出して、

「そうそう。それにそろそろ、温泉と服の新調にも向かいたいですわね」

 と、立ち上がる。
 モモはネネを見上げ、

「まあお姉さま。また温泉へいらっしゃるのですか?」
「何を言うんですモモさん? 温泉なんてイルミンスールで入って以来ではないですか。お肌の手入れには湿度が一番。可能ならば24時間温泉にいたいくらいですもの」
「そ、そんなものでしょうか」
「そうですよぉ、モモちゃんっ」
「ひぁっ!」

 何故か温泉を渋るモモに、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が後ろから腕を回して抱きつく。

「『ダークサイズぶらり旅・エリュシオン篇』ですよぉ〜。温泉もグルメも満喫しましょぉねぇ」
「ちょ、ちょっと……」

 戸惑うモモに、レティシアは頬ずりをしてやたらとスキンシップを図る。
 『ダークサイズぶらり旅』は、レティシアが独自に撮影を続ける旅番組。そのカメラマンは、彼女に付き合わされてはるばるエリュシオンへやってきたミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)である。
 役目ならばしょうがないとカメラを回す彼女だが、撮影しながらため息が絶えない。

(はぁ、レティったら……またそんな際どい接触を、あ、ちょ、ダメだよ首筋を甘噛みしちゃあ……こら、耳に息吹きかけたら……ああもう、またモモさんが変な反応してる……もう、使えない画ばっかりじゃないの……)

 ミスティはそう呟きながら、編集作業での大きな苦労を予想し、このシーンも使えないんじゃないかと心配している。
 それに業を煮やしたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)
 彼はレティシアの襟首を掴む。

「ふにゃっ」
「おい、いいかげんにしろ。妹ちゃんが困ってんじゃねえか。ネネの世話で疲れてんだから、ちょっとは労ってやれよ」
「えぇ〜、思いっきり労ってるじゃないですかぁ」
「どこがだよ!」

 トライブはレティシアを叱るが、レティシアもニヤッとして、

「そんなこと言ってぇ……羨ましいんですねぇ?」
「えっ、な! 何言ってんだあんた! んな馬鹿なこと……」
「またまたぁ。あ! そぉいえば、ユグドラシルには混浴の温泉があるとかないとかぁ……」

 と、彼女はしらじらしく観光情報を言ってのける。

「えっ、混浴……え、マジでか」

 ドキリとするトライブ。
 二人がアポロとヘルメェスに目をやると、

「ああ、あるとも。古代ローマのカラカラ浴場をモデルにしたものだ。エリュシオンでも人気の、サロン的な社交場さ」
「もちろん、水着着用は必須だがな。あくまで紳士淑女の親睦と情報交換の場だ」

 という解説が。
 レティシアは目を輝かせ、

「いいですねぇ。あたしもネネさんモモちゃんと親睦をはかりたいですぅ。ね、トライブさん」
「え? あ、まあそうだな……大人の社交場とあれば変な意味もないわけだし……」

 彼女に続いてトライブは同意しそうになりながらモモをチラリと見る。
 しかしモモは悲しそうな瞳でトライブを見、すぐに目を逸らしてしまう。

「だああっ! 違うぞ妹ちゃん! 全然違う! そういうアレじゃあ断じてねえから! 少なくとも俺は! だってネネの世話ばっかで全然自分の疲れ取ってねえだろ?」
「……私はいいんです、社交場ですからね。いいんです……」
(よくねえー!!)

