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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第20章 脱  出(1)

 槍と剣を手に飛び込んでくる無数のバルバトス軍兵。
 開戦を告げる鬨の声のごとく、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)の冑の奥からクライ・ハヴォックが発せられた。
 ほぼ同時に毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)のアクセルギアが作動する。向かい来る魔族兵よりも早く距離を詰め、相手が認識できないでいるうちにカイサカを心臓に突き刺す。直後、左手に握られていた忍びの短刀が、隣の魔族兵の腕を切り落とした。
「ギャアアッ!!」
「うるさい」
 返し手で、腕をなくして悶絶する兵ののどを切り裂く。
 ダガーの毒に即死し、もたれかかってきた体を蹴り落とした大佐は、剣を伝ってきた血を見せつけるように振り飛ばした。
 魔族の手には、いつの間に掴んだのか、白く細長い布が握られている。
 引きちぎられた包帯が、遅れてはらりと腕から落ちた。
 傷などとうに完治している。これはただのフェイクだ。
「きさま!」
 激怒した魔族兵の剣が、頭上から振り下ろされる。肉薄した剣を見て、大佐は嗤ってドラゴンアーツを発動させた。
 こぶしが剣を砕き、蹴りが胸甲を砕いて背後にはじき飛ばす。
 後ろにいた者たちごと壁まで吹き飛んだ彼らを、アルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)の二丁拳銃が蜂の巣にした。
「ウザいやつら。
 ねぇ。こいつら全部殺しちゃっていいんでしょ?」
 壁に血しぶきを飛び散らせ、ひと固まりの死肉と化した者たちに蹴りを入れる。
「死なないようにやるなんて、面倒」
「まぁ、そうだな。あいつがいれば十分だ」
 大佐は入口に立つ秋葉 つかさ(あきば・つかさ)を見ながら答えた。
 バルバトス側コントラクター、しかも魂を奪われたやつだから、魔族兵と違ってたとえやりすぎたって死ぬことはない。発狂しない程度に手足をもいで、少しずつ切り刻んでやればいい。やりすぎたと思えば、ヒールなり回復魔法で「修復」してやればいいだけの話だ。
「しかもあいつはバルバトスのかわいコちゃんの1人だからな。情報をひと通り聞き出したあとは、ダルマにして丁重にメイシュロットまで送り届けてやろう」
「ああ、それいいわね。レースのリボンでグルグル巻きにしてあげましょ」
 向かってきた巨躯の魔族兵に銃舞をたたき込む。
 ふと思い立って、アルテミシアはつま先立ちをして身をくの字にした魔族兵の向こう側を覗き込んだ。
「聞こえたー? マッシュ」
「んん?」
 名前を呼ばれたマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)がそちらを振り返った。
「なに?」
「ここの魔族、全部やっちゃっていいって」
「ああ、そのコト。
 そんなの当然でしょー? 俺、最初からそのつもりだもん」
 きゃらきゃら笑って、目の前にある魔族兵の背中に向かってペトリファイをぶつける。
「このっ!」
 仲間を石化された魔族兵が、床のマッシュを槍で突こうした。だがマッシュの方が数段素早い。
 両手にまとわらせた黒影で、パンッと床をつく。するとまるで床が水か砂にでも変わったように、するりと彼を受け入れた。
 槍は床を突くだけに終わり――次の瞬間、魔族兵は自分の影から上半身を出したマッシュによって、後ろから石化されていた。
「うーん、美しくないなぁ」
 部屋に乱立した魔族兵の石像を見渡して、首をひねる。
 自分で作っておきながらふざけたもの言いだが、本人は真剣だ。
 はじめのうち、ヨミの護衛をするだけで何もなくて、こんなの退屈だなー、とクサっていた。ところがなぜか襲撃が起きて(狙われてるのはアナトじゃないの?)、理由はともかくこれでやーっと石化できる、向かってくる敵サンがいっぱいだ〜♪ とか喜んでたのに。
「やっぱ、石に変えるんならかわいー子がいーよねー。こんな武装したヤローどもじゃなくてサ。
 ってゆーか、バルバトス軍に美女いないの? 美少女剣士とか、美少年武闘家とかっ」
 人間、願いがひとつかなえば次々と欲が出て、キリがない。
