薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

ぼくらの刑事ドラマ

リアクション公開中!

ぼくらの刑事ドラマ
ぼくらの刑事ドラマ ぼくらの刑事ドラマ

リアクション


chapter.7 わいせつ罪について(2)・時代劇 


「何考えてんの?」
 さすがに放送コードギリギリの演劇を見せられ、主催者側も口調が荒くなってきた。
「観客が今変な感じになってるから、ガラッと雰囲気変えないとダメだからね!」
 雰囲気をガラッと変える……それならば、次の演目はぴったりじゃないかと生徒たちは互いに顔を見合わせた。その間にも、着々とセットは組み直されている。



「第5部 悪事は見過ごさないようにしよう」

 少し時間が空いた後、組み上がったセットはこれまでとはまったく違う、昔の時代の家屋だった。ステージには畳がしかれ、周りにある家具なども江戸時代を連想させるそれであった。
 そう、ここでまさかの時代劇スタートである。一見防犯啓発とは何ら関係のないもののように思えるが、コンセプトとしては「贈収賄などに代表される官民癒着の醜さを世に伝える」ということや「公的権力の偉大さを啓蒙する」というものがあるようなので、ギリギリセーフという扱いを受けた。警察や警視庁に官民癒着の体質がまったくないのかと問われればそこは沈黙するしかないが、ともかく表向きの理由が立てばそのへんは大丈夫なのだ。

 畳の上には布団がしいてあり、芦原 郁乃(あはら・いくの)が具合の悪そうな顔で横になっていた。脇で彼女を看病しているのは、パートナーの秋月 桃花(あきづき・とうか)だった。
「ごほ……ごほっ……いつもすまないねぇ……」
「大丈夫!? 郁……おかぁちゃん!」
 どうやらふたりは、病弱な母とそれを看病する娘という役柄のようだ。口調も変え、ばっちり郁乃と桃花は役になりきっていた。よく見るとセットも、障子に穴が開いていたり、クモの巣がはってあったりと貧しさが主張されていた。きっと薬も買えない、かわいそうな一家なのだろう。
「体が弱いばっかりに、お前さんには迷惑を……」
「それは言わない約束よ、おかぁちゃん」
 体を寄せ合い、悲しい表情を浮かべるふたり。と、障子戸が勢い良く開いた。驚く彼女たちの前に立っていたのは、いかにも悪そうな面構えをした黒髭 危機一髪(くろひげ・ききいっぱつ)だった。
「おい、金は出来たんだろうな!?」
 黒髭はその屈強そうな外見で、郁乃と桃花を脅しにかかる。桃花は郁乃を庇うように手を広げ、泣きそうな表情で懇願した。
「もうちょっと、もうちょっとだけ時間を……!」
「もう待てねえ。金がないなら……アレだ、体で払ってもらおうか!」
 貧乏な家庭はどうやら借金も抱えていたらしい。郁乃が布団から体を起こし頭を下げようとするが、女性で、しかも病弱の身とあっては無いに等しい抵抗だった。
「おかぁちゃん! おかぁちゃん!」
「待って、どうかこの子だけは!」
 しかし娘役の桃花はあえなく黒髭に捕まり、強引に手を引かれながら部屋を出て行った。ひとりになったステージで、母親役の郁乃からは後悔と絶望のセリフが出る……かと思いきや、その口からは予想外の言葉が飛び出した。
「ここまでは、予定通りだよ……!」
 まさか、桃花は囮だったとでも言うのだろうか。郁乃は素早く布団から跳ね起きると、着ていた和服を脱ぎ捨てた。彼女が下に着ていたのは、丈の短い忍者風の衣装だった。なぜか網タイツもはいているのはご愛嬌だ。
「待っててね、桃花ぁ〜!」

 そこで舞台は暗転し、セットが慌ただしく組み直された。和風の雰囲気はそのままだが、先程のものと比べると見るからに高級感に溢れている。そこでは趣味の悪そうな色の座布団に座り、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)とパートナーの魔鎧 リトルスノー(まがい・りとるすのー)がくつくつといやらしい笑みを浮かべていた。
「お代官様、山吹色の銘菓、袖の下にございまスノー」
「小雪屋、そなたもワルですねぇ」
「いえいえ、お代官様ほどではありませんでスノー」
 そんな会話を交わしながら、リトルスノーは包みをクロセルに渡した。受け取ったクロセルの手に、ずっしりとした重みが加わる。悪代官と悪徳商人のよく見かける一場面である。
「ところでお代官様、今日は特別に、お代官様のためにもうひとつ、お土産をお持ちしたんでスノー」
「気が利くではないですか、小雪屋。して、その土産とは?」
 クロセルに促されたリトルスノーは、パンパンとオーバーアクション気味に二度、手を叩いた。するとセット奥のふすまが開き、先程も登場した黒髭が姿を現した。当然、横には連れ去られた娘役、桃花もいる。
「おお、これはこれは……」
「先程のは山吹色でしたけど、こちらは桃色の銘菓でスノー」
 桃花の体をじっくりと舐め回すように見つめたクロセルは、ペロリと舌舐めずりをした。演技とはいえ、なかなかのリアリティがある。
「どれ、ちょっとこっちに来てもらえますかね」
 ゆっくりと立ち上がったクロセルが手招きする。怯えた目で彼を見る桃花だったが、黒髭に背中を押され、その胸の中へと押し出されてしまった。
「きゃっ!?」
 その華奢な体を、クロセルが乱暴に抱きとめる。彼の瞳は、欲情に燃え上がっていた。
「どれ、そのままでは息苦しいでしょう。俺が解いてあげますよ」
「い、いけませんっ!」
 言って、クロセルは桃花の帯に手をかけた。このシチュエーションで次に展開されることと言えば、もはやひとつしかない。しゅるる、という音と共に、桃花の帯がクロセルによって巻き取られ、桃花はくるくる回転しながら着物をはだけさせていった。
「よいではないか、よいではないか」
「あ〜れ〜!」
 きっと彼らは、これをやりたかっただけである。
 クロセルが桃花に悪戯をすると同時に、数名が動きを見せた。ひとつは主催者側。彼らは教育上よろしくないこの舞台を止めるため、ステージへダッシュしていた。そしてもうひとつは、舞台上の黒髭である。
「むっ……誰だ、そこにいんのは!? おう、お前ら!!」
 彼は頭上に人の気配を感じ取り、事務員や密林の配達員などの従者をぞろぞろと舞台に上がらせると、「曲者!」というかけ声と共に槍で天井を突いた。
「きゃあっ!?」
 悲鳴が上がり、突き破られたセットから落下したのは郁乃だった。彼女は実は忍びの者で、彼らの悪行を屋根裏から窺っていたのだ。しかしその潜入がバレた今、彼女は袋のネズミである。
「おぅ、お前ら、アレだアレ……ああ、そうだ、『畳んじまえ』だ!」
 ちょっとセリフが頭から抜けてしまった黒髭が、つっかえながらも従者への指示を出す。絶体絶命のはずの郁乃だが、その顔に焦りはない。それもそのはず、本丸は、彼女ではないのだ。
「お前らの悪事、たあんと見させてもらったぜ!」
 凛とした声でそう声を上げながらセットの中に入り込んできたのは、郁乃のもうひとりのパートナー、アンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)だった。その出で立ちは、どこかの将軍すら思わせる風貌だった。
「な、何やら強そうな人が出てきたんでスノー! 先生! 出番でスノー!!」
 大慌てで、リトルスノーが奥に声をかける。そこでようやく、悪役側も真打ちが登場した。
「今宵の刀は、よく斬れるのだ……!」
 不気味なセリフを吐きながら、これまたクロセルのパートナー、マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が出てくる。
「おっ、なんでぇお前は! 用心棒ってヤツか!?」
 アンタルがそれを見て、自身の武器を抜こうとした。応じるように、マナも刀を構える……が、60センチという小柄すぎる身長でそれを持つのは、些か困難であった。
「むっ、くっ……!」
 ふらふらと頼りなくよろけるマナを見て一同は「殺陣にならないじゃん」と困惑したが、マナだけはやる気満々だった。
「こ、これは刀が重くてフラついているわけではないのだっ! これは……そう、酔拳といって……」
 と、芝居がグダグダになりかけたところで、イベントの主催陣がステージに上がり込み、強制的に演目を終了させた。
「子供の教育上良くないのはダメって何回言えば……!」

 演劇が中断され、主催者たちはこの後のプログラムをどうすべきか、改めて話し合いを始めた。数人の男性が「もう危険だ」「どうせ次も下ネタに違いない」などと意見を述べ、イベントはここで中止になるかに思われた。が、そこにひとりの男性がやってきて、事態は変わる。
「こないなとこでやめたら、それこそやりたい放題させただけやん! ここまできたらきっちり最後までやらせて、責任取らせなあかんで!」
「ダ、ダンさん!!」
 周りの者たちがびしっと敬礼をした。明らかに威圧感のあるこの男性は、ハマー・ダン
 今回のイベントを企画した者であり、防犯課の刑事でもある。彼は乱暴な関西弁で指示を出した。
「とにかくイベントは続行や。早いとこ次の準備せえ!!」
「は、はいっ……!」
 そして、最終幕に向けたセッティングが行われた。