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ぼくらの刑事ドラマ

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chapter.4 増多元教授について(1)・暴走 


 半壊したステージを修理するため、一旦会場は休憩タイムとなっていた。
 主催者側が予想していた演劇とは違ったが、なんだかんだで興味を持たせることには成功したのか、この時点で会場から離れて帰ろうとする観客は少なかった。むしろ、「なんだか変わったイベントがあるらしい」ということで、新たに足を運ぶ者も少なくないようだ。
 神代 明日香(かみしろ・あすか)も、その中のひとりであった。
「実際にどのような犯罪が巷で起こっているのか、学べる良い機会ですね〜」
 最近の治安の悪化を明日香も感じていたのか、彼女の言葉からはイベントに対する興味が強いことが窺える。きっと彼女は、純粋に、防犯について知りたい一心で会場に来たのだろう。
 故に、そんな純真な気持ちを汚そうとしている卑劣な人間がいることなど、彼女は想像すらしていない。

 増多 端義(ますた・はなよし)
 かつて空京大学に特別講師として招かれたその男は、別の顔も持っていた。それが、国際女性観察機構(WWO)の理事長である。
 主な活動を女性の観察に置いているその機関は怪しさも含む一方で、フェティシズムに関する研究で多大な功績を残しており、今まで団体及び会員の存在が黙認されていた。
 しかし、数ヶ月前、理事長である端義がわいせつ罪などにより逮捕されたことで、団体の規模、活動範囲は縮小傾向にあった。出所した端義は、その現状を大変憂いたという。
「女性はもっと見られるべきだし、男性はもっと見るべきである」
 これは、端義が出所後同士たちに向けた放ったメッセージだ。そして、それを体現すべく、彼は再び活動を本格化させた。手始めにと狙ったのが、このイベント会場付近である。
 斜面が多いこの地形を利用し、下方からのアングルでターゲットを捕捉した後は、一瞬の閃きを逃さず脳に焼き付ける。彼が描いた作戦は、完璧であった。
「お……早速いるじゃないか。無防備ガールがね」
 端義は長く続く階段の下に位置取り、対象を見上げた。それが、明日香だった。
 明日香はそのピュアな心を象徴するように、清純そのものと言える服装をしていた。白いブラウスにふりふりのスカートを合わせ、上品さと可愛さを兼ね備えている。下半身はニーソックスで半分ほど覆われており、短い丈のスカートとの間から太ももがちらりと覗いている。端義は、とてつもなく興奮した。
「いい、この格好はとてもいいね」
 おまけに、階段の多い道で歩き疲れたのか、明日香は息が少しばかり乱れていた。はぁ、はぁというその呼吸は聞く者によっては扇情的な息づかいとなる。端義のいる位置は彼女から数メートルは離れており、通常であれば聞こえることのないものだが、感覚を研ぎすました彼にとってそれを聞き取ることは容易であった。
「乱れた息の数だけ、綺麗になれるんだよ。だからもっとはぁはぁ言うといい」
 ぽつりと、聞こえないように、明日香が振り返ってしまわないように小さく端義が呟いた。さすがつい数日前まで獄中生活を送っていただけあって、危険なにおいのする発言だ。そして危険なにおいには、危険な者が群がる。
「熟れたフトモモ〜見えるのぞき坂〜」
「しっ、ここで歌うのはマナー違反だよ」
「おっと、それもそうだな。オレとしたことが、初歩的なミスをしちまった」
「それはそうと、また会ったね」
 端義がいくつか言葉を交わした後、手を差し伸べる。鼻歌を歌いながら彼の前に現れた危険人物、それは弥涼 総司(いすず・そうじ)だった。のぞき部の部長として、この「のぞき坂」と呼ばれる場所を訪ねざるを得なかったのだろう。蜜に誘われるように、彼はここに来た。そして、同じ蜂である端義と出会うべくして出会った。
