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ありがとうの日

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「確認させてください」
 しばらくして、イルマ・レスト(いるま・れすと)がレストに話しかける。
「あなたは、ユリアナのことをどう思っていたのですか?」
 レストは何も答えない。
「私、シャンバラ人としては、国を裏切ったユリアナを許しません。死は当然の報いです」
 イルマの言葉に、パートナーの朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が視線を落とす。
 テストパイロットの護衛をしていたあの時。
 イルマはユリアナが裏切ると主張していた。
 それを信じて、きちんと行動をしていれば……後悔先に立たずだが、悔やまれてならなかった。
「……ですけれど、彼女のあなたに対する想いは真摯でしたし、一途だったと思います」
 イルマはそう言葉を続け、千歳は頷いた。
「もう少し待てば、彼女は大手を振ってあなたに会えたのかも、しれない」
 戦争が終わり、シャンバラと帝国が和平を結び、平和が戻っても――死んでしまった人は戻らない。
 千歳は何を言ったらいいのか、わからなくなっていく。
「その彼女の想いを、あなたは知っていましたか? 今、知りましたか?」
 イルマの問いに――。しばらくして、レストは低く答える。
「知っていた。だから、利用しようとした」
「……」
 彼女の想いに気付き、受け止めていたのなら、彼女にとって救いだと思う。
 だけれど、利用しようとしていたという言葉に、イルマはひっかかりを覚える。
「嘘だ……嘘にしか、聞こえない」
 ケイが首を左右に振って、そう言った。
「おぬしの言葉は、演技にしか聞こえんのだ。わらわたちとの間だけでも、本当のおぬしをみせてもらえぬか」
 カナタが穏やかに語りかける。
 レストは目を伏せて、首を左右に振った。
「わらわとケイは一度おぬしに命を拾ってもらった身の上。和平が成立した今、おぬしの力になれればと思っておる」
「……ユリアナの遺体を求めていたのは……彼女に、愛情があるからじゃ、ないのか?」
 皆の視線がレストに集まっている。
 カナタとケイの問いかけに、レストは爪が食い込むほど、強く拳を握りしめて。
 誰のことも見ずに。
 つばを飲み込み、吐き出すように言う――。
「巻き込んだことに、責任を感じている……。幸せにしてあげた、かった……」
 次の瞬間、顔をそむけて立ち上がる。
 途端、ふらりとよろめくが、手を貸そうとしたケイの手を振り払って。
 レストは部屋から出て行った。
「国に戻って、妹さんを幸せにしてあげて欲しい。離れている間に、彼女達だって死んでしまっていたかもしれない。これからは、ちゃんと側で護ってあげて……」
 彼の背に向かって、千歳は語りかけた。

 少し前に退出をした呼雪は、ヘルと並んで、階段を下りていた。
 その後ろに、アレナを挟みユニコルノとタリアが続く。
(もう少し早くこうなってたら、彼女の辿る道も変わったのかな……)
 ヘルはそう考えるが、口には出さなかった。
 ちらり、とだけ、呼雪を見る。
 彼はいつもと変わらぬ表情だった。だけれど、その胸に抱えている感情は、痛いほどに解る。
 以前、ヘルが自分を犠牲にして世界を守ろうとしたとき。
 呼雪は『誰かの犠牲で成り立つような世界になんて生きていたくない』と言った。
 そんな彼だから――。
 シャンバラや仲間を守るためとはいえ、ユリアナの願いも叶えられずに命を奪った事に、傷ついたはずだ。
「お前の事も、いつか手に掛ける時が来るかもしれないと、腹を括っていた時もあった」
 呼雪が前を見ながら小さな声でそう言った。
「知ってる」
 ヘルはそっと目を伏せる。
 だから……。
 ヘルは彼女のことを他人事とは思えなかった。
 彼が、呼雪が前にそうしてくれたように、彼が秘めている悲しい想いを……。
 今度は、自分が。
 そう思いながら、並んで、同じ速度で、一歩ずつ、階段を下りていく。

