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第5章 エリカ絶対絶命

「ダメだよ、みんな! ケンカなんて不健全なことはやめて、蒼汁を飲んで心身ともに健康になるんだ☆」
 物部九十九(もののべ・つくも)に憑依されている鳴神裁(なるかみ・さい)が、ひたすら殴り合いの修羅の世界に入ってしまった荒くれ者たちに呼びかける。
「何だコラァ! 蒼汁飲めてもコーラは飲めねえボンクラが生意気なこといってんじゃねえよ!! オラ、チンチン出せよチンチン!!」
 荒くれ者たちは、次々に鳴神につかみかかってきた。
「残念でした。そういうものはついてません! さあ、ボクは風。風の動きをとらえられるかな☆」
 鳴神の中の九十九が、まるで楽しんでいるような口調でいう。
「はっ! 笑わせんじゃねえよ。風と風来坊は違うっつうんだよ!!」
 荒くれ者たちの突き出した拳を肘で弾いて受け流すと、九十九に操られる鳴神は、ステップを踏みながら軽いフットワークで相手の背後にまわりこみ、流れるような動きで華麗なまわし蹴りを叩きこんだ。
 ずこーん
「あう、あおー」
 脳天に蹴りが入った荒くれ者が、目の玉を飛び出させてわななく。
「はい、ゲット☆」
 荒くれ者をつかまえた鳴神は、指を鳴らして、仲間に合図を送った。
 たちまちのうちに、アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)が荒くれ者にとりつくように現れて、手にしたフリフリドレスを鮮やかな手つきで着せていった。
「げ!? なんじゃ、この格好は。やめんかい!!」
「うっふっふ、とーってもよく似合ってるわよ」
 アリスは、邪悪な笑みを浮かべながら、荒くれ者を可愛らしく改造していく。
「ふふ。まずは女装させて、闘争本能を鎮めちゃうよ☆」
 真っ青になった荒くれ者の首根をつかみながら、鳴神が笑っていった。
「さあ、後は、内部から更生させます!! 蒼汁、アジュール、カモーン!!」
 鳴神が再び指を鳴らすと、天空の彼方から、フライングヒューマノイドが飛んできた。
 フライングヒューマノイドの手には、極めて濃い緑色をした、蒼汁の瓶が握られている。
「う、うわー!! やめろー!!」
 荒くれ者は絶叫した。
「はい、更生。しかも、愛の口移しで☆」
 鳴神の合図で、フライングヒューマノイドは、手にした瓶に口をつけて蒼汁を吸い込むと、荒くれ者に口づけして、口移しでその苦き汁を流し込んだ。
「あ、あがああ!!! ぐぐ、ごく」
 抵抗するも、無理やり蒼汁を飲み込まされる荒くれ者。
「お、おわああ!!! ぺっぺっ、こ、こりゃ、野菜じゃねえ!! 蒼いスライムのジュースじゃねえか!!!」
 飲み込んでから、体内に生じた違和感のあまり、必死になって汁を吐き出そうとする荒くれ者。
「さあ、次は、脳内から更生だよ☆」
 鳴神がさらに指を鳴らすと、鳴神が装着している魔鎧のドール・ゴールド(どーる・ごーるど)が、ヒプノシスを発動させた。
「さあ、それでは、荒くれ者さんを精神的にリセット&刷り込みを行うのですよー?」
「あ、あああ、眠い!! ぐー」
 荒くれ者はいっきに眠り込んでしまう。
「もう2度と悪さをしてはいけませんよー?」
「もしまたやるのであれば今度は(ピー)で(ピーピーピー)ですからねー?」
 ドールの囁きが、眠りについた荒くれ者の耳から脳内にしみこむように伝わっていき、催眠療法的な効果を及ぼしていく。
「むにゃむにゃむにゃ。や、やめろー」
 眠りながら顔をしかめて悲鳴をあげる荒くれ者。
 みれば、その閉じられたまぶたの下から、ポロポロと涙がこぼれ落ちてきている。
「うんうん。うまくいってるね。これが更生の涙雨だね☆」
 鳴神は、一人悦に入っている。
 みようによっては、蒼汁のあまりの苦さと、一方的に刷り込みを受ける脳が感じる物理的苦痛とに耐えきれずもれる涙のようにも思えた。
「はーい、記念撮影するわね。もっと、泣いてー、叫んでー」
 アリスがにこにこ笑いながら、涙を流す荒くれ者の寝姿を携帯電話のカメラで撮影し、写メールにして友人・知人・その他多勢に送信し始めた。
「さあ、みんなもどんどん更生するよ☆」
 鳴神は笑いながら、他の荒くれ者たちに歩み寄っていく。
「じょ、冗談じゃねえ!! 頼まれたってあんな目にあいたくねえぜ!!」
「う、うわー、来るなー!!」
 荒くれ者たちは、悲鳴をあげて鳴神から逃げ始めた。
「ふふふ。うまくいけば、このケンカも止められるよ。文化勲章ものだね☆」
 鳴神の中の九十九は会心の笑みを浮かべる。
 だが。
「ちっきしょー!! おい、飲んでやるから寄越せよ!!」
 荒くれ者たちが地上にやってきたフライングヒューマノイドに絡んだかと思うと、蒼汁の瓶を奪いとってしまった。
「あっ、全部持ってかないでよ☆」
 鳴神は慌てて荒くれ者たちを追うが、荒くれ者たちは猛スピードでダッシュして、丘の上の十字架のところに着くなり、その蒼汁を、はりつけにされている少女たちの頭からかけ始めたのである。
「ああ、ありがとうございます。蒼いお汁、ねとねとと身体にまとわりつきますね。奥までしみてひんやりいたします」
 十字架の上の秋葉つかさ(あきば・つかさ)は、額から流れた蒼汁が首を伝って衣服の中に入り込み、胸、お腹から下着の中にしみこんでいく感覚に身悶えて、あやしく身をくねらせた。
「い、いや!! きゃああああ!!」
 同じく十字架の上で蒼汁をかけられたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、異様にベトつくその感覚に生理的な嫌悪感を覚えて、金切り声をあげて泣き叫んだ。
「ああ、濃いお汁、顔にかけて頂き、ありがとうございます。おいしく頂きます」
 天津のどか(あまつ・のどか)もまた、十字架の上で顔に蒼汁をかけられて、その癖のある臭いにむせながらも、たれてきた汁を舌で舐めとって、体内に入れようと努めていた。
「あ、蒼汁が! うわー」
 十字架の上の衝撃的な光景を目にした、鳴神は愕然とした。
「蒼汁がなくたって! こいつらは素晴らしい汁を持っているのよ」
 アリスは、そんな鳴神を尻目に、ニコニコ笑いながら荒くれ者たちに襲いかかって、吸精幻夜でたっぷり血を吸い取っていくのだった。

「ああ、ついに、十字架にはりつけにされた少女さんたちが、虐待を受け始めました!! みなさん、お願いです。どうか、私と一緒に、あの子たちを救出して下さい!!」
 丘の上で行われている恐怖の蒼汁かけを遠くから目撃したアケビ・エリカは、もう一刻の猶予もならないと感じていた。
「そうね。もしかしたら、あの中に、行方不明になった天御柱学院の生徒がいるかもしれないものね。たまたま通りがかっただけだけど、こうなればもう、やるしかないわね」
 イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)はいった。
「イーリャ、あんたは隠れてなさい。あたしが低能の劣等種どもを叩きのめして、十字架の子たちを全員連れて帰るわ」
 ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)はそういったが、イーリャは首を振る。
「ダメよ。私もやるわ。あの子たちを守らなきゃ!!」
「そう。足を引っ張るんじゃないわよ」
 イーリャの決心のかたさをみてとったジヴァは、嘆息していった。
「さあ、イーリャ、行くよ!!」
 ジヴァのかけ声とともに、ジヴァとイーリャの2人は駆け出していった。
「ヒャッハー!! 蒼汁は全部かけたし、さっきの続くといくかー!?」
 十字架の下の荒くれ者たちは、再び互いに向き合って、ケンカを再開しようとしていた。
 そこに。
「あんたたち、何をしているの? 痛い目にあいたくなかったら、さっさとそこを離れなさい!!」
