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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第18章 決  戦(6)

「まだ伏兵がいたのね」
 前方、本隊と本陣を分断させる目的で集合させている部隊に側面から突っ込んでいく騎馬隊を見て、ロノウェはつぶやいた。
 騎馬隊は途中で2部隊に分かれ、彼らの出現と速度に驚き対処できないでいるうちに魔族兵を斬り伏せていく。疲労もあるのだろう、魔族兵は魔弾を撃つことも思いつけないでいるようだった。その反対に、騎馬隊の面々は力にあふれている。
 この分だと、次の手も読まれているのかもしれない。なかなか楽には勝たせてくれそうにない相手だ。
「それで、あなたとしては彼らをどう評価するのかしら?」
 不意に、そんな言葉が下から聞こえてきた。
 メニエス・レイン(めにえす・れいん)が立っている。
「どう、とは?」
 意図を探るように不審げに見下ろすロノウェに、メニエスはなんてことないと言うように手をひらりと振って見せる。
「よく言うじゃないの。一度剣を合わせてみれば、相手のことが分かるようになるって。あなたの場合はこれでしょ」
「……まだ評価できないわ。本陣へ奇襲を出してあるから、それ次第かしら」
 先まで見ていた光景に、ちらと目を戻す。
 本隊と本陣を分断したあれは、最初から敵の伏兵をあぶり出すためのおとり作戦だった。……もっとも、うまくいけば前後で挟撃しようとも思っていたが。
「へぇ?」
 メニエスの眉が上がる。
「じゃあうまくすればあと少しで東カナン領主の首が手に入るというわけね。さすがだわ。やはりあなたについて正解だったみたい。
 ……それにしても不思議ね。あなたほど優れていれば、いつまでもナンバー2でいるはずはないと思うんだけれど」
「どういう意味?」
「言葉のとおりよ。私はどんなときもあなたについていくということ。あなたが何をしようともね……」
 思わせぶりなメニエスの態度が鼻につき、はっきりさせようと口を開いたときだった。ロノウェの耳に、彼女の名前を呼ぶ声が、風に乗ってかすかに聞こえてきた。
 戦場から呼ぶ、あの声には聞き覚えがある。あれは――
「……ウェ……!」
 振り返り、いつの間にか東カナン軍側の先頭に立っている男たちの姿を見て、はっとなった。
「ロノウェ!」
 意識したとたん、はっきり聞こえた彼らの声に、ぱっと目をそらす。
 ――いやだ、見たくない。彼らとは会いたくない。
「知りあい?」
 あきらかに動揺しているふうのロノウェに、メニエスは戦場へ目をこらした。この融通のきかない生真面目優等生をここまで動揺させる者には興味があった。
「いいえ。彼らは……敵よ」
「ま、東カナン軍だものね」
 ――そう。あれは敵。倒さなくてはならない者たち。この戦いで倒してしまえば、きっと彼らだって馬脚を現すに違いない。
 そう考えることで気持ちを鎮めようとしていたロノウェだったが。
 戦場へ戻した目に飛び込んできたその姿、そして声を聞いた瞬間――――彼女は、ほとんど無意識のうちにゴーレム型魔族兵の肩から東カナン軍目がけて跳んでいた。ハンマーを握り締めて。
「ずいぶん感情的になることもあるのね」
 くすりと嗤ってきびすを返したメニエスは、ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)を従えてそこから立ち去ろうとし――目の前にバルバトスがいることに気づいて、かすかに身を強張らせた。
 一体いつからそこでそうしていたのか……組んだ腕の上で、指をとんとん鳴らしている。どこからも殺気は感じ取れないというのに、それでもこの最凶の魔神を前に、冷たい汗が背を伝った。
 それを見抜いたかのように、ふっとバルバトスの赤い唇に笑みが浮かぶ。
「あらあら。小賢しいコウモリちゃんね〜。何をたくらんでいるのかしらぁ?」
 ――真実か、ごまかしか。
「……ザナドゥを思ってのことです。ロノウェ様にくみしてはおりますが、私の忠誠はまずザナドゥに捧げております。ロノウェ様がもしもザナドゥに反するのであれば、全身全霊をもってそれをお止めする所存にございます」
「ふぅ〜ん。
 ま、せいぜい頑張ってね〜」
 思わせぶりに手をひらひら振りながら、バルバトスは自分の天幕がある方へ立ち去った。
「メニエス様」
「とりあえず、許可は出たということね」
 おそらくは、多分。
 メニエスはまだ手に残るいまいましい震えを握りつぶした。


*          *          *


 東カナン軍とロノウェ軍がぶつかり合っている最前線では、今、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)とそのパートナーセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)が激闘を繰り広げていた。
「ロノウェ!」
 遠く、魔族兵たちの後ろに見える、ひときわ巨大なゴーレム型魔族兵の肩に立った少女の影。仲間がひきりなしに放つ光術の光もロノウェ軍本陣までは届かず、うす闇の中の闇として輪郭線がおぼろに見えるだけだが、イーオンはあれがロノウェだと確信していた。
 そして、彼女がこちらに――自分たちに気づいているということも。
「ロノウェ! 話がしたい!」
 影を見据え、その名を呼ぶイーオンの隙をついて、側面から槍が突き込まれる。
 彼のわき腹を狙ったそれを、間一髪で間に割り入ったセルウィーが防いだ。彼女の持つライチャススピアと魔族兵の槍が交差し、槍の先端が左ほおを傷つける。
「セル!」
「……大丈夫です」
 セルウィーはすかさず光術を敵の目にたたきつけた。魔族兵は両目を押さえてよろめき、後退していく。しかし追撃をはばむように別の魔族兵がすぐに彼のいた位置に入り、セルウィーに斬りつける。攻守の連携がとれたその動きは、アガデの街で対峙した、あの野盗然のような魔族たちとは別人のようだった。ロノウェの指示が徹底しているのだろう。それだけで、こんなにも動きが違う。なかなか隙を見出せず、突き崩せない。
 押しているのは東カナン軍のはずなのに、少し気を抜くだけで押し負けてしまいそうだった。
(……負けません。この戦いは、決して負けてはいけないのです)
 これは東カナンの復讐戦だとか、ただの戦争といったものではないと、セルウィーは肌で感じていた。おそらくは彼女のパートナーたち、そしてこの戦場にいるコントラクターのほとんどが、そうと分かっているに違いない。
 これは人間とロノウェの意志のぶつかり合いなのだ。
 この戦いによって、ザナドゥと地上の力関係は大きく変わる。
(もっとも、イーオンにとってはそんなこと、関係ないのでしょうが……)
 セルウィーは魔族兵からの攻撃を受け止めつつ、ちらと視線を背後へ流した。イーオンをはさんで反対側で戦うフィーネ。このことについて話したことは一度もなかったが、きっと彼女もそう思っている。
 アシッドミストを放って視界を奪い、攪乱させたり、ブリザードで作った氷塊を降らせてダメージを与えているが、アシッドミストの酸度は決して高くないし、氷塊も致命傷を与えるほどのものではない。
 彼女もまた、イーオンの気持ちを汲んで、イーオンの力になろうとしている。
(私たちはイーオンの望みがかなうよう、全力で補助する。それだけです)
 そんな心の声が聞こえたかのように、フィーネが彼女を見た。視線を合わせ、申し合わせたようにうなずき合う。
 言葉はなくても気持ちは同じ。そんな、ふんわりとしたほのかに温かいものを感じながら、セルウィーは再びイーオンを護ることに集中したのだった。




(委員長ちゃん、あそこにいるんだな)
 東カナン軍本隊・後衛よりロノウェ軍本陣がある付近のうす闇を見据えながら、蔵部 食人(くらべ・はみと)はズボンの両ポケットに手を突っ込んでいた。
 向かい風が髪先を震わせ、彼をなぶっていく。
(委員長ちゃん、こんな状態になってもときみはあきれるかもしれないが、俺は魔族とも仲良くしたい。もちろんその中にはきみも含まれる)
 目を閉じてつれづれに思いだす、彼女との記憶。
 初めて会ったとき、ギルガメッシュを砕いていた彼女。彼を見て、そのハンマーでたたき殺そうとした。そして燃える炎に巻かれた街で再会した夜。彼を見て、そのハンマーでたたき殺そうと……。
 ――ロクな記憶じゃねぇ。
(だが委員長ちゃんは人間を憎んでいる! それは俺のプレゼントを断ったことからもあきらか!)
 カッと目を見開き、背を正す。
(俺は不器用だから、ずっと人間を憎んできた委員長ちゃんを説得できるほど頭も良くないし、口だってうまくない。だけど、そんな俺にだって、きみを説得できる唯一の方法がある!)
「俺は、もう決して逃げない!! 必ずきみに、人間はきみの思っているだけの存在じゃない、きみの理解を超える存在だと伝えてみせる!」
 ポケットから手を引き抜き、食人はかまえた。その指は、いつしか魔装変身ヴェイダーブレスへと伸びている。
「ダーリン?」
「いくぞ、用意はいいな?」
「うんっ! いつでもいいよ!」
 食人の腕が上がり、ポーズを決める。
「愛と正義を胸に秘め、希望の朝を紡ぐ戦士!」
「……魔装、変ッ身ッ!」
チェンジ! シャインヴェイダー!!
 その瞬間、食人の隣にいた魔装侵攻 シャインヴェイダー(まそうしんこう・しゃいんう゛ぇいだー)は霧のように掻き消え、食人を包み込む。一刹那ののち、そこには朝焼け色のヒーロースーツに全身を包まれた魔装侵攻 シャインヴェイダーの姿があった。
「魔装侵攻 シャインヴェイダー、ただいま見参!! ――とうっ!!」
 その背に展開した魔装紅翼ヴェイダーウイングによって、シャインヴェイダーは東カナン軍上空へと躍り出る。
 暁の色は光術に照らされた空にもくっきりと目立つ。彼は新たに現れた正体不明の敵として、ロノウェ軍の魔族兵から魔弾と魔力の塊のいっせい攻撃を受けた。
「フッ!」
 フォースフィールドとエンデュアの輝きに包まれたこぶしを引き、真正面に飛んできた魔弾を打ち返す。魔力の塊は避けるしかないが、魔弾程度ならば十分可能だ。
「ダーリン、数が多いよ!」
「分かってる」
 持ち手を握り、魔装大盾ヴェイダーシールドを一瞬で展開させて、すかさずファランクスのかまえではじく。
 そうして防御を固めたのち、彼は、ロノウェの影に向かって雄々しく叫んだ。
「委員長ちゃん! 今日こそこれを受け取ってくれ!! 前のは気に入らなかったようだけど、今度のはバッチリだと思う!! 胸に谷――」
 間ができるブラ! と口にする前に、彼はまるで生身で1トントラックにでもぶつかったような衝撃を受け、吹っ飛ばされた。
「……何を大声で叫んでいるのかしら? あなたは……」
 地面をごろんごろん転がったシャインヴェイダーに、ハンマーを手にしたロノウェが歩み寄る。その背に黒い炎がゴーゴー燃えているように見えるのは、目の錯覚か?
「ま、待て! 委員長ちゃんっ!!」
 あわてて飛び起きるシャインヴェイダー。ロノウェのハンマー攻撃をヴェイダーシールドで受け止めるが、いくら踏ん張っても一撃ごとに後ろに押しやられてしまう。
「あれはただ、きみを呼び出したかっただけで――」
「ダーリン駄目、聞いてないよ。目がマジ。すっごい怒ってる」
「おまえよく分かるな?」
「そりゃあ女だもんっ」
 ちょっと誇らしげにヴェイダーが答える。人型をとっていたら胸を張っていたかもしれない。
「そうか。おまえもぺっちゃんこだからな。通じるものがあるんだな」
「もー! どういう意味ーっ!」
 ぷんすか怒るヴェイダーの怒りの鉄拳のように、強烈なハンマーがシャインヴェイダーを横殴りした。
 吹っ飛ばされ、再びごろんごろん地面を転がる。
「いたた……。――委員長ちゃん、俺は逃げないぞ。言葉でなく態度で、きみに伝えてみせる!!」
 ベコベコにへこんだヴェイダーシールドを手放し、シャインヴェイダーは高く跳んだ。
「龍飛翔突応用技!! イナズマヴェイダーキーーック!!
 向かってくる蹴りを見て、ロノウェは冷静に対処した。サンダーブラストをぶつけたのだ。シャインヴェイダーはロノウェに届くはるか手前で撃ち落とされた。
「ダーリン、これで本当に伝わったと思う?」
「……頭も胸も固いみたいだもんなぁ、委員長ちゃんは」
 疑問符をつけるヴェイダーにつぶやいてから、シャインヴェイダーは気絶した。



「一体何がしたかったのかしら」
 彼のすることはさっぱりだと、ロノウェは首を振って背を向ける。そこに、いつの間にか戦闘をやめた2つの軍を背に、神崎 優(かんざき・ゆう)とそのパートナー、神崎 零(かんざき・れい)神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が立っているのを見て、ぎくりとロノウェは足を止めた。
 反射的にそらした目。それを、あえて彼らに向ける。
『あなたはどんな時もまっすぐに相手を見、応える人だ』
「ロノウェ」
「この後におよんで、まだ何かあるというの? 人間」
「ロノウェ、俺達は本当に戦うしか道がないのか?」
「ばかなことを言うのね」
 ロノウェは、あえて嘲った。バルバトスのように。
 人間を憎む魔神のように。
「今、まさにそうしているじゃない。人間と魔族は憎み合い、戦うの。これは数千年前からのことわりよ。その例にもれず、あなたたちもそうして武装し、わたしの軍と戦っていたのでしょう?」
「それは……でも」
 零はためらった。殺していない、と告げたところでどうなる? 問題なのは生死ではない「戦い」そのものなのに。
「違うぞ、ロノウェ。俺たちは魔族を倒すためにここへ来たんじゃない。解り合うために来たんだ」
 聖夜が答える。
「口ではなんとでも言えるわ。あなたたちが実際にしていることはどう? 東カナン軍に味方して、参戦しているじゃないの。私の兵に剣を向けるは私に剣を向けると同じこと。私に斬りつけながら戦いたくないと言うなんて、まさに人間の口にしそうなことだわ」
 彼女はことさら「人間」を強調した。まるで苦い物を吐き捨てるように。
 優が前に出、2人の間の距離を詰めた。
「では、今がそうだからと、明日もそうするのか? 明後日も、1年後も、100年後も。1000年経っても争っていなければいけない理屈がどこにある?」
 優はすらりと野分を抜いた。
 それを見た一瞬、ロノウェの目の中に失望が生まれる。しかし彼は鏡のような刃のどこにも、わずかの血のりもくもりもないそれを2人の間に突き立て、手を放したあと一歩後ろに退いた。
「俺は、あなたと決して戦わない。俺が戦うのは仲間のため、自由のためだ。無意味に人々を傷つける魔族がいたなら、魔族とだって戦うだろう。けれど、あなたとは戦う理由がない。
 あなたは? 俺たちと戦う理由が、本当にあなた自身にあるのか?」
 戦う理由? もちろんある。ロノウェは答えようとした。
 ザナドゥ顕現のため、自分たちを地底へと追いやった人間を滅ぼすため。人間はそうされて当然の種族なのだ。
 だが「彼ら」と戦う理由があるかと問われれば…………
「ない憎しみをわざわざ作るために戦うのか? それがあなたの戦う理由か?」
「違うわ」
 きゅっとハンマーを握る手の力を強める。
 そんなおろかなことはしない。
 彼女が戦ったのは、彼らが「人間」だからだ。彼らもしょせん「人間」であると、確認するため。
「なぁ、ロノウェ。もうやめにしないか? このまま戦い続けてどうなる。ありもしない憎しみを作って……そんなこと、結局憎しみの連鎖が増すばかりじゃないか。賢いあなたなら解っているはずだ。その上で手に入れたモノを、本当の平和だと……自分たちが望んだ未来だと、あなたは胸を張って言えるのか?
 俺はザナドゥの事を、本気で考えているあなたを信頼している。そしてあなたとだったら、共に歩んでいけると信じているんだ」
 そこに、人々をかき分けてイーオンが現れた。
「ロノウェ、俺たちは戦うことになってしまった。このことは残念に思う。だけど、まだ手遅れじゃないはずだ。俺たちはここにいて、キミもここにいる。お互い手を伸ばし合いさえすれば届く距離にいて、手遅れなんて存在しない。キミがそう思ったとしても、俺たちが決してそうさせない」
「やめて!」
 ロノウェは両手を耳にあて、叫んだ。
「もうそういうのは聞きあきたのよ、人間! 何度あなたたちにチャンスを与えたと思うの!」
 人間は、果たせもしないくせに調子のいいことばかり口にする。
 必ずここから出してあげると約束しながら、平然と何度もそれを破った。
 この暗い地底で、その日を夢見た。いつかザナドゥにも青い空が広がり、いつか太陽が輝き、いつか月光に照らされる日が来ると。
 おろかにも信じていた。嘘をつかれたのだと知る日まで。
 そのことを思い出すたび、激しい怒りがこみ上げる。
 もううんざりだ。
 彼らだって人間。自分たちから青空を奪い、太陽を奪った憎い人間の1人であるのは間違いない。
「ロノウェ!」
 振り上げられたロノウェの手に、白い稲妻がいくつも走る。そこに集積した力のあまりの巨大さに、白光はまるで白い炎のようだ。
 超級雷電を放つつもりだ。それと知った魔族兵たちは、巻き添えをくらうことを恐れてこぞって進路から退避した。
 優やイーオンたちも、彼女の放つ雷電の力は知っている。アガデでは一瞬で3つの家屋を破壊し、その後ろに深い亀裂を走らせた。この近距離で直撃すれば、ひとたまりもない。たとえ魔鎧をつけていたとしても、まず間違いなく一瞬で跡形もなく消滅するだろう。
「優……」
 刹那が後ろから上着の裾をキュッと握り締めた。手の震えが伝わってくる。自分が盾になれば、あるいは即死せずにすむかもしれない――そんな思いで前に出ようとする聖夜。そして生きるも死ぬも彼と一緒だと、ほほ笑んでいる零。
 イーオンもまた、彼をかばう盾となるべく前に出ようとしたセルウィーやフィーネを押し戻す。
「ロノウェ。キミがなぜそうしようとしているのか、俺たちに分からないと思うか? それで本当にキミの心が楽になるというのなら、撃てばいい。だが、俺たちであれば何ができたか、ずっと知ることができないままになるぞ」
 優もまた、イーオンと並び、ロノウェの振り上げられた手の正面に、あえてその身を置く。
「俺たちはずっとあなたに気持ちを伝えてきた。今度はロノウェ、あなたの番だ。あなたは何を望んでいる? 魔族全体ではなく「ロノウェ」の気持ちを教えてくれ。それがどんなものであれ、俺は全力であなたの想いを受け止める」
 ロノウェの手の中の雷電は、とうに極を迎えていた。この腕を振り下ろしさえすれば、彼女を惑わせようとする彼らを消してしまえる。
 なのにそれができない。
 どうせ、だまそうとしているだけなのに。口でならいくらでも言える。百歩譲って、彼らは本気でそう思っていると認めてもいい。だがそれが果たされる信用などどこにもないのだ。人間の命は100年ももたない。100年後にもまだ自分はザナドゥにいて、この明けない闇を見上げているのだ――
 そうと分かっているのに、なぜ?
 もしかして、と思ってしまうからだ。
 アガデであれだけのことがありながら、その憎しみを超えて和平を望む人間たち。
 今度こそ、彼らならもしかして、と。
 ああ、でも彼らを認めてしまったら、地上へのザナドゥ顕現という魔族の悲願はどうなるのか?
 私を信じて、私に従い、今も私の命令で戦った軍兵たちはどうなるの? 彼らは私が彼らを地上へ導くと信じているのに。
「……どうせ、すぐ忘れるのよ、人間。今この瞬間も、あなたたちが話したことすら、全部なかったことにしてしまう。そんなものを信じるのはおろかだわ。それくらいなら、自分でかなえた方がよっぽど――」
「何かと言えばそれだ。いいかげんにしろ、ロノウェ。
 人間はすぐ忘れる、それがどうした? なら、忘れないうちにやってしまえばいいだけじゃないか」
「約束しよう、ロノウェ。私たちが生きているうちに、必ずキミや魔族が地上で自由に暮らせるようにすると」
 きみがこの手をとってくれさえすれば。
 それだけで、俺たちはきみを信じる。
「……やめて。私は裏切り者じゃない。魔族を裏切りたくないの」
 ロノウェの手から力が霧散した。
 いやいやと首を振り、一歩後退する。
 突然、彼女の全身がびくりと跳ねた。さーっと青ざめ、ほおが引き攣る。

 ――ロノウェ様、毒島 大佐です。城がバルバトス軍による襲撃を受けました。
「バルバトス様の軍が? 人間たちでなく?」
 何かの間違いでは? といぶかるが、大佐は訂正をしなかった。
 ――そちらも来ましたが、バルバトス軍もです。彼らの狙いはヨミ様の殺害です。
「ヨミ!!」

 その瞬間、ロノウェはヨミ以外のすべてを忘れ、跳んだ。