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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

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第3章 早朝〜ロノウェ軍

 外界と隔離する垂れ幕が揺れて、天幕内部に冷たい風が入ってくる。
 それを肌で受けて魔神 バルバトス(まじん・ばるばとす)は身を起こした。
「明けたわね」
 乱れた髪を梳き上げ、だれにともなくつぶやく。
「朝ですか……?」
 向こう側で仰向けになっていた伊吹 九十九(いぶき・つくも)が眠そうに発した言葉には答えず、バルバトスは脱ぎ落していた服を拾い上げ、まとった。
 少し物足りない思いで彼女を見上げる九十九の視界の隅に、床に転がったハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)の姿が入る。
 昨夜、九十九によってロープで縛られたままの格好だ。もっとも、後ろ手に縛られ、足も拘束されているのだから、抜けられるはずもなかったが。
 それでも彼女なりに努力はしてみたのだろう。ロープの下でこすれた肌が赤く、血がにじんでいる箇所もある。――いや、あれは最後に見たときもそうだったかもしれない。なにしろ昨夜は激しく攻め立てたから……九十九はそのときのことを思い出し、肩を震わせて嗤う。
「さあ、今夜もバルバトスおねえさまを喜ばせてさしあげましょう……あなたの痴態で」
 いやがるハヅキをわざと卑猥に縛り上げ、屈辱にほおを染めた彼女をそっとなぶる。
「あ……ああっ。よして、ほどいてください、九十九」
 背後の九十九を振り仰ぐハヅキ。だがハヅキの動きによってきつく締まったロープはハヅキの敏感な部分を刺激して、彼女は次の瞬間声もなく地にほおをつけた。
「……あなた……や、やりすぎです、これは……」
 切れ切れの息の中、顔を近づけてきた九十九にだけ聞こえる声でささやく。
 これはハヅキにとって作戦だった。彼女たちを助けようと霧島 玖朔(きりしま・くざく)が奮闘しているのを知っている。彼の立場を少しでも有利にするため、バルバトスに気に入られる存在とならなければならない。屈辱だが、それでも耐えられた。衆目にさらされたあのアガデでの公開処刑も同然の行為に比べれば、まだマシだ。これは任務だ。そう思えばこそ、シャウラロリィタを身に着け、再びバルバトスを誘惑する作戦に出られた。
 しかしそんなハヅキの決意をあざ笑うように、九十九は彼女に馬乗りになり、倒錯的な行為で彼女を理性の崖っぷちへと追い詰めた。
「さあ飛んで……あなたの乱れる様をバルバトスおねえさまにお見せして」
「やめてください、九十――うあっ……!」
 うす笑いを浮かべ、容赦なく急きたてる。作戦を、知っているはずなのに……胸を押しつぶす九十九の手にこめられた力に、ハヅキはこのとき悟った。九十九はとうに敗北していたのだ。この状況に抵抗したって無駄。もう魂すら自分のものではないのに、抵抗して何になるの? 心が折れる前に流されてしまえばいい――それが九十九の選んだ答えだった。
「そんな、あなたまで……なんてことなの!」
「ああ、ああ……ハヅキ……もっと、動いて……」
 ベルフラマントの下、シャウラヘッドドレスの中に手を入れて、自らも駆り立てる。
 前回の二の舞はごめんだと、ハヅキは理性をかけらでも残しておこうと心に防御の壁をさらに築こうとしたが、絶え間なく訪れる快感の大波の前にあってはそんなもの、砂に等しい。
「おねえさま……こんなものはいかがでしょう……」
 息も絶え絶えのハヅキを下に、九十九はさらに持参してきた赤いロウソクを持ち上げたのだった。
 そして一夜明けた今もまだ、赤いロウにまみれて転がるハヅキを見て、九十九の嗜虐心がまたぞろ刺激される。
 自分の中にこんなものがあったとは。開眼する思いだった。
「ハヅキ……」
「……え? ……なっ!? 九十九、あなたまだ――いやっ」
 にじり寄ってきた九十九に、あわててハヅキが後退する。身をくねらせ、どうにか座ることに成功したハヅキは後ろに這いずるように逃げ――無関心にあくびをしているバルバトスの姿を見た。