 ぶつぶつ文句を言うマッシュに向かい、魔弾が撃ち込まれた。
「おっと」
 首をすくめてかわし、マッシュはするりと影の中にもぐり込む。
「くそ……! 小僧、どこだ!?」
 天地左右、落ち着きなく周囲を見渡していた魔族兵は、部屋のあかりの存在に気づいた。
 光があるから影ができるのだ。
 人間にはあかりが必要かもしれないが、うす闇のザナドゥで生きる魔族はこんなものがなくても問題ない。
「あかりを砕け! 今すぐだ!!」
 彼の指示に従って、あかりの近くにいた魔族兵が次々とランプを砕いていく。やがて部屋は闇となった。
「ふふ……これで……」
「ばーか。おまえ、ばーか」
 マッシュが彼の足の間から現れる。
「闇の中だって影は存在するんだよん。おまえたちに見えないだけでね」
 そーいうおばかは石像になっちゃえ。
 驚いた表情で石と化した魔族兵をククッと嗤い、マッシュは再び影に向かってダイブした。
「にしてもよォ、一体こっちの魔族兵たちはどこで何してやがんだ?」
 レーザーガトリングで弾幕を張り、ヨミを守る壁に徹していたドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)が、しごくもっともな疑問をつぶやいた。
 ちら、と弾幕を超えてくる魔族兵を相手に龍騎士のコピスをふるっているバルトを見る。が、この無口な機晶姫から返答が返るはずもなし。ふうと嘆息をついた。
 これだけの騒ぎだというのに主人を守るために駆けつけないということは、つまりそういうことなのだろう。
「ま、ハナからアテにしちゃいなかったけどよ」
 正面、火線を飛び越えてきた魔族兵にマシンピストルをぶっ放した。
 彼らは知らなかったが、城の魔族兵は外の切たち、中に侵入した竜造たち、アナトを狙ったバルバトス軍魔族兵によって、ほとんどが倒されていた。
 もちろん、つかさの手にかかった者も少なくない。抵抗ある・なしにかかわらず、立ちふさがる者すべて真空波で首を落とすか魔弾の射手で眉間を撃ち抜いてきた。
 流血の道を歩いて、彼女はここまでたどり着いていたのだった。
「ヨミ様、このお部屋に隠し通路とかいった脱出路はありますか?」
 プリムローズの腕の中に抱え込まれているヨミに、本郷 翔(ほんごう・かける)は声をひそめて尋ねた。だがヨミは首を振る。
「そうですか」
 中世風の造りからして、あるかもしれないと一縷の望みを持って訊いたのだが。
(もともと魔族同士に争いは存在しないんでしたね)
 そんな世界にもしものときの脱出路があるはずもない。
「でも、おかしいです。どうして彼らはヨミちゃんを狙わないんでしょう?」
 大佐やマッシュたちが戦って、寄せつけないようにしている、というのもあるだろう。しかし、できる・できないはともかく、それでもすり抜けてこようとするのが普通ではないか? なのに、魔弾ひとつ撃たないとは?
 魔族兵たちはロノウェ側コントラクターに攻撃を集中し、ヨミには注意を払っていないように見えた。
「ヨミ様の前に、われわれを始末するつもりでしょうか」
「今のうちにこの部屋を出た方がいい」
 主君からの命令でヨミに人形を渡しに来たと言ったきり、ずっと沈黙していた式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)が、このときようやく口を開いた。
「ここは逃げ場がない。バリケードを築こうが、あの魔弾の前にはたいしてもたん」
 また、バリケードを築けるだけの材料もない。
「でも、どうやって?」
 広目天王の目が、廊下に面した壁へと流れる。それを追って、翔とプリムローズがそちらを見たとき。
 壁が室内に向かって爆発した。
「なんですって!?」
 余裕の笑みで泰然と戦いを見守っていたつかさも、これには驚きを隠せない。
「皆さん、早くこちらへ!!」
 爆発の煙の中、現れたのは高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)だった。
「大ちゃん!」
「先に行け! 私たちはこいつらを始末してから追う!」
「分かりました!
 ヨミちゃん、ちょっと我慢してくださいね」
 プリムローズがヨミを抱え上げ、壁をくぐる。
 廊下にももちろん魔族兵はいた。向かってくる彼らの面前に玄秀がサンダーブラストを落としてけん制をかける。
「外にオイレを用意してあります! あれでこの城を脱出してください!」
 一刻も早く戦場のロノウェの元へ!!
「はいっ!」
 神速を用いて走り出そうとしたとき。
 壁の穴の向こうから飛来したロープが、ヨミごとプリムローズを捕えた。
「おまえはこっちだよ、ネーちゃん」
「ああっ……!」
 いつの間に忍び寄っていたのか、つかさの魔鎧蝕装帯 バイアセート(しょくそうたい・ばいあせーと)がロープの端を握っている。魚の網でも引くように乱暴にたぐり寄せ、腕の中に抱き込んだ。
「いい女だなぁ、あんた」
「は、放して! 放してくださいっ!!」
「なぁつかさー、こっちもらっていいかー? すっげーヤりがいありそう〜♪」
 なんとかして腕の中から抜け出そうともがくプリムローズの胸の谷間に鼻をこすりつけるバイアセート。
「それより先に任務ですわ」
「へいへい」
 バイアセートはまるで猫の子のようにヨミをつまみ上げた。
「何をするのですっ!? 下ろしなさい! 下ろすのですっ」
「ヨミちゃんを返して!」
 取り戻そうと手を伸ばすが、届かない。
「……くっ!」
 翔や玄秀も、押し寄せる魔族兵の相手で精一杯で、そちらまで手が回らなかった。
「広目天王!」
 玄秀の呼び声に応じて、強引に魔族兵と玄秀の間に広目天王が割り入る。一瞬生まれた隙に、玄秀は煙幕ファンデーションを使った。
「うお!?」
 周囲に充満した煙の中、突然顔面に突き出された手から出現したアイスフィールドにバイアセートが驚く。
「彼女たちは返してもらいますよ」
 緩んだ手の中からプリムローズを引きはがし、ヨミに手を伸ばしたが、遅かった。
「つかさ!」
 バイアセートが廊下のつかさの手の中にヨミを放り込む。
「ヨミ様!! ――あっ」
 助けに向かおうとした翔を、魔族兵の槍が押し戻した。
「ヨミ様」
「お、おまえ……たしかバルバトス様の下にいる人間ですねっ。い、一体これは何事なのです! ロノウェ様の留守中に居城を襲撃するなど、絶対許されることではありませんよ! ただちにバルバトス様にご報告し、おまえを処罰してもらうのですっ!!」
 耳をぴーんと立て、のどの奥で威嚇音をたてながら懸命に牙をむく。
 恐怖を見せまいとするその姿はまるでキャンキャン吼える子犬のようで、抑えようのないくすくす笑いがのどをついた。
「まぁ。バルバトス様がこのことをご存じないというのですね?」
「……バルバトス様が……?」
 そんな、まさか。
 愕然となっているヨミに、つかさは花のごときやわらかなほほ笑みを見せる。
「でなければ、どうしてこれだけの魔族兵を私ごときが動かせるでしょう?
 ねぇ、ヨミ様。私、ヨミ様のことがきらいではありませんわ。とてもおかわいらしい方と、初めて会ったときから思っていました。ですから、ヨミ様に選んでいただきましょう。
 気持ちよくなってから死ぬのと、死んでから滅茶苦茶にされるのと、どちらがよろしいですか?」
「お、おまえ、何を言ってるのです!?」
 ヨミは本気でつかさの言っている意味が分からなかった。けれど、用いられた「死」という言葉といい、先からの彼女の行為を見て、それが自分にとって受け入れやすいことを指しているとは到底思えなかった。
「かわいい、とっても小さな子……」
 ほおずりをして、歌うようにささやく。その重みと子ども特有の感触が、つかさの胸をうずかせる。
「は、放すのですっ、おまえ!!」
「とてもバイアセートを受け入れられるとは思えませんね。やはり、先に死なせてあげましょう」
 ヨミを胸に抱き込んだまま、つかさの体が内部からの光に白く輝き始める。
 パラダイス・ロストの発動だ。己の全魔力を解放し、全方位の敵を討つ、究極の攻撃魔法。
「やばい!!」
 それと知ったドゥムカが、つかさの足元近くに機晶爆弾を複数個投げつけた。
 パラダイス・ロストが完全に発動するより一瞬早く、機晶爆弾が爆発し、床を砕く。
 廊下も、壁も、床も。部屋の物、すべてが階下へ崩落していく――そこにいた者全員を道連れに。


「つかささん!!」
 悲鳴のように叫んだのは、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)だった。