 ジヴァが怒鳴り声とともに突進し、ヒプノシスを仕掛けてくる。
「んだぁ!? う、うう」
 突然の襲来に牙をもってこたえようとした荒くれ者たちは、ジヴァの術に眠気を催してふらっとなったところを剣で薙ぎ払われていく、
「ぎゃあああ!!」
 悲鳴があがり、荒くれ者たちは逃げ惑い始めた。
「さあ、あの子たちを解放するから、早く逃げていって!!」
 イーリャもまた、迷彩塗装で姿を隠しながら、相手の背後にまわっての不意うちをこころがけて、何人かの荒くれ者を倒していった。
「うどらー!! 女をとられてたまるか!!! みんな、こいつらをリンチしようぜ!!」
「うらー!!」
 一瞬ひるんだ荒くれ者たちは、すぐに態勢を立て直して、2人の襲来者に襲いかかっていった。
「エリカさん、早くみんなを!!」
「はい!」
 イーリャに促されて、エリカは慌てて十字架にとりついて、少女たちの縛めをとこうとするが、かなり強く縛られているために、なかなかうまくいかない。
 そうこうするうちに、イーリャは荒くれ者たちに背後から抱きつかれてしまった。
「イ、イヤ! 離して!!」
「へっへっへ。白衣の姉ちゃんか。いい匂いがしまんなー」
 荒くれ者はよだれをたらしながら舌を伸ばして、イーリャの頬から耳、耳からうなじへと舐め始める。
「やめてー!!」
 イーリャが荒くれ者を強引に突き放すと、荒くれ者の手に生地を握られて白衣が、ビリビリと避けてしまった。
「おおー!! フェロモンが漏れてくるぜ!!」
「いただきまーす!!」
 露出が多くなったイーリャの姿に狂喜した荒くれ者たちが、次々のイーリャの身体に絡みつき、舌で汚しにかかってくる。
「イ、イーリャ!? くっ!!」
 ジヴァはイーリャの救援に向かおうとするが、多勢の敵に行く手を阻まれ、立ち往生する。
「近寄るな!!」
 剣を払っても払っても、飛びかかってくる敵を全て倒すことはできない。
 ついに、足をつかまれ、肩をつかまれ、髪の毛を引っ張られるジヴァ。
「へっへっへ。いつまで耐えられるかなー?」
 荒くれ者たちは意地悪い口調でいいながら、ジヴァの身体を地面に押し倒して、その上に群がっていった。
 ビリビリビリ
 ジヴァの衣が破られ、生地が宙に舞う。
「こ、こんな嘘よ! やめて、イヤァァァ!!」
 ジヴァの悲鳴が、虚しく空に響いた。

「あ、ああ、イーリャさんたちが! は、早く解放しなければ!!」
 エリカはイーリャたちを助けに行きたい気持ちを抑えて、十字架の上の少女たちの解放に専念しようとした。
 だが、いくらやっても、まだ一人も解放できていない。
 焦れば焦るほど手元が狂って、ドツボにはまっていく。
 そんなとき、どこかから迷ってきたらしい、一人の少女が十字架の下にきて、はりつけの少女たちを不思議そうにみあげた。
「すっかり迷ってしまいましたね。ここはいったいどこなんでしょうか? この方たちは何ではりつけにされているんでしょう? 周囲ではケンカも起きたりしてて、物騒ですね」
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は、周囲の光景をきょろきょろと見渡しながら、十字架の側で解放作業をしているエリカに声をかけた。
「すいません。ここはどこですか? 帰り道を教えて欲しいのですが」
「えっ? あ、あ、すみません、いま取り込み中なので……っていうか、手伝ってくれませんかー?」
 エリカはヴェルリアに気づいてびっくりしながら、もごもごした口調でいった。
「手伝う? うーん、はりつけにするのをですか?」
「ち、違います。この子たちを解放するのを……」
 ヴェルリアの問いにエリカが首を振って、説明しようとしたとき。
「うら! 何やってんだお前らー!!」
 荒くれ者たちが、ヴェルリアの肩をつかんで、振り向かせた。
「あなたたちは……?」
