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死いずる村(後編)

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死いずる村(後編)
死いずる村(後編) 死いずる村(後編)

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■3――三日目――15:30


 閻羅穴に向かう道には、おそらく死人によるものと思われる簡単な罠が仕掛けられていた。
 エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)が罠に気付いたために、引っかかることは無かったが、その罠がそれほど危険な物ではなかった理由は分からなかった。
 七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)らに護られながら、閻羅穴付近を探索していた。
 閻羅穴へ向かう開けた道の端には無人の屋台が並んでいた。
 売り手も買い手も居ない金魚たちが青いビニールシートに張られた水の中を泳いでいる。
 その前を通り、彼らは閻羅穴の前に組まれた祭壇へと向かった。
「本当の山場弥美が残したもの……」
 小夜子の呟きに、歩は祭壇に置かれた神具らしきものを調べながら頷いた。
「本当の弥美さん――ヤマの影響を受ける前の弥美さんは、ずっと死人を封印する秘祭を執り行ってきた……。
 だから、ここにはきっと何かがあるはずだと思うんだ」
 それが、本当の弥美が残したもの。
 歩は、弥美がヤマの影響を逃れた瞬間を見た。
 それは、もしかしたら弥美の最後の抵抗だったのかもしれない。
 彼女は言った。
 涼司を守って欲しい、と。
(……弥美さんの願い、きっと叶えなきゃ)
 そう強く思って、彼女は祭壇を探ったが、そこにあったのは、何の変哲も無いものばかりだった。
 形ばかり整えられている、そんな感じ。
 奇妙な違和感を覚えながら、祭壇を探っていた歩の後ろで、ぴちゃん、と水音が跳ねた。
 振り返る。
 傍で、既に身構えていた小夜子とエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)が首を振る。
「彼らは元気ですね」
 水音は、どうやら、露店の金魚が跳ねた音だったようだ。
 ほぅ、と安堵の息をもらして、歩は改めて無人の屋台たちを見やった。
「涼司くん、楽しそうに話してくれたんだ。
 昔、秘祭の時に露店を回ってすごく楽しかったって」
「祭りについて彼から話を?」
「うん。山場家の別宅に向かう途中でね。
 お祭りは楽しい思い出だったみたい。綿飴とか、金魚すくいとか……――」
『鬼に扮した村の人たちの所を回った後、穢れを払う為に、寺の後ろにある閻羅穴に――』
 涼司の声が蘇る。
 歩は、はたと気づいて、小夜子の方を見やった。
「依代」
「依代?」
「本当の秘祭では、三日目に依代を投げ込んだって。
 その依代は死人を模したものだと思ってたけど……それだけだと、ただの死人対策の伝承でしかない。
 秘祭は、死人の封印を目的として行われていたんだよね……?」 
 祥子から聞いた話では、死人の封印とヤマの召還は表裏一体。
 最後の祝詞以外は、ほぼ同一の儀式だという。
 つまり、この秘祭の本質は神を召還する儀式なのだろう。
 だから、禊を行い、『食事』を行い、より、神に近い身体へと整える必要があった。
 本来行われていた『死人の封印』を目的とした秘祭も、何かしらの神を顕現させるための儀式――そう考えるのはとても自然なことだった。
 祥子は、その神とは不動明王の事ではないかと言っていたが。
 だとしたら……何処かにそれっぽい物が存在していても良いはずだ。
「依代は弥美さんが持ってるのかな……。
 でも、山場本家にはそんなものは無かった気がするし……」
 秘祭に密接に関わるものが、誰の目にもつかないということはあるのだろうか。
 と――
「『お探しのようデスね?』」
 盛大に聞こえた声の方に歩たちは振り返った。
 そこには細い足をピンッと張って仁王立ちした、奇妙な少女が立っていた。

