リアクション
○ ○ ○ ヴァイシャリー内にある少年矯正教育施設に、御堂晴海は、現在収容されていた。 「こんにちは」 人質交換が行われる直前に、彼女の元に面会に訪れたのは、百合園生であり白百合団にも所属している七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。 「……こんにちは」 晴海はどんな顔をしたらいいのか分からないというような、何とも言えない顔をしていた。 「今日もちょっと暑いですね」 歩はそう話しかけて、笑顔を見せる。 「ええ」 晴海はそう答えて、目を逸らす。 場所は応接室。 刑務所のように、アクリル板を隔てての面会ではない。 話をするのは初めてだし、歩としてもどんな話をすればいいのかは、分からない。 事件のことについて、彼女が今、どう思っているのかも、自分に聞き出せるとは思えなかった。 だけれど、彼女がヴァイシャリーにいるうちに、話さなきゃきっと後悔すると思うから。 歩は頑張ろうと密かに気合を入れて、晴海に話しかけていく。 「百合園ではようやく生徒会選挙が行われることになったんです。白百合団の方も、桜谷団長と、神楽崎副団長が引退予定ということで、新たな組織編制が行われるようなんです」 晴海が一線から退いてから、どんなことがあったか。 白百合団達が、どのように立ち向かっていったか、戦闘を得意としない歩自身がどんな役目を担ったか、それらを晴海に話した。 「晴海さんの目から見て、これから百合園はどういう風になっていけば良いと思いますか?」 「私に聞いて何になるの? 百合園の友人達と話し合うことでしょ」 晴海はそっけなくそう言った。 「百合園の皆とも勿論話し合います。だけれど、団の内部にいて、外からの視点を持てている人は、少ないですから。参考にさせてもらいたいんです」 歩は退かずに、晴海の意見を求めた。 晴海は出されていた水を飲んだりしながら、少し考えて。 「……百合園は、百合園生は、パラミタの民に一番愛されている学校だと思う。それは、そんな学校に、ラズィーヤ様がしたからで、校長に据えられている桜井校長も、外見もお人柄も、皆に好かれるような方だから。だけれど、一番地球の生徒達の自治が出来てない学校だと思うわ。白百合会、白百合団の先輩達が、これまで百合園を守ってきてくださったけれど、これからはよりラズィーヤ様の――パラミタの学校となっていくのか、地球とパラミタを繋ぐ学校となっていくのか。そのあたりに私は注目しているの。個人的な考えでは、百合園はパラミタの学校になってしまうべきだと思うわ。契約者の故郷は地球じゃない。地球に居場所はない。契約者としての故郷はパラミタの学校だと思う。……私は、ヴァイシャリーにもいられない、けれどね」 晴海は少し悲しげな笑みを見せた。 「地球にご家族、いないのですか?」 「いたわ。でも勘当されたし、戻りたいとも思わない。私だけじゃなくて、契約者になった地球人の多くは、地球よりパラミタの方が居心地がよくなってるんじゃないかしら」 「……そうですか。お話し、すごく参考になります。ありがとうございます」 歩は頷きながら、真摯にメモをとっていく。 「で……ここから先は、百合園の話ではないのですけれど」 メモを取り終え、メモ帳を閉じて歩は晴海に目を向ける。 「クリスさん、エリュシオンに戻られるそうですね。晴海さんもエリュシオンに行くんですか? ……それは、ヴァイシャリーにいられないから?」 「行くしかないと思うわ」 「止めるつもりはないんですけれど、そんな理由ならもう少し考えてみた方がいいかもしれません。クリスさんのことは、どう思ってるんです?」 「大事な友達よ。でも、彼女はエリュシオンで裁判を受けても、暫く牢獄生活を送ることになるでしょうし。私は、見知らぬ土地でどう生きたらいいのか――」 彼女達が所属していた組織は、エリュシオンにとっても犯罪組織だ。 晴海の罪はさほど重くはない。それは、被害者である神楽崎優子が背景を調べた上で、情状酌量の上申書を出したからでもある。 「ごめんなさい」 すぐに、晴海は歩に謝罪をした。 「自分のことしか、考えてない台詞だったわね。百合園の皆に、悪いことをしたと思ってるから。私のことは気にしないで」 それは、忘れてほしいと言っているようでもあった。 歩は首を左右に振った。 「いつかエリュシオンにも地球人向けの学校が出来るかもしれませんし、そうしたら姉妹校として交流することもあるんじゃないかなぁなんて、あたしは考えてるんです」 晴海について調べたこと。 彼女が白百合団の班長として本当に立派であったこと。 