 ぽかんとした顔のヴェルリアの顎の下をつかんで、荒くれ者たちはしげしげと少女の顔を観察した。
「おほっ、これはこれで上玉だぜ!! よーし、十字架にはりつけにしちゃおうかなー!!」
 荒くれ者たちは狂喜。
 それとは逆に、ヴェルリアはしかめ面になった。
 ヴェルリアの人格が反転し、本来の人格が表にあらわれる。
「うるさいわね。邪魔しないでよ」
「えっ?」
 ばしっ
 ヴェルリアは、顎を触っている荒くれ者の手を払いのけていた。
「て、てめえ!! おとなしくしてればいいものを。やんのかよ、ああ?」
 荒くれ者たちは狂喜から一転、激怒してヴェルリアにつかみかかっていく。
 ヴェルリアは、そんな荒くれ者の顔を思いきり殴り飛ばした。
 どごおっ
「おわあっ」
 殴られた荒くれ者の身体が吹っ飛んで、宙を舞う。
「普段は人形の意識の下に隠れてるから、ストレスたまってるのよ。いまなら真司にみつかる心配はないし、憂さ晴らしさせてもらうわ」
 ヴェルリアは、自分を探しているだろう柊真司(ひいらぎ・しんじ)の姿が周囲にないことを確認してからそういうと、魔道銃を構えて引き金を引き、弾丸を2、3発ぶっ放した。
 どご、どごーん
「お、おわあああ」
 弾丸を撃ち込まれた荒くれ者たちは、悲鳴をあげて逃げ惑う。
「さあ、私と遊びましょう。豚のような悲鳴をあげてちょうだい」
 ヴェルリアはカード型機晶爆弾をサイコキネシスで飛ばして、逃げ惑う荒くれ者たちの足もとに大爆発を起こさせた。
 ちゅどーん!!
「うわー」
 何人かの荒くれ者が炎に包まれて、爆発の勢いで宙に巻きあげられていく。
「あはははははは! 身体を焼かれてダンスを踊る人って面白いわね」
 ヴェルリアは笑いながら、カード型機晶爆弾を次々に投げつけていく。
「チャ、チャンスです! この隙に」
 ヴェルリアが荒くれ者たちを遠ざけている間に十字架の少女を解放しようと、エリカはひたすら焦るのだった。

「おいお前ら、ケンカはやめろよwwww ダチが逃げちまうじゃねえかよwww」
 クロ・ト・シロ(くろと・しろ)が、十字架の下にまでやってきて、死闘を繰り広げる荒くれ者たちに向かっていった。
「んだぁ? ナマいうんじゃねえ。てめえのダチなんて知ったこっちゃねえんだよ!!」
 荒くれ者たちは、クロに詰め寄った。
 すると。
 フニャー
 どこかから鳴き声があがったと思うと、丘から一匹のネコの姿が走り去っていった。
「あーあwwwwww 本当にいっちまったじゃねえかwwwwww どうしてくれるんだよwww おまけにいま、頼みごとされちまったよwwwwww」
「ど、どこまでもふざけやがって! あれがお前のダチだぁ? ネコが頼みごとするわけねえだろが!! いい加減にしねえとぶっ殺すかんな!!」
 肩をすくめるクロに、荒くれ者たちは額に青筋を浮かべて怒り出した。
「ネコをバカにすんじゃねえよwwwww いま、頼まれたのは、ケンカの仲裁だwwwwww お前らが騒がしいんだとよwwwww」
 クロは、不敵な笑いを浮かべた。
「はっ、面白ぇ!! 仲裁できるものならしてみろよコラ! バーカ」
 荒くれ者たちは嘲笑って、舌を出してあかんべえをしてきた。
「バカはお前らだよwwwwww 仲裁ってのは、肉体言語的な意味さwwwwww」
 クロが平然としているのをみて、荒くれ者たちはもう我慢できなくなった。
「おう、そうか。上等だ。じゃ、やってみろよ!!」
「いいぜwwww かかってこいノータリンwwwwww」
 クロは笑ってしゃがみこむと、両手を頭で抱えこんだ。
「おう、歯を食いしばれ! って、なにやってんだ?」
 クロを殴ろうと拳を振りあげた荒くれ者たちは、相手の意表をつく構えに戸惑った。
「みればわかるだろwwwwww 早くしろwwwwwww」
「徹底的にバカにしやがって。いいぜ。死ねや!!!」
 荒くれ者は大きなチェーンを取り出すと、しゃがんでいるクロの頭部に向かって振り下ろした!!