「何か、知ってらっしゃるの?」
 小夜子は仁王立ちしていた少女に問いかけた。
「『無論である』」
 『しかし、異論は認めます』
 『異議なし!』」
 少女の、まるで一人芝居でもしているかのような様子に、小夜子は怪訝に目を細めた。
 すぐ傍で、エンデが囁く。
「小夜子様……この少女、怪しいですわ。私をお纒いになられますか?」
「いえ――少し様子を見てみましょう」
 言って、小夜子はエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)を見やった。
 エノンが首を振る。
 周囲に少女の仲間が潜んでいるというわけではないらしい。
(昼間なのに、一人で私たちの前に現れた。
 彼女は死人ではない、と考えて良いのかしら……)
 少女――
「『鏡 有栖である』」
 鏡 有栖の方を改めて見やる。
 小夜子は、エノンが歩を守るように警戒を強めたのを気配で確認しながら、有栖を見据えた。
 暫しの間を置いてから。
「率直に聞いた方が早そうですわね。
 あなたは死人?」
「『その件については、お嬢さん。一つ問いたい。私と一つ勝負を、致しませんか? そう、一つ』」
「断ったら?」
「『謎が2つばか残されるだけだぜ?』
 『この僕が死人か否か』
 『そして、あたしったら何を知っているというの?』
 『それらを捨てて去るは、いささか勿体無い』」
 少女の芝居掛かった調子に、何だか奇妙な気分になってくる。
 小夜子は引きずられないように小さく息をついてから。
「分かりましたわ。勝負を引き受けます。
 それで……私が勝ったら、こちらに情報を頂けるのですね?
「『渡してしんぜよう』」
「なるほど。勝負方法は?」
 小夜子の問いかけに、有栖はパァっと勢い良く両手を挙げてトランプのカードを撒き散らした。
「『ポーカー!!!』」

 エノンは静かに状況を見守っていた。
 分かっているのは――
 相手が死人であるということ。
 こちらが勝てば有益かも知れない情報を得られること。
 こちらが負ければ生気を与えなければいけないということ。
 勝敗を決める手段が、ジョーカーを抜いたトランプによるポーカーだということ。
 勝負は先に3回、相手の手を上回った方が勝利するというルールの元に行われていた。
 ――現在、小夜子は2回勝って、2回負けていた。
 つまり、次に相手の手札を上回った者が勝者となる。
 彼女たちの周囲には有栖が撒き散らしたカードが落ちていた。
 有栖は撒き散らしたカードの裏返って地面に落ちたカードだけを適当に拾い集め、小夜子と有栖の手札として配ったのだ。
 残りのカードによる山札と今まで使われたカードは、二人の間に置かれている。
 エノンは周囲に散らばったカードを見やりながら、思案していた。
(何故このような事を……やはり、何か企んでいるのでしょうか?)
「『キャハハ、難しい顔〜』」
 有栖の笑い声に、エノンは視線を上げた。
「『汝。この世界がいわゆる“外史”だと考えたことは?』」
 そう問いかけた有栖の目はエノンと歩の方に向けられていた。
 小夜子は自身のカードを見ている。
 エノンは、返答に困ったらしい歩を見やってから、有栖に視線を返した。
「質問の意図が分かりません」
「『所詮、この世は幾つも連なる平行世界の一つ』
 『生死を気にせず、死ぬまで楽しみましょう?』」
「あなたは、既に“死んでいる”でしょう?」
「『それはトゥルー。ただし、終わってはいない』」
「3枚交換したいけれど、もう山札が無いわ」
 小夜子が言う。
 有栖はにっこりと笑って言った。
「『ならば、そこらじゅうに散らばっているカードからお好きなものを取ったらどうかね? お嬢さん』」
「は……?」
 エノンを含め、小夜子以外の三人は有栖の言葉に目を丸くした。
 更に有栖は言った。
「『わしはこのまま勝負させてもらおうかいの』」
 この時点で、彼女の手は明白だった。
(……こんなの絶対に“仕込んで”ます)
 エノンの疑惑を他所に、小夜子が「わかりました」と三枚のカードを捨て、周囲に散っていたカードを三枚拾う。
 これで、小夜子はKを4枚揃えた。
 Kのフォーカード。
 この役に勝つには、ストレートフラッシュかロイヤルストレートしかない。
 そして、おそらく有栖の手はそのどちらかであり、それは最初から仕組まれていたものだった。
 と――小夜子が問いかける。
「わたくしが勝ったら情報をくださるんですよね?」
「『もちろん』」
「それは“ここ”で手に入れたものですか? そして、あなたに勝たなければ、わたくしたちは情報を得られない」
「『そう、あたしは、ここで手に入れた。あなたたちは、あたしに勝たなければ――』」
 と、そこで、有栖の笑顔は固まった。
 小夜子が微笑む。
「油断、しましたね?」
 瞬間、小夜子のフラワシが有栖に絡みつく。
 その次の間で、小夜子の真空波が有栖の首は跳んでいた。
 そして、小夜子は言った。
「歩さん。彼女は“持って”います。おそらく、秘祭で使われる依代を」
 その言葉通り、有栖の懐から、六つの顔と六つの手を持った木像が見つかったのだった。


 山場神社――。

 夕暮れが迫っていた。
「急がなきゃ……」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、赤く染まりゆく山場神社の社務所内で呟いた。
 スチール棚に整然と整えられた書類や資料を引っ張り出して、次々に目を通していく。
「絶対にあるはずなのよ……。
 以前まで行われていた死人封印の秘祭に関する記録――そして、祝詞が」
 社務所には誰も居なかった。山場敬や愛の姿も。
 しかし、緊急事態ということで、千歳らは半ば忍びこむ形で神社の社務所に潜り込んでいた。
 祝詞が示された資料はそこら中にあった。
 しかし、探しているのは、普通の祝詞ではない。
 秘祭に使うものだ。
 祥子から聞いた話を思い出す。

『拝火教、悪、仏教概念の習合から、ヤマに対抗しうるのは不動明王ではないかと思うの。
 だから、あるとしたら、こういった字が含まれているような――』

 祥子がメモに書き記した文字は、奇妙な記号のように見えた。
 真言密教で扱う梵字というものらしい。
 既に千歳たちは若宮神社の社務所も調べ、一つの祝詞を手に入れていた。
 しかし、そこにあった文字は祥子がメモに書いてくれたものとは違っているもののようだった。
 そこで、彼女たちは山場神社に祝詞を探しに来ていたのだが……
「あった……けど――」
 祝詞はあった。が、こちらの祝詞も祥子から貰ったメモとは違うもののようだった。
 若宮神社にあったものとも、また違ったものだったが。
 読み方が書いてあるわけでは無いから、どちらになんと書いてあるのかは分からない。
 と……
 千歳は、ふと、誰かの視線を感じた気がして、顔を上げた。
「イルマ……?」
 問いかける。
 千歳の護衛として付いてきていたイルマ・レスト(いるま・れすと)は、外で死人に警戒している筈だ。
 共に護衛を申し出てくれた樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)も。
 立ち上がり、改めて見回した社務所には誰も居なかった。
 並んだスチール机、重ねられた書類、古いパソコン、壁に飾られた市役所発行のカレンダー……そして、床に転がっていた泥だらけのボイスレコーダー。
 違和感を感じ、千歳はボイスレコーダーの転がっている方へと歩んだ。
 腰をかがめ、それを拾う。
 そして、彼女は、ふと、傍のスチール机の下から、何錆びた金属の端が出ていることに気付いた。その周囲の床には何か黒いものが散っている。
 何気なく、そちらの方を見やる。
 そこには河城 綾が居た。
 スコップを手に、膝を曲げて、スチール棚の下に潜り込んでいる。
 にったりと微笑んだ顔は千歳を見ていた。“ずっと”見ていたのだ。
 スコップの先にこびり付いていたのは、床に溢れていたのは、おそらく人の肉片だった。
「ひ――」
「ぃい゛だぁだき゛ま゛ぁずぅうう!!!」
 千歳が悲鳴を上げる間もなく、綾がスコップを手に襲いかかってくる。
 それを寸でのところで逃れ、千歳は床に尻餅を付いた。
 勢い良く千歳に迫っていた綾がスチール棚のガラス戸に突っ込んで、所々にガラス片を突き刺された顔を、ゆっくりと千歳へ向ける。
「千歳!!」
 綾の向こう側。
 社務所の扉を開き、刀真が飛び込んできたのが見える。
「刀真さ――」
 ガンッ、と床に振り下ろされたスコップ。
 その先が千歳の頬を掠めていた。わずかな血飛沫。
 スコップを振り下ろした格好の綾が、先程の表情とは打って変わった無邪気な笑みを見せる。
「それ、美味しそう」
 その刹那、彼女の首は刀真の光条兵器によって切断されていた。
 ごとん、と目の前に落ちる綾の首。
「……無事で、なによりです」
「…………」
 千歳は、こく、と頷き。
 刀真に礼を言うのを忘れた。
『――ごめん、みすず』
 そんな風に綾の口が動いたのを、見たような気がしていた。


 一方、ほぼ同時頃。
 月夜は社務所の外で赤芽 美鈴と対峙していた。
 美鈴の胸元は血に染まり、その瞳に正気は無かった。
「くっ……」
 ラスターハンドガンの放った弾丸が、角材を手に垂らし襲いかかってくる美鈴の右頭部の端を吹っ飛ばす。
 金髪を赤く染め、肉片と骨と脳の欠片を散らしながら、左目の引っ繰り返し、左側へ奇妙に顔面を引き攣らせた美鈴が迫る。
「お腹が減って、お腹が減って仕方がない、のです」
 ガリリリリリリリリリリリリリッと角材の端が砂利を爆ぜて行く。
 月夜は美玲が跳躍するのに合わせ、脚を狙い、引き金を引いた。
 美鈴の脛を弾丸が撃ち砕く。
 が、美鈴が放り投げた角材に叩き飛ばされ、月夜は砂利の上に転がった。
「……っ、ふ」
 溝を思い切り打ちつけられ、しばし呼気を得るのが困難になる。
 その間に、四つん這いになった美鈴が迫って来ているのが見えた。
「ねえ、綾を見ませんでした? あの子、はやくかえって、記事を書かなければいけないのに」
 咳き込んで必死に体を起こそうとするの方へ、ずるり、ずるり、と美鈴の気配が迫る。
「お腹が減って、どうしても、お腹が減って、かえらなきゃ、綾は記事を書かなきゃいけないのに、お腹が減って……。
 ねえ、少しだけで良いんです」
 たべさせていただけませんか。
「――ごめん」
 震える横隔膜を乱暴に制して、体を跳ね起こし、月夜は銃口を美鈴の顔面に定めた。
 ゴリ、と銃先が美鈴の頬骨を擦った感触。
「そう」
 美鈴が残念そうに零したのと月夜が引き金を引いたのはほぼ同時だった。
 激しく散った返り血と冷たい肉片が月夜に張り付く。
 その瞬間。
 肩口を後ろから強く叩かれ、月夜は体を揺らした。
「……あ……」
 衝撃に麻痺していた感覚が晴れるのに合わせ、月夜は『刺されたのだ』と自覚した。
 後方で声が降る。
「私、ほら、お腹いっぱい食べたかったものですから、ね?
 お分かりになられますかしら、いろいろ、たくさん考えましたの」
 ズッ、と引き抜かれた刃が与えた抉るような痛みに、その刃が酷く鈍いものだと分かった。
 ゆっくりと振り返る。
 水橋 エリス(みずばし・えりす)が、幾人の血糊をこびり付け、刃こぼれした包丁を持って微笑んでいた。
「このまま人間が減っちゃいますと、誰もこの私のこのお腹がクゥクゥ鳴るのを止めてくださらなくなっちゃいますでしょう?
 でも、みなさん、警戒してらっしゃいますから、とても手が出せなくて」
 クスクスと茶飲み話でも語るように、彼女は続けた。
「だから、囮が必要かな、って。
 ちょうど良かったんですよ?
 二人とも、私を怖がって言うことを良く聞いてくれましたし、
 お腹が空いていて、それで、きっと、ほら、誰かはきっとここに何かを調べに来るって。だから、囮に。
 少し気の毒でしたけど、でも、やっぱり、お腹がへっちゃたんですもの」
 エリスの手が月夜の肩口の傷に触れようとした、その時。
 太い銃声が聞こえ――ギュボッと爆ぜる音と共にエリスの右上半身が吹っ飛んだ。
 地面にびたんっと跳ねたエリスの右腕は二の腕が無かった。
 焦げて砕け散った肉片だか骨の欠片だかが、月夜の口の中にあった。
 頼りなげに左上半身に乗っかっていたエリスの顔が銃声の響いた方を恨めしげに見やる。
 そして、すぐにエリスは身を翻し、自身の腕を拾い上げながら建物の影へと走り去っていったのだった。