 変な誤解を持たれてしまったトライブ。

(大ポカやからしちまったぜ……いや、マジで変な意味で温泉に同意したわけじゃねえから! くぅ、それ言っても安っぽいだけだもんなぁ。そうだ! 俺は温泉に入らないで、妹ちゃんの覗き防止の見張りに立って、いや、混浴でそれ意味あんのか? 待て、そうか! もしかして、俺が強引に誘うのを妹ちゃん待ってんのか? 前に観光の約束したもんな。いやホントにそうか? ここで変な誘い方したらよけいに……ああああ! どうすればいいだぁーー!!)
「おい、どうでもいいけど、行かねえのか?」

 一人頭を抱えるトライブに向かって、瀬島 壮太(せじま・そうた)が声をかける。
 振り向くと、ネネやモモはじめ、観光組が出発して遠ざかっていくのが見える。

「え、おい! ちょ、待てよおー!」

 と、トライブは彼らを追っていく。


★☆★☆★


(……ちぇっ)

 アポロとヘルメェスという二人の貴族が現れてからというもの、壮太は一貫して機嫌が悪い。
 彼はネネの荷物を乗せたガーゴイルを従わせながら、時々無意識に舌打ちをしてしまう。

(ったくよぉ……あの二人一体何なんだよ。昔の恋人に似てるとかどうとか、かこつけてネネ姉さんに乗ってもらいやがって。むしろ姉さんのヒールが汚れるぜ……気に入らねえ。姉さんも姉さんだぜ……)
「まったくだ。これじゃ妹ちゃんの気苦労が減らねえぜ……」

 むすっとしている壮太に、突然トライブが話しかける。

「うお! 何だよ読心術か!?」
「いや、さっきからぶつぶつ聞こえてたぜ?」

 壮太は心の中の不満を、いつの間にか口に出して呟いていたらしい。
 二人が目をやる先で、アポロとヘルメェスが四つん這いになり、それを踏みつけるように立っているネネ。
 全く器用なもので、それでも人が歩くのと遜色ないスピードで進んでいる。
 その異様さに、さすがに道行く人々は振り返らざるをえない。
 同じ不満を持っている同志を得て、壮太の愚痴に拍車がかかる。

「つーかよぉ、あー誰だっけ」
キオネ、か?」
「そうそう。ネネ姉さんがそいつに似てるって話だけど、絶対そんなことねえな。姉さんの方が何倍も美人に決まってるぜ」
「見た目は知らねえけど、ああいうデートしてたって言うからには、キオネって娘、性格に問題ありだな」
「だよなあ! 見た目どころか中身も格が違うっつーの」
「もし妹ちゃんを乗っけてたとしても、さすがに羨ましくねーな」
「それに、問題は温泉だぜ……あいつら姉さんの水着姿を楽しみたいだけに違いねえ」
「同感だ。妹ちゃんを男どもの目の保養にさせてたまるか。それでさっきの失点をチャラだ」
『絶対阻止っ!』

 と、キャノン姉妹をアポロ、ヘルメェスその他男どもから守ろうと、二人の間に妙な連帯感が生まれる。
 二人が後ろからにらみを利かせるその前方、ネネの隣で小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が歩きながら尋ねる。

「ていうか……何でダイソウたちまで捕まってるわけ? どうせハッチャン、クマチャンもセットでしょ」
「きっとそうでしょうねぇ。あの二人にも困ったものですわ」

 それが聞こえたヘルメェスも、歩を進めながらネネを見上げる。

「ネネすまないが、できればダイダル卿も早めに助けてあげてほしいんだが……」
「ふふ……大丈夫ですわ。急いては事をし損じますもの」

 と、ネネは優しく二人を見下ろす。
 美羽はそんなアポロとヘルメェスの姿に引いているものの、パートナーであるコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と思いは同じ。

「でも……こんなことしてまでダイダル卿って人を助けたいなんて、よっぽどすごい人なんだね」

 コハクは、ダイダル卿の人柄を思う。
 アポロは、

「『こんなことしてまで』というのは意味が分からないが」

 と前置きしたうえで、

「力はアルテミスに遠く及ばないが、その豪快で距離を作らない人柄は、貴族でありながら気の置けないものだ。昔から世話を焼いてくれていた」
「そっか。ねえ美羽、ダイダル卿を助けてあげたいな」

 とことん優しさにあふれるコハクは、やはりアポロとヘルメェス、そしてダイダル卿への同情を禁じ得ないようだ。
 美羽もうなずき、

「しょうがないわね。じゃあ手伝ってあげるから、ネネちん、モモちん。スタンプちょうだい!」

 と、今回もカリペロニアの大総統の館攻略のため、ガーディアンのスタンプ集めに精を出す美羽。
 彼女の差し出したスタンプカードを見てネネは、

「あら、そんなものもありましたわね。さあ、これを」

 と、あっさりスタンプを押してあげる。
 慌てて止めようとするモモ。

「お、お姉さま! これはおいそれと押してはいけないものでは……」
「あら、そうだったかしら。でももう押してしまいましたわ。ダイソウちゃん救出を手伝っていただくわけですし」
「お姉さま……そんなお駄賃代わりに押さなくても」
「へへーん。後はモモちんと残りの親衛隊のを集めたら、ダイソウトウに挑戦だもんね」
「私はそう簡単にいきませんよ? ちゃんと大総統の館で挑んでいただきます」
「む、モモちんなかなか手ごわいね」
「で、ダイダル卿救出はいつに……」

 と、ヘルメェスが忘れられた話題を戻してくる。

「幸い、どちらもタイムリミットはなさそうですし、ここは準備を整えて救出に移るのがよいですわ。ねえ、モモさん」
「ええ。『アルテミス』とパルナソス山の調査や、ダイダル卿とトウさんたちの収監場所の調査もありますし、シャンバラにいるダークサイズ幹部にも集合を呼びかけました。数人はすでにこちらへ向かっています」

 モモの説明に、アポロはほう、と感心するが、

「しかし、こんなにのんびりしていて大丈夫なのか?」
「アポロさんとヘルメェスさんのおかげで、私たちは『アルテミス』の民と偽装しています。とはいえ、全員が工作に動くと、すぐに怪しまれてしまうと思います。おそらくお姉さまが一番目立つでしょうから、一旅行者を装って余裕を見せておけば、少なくとも時間は稼げますね」

 と、モモに言われて、アポロとヘルメェスは妙に納得してしまう。
 そこに壮太が胸を張り、

「さすがネネ姉さん! ダイソウトウなんかいなくても、いや、むしろいない方が上手く回ってるぜ。すげえ力を持ってるのに隠してるなんて人が悪いぜ。ダークサイズをなめんなよ!」

 と、何故か偉そうに二人をを指さす。
 それに、ネネもほほ笑む。

「ダークサイズのみなさんは、自分で自分のやるべきことを見つけてくれますもの。阿吽の呼吸ですわ」
「い、意外とすごい組織なんだな……」

 常に成り行き任せで結果を掴んできたダークサイズ。
 アルテミスなどとは違う(というか適当な)組織運営に、思わず感心してしまった。

「ねえちょっと、どうでもいいけど魔術書店どこよ?」

 何だかんだで温泉に向かう途中まで付き合わされていたメニエス。
 彼女はせっつくようにアポロに聞く。
 アポロはメニエスを見上げ、

「マニア向けの魔術古書店は浴場の先の路地だが……君は温泉は入らないのか?」
「そんなのどうでもいいわよ」
「美肌効果は抜群だぞ。君も女性なら是非行くべきだ」
「そうですわ。急がないのですから一緒に入りませんこと? その後でしたらわたくしも付き合いますわ」

 と、ネネもメニエスと入浴したいようだ。

「あたしは一刻も早く魔術書見たいのよ」
「まぁ、今日は『せっかちガール』さんですのね」
「ちょーっと待った! あなたまた変な名前付けようとしてないでしょうね! 別に急かしてるんじゃないわ。無駄な時間が嫌なだけよ」
「そうでしたか。では、『とにかく魔術書見たガール』さん……」
「しょうもないもの思いついてんじゃないわよ! この変態二人もあたし嫌なの」
「そうでしたか。すると『変態二人を嫌ガール』さ……」
「わかったわよ! 行けばいいんでしょ、行けばぁ! その代わり絶対案内しなさいよ!」
「ほほほ。楽しい温泉になりそうですわ」

 と、メニエスはしぶしぶ温泉に付き合わされる。