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ありがとうの日

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ありがとうの日
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 キマクの南。
 大荒野の外れにある、若葉分校には、いつものようにパラ実生を中心とした若者達が集っていた。
「こんちゃー、むり子です。遊びに来たわよー」
 どばーんと元気に喫茶店のドアが開け放たれる。
 分校に来るときにはいつでもほっかむりしているパラ実生、ほっかむり子だ。……本名は伏見 明子(ふしみ・めいこ)という名だが正体は一応知られていない、ということになっている。
「……」
「……」
 わーぎゃー騒いでいた若者達が、むり子の訪れを知り、シーンと静まり返る。
「あ、あのさ……いつも思うケド、何で私が入っていくと一瞬固まるのよアンタ達……」
「別に深い意味はないよ、なー」
「なー」
 分校生達は顔を合わせて、頷き合う。
「まるで私が見境なしに四六時中暴れ回ってるみたいじゃないの。悪い事してなきゃ別に殴ったりしないんだから、やましいことがないなら堂々としてなさいっ」
 途端また、静まりかえる店内。
「あ、マスター、ミルク1つよろしく」
 言って、むり子はカウンター席に腰かけた。
「どうぞ。冷たいのでいいよな? むり子ちゃんは熱い子だからちょっと冷やさないとね」
「もー! マスターまで、なんか勘違いしてる! ま、冷たい方がいいけどねぇ」
 ごくごく、むり子がグラスに注がれたミルクを飲んで、トン(ドオン!)と、テーブルにグラスを置いた(叩きつけた)。
 強暴、女じゃねぇ……などというひそひそ声が聞こえてくるが、多分自分のことではないだろう、ないはずだと無視して、むり子はマスターに話しかけていく。
「一応戦争は終わったわけだけど、最近荒野の具合はどんな調子よ。私も大概うろいてるけど契約者の仕事やってる事の方が多いからさ。どーも恐竜騎士団は和平が結ばれた後もよそで小競り合いやってるみたいだし、暇があるときは私も誰かがヤンチャやってないか見回りはするけど、私の見てないとこではどーなってるかなーと」
「戦争が終わる前に戻ったってところかな。戦争中も、特にこのあたりは変わらなかったけどね。この子達は色々嫌な思いしたり、ボロボロになって帰ってくることも多かったけれど」
 店主は優しい口調でそう話した。
 大荒野が自治区となったため、恐竜騎士団は今や単に、風紀委員会となっている。
 そんなふざけた状況にも関わらず現状が維持されているのは、ひとえに石原校長の手腕であり、シャンバラも帝国も石原校長に文句をつけることが出来ないようだ。
 ……ただ、恐竜騎士団がいつ暴走するかは分からないから警戒は必要だ。
「そっかー。落ち着いたか。……ま、折角平和になったんだから喧嘩はしないにこした事は無いんだけどね。どーも雰囲気を見るに、恐竜騎士団は強さを見せつけなけりゃ存在意義がない感じの集団みたいだし。ツッパらないと舐められる、みたいな」
 はあとむり子は大きなため息をつく。
「勢力を維持する為に暫くこっちで無茶やり続ける気はするのよね。……まあ、数ある荒野の火種の一つといったらそうなんだけどさあ」
「それは困る。大荒野の自治に影響が出るじゃねぇか。恐竜騎士団は撤退すべきだ」
 雑巾を手に、モヒカンの男性が主張する。
「ん? あんた新入り……?」
 そのモヒカン男性は、あまりパラ実生っぽくなかった。
 どこかの学校の生徒、でもなさそうに思える。
 番長の命令で、掃除をしているようだが……。
 ガタン、ドスン、ビタン
 むり子が彼に名前を尋ねようとしたその時。
 分校生がばたばたと動き出す。
「え? 何!? 何その、自習時間に先生が近づいてきた時の生徒のような反応は……あ、そうか」
 カラン
 音を立てて、喫茶店のドアが開く。
「……こんにちは」
「お久しぶりです」
 現れたのは、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)と、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)
 事前に、番長の吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が、よければ帰りに寄ってほしいと連絡を入れてあったのだ。
「夕食、戴いて帰ろうと思って。いいかな?」
 少し照れくさそうに言う優子に、分校生達は「勿論です、総長!」「おいでやす!」「こっちに座ってくだせえ!」口ぐちにそう言って、自分の服で椅子を拭いて、2人を招いていく。
「ってをいコラお前達。なんだ私が来たときとのその反応の差は」
 むり子は抗議するが、誰も聞いちゃいない。
「……くぅー。なんというか人間的に負けてる気分。我慢か。我慢が足りないのかこれは。……マスター、ミルクお代わり」
「はいはい。凶暴さではきっと同じくらいなのにねぇ」
 マスターも含め、分校生達は優子を恐ろしい存在だと思い込んでいる。
「何が違うというんだろう、何が……」
 注いでもらったミルクをぐびぐび飲みながら、むり子は優子とアレナを観察していく。
 優子はとても浮いている。立ち振る舞いがどこか綺麗だから。
 総長というより、この場では日本の姫のようでもあった。
 アレナはにこにこ笑顔を浮かべており、素朴で可愛らしく。店の看板娘の、給仕の女の子という感じだった。
「おう、ホールの掃除当番だれだァ? 漫画が散らばってるぞ。給食当番は、収穫手伝わねェと食事でねェぞ」
 言いながら、番長の竜司が窓から顔を出す。
「ったく、だりーな。どうせ散らばるっての」
「メンドーだけど行くか、アレナちゃん達に美味しいご飯食べさせてやりてぇからな〜」
 面倒がりながらも、当番の分校生達が喫茶店から出ていく。
「……神楽崎」
 そんな分校の中に響いた知り合いの声に、優子はほっとした表情を浮かべる。
「国頭、来てたのか」
「番長が神楽崎を呼んだって聞いたから、待ってたんだ」
 言いながら、国頭 武尊(くにがみ・たける)は分校生達を追い払い、優子に近づいた。
「皆が神楽崎のプレゼントを用意してた時は、仕事の都合でこっちに来れなかったんだ。神楽崎の誕生日を知ってたら、休みを貰って祝いに来たんだがな」
 好意を抱いている相手の誕生日を知らなかったということは、かなりみっともない話だと武尊は思う。
 そして、自分は神楽崎優子のことを実際は、あまり知らない。
 それよりも、優子の方こそ、武尊のことをほとんど知らないはずだ。
 互いに、知らないことが多すぎる。
 いつか、互いを深く知り合える日が来るのだろうか……。
 前途多難すぎる。
 武尊はわずかに苦笑しながら、物質化・非物質化の能力で、非物質化していたスーツケースを取り出した。
「パラ実の石原校長の斡旋で、とある一流企業でバイトしてるんだが、そこで、女性が喜びそうな物を色々見繕ってもらたんだよ」
 スーツケースをテーブルの上に置いて、優子の方へ押した。
「遅くなっちまったがオレからの誕生日プレゼントって事で受け取って貰えないだろうか」
「ありがとう。気を使わせてしまって、すまない」
 優子は喜んで、スーツケースを受け取った。
「しかし、大きいな……? 何が入ってるのか」
「おっと」
 スーツケースを開けようとした優子の手を、武尊は押えて止める。
「これを開けるのは、宿舎に戻ってからにしてくれ。人前で開けられると、流石にオレも恥ずかしいからな」
「そうか。それじゃ、帰ってからアレナと2人で見せてもらうよ」
「ああ。で、これの中身が気に入ったら、身につけた所を見せてくれると嬉しいな。勿論無理にじゃないけどよ」
 その言葉を聞き、優子はスーツケースの中身が、服かアクセサリーだと判断した。
「普段はあまり身につけないものじゃないかと思うけど、機会があったら、必ず。難しそうなら、試着した姿を、写真で送ろうか」
「それは嬉しい。楽しみにしてる」
「私も、中を見るのが楽しみだよ」
 そう、優子と武尊は互いに嬉しそうに微笑み合った。
 武尊は優子の嬉しそうな顔に、ほっとする。
 中身は、セコールの社員が選んでくれたものだ。
 実は中身は知らないのだが、プロが選んでくれたものだから間違いはないと武尊は思ってた。
(きっと気に入って貰えるはずだ。次に会う時が楽しみだぜ)
「だが、国頭……お前、病気は大丈夫なのか? 働いたりして……」
「ん? ああ、最近調子がいいんだ。仕事が合ってるみたいでな」
「そうか、それならよかった」
「国頭ィ、お前も腕相撲参加しねェか? 勝った奴が明日の日直だ」
「ん? ……よし、やるぜ。俺の相手になるのは、番長くらいだがな」
 突如竜司に呼ばれて、武尊は日直決めの腕相撲戦に参加をすることに。
 非契約者は両手と体重をかけても良いということになっている。
 契約者同士は、通常通り片手のみで勝負する。
「お待たせ〜。チャーハンだけどいい?」
 むり子が観戦している優子とアレナに料理を持ってきた。
「ありがとう、いただくよ」
「ありがとうございます」
 優子とアレナは、チャーハンとスープを受け取って、スプーンをとってありがたく食べ始める。
「腕相撲かぁ……私も参加しようかな」
「止めてくれ、腕が折れる!」
 むり子のつぶやきに対し、分校生が思い切り拒否する。
「ほほう、そんなに熱烈に参加を求められちゃ、やるしかないわねぇ!」
 むり子は、ほっかむりを結びなおして気合を入れ、ずがずかと腕相撲場へと歩み寄った。
「はは……」
 優子とアレナは、そんな分校生達の様子を、微笑ましげに眺めていた。

「プレゼントってわけじゃねェが、俺も見せたいモンがあってなァ」
 分校生達が騒いでいる中、竜司がモヒカンの男性を連れて近づいてきた。高校生には見えない男だ。
「窓の外を見てみな」
「ん?」
 言われて、優子が窓の外に目を向けると――そこには、見慣れぬ生物。
 恐竜がいるではないか!
「総長、新しい舎弟が増えました!」
 お納めくださいとばかりに、竜司はモヒカン男性を優子の方へと押した。
「驚いた、すげぇ驚いた。総長が女だか偉いだとかすげぇんだとか、聞いてたが、ホントにロイヤルガードの隊長さんだとは。よろしくたのんます!」
 ぺこんと頭を下げたのは、元従恐竜騎士。
「…………」
 優子は反応に困った。大いに困った。
「よろしくお願いしますっ!」
 代わりにぺこりとアレナが頭を下げる。
「っと、俺は番長に拾われた野良恐竜使いで、断じて恐竜騎士団とは関係ないんで、そこんとこよろしく」
「う、うん。吉永……面倒見切れるのか?」
「問題ないぜェ。コイツは逃げ足だけは速いからなァ」
「そうか……。それならいい、のか……?」
 疑問の残る顔の優子に、細かいことは気にするな、任せておけと、竜司は言い自らの胸を叩いた。
「そうだな。良い仲間が出来たのなら、よかった。……ここには色々な立場の者が集まるんだな、本当に」
 優子は淡い笑みを見せた。
「だが……」
 しかし、そう言葉を続けて、優子は顔を曇らせていく。
「なんだ? 不満があるんなら言ってみろ。ここはお前の分校なんだから、我がままいっていいんだぜェ」
 竜司はモヒカン男性を下がらせて、優子とアレナの向かいにドンと腰かけた。
「いや、不満はない。ただ……もしかしたら、私は教導団に留学することになるかもしれない」
 分校生達に聞こえないよう、優子は竜司に顔を近づけて小声で語った。
「未だに教導団をよく思わない分校生もいるんじゃないだろうか? だから、もしそんなことになった時には――私は教導団に潜入しているとか、何か適当に皆を宥めてはもらえないだろうか。少なくても、私はシャンバラ国軍の軍人として生きるつもりは、ない。……今のところは」
「それは構わねェが。なんか悩んでるみたいだなァ? 軍人になりたきゃ、なってもいいんだぜェ。逆に、遊んで暮らしたきゃ、遊んで暮らせばいい」
「……」
 迷いの見える顔の優子に、竜司は自分の考えを話していく。
「オレは決まった将来ってのは考えたことはねぇが、これだけは言えるぜ。優子の体はもう優子1人のもんじゃねぇ」
 ロイヤルガード隊長や総長として人の上に立つ立場だ。
「だが、心は自分のもんだし、誰の指図も受ける必要はねぇ。誰かの思惑とか周りの事は考えるな、“自分の心を優先しろ”。後で失敗と感じた時に、自分以外の何かの所為にしたくならないためにな」
「自分以外の誰かの、せい……」
 呟いたのはアレナだった。表情を曇らせて、俯いている。
「優子とアレナが一心同体なら、二人できっちり話し合って将来について決めるべきだぜェ。アレナもこの際言いたい事ははっきり言っちまった方がいいぜ、何でも言い合うのがパートナーってもんだろ?」
 竜司の言葉に、アレナはちらりと優子を見た。
 そして、こくりと頷く。
「オレの女がどんな将来を選択しても、オレはそれに何も言わずに見守ってやるぜェ。オレは心が広いからなァ、ガッハッハ」
 竜司はそうふんぞり返って笑う。
「そうか、キミは自分の彼女の自由を許し、見守っているんだな。大きな男だ」
 優子は少し勘違いをしながら、気を緩ませて、微笑みを見せた。
「……さて、そろそろ帰るよ。祭りのラストまでに戻るように言われてるんだ」
「そうか。引き止めて悪かったな」
「いや……ありがとう。楽になった」
 言って、優子はふざけながら片付けや、食事の準備をしている分校生達を眺めた。
「なんだかここは、別世界のようだ。この場所が、このまま存在し続けてくれたらいいと、今は思ってる」
 優子はアレナと共に立ち上がって店主に礼を言い、分校生達と竜司にまた来ることと、今度は土産を持ってくることを約束して、分校を後にした。

 ちなみに、国頭武尊は優子の見送りに顔を出さなかった。
 優子と竜司のやりとりをちらちら気にしていた彼は、優子が竜司に顔を近づけてなにやら深刻な話をしていたこと。竜司の口から『優子の体はもう優子1人のもんじゃねぇ』とか、『一心同体』だとか、『二人できっちり話し合って将来について決める』とか、『俺の女……将来……』とか、そんな言葉が出ていたことと、その言葉を聞いた優子が安心したような笑みを浮かべていた事実を目の当たりにしてしまい、たまらずテーブルにつっぷしていた。

 もう一つちなみに、武尊が優子に贈ったスーツケースの中には、世界的下着メーカー「セコール」の各種高級下着が入っていた。
 繊細なレースを使い、自然なカッティングと縫製。
 ずっと見つめていたくなるような完成度の高い刺繍が施され、見る者と身に付ける者、その双方の心を捉えて虜にすると言われている。
 ……そんな宝石細工のような、とても美しい高級下着だ。
 宿舎に戻って中を確認した優子は、アレナが見守る中、しばらく固まっていたという。
 下着をプレゼントされたことにもだが、それより彼と交わした約束を思い出して。