「危なかったですわね」
 神社の屋根から飛び降りたイルマは、ズッと地面に先を擦ってしまった対物ライフルを肩に担ぎながら言った。
「……ありがとう」
 そう言った血塗れの月夜を助け起こし、イルマは小さく息をついた。
「拾い物でしたから不安でしたけど、なんとか使えましたわ」
 イルマが対物ライフルは“落ちていた物”だった。
 誰か死人にでも襲われた契約者の持ち物だったのか、何故、道端の藪の中に放棄してあったかは分からないが、弾も共に落ちていたのは幸運だった。
 薄暗くなっていく神社の境内。
 社務所の方から千歳と刀真が出てくるのが見えた。


 公民館――。

 千歳たちによって『二つ』の祝詞が届けられ、歩たちによって『本当の依代』が届けられていた。
 程なくして、涼司たちが現れ、公民館を拠点としていた者たちは、にわかに活気だった。
 その中で、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は静かに涼司へ告げた。
「歩たちが持ち帰ってくれた、この依代。
 これは大威徳明王だわ。
 六面六臂六脚を持つ、阿弥陀如来の化身――梵名を“ヤマーンタカ”。
 意味は『ヤマを下す者』」
 同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)が続ける。
「千歳さんたちが見つけてきてくださった、祝詞。
 これは、やはり大威徳明王を呼ぶものでした。
 つまり――秘祭が終わる際、涼司さんが唱えなるべき祝詞ということです」
「はい。読みやすいようにカナを振っておいたから」
 千歳が涼司にカナの振られた祝詞を手渡す。
「長っ!?」
「本当は最要祓で出来れば良いのだけど――」
 苦笑めいてから、千歳は続けた。
「儀式で用いられる祝詞は、二段階に分けられるわ。
 まず、今、渡した祝詞。大祓詞の変形みたい。
 これほど長い祝詞を見たのは私も初めてだけど、涼司さんならきっと覚えられるわ。
 これはヤマを呼ぶのもヤマーンタカを呼ぶのも共通だと思う。
 山場弥美側もこれを唱える必要があるということよ。
 違ってくるのは、これを唱え終えてから」
 次いで渡された紙には、益々奇妙な言葉が並んでいた。
 こちらにもカナが振ってある。
「オン……シュチリ……?」
「『真言』よ」
 祥子が言う。
「大威徳明王に乞うための言葉。
 神道と密教の習合は良く見られることだけど、この山場の秘祭に関しては独自の構成が行われているし――
 人の間だけの都合で造られたものではないのは明白だわ。
 だから、下手に簡略化することも出来ないし、言葉を間違えるのも危険よ」
「――分かった」
 涼司が頷く。
「儀式の間、私たちは全力であなたをサポートするわ。
 だから……お願い。何があっても、決して躊躇わずに、必ず祝詞を唱え終えて」
「何があっても、か」
 涼司は自嘲したようだった。