誇れる百合園生であったこと……皆を大切にしてくれていたこと。 それから、今の話を聞いて、歩は確信していた。 (晴海さんは、百合園を嫌いじゃなかったんだと思う。……多分、本当は好きだったけれど、好きになってはいけない理由があっただけで) 「あたし、楽しみにしています。また一緒にお茶が出来る日を」 「……ありがとう」 歩の言葉に、晴海は素直に礼を言った。 それから。 「今度、パラミタの為に頑張る時には、別の立場だとは思うけれど……シャンバラの皆と同じ方向に、頑張れるといいな」 淡い微笑と共に、そう話した。 ○ ○ ○ 一方、晴海のパートナーのクリス・シフェウナは、変わらずヴァイシャリー刑務所で服役中だった。 こちらには、百合園生の茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)のパートナーであるキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が、時々慰問に訪れ、クリスと面会をしていた。 今日のキャンディスの格好は、月遅れの七夕のゆる族。 七夕のマスコットキャラ……だそうだ。 「怪しさ倍増。不審過ぎ。むしろ部屋に入りきれてないし」 「クリスさん、エリュシオン行くんだってネ〜」 姿を見たクリスから厳しいつっこみが入るがキャンディスは全然気にしない。 笹の着ぐるみを折り曲げて、無理やり部屋に入れてクリスに近づく。 「エリュシオン行きそびれたのよネ〜。どんな所カシラ。クリスさんは何か知ってる?」 「知らない」 ぷいっとクリスは顔をそむける。 そして2人の話は終了した。 ……などということはなく、キャンディスは根気よくクリスに話しかける。 「何か持っていきたい物はあるカシラ? 欲しいものがあったら準備させるワヨ」 「向こうに行っても、刑務所生活に変わりないと思うから持ち込めないわよ」 「生活必需品なら大丈夫カモ? でも洗剤はダメネ」 「中性洗剤なら問題ないでしょ!」 クリスは思い切り苦笑。 クリスは酸性とアルカリ性の洗剤を混ぜて、ガスを発生させようとしたことがある。 「ではこうするネ」 キャンディスはペンを取り出して、短冊にこう記す。 『クリス・シフェウナの欲しい物を用意する byキャンディス』 クリスは仏頂面で不思議そうに見ている。 「この願いは絶対叶うワヨ」 「根拠が何も無い気がするけど」 「だから、クリスさんも短冊書こうネ」 キャンディスは許可を得て、短冊を一枚クリスへと渡す。 「ん……」 クリスは訝しげな表情を少しずつ崩して。 ペンを取ると短冊に文字を書き始める。 「はい、これでいいの?」 「オー、クリスさん、字うまいネ。ミミズがうねうねした字みたいヨ」 「皮肉? それ皮肉よね!? その短冊っていうのに書いたのは、小さなころ家族と使っていた暗号文字。叶うかどうか、楽しみにしてるわ」 「なんて書いてあるのカナ?」 「教えなーい」 クリスは顔を背ける。言うつもりはないようだった。 「クリスさん、エリュシオンに家族いるの?」 「いるわよ。ほとんど捕まっちゃったと思うけどね。私は物心ついた時には、孤児院にいたの。組織の一部である孤児院にね」 「孤児院で暮らしていた人は、全員家族なのかナ?」 「そうね。グループ分けもされててね、同じグループの人は同じ苗字が与えられて、兄弟ってことになってたの。稀に貰われ……高額で売られて、孤児院を出る子もいたけど、殆どみな、自立できる年になるまで、組織にいたわ。自立できる年齢になったら、組織の一員として裏の仕事に就くんだけどね」 「高額で売られるって、可愛いからトカ?」 キャンディスは次々に問いかけていく。 クリスは昔を懐かしむような目で、語っていた。 「違うわよ。その程度の理由で、組織は人材を手放したりはしない。特別な場合だけ……そう、神の力を有していることが判明した時、とかね。跡取りのいない貴族が引き取りに来るのよ」 「そうして孤児院から出て行った家族いるのカナ?」 「……んー……。ちょっと話し過ぎたみたい。ここで話していいことじゃなかったわ」 クリスは監視にちらりと目を向けて苦笑した。 面会時間も、残り僅かだ。 「まあ、そういうわけで。私はエリュシオンに戻ることになったから。貴方ともこれで最後ね」 「『ここで会うのは』最後ネ」 「……うん。また、今度はここじゃない場所で」 クリスは淡い笑みを見せて、キャンディスを見送った。 |
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