 その瞬間。
 しゃかしゃかしゃか
「うりゃ、サマソーwwww」
 音よりも速く動き出したクロが、しゃがんだ態勢から跳躍してすさまじい勢いでサマーソルトキックを放ち、荒くれ者の顎を蹴り砕いていた。
「あがあああああ!!!」
 荒くれ者は、折れた歯のかけらを宙に飛ばしながら、血を吐いてうずくまる。
「さあ、どうしたwwwwww 次はまだかwwwwww」
 クロは再びしゃがんで、敵を待ち受ける。
「て、てめえ汚ねえぞ! 待ちプレイかよ!!」
「そう考えるお前は弱いんだよwwwwww これでもくらえwwwwww」
 クロは一瞬だけ立ち上がると、サイコキネシスで石を飛ばした。
「そんなものでやられるかああ!!」
 荒くれ者は嘲笑いながら跳躍して石をかわし、空中からクロに攻撃を仕掛けようとした。
 そのとき、クロは、石を投げた態勢から再びしゃがんだかと思うと、間髪入れずにまたサマーソルトキックを放った!!
「おらあ、サマソ、サマソ、サマソーwwwwwwww」
「ぐわああああ!!」
 空中で無防備な状態にいた荒くれ者は、跳躍して空中で回転するクロの連続キックをモロにくらって、血を吐きながら倒れた。
「さあ、どんどんかかってこいwwwwwww サマソ、サマソーwwwww」
 その後もクロは、しゃがんだ態勢で相手の攻撃をガードしながら、隙をみてのサマーソルトキックを次々に決めてゆく。
「う、うおおおお! つ、強ぇ!! 強ぇけど、わかったぞ。こいつは獣人、さっきのネコの仲間なんだ! 保健所だ、保健所を呼べぇぇぇ!!」
 荒くれ者たちの叫びを聞いたクロは、どきっとした。
「ほ、保健所だってwwwww このシャンバラ大荒野にそんなもの、本当にあるのかwwwww」
 保健所こそ、クロが最も恐れるものだった。
 果たして、荒くれ者たちが携帯電話で呼んだ保健所の職員が、車に乗ってやってきたのである!!
「う、うわーwwwww」
 さすがのクロも、逃げ出そうとした。
 そのとき。
「すみません。このネコ、うちで飼ってるんです」
 ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が現れ、クロをかばったのである。
「ああ、飼いネコでしたか。あまり人を襲わないようにしつけをしておいて下さい。それじゃ」
 ラムズの話を聞いた保健所の職員はそういって、車で去っていってしまった。
「ふう、生命拾いしたぜwwwwww」
 クロは、ぐったり座り込んでしまった。
 保健所に連れていかれそうになったショックは大きく、戦意を喪失してしまっている。
「あまり無視しないで下さいね。私がいなければどうなっていたことか」
 ラムズはクロの頭を撫でると、ニッコリ微笑むのだった。
 
「ちゅ、仲裁は失敗ですか!? まあ、仲裁という名の攻撃だったようですけど。どうしましょう、十字架の縛め、ちっともとけません!!」
 ラムズがクロを抱き上げて帰路につくのをみながら、エリカはますます焦り始めた。
 十字架の上に少女たちをはりつけにしている縛めは、エリカの力でどうにかなるものではなかった。
 荒くれ者たちは、いっこうにケンカをやめる様子をみせないし、追い払っても追い払っても、十字架の近くに寄ってこようとする。
 そこに。
「ふふふ。お嬢さん。安心するんだな。この俺が、ケンカを見事に仲裁してみせよう」
 ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)が現れて、エリカを安心させるような口調でいった。
「本当ですか? お願いします」
 エリカは、思わずロイを信用してしまった。
「任せろ。ちょうど逃走資金も底をついてきたのでな」
「え?」
 ロイの言葉をエリカが不審に思ったとき。
「野郎! のんきに見物決め込んでんじゃねえよ! てめーだけ無傷でいられると思ったら大間違いだ! こっち来いよ。ぶっ殺してやらぁ!!」
 血に飢えた野獣と化している荒くれ者が、ロイに詰めようときた。