「久しぶりだな、あの満員電車以来か……」
 総司は、数ヶ月前彼と出会った時のことを思い起こしながら言う。あの、女性を触りまくった端義が捕まった時のことを。
「やはり君も、女性を観察しにここに来たんだね」
「部長として、やるべきことはやらないとな。端義さんも相変わらずそうで安心だ」
 握手を交わしたふたりは、挨拶もそこそこに上方へと視線を移した。明日香の見えそうで見えない太ももからお尻にかけてのラインが、ふたりの目を奪う。ごくり、と喉を鳴らす音がした。さらに、明日香が「段差に気をつけないと、踏み外したりしたら危険です」などと言って足元に意識を傾けたことも追い風となった。イコール、こちら側に意識が向いていないということだ。
「あ、そうそう、もうちょっと足を高く……」
「くそっ、こんな絶好ののぞきスポットなのに、肝心のブツが惜しいところで見えない……!」
 端義と総司は、体がくっつくほどに並んで仲良く明日香の方を見上げている。その様は、紛れもなく不審者のそれである。と、端義があることに気付いた。
「む……見てくれ、あの子の服、僅かに透けているよ!」
 カッ、と総司が目を見開く。彼の言う通り、汗でもかいたのか、明日香の衣服は透明度を増しており、あわよくば下着のラインが見えかねない状態になっていた。
「こいつぁグレートだぜ……」
 恍惚の表情を浮かべる総司。さらに明日香は、無邪気さゆえのサービスを披露してしまう。
「ふー、ちょっと暑いですね〜」
 そう言うとなんと、彼女は手でスカートの端を掴み、階段の踊り場でそれをパタパタしだしたのだ。もうこれは見えている。見えていてもおかしくない。いや、むしろ見えなければおかしい。
「おおっ、おおおおぉっ」
 声を揃え、前のめりになる端義と総司。ド変態だが、まあこの状況で男なら誰でもこうなるだろう。彼らを咎めることは出来ない。2、3回あおいだ後明日香は階段を再び上っていき、会場へと姿を消した。残されたふたりは、満面の笑みを浮かべている。
 が、幸せは続かないのもまた、世の常であった。明日香の無防備サービスの余韻に浸る端義と総司の元に、不吉な気配が迫る。
「ねえ、ちょっとこっちに来てくれる?」
 後ろからそう声をかけたのは、見知らぬ美女だった。アイドルのコスチュームを着たその女性は、相応の露出度を持っており、興奮冷めやらぬ総司はすぐにそれに反応した。そのまま引き込まれるように美女の後をついていった総司、そして総司の後を追っていた端義は階段脇の、人目につかない地点まで導かれた。
 こんな場所で、何をしてくれるんだ?
 通常であれば怪しさ満載の誘いだが、明日香の一件でテンションが上がっていたふたりは、ほぼ無警戒だった。美女がくるりと振り向き、ふたりに話しかける。
「ねえ、ラブドールって知ってる?」
「え?」
「アタシの方はさー、いなきゃいいなって思うラブドールさ……」
 何の話だろう。そう首を傾げた次の瞬間、美女の姿が一変した。ドロドロと溶け出したそれは、瞬く間にゲル状へと姿を変えてしまった――否、おそらくこれが元の形、そう、元に戻ってしまった。同時に、物陰から別な姿形の女性が出てきた。それは、総司のパートナー、季刊 エヌ(きかん・えぬ)だった。どうやら今のは、彼女が粘体のフラワシで生み出したダミーだったようだ。先程からのセリフも、陰からエヌが言っていたのだろう。エヌは血相を変え、ふたりにそのフラワシを仕向ける。
「勝手にフラワシ使いにされた気持ち……分かる!?」
 エヌの背後から、粘体のフラワシが触手のように伸び、総司に襲いかかった。
「うおっ!?」
 総司に触手が絡み付くかに思われた時、彼を庇うように横からもうひとりのパートナー、飛良坂 夜猫(ひらさか・よるねこ)が飛び込んできた。
「これは……怒りで我を忘れとるのう」
 エヌの暴走を止めようとする夜猫だったが、想像以上にそのフラワシの力は強かった。