 ユニコルノはアレナにユリアナと呼雪のことを、知り得る限り話した。
 大切な人と一緒にいたい、役立ちたい。
 戦争の前に言っていた、彼女のそんなささやか過ぎる願いすら、叶えられなかった呼雪の無念な気持ちも……。
 呼雪の後に続きながら、3人で並んで階段を下りて、外へと出て。
 海の方へと歩いていく。
「思うことがあるのなら、後で悔やまぬよう口にだして欲しいのです。自分では些細だと思うような願いも、悩みも……我侭でも」
 そう話すユニコルノの隣で、アレナはどこか辛そうな顔で、ただ足下を見ていた。
「アレナさんには、出来れば百合園を卒業なさるまではヴァイシャリーに留まって頂いて、今しか得られない時間を過ごして欲しいと思うのです」
「今しか……得られない時間」
 ユニコルノは頷いて言葉を続ける。
「お友達や仲間をもっと沢山作って、アレナさんだけの特別で大切なものをもっと見付けていって欲しいなって……私の、我侭です」
「大切なものが増えることは、いいことなのでしょうか……。『ひとつ』だけだった、ユリアナさんの生き方……素敵だと思いました。私はもっと、優子さんの剣の花嫁として、優子さんのために役に立てるように、なりたいです。その為には、百合園にいない方がいいんじゃないかとも、思えて……」
 ぽつぽつと、アレナは悩みを口に出していく。
 百合園にいたら、自分は優子の剣の花嫁と見てもらえない。
 これまでもこれからも百合園――百合園の支配者のラズィーヤにとって、自分はシャンバラのために作られた道具。女王器なのだと。
 自分は道具として使われ続けるだろうし、そのせいで、優子にも余計な負担を背負わせてしまう、と。
「そうね……私はまだこの国の事情には疎いけれど」
 アレナの話を聞き、言葉を発したのは花妖精のタリアだ。
「その人は自分の個人的な感情は後回しに、全体を見る必要がある立場の方なのかしらね。時には冷酷な判断を下さなければいけない時もあるし、人を利用しているように見えてしまう時もある」
 タリアもラズィーヤの噂くらは聞いている。
 大荒野の戦い、ユリアナの顛末に関しても、裏で糸を引いていた人物の一人だと。
「厳しい時代に人を纏める家に生まれた者の運命ね。でも逃げずに向き合っている」
 タリアの言葉に、アレナは表情を沈ませる。
「相当疑問を感じているようね? それなら、知ろうとするのも大切よ。貴女には、それが出来る条件も機会も揃ってるんじゃないかしら?」
 ヴァイシャリーの英雄と呼ばれて、慕われている彼女なら、ラズィーヤにより近づくことも、立場を得ることも、望めば出来るということ。
「百合園を離れれば、もしかしたら……とも思います。でも、百合園にいたのなら、私は対等にお話しすることも、自我を許してもらうことも、出来ないと思います。シャンバラの為には……ラズィーヤさんにとっては、私は役に立つ道具じゃなきゃ、ダメなんです。感情なんてない方がいいはず、なんです」
 アレナはユニコルノを申し訳なさそうに見た後、思いをゆっくりと語っていく。
「他の学校は、地球人が治めています。蒼空学園や薔薇の学舎は権力者の初代校長が校長ではなくなったことで、より生徒達の自治に近づいたと思います。でも、百合園を治めているのは、地球人でさえありません。校長に象徴となるような優しさと外見をもった人物を挿げているだけで、実際はパラミタ人のラズィーヤさんが仕切っています。今までは、地球の日本人として誇り高い方々が、生徒会役員としてラズィーヤさんに意見を出して、百合園の政治を担当していましたけれど……今後は、まだどうなるのかはわかりません。少なくても、道具である私は校長が桜井静香さんである限り、責任のある立場についてはいけないと思います。操り人形ばかり置かれている独裁校に、よりなってしまうから」
 また、アレナは……。
 静香は自分が校長に相応しくないことは、良く解っているだろうに。
 ラズィーヤに脅されて、校長を務めているように思える。
 そうではないのなら。静香が本当に百合園のことを考えているのなら、校長はもっと相応しい地球人に……ラズィーヤと対等に渡り合える地球のお嬢様に変わってもらおうとするのではないかと。
 そんな疑問、疑心を持っていることを、ぽつぽつ、語っていく。
「優子さん達が、生徒会役員を辞めた百合園では……私は、道具としてしか、生きさせてもらえない、と思います。ラズィーヤさんは、私を道具として利用するために、優子さんを操ろうとする、と思います。それが本当に嫌で、すごく……すごく、辛いです。だから……どうしたらいいのか、わからない、です」
 アレナの声は次第に小さくなっていく。
 顔を上げて、呼雪の背を見て。
「私は……こうしていつも、自分のことばかり……」
 そしてまた、彼女は俯いた。

「シャンバラは何処へゆくのだろうか」
 コウは、会合には参加せず、マリザファビオと共に、会議室入口の警備についていた。
「未来は、訪れてみないと分からないけれど……。望まない未来が訪れそうならば、足掻くことは誰にでもできる」
 ファビオは、会議室から出ていく人々を見守りながら、そう言った。
「エリュシオンとはまた、戦うこともあるのかしらね……そんな時には」
「今度は、子供であったレイル・ヴァイシャリーを戦場に出したりせずに戦えるよう、強くあろう」
 マリザの言葉の後に、コウはそう続けた。
 マリザは頷いて、レイルの事を思い浮かべる。
「そう、次は守るべき者であったレイルを戦場に出したりせずに戦えるよう、強くあると誓う。女王の騎士は、王国を守る盾なのだから」
 コウとマリザの誓いに、ファビオはごく軽く、笑みを浮かべた。
「2人とも、十分強い。……強い強い」
「なんか皮肉に聞こえるんだけど……!」
 マリザがファビオを肘で小突く。
 ファビオは小突かれた肘を押えながら、穏やかに微笑した。