「待て。俺は、ケンカを止めにきたんだ。お前こそこっちにきて、俺の話を聞け!!」
 ロイは乱暴な口調でそういって、荒くれ者の首根をつかむと、近くにある大きな岩の陰へと連れ込んでいった。
 しばらくすると、岩の陰から、肉が肉をうつ鈍い音と、すさまじい怒鳴り声があがった。
「ひ、ひえええ! 勘弁してくれええ!! これで全部なんだ!!」
 荒くれ者の悲鳴とともに、チャリンと硬貨がはねる音が響く。
「ちっ、少ねえな。とっとといけ!」
 ロイが悪態をつく声がしたかと思うと、顔を痣だらけにした荒くれ者が、泡をくったような顔でどこかへ逃げていくのがみえた。
「ふう。お嬢さん、とりあえず一人、ケンカはよくないと思いとどまらせることができたぜ。俺の力、認めてくれるか?」
 岩の陰からエリカのところに戻ってきたロイが、少し膨らんだ財布をポケットにしまいながら、穏やかな口調でいった。
「あ、あの、ケンカを止めたというより、もしかすると、カツアゲをなさっていたのでは……」
 エリカは、どぎまぎして答えた。
 ふと、エリカは、ロイの顔をどこかでみかけたような気がしてきた。
 確か、指名手配中の。
「きゃ、きゃあああ!」
 エリカは悲鳴をあげた。
 ロイが、無造作に突き出した手を自分のお尻に当てたからだ。
「や、やめて下さい!!」
「そう騒ぐな。痴漢するつもりはないが、パンツを売ると金になるらしいんでな。十字架にはりつけにされている子を助けてやるから、これ、くれないか?」
 ロイは、エリカの耳元に囁いた。
 ロイの手は、エリカのスカートの裾をまくりあげて、パンツのゴムに指をかけていた。
「い、いや……。でも、本当にみんなを助けてくれるなら」
 エリカは、深呼吸をして、重大な決心をしようとした。
 そのとき。
「君、そんなことを看過するわけにはいかないなー!!」
 ブオンというエンジンの爆音とともに、可変型機晶バイクに乗った国頭武尊(くにがみ・たける)が現れると、バイクで十字架の下までやってきて、飛び降りた!!
「おやおや。真の変態さんのおでましか」
 ロイは、エリカのパンツのゴムにかけていた指を抜くと、国頭に向きあった。
 殺気を放ち、いつでも戦闘に入れる構えにもっていく。
「オレに断りなく、可愛い子ちゃんのパンツを奪っちゃいけないね。金なら別の方法で稼ぐんだな」
 国頭は、ケンカしている荒くれ者たちの方にあごをしゃくってみせた。
「やれやれ。あんたはパンツのためなら生命賭けで闘いそうだが、俺はそこまでやるつもりはない。それじゃ、しばらく地道にカツアゲでもするか」
 ロイは肩をすくめて、エリカから離れ、荒くれ者たちに近づいていくと、また誰か一人をつかまえて、岩の陰に連れていくのだった。
「あ、ロイさん!! 何だか残念です。あなたは、みなさんを助けるお手伝いをして下さるんでしょうか?」
 エリカは、期待をこめたまなざしで国頭をみつめて、いった。
「うん? 何をいうのかな。オレはケンカを止めにきたんだが、そのためには、君たちのパンツの力と、プラスアルファが必要なんだ」
 国頭は、エリカの瞳をまっすぐみつめてそういうと、エリカのスカートの裾に手を伸ばした。
「や、やめて下さい!! あなたも同じなんですか?」
 エリカはスカートの上から股間をきつくおさえて、飛びすさる。
「いや。もちろん、いまの指名手配犯と同じじゃないさ。少なくとも、ケンカを本気で止めるつもりはあるんだ。ただ、パンツは大好きだね。はっきりいって」
 国頭は、エリカにじりじりと近づいていく。
 ふと、気が変わった。
「面倒だな。眠って!!」
「あっ、むにゃむにゃ」
 国頭は、ヒプノシスを使って、エリカをあっという間に眠らせてしまった。
「さて、それじゃ、まずは」
 国頭は、エリカを抱え起こすと、十字架のひとつにはりつけにしていった。
「まずはりつけにした方が、奪いやすいんだよね。これだけあると」
 他の十字架をみまわしながら、国頭は呟く。
 国頭は、大きな賭けをしようとしていた。