「っ!?」
 ねばっとした感触が四肢にまとわりつき、夜猫はあっという間に動きを封じられてしまった。エヌのフラワシから伸びる粘体はさらに本数を伸ばし、夜猫の体に付着する。夜猫は、むず痒さに襲われ思わず体をよじる。
「こ、こらっ、変なところをっ……!」
 目の前で危うげな光景が繰り広げられる。普通であれば興奮する総司だが、さすがにパートナー同士が絡み合っているのは止めなければならないだろうという使命感を覚え、エヌを止めに入った。
「いい加減に……っ!?」
「憂さ晴らしの邪魔しないでよね!」
 完全に見境をなくしたエヌは、夜猫に絡み付いていた触手を解放すると、そのすべてを総司へと仕向けた。偶然か意図的かは分からないが、その触手は総司のお尻に向かっていた。危険を感じた時にはもう遅く、彼のお尻にべちゃりとそれが絡み付く。
「おっ、おっ、こんな、とこ、にっ……!」
 諸事情により描写は割愛するが、総司は倒れた。傍では、夜猫もぐったりと横たわっている。いとも容易くふたりをノックダウンさせたエヌは、込み上げる笑いを抑えることが出来なかった。彼女はゆっくりと背後のフラワシを見上げる。
「なんだ、力を使うって、こんなに簡単なことだったのね……」
 言うと、エヌは自らのフラワシに向かって堂々と告げた。
「それを教えてくれたアナタに、名前をつけてあげる。Eight Easy Steps(エイト・イージー・ステップス)、それが今日からアナタの名前よ」
 エヌ、フラワシに命名を完了。総司と夜猫、戦闘不能。



「はぁ……はぁ……なんだったんだ、アレは……?」
 一方、エヌが総司たちに気を取られているうちに彼女の凶行から間一髪抜け出した端義は、再び女性を観察できるスポットへと移動していた。端義はコンジュラーではないためフラワシ自体は見えていなかったが、総司が何かに動きを制限され、あられもない格好になっていたことから危険だということは何となく分かった。
 息を落ち着かせ、平静さを取り戻そうとする。何回か深呼吸を行ってから歩いた端義は、丁度いい角度の坂に辿り着いていた。
「これは、なかなか素敵なパワースポットじゃないか」
 しかも、おあつらえ向きとばかりに彼の前方、つまり坂の上の方にはひとりの女性と思われる人物が歩いていた。何の因果か、先程の明日香と同じような、ミニスカートとニーハイソックスという格好で。それを見た端義が「これは神様の思し召しだ」と感じるのも、無理ないことだろう。
 が、今回は明日香の時のようにはいかなかった。その相手が、早々に端義の存在に気付いたためだ。
「うー、まさか僕が囮をやるはめになるなんて……イリスは本当に鎧使いが荒いなぁ……もう慣れたけどね」
 ひとりごとを言いながら歩いていたその人物は、魔鎧のクラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)だった。クラウンはその言葉通り、契約者の命を受け、端義を成敗するため、囮としてあえてこの場所を歩いていたのだ。それゆえ、いち早く端義の出現を察知していた。
「ほ、本当に出たよ……大丈夫かなぁ」
 やや後方に端義の気配を認め、クラウンが呟く。それは、囮作戦が成功するかどうかの心配ではなく、契約者であるイリス・クェイン(いりす・くぇいん)がまったく加減しないのではないかという心配だった。
 その本人、イリスはと言うと。
「やっぱり来たわね、変態と名高い増多端義元特別教授……ああいうどうしようもない変態は、しっかり捕まえて二度と悪さが出来ないようにボコボコにしてやらないとね」
 クラウンの心配通り、手心加える気ゼロだった。イリスは自分が指示した通り、フェティシズムを刺激させるような服装をクラウンにさせ、網に引っかかった端義を陰から眺めつつ、その赤い瞳はしっかりと侮蔑の感情を込めていた。
「犯罪をなくすのなんて、防犯イベントなんかするよりこっちの方がよっぽど早いじゃない」
 そう言ってイリスは、無防備な端義の背後へと近づいた。端義は、クラウンの下半身を熱心に見つめている。
「傾斜的には、もう50センチくらい距離を空けた方がいいのかな……」
 どうやら彼は、スカートの中をどうすれば見れるか試行錯誤しているようだった。すぐそばに、大いなる危険が迫っているとも知らずに。
「後ろに、っと……」
 端義がベストポジションを掴むため、後ずさりした。自ら標的が接近してきた、これはチャンスだと確信したイリスが、手に魔力を込める。このまま静かに仕留めよう。そんなイリスの思惑はしかし、予想外の形で破られた。
「こらぁ!! 増多!」
「!?」
 突如周囲に大声が響き、イリスは一瞬体が固まった。もちろんそれは端義も同様で、辺りを見回す。端義はすぐ後ろでイリスが攻撃姿勢を取っていたことにも驚いたが、それよりも驚いたのは自分に向かって猛ダッシュしてくるひとりの大男の存在だった。
「これ以上の行いは俺が許さねぇ! 現行犯で捕まえてやる!!」
 土埃を上げながら突進してくるその人物は、空京大学の生徒であるラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)だった。彼もまた、イリス同様、端義のことをずっと見張っていたのだ。
 一時とは言え、大学で講師として働いていた男。そんな男がまた罪を重ねたら、大学の名が汚れてしまう。ラルクがあんぱんと牛乳をお供に監視を続けていたのは、そういった理由からだった。その言葉を聞いたイリスもまた、加勢が現れたのだと理解し、ラルクに話しかけた。
「奇遇ですね。私もこの人は許せないと思っていたところです。一緒に捕まえましょう」
「おう、どこの誰かは知らねぇが、助かるぜ!」
 ラルクがイリスの呼びかけに応じ、ふたりは前後に分かれて端義を挟み込んだ。ただでさえ広くないこの道、もう逃げ場はなかった。
「今ならまだ罪を重ねずに済む。大人しく投降して、警察に行こう!」
 端義へと語りかけるラルク。だが、端義はこの期に及んで言い逃れを始めた。
「いや、これは違う。誤解だ。僕は斜面と可視範囲の研究を数学的見地から行っていただけで……」
「言い訳なんて聞きたくないぜ! もう教授じゃないとはいえ、さっさと罪を償うべきじゃないのか!?」
 ラルクは悲しそうな表情をした後、強い決意を持った眼差しで彼を見据えた。その目は、実力行使でもって端義を捕まえることを訴えている。
「見苦しいのは、嫌いです」
 イリスがファイアストームを放つ。両の手から放たれた炎はあっという間に端義の衣服に燃え移り、焦げ臭い臭いを生んだ。
「あつっ!? ちょ、これ、火……!」
「安心しな、体に傷はつけないでおいてやるからな」
 続けざまに、ラルクが真空波をお見舞いした。炎を消そうとあたふたしていた端義に、空気の刃が襲いかかる。それは紙一重のところで肌に届かず、彼の焦げかけていた衣服を斬り裂いた。ここまでは良かった。
「うわっ……」
 端義が、攻撃を受けた自らの体を改めて見下ろす。同時にラルクも「……あ」と短く声を発した。なんと、ラルクが力加減を間違えたのか、イリスの炎が範囲を拡大させてしまったのか、端義は一糸纏わぬ姿になっていた。当然これは、ラルクもイリスも意図したところではない。
「きっ、気持ち悪い! そんな見たくもないもの……!」
「イリス、大丈夫!?」
 囮として坂の上にいたクラウンが、慌てて駆け寄り自分の体をブラインド代わりにする。
「わ、わざとじゃないぜ? とりあえず警察に連絡を……」
 ラルクが困ったように電話を取り出した。それが、この場で端義に残された唯一のチャンスだった。
「このままじゃ、公然わいせつ罪で捕まってしまう! 僕はそこまで露出癖のある人間ではないからね!」
「あ、待て!!」
 端義はラルクの脇をくぐり抜け、一目散に逃げ出した。後ろから聞こえる怒号に耳も貸さず、彼は一心不乱に走り抜ける。全裸で。