「おまえ、九十九に何をしたの! 命令を解きなさい!」
「何をした、って」ちら、と九十九を下に見る。「私、何かあなたにしたかしらぁ〜?」
「いいえ、バルバトスおねえさま。これはすべて私がおねえさまを喜ばせるためにしていることです♪」
 九十九は笑顔で首を振り、ハヅキの首輪についた鎖を引っ張る。
「ねぇワンちゃん。朝の散歩に行きたい?」
「!」
 アガデでの屈辱を思い出したハヅキは一気に蒼白する。
「バルバトス! 何もかも、あなたの思う通りにいくなんて思わないことです! 人間は決してくじけないし、ロノウェだってあなたのたくらみなどたやすく看破するでしょう! 人間がヨミを殺したなんて、決して信じたりしない!」
 せめてもと、ハヅキは唯一自由になる言葉を投げつける。魂を奪われ、操られる身ながらなんと勇敢なことか――それを、バルバトスは愚行と嘲った。
「簡単に信じるでしょうね〜。だってロノウェちゃん自身、信じたがってるんだもの〜。そうすれば魔族を裏切らずに人間を憎み続けることができるでしょ。その理由がほしいから、ああやって今度の戦いにも執着してるの。人間を憎む理由ほしさにね〜」
 身づくろいを完了させたバルバトスは、垂れ幕を持ち上げる。
「だからあなたはそんなこと気にしなくていいの。安心して、そこで2人で楽しんでいなさい
 魔神の命令に従い始めた2人を残し、バルバトスは天幕の外に出た。
 明けない空を見上げるバルバトスの中に、もうハヅキと九十九は存在しない。
 ずっと、この空を見上げてきた。どこまで行こうとも、決して白くも青くもならない空。暗闇を、ひたすらに。
 胸の中、地上で見た青空がはっきりと浮かび上がる。全身で感じた太陽の熱。やわらかな白き月の光も。
 それを望んで何が悪い?
 それを、当然と享受している人間どもを憎んで、何が?
「かわいそうなロノウェちゃん。つらいでしょうね〜。今、私がその理由をあげて、楽にしてあげる♪」
 スキップでも踏むように軽やかに歩き出したバルバトスの前に、翼をはためかせて1人の飛行型魔族が降り立った。
 地面に片手をつき、かしずく。
「バルバトス様」
「なぁに?」
「城へ向かった人間どもが潜入を果たしたことをご報告いたします。そして、その1人から、書状を預かってまいりました」
「書状?」
 恭しく差し出されたそれをうさんくさげに受け取った。
 開き、読み進むにつれ、バルバトスの目が丸くなっていく。ぷっと吹き出した口元から、心底愉快そうな笑い声が漏れた。
「あらあら。面白い人間もいるのね〜」
 名前を見ても、どんな人間だったか思い出せなかった。なにしろ南カナンではいろんな人間を見たから。そもそも人間なんか、ろくに気にかけたこともないし。
 ああでも、こんなおかしい手紙を書く人間には、ちょっと会ってみたいかも。
 そんなことを考えながら、手の上の書状を発火させ、燃やしていたときだった。
 にわかに右手の方からざわめきが起きた。そちらを向くが、設営された天幕たちが邪魔をして何が起きているか見えない。
「調べてまいりましょうか?」
「ん〜、いいわ。敵襲というわけでもなさそうだし〜。それよりあなたは城へ戻って任務を遂行しなさい」
「――承りました」
 魔族は一礼し、退くと、再び羽を広げて舞い上がった。
 城へ向けて飛び去って行く魔族に向けていた視線を、今度は背後の物陰へと投げる。
「そこのあなたもよ。聞こえたでしょ〜?」
 最初、それは独り言に思えた。
 しんとして、ときおり風に波打つ天幕の布の音が聞こえるのみだったそこに、やがて、おずおずと進み出る者が1人。伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)だ。
 アガデの路地裏で、まるで野良犬か何かのように死にかけていたところを救われて以来、彼女はバルバトスを神と崇めていた。フォールアウトXと融合させ、異形と化した腕を引いてできるだけ後ろに隠し、神であるバルバトスと同じ場に身を置くことすら不敬というようにかしこまり、地に手をつく。
「わが主よ……お呼びになられましたでしょうか……」
「なぜあんな所にいたのかしら〜?」
「――お答えいたします。この戦の折り、主にもしものことがあってはと思い、陰ながら護衛をさせていただきたいと考えましてございます」
 地面とバルバトスの靴先だけをひたすら見つめ、藤乃は答える。
 とたんバルバトスの放つ気が急激にふくらんだ。藤乃は地に額をすりつけられんばかりの圧迫感を覚え、小刻みに震える。
「んんっ? 今、何か聞き間違ったかしらぁ〜? 私が人間ごときにどうされるですって〜?」
 口調は穏やかだが、気を損ねているのは間違いない。
「ねぇ。いつ私が、人間などに守られないといけないような姿を見せたのかしら? 私には覚えがないんだけど〜?」
「――は、いえ……」
 口ごもる藤乃のあごに指をかけ、くいっと上を向かせる。
 輝きを増した美しい水色の瞳に魅入られかけた藤乃のほおを、バルバトスの爪がなぞった。
「私のためを思うのなら、城へ行き、ヨミちゃんとアナトを殺しなさい。あなたに望むのはそれだけよ。簡単でしょ?」
「勅命、承りました……!」
 藤乃はあらためて平身低頭し、あとずさるとベルフラマントをはためかせ、そのまま背後の闇へ跳んだ。わずかに遠ざかる気配が感じられるが、それもすぐに闇に溶ける。
「やぁね〜、いくら人間とはいえ、もうちょっと使える駒はないのかしら〜」
 そんな、高望みでもないと思うんだけどー。
 バルバトスはふうとため息をつくと、先ほど騒ぎの持ち上がった場所に向かって歩き出した。


*          *          *


 ロノウェ軍兵が取り囲む先。はたしてそこには大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)の姿があった。
「……だから、戦を止めに来たわけやないんや。見てのとーり、武器はそこの兵士に全部渡して、持ってないやろ。東カナン軍の使者っちゅうわけでもない。工作員でもないわ。もしそうやったら、はなからこうして姿見せてるわけないやん?」
 うさんくさがるロノウェを前に、弁舌を展開する。
「東カナン軍とそれに味方するコントラクターは、正々堂々あんたらと渡り合いたいと思うとる。それはたしかや。僕が保証する」
「見知らぬ人間の保証など、何の役にも立たないわ」
 ロノウェのもっともな言葉など聞こえないというふうに、泰輔は言葉をつないだ。
「けど、ロノウェ軍はどうか? こう言うては何やけど、僕ははなはだ疑問やと思うとります」
「私の軍が卑怯者の集まりだと言いたいの? あなた」
 とたん、周囲がざわめいた。
 それを鎮めるよう、ロノウェの手が横に上がる。軍兵たちはいっせいに口を閉じた。
「ここまで来て、わが軍を愚弄しようなどと、よくも考えたものね」
「おっとっと。
 お怒りはごもっともです。けど、よう考えてください。アガデであなた方がしたんはそういうことと違いますか? 僕らはそれで判断するしかない。そしてあれはそう思われてもしようのない行為やった。賢いロノウェはんやったら理解されることと思います」
「…………」
 アガデでのことを持ち出されれば、ロノウェとしては沈黙するしかなかった。
 あれは自分も預かり知らないこと、バルバトスが勝手にしたこと、そう言うのはたやすい。しかしそれは己の不明さを敵にも味方にも知らせるようなものだ。
 魔神ロノウェの権威と尊厳にかけて、それはできない。
 バルバトスが現れたのは、そのときだった。
「あらあら。何の騒ぎかと思えば、小ネズミちゃんたちがまぎれ込んでいたのね〜」
 ざっと周囲の魔族兵が左右に割れ、彼女の通り道を開く。
 その中央を優雅な物腰でゆっくりと歩いてくる妖艶な美女、バルバトス。
 非の打ちどころのない面を縁どる黄金の髪。天使と見まごう2対の白き翼を持ち、発散する破壊的な色香は男であれ女であれ、見る者を魅惑する。
 初めてその姿を間近で見た泰輔も、例に漏れず、身内に湧き起こる情欲を感じずにはいられなかった。
「泰輔さん」
 金縛りにあったような泰輔に、後ろで控えていたレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が、こそっと声をかける。
 どこか不安そうに自分を見るレイチェルに、泰輔は思い出した。紅蓮の炎に燃え上がった臨時避難所、人々の悲鳴、子どもたちの泣き声、そして炎にまかれたレイチェルの姿を。
 突入したオズトゥルクや騎士たちとともに窓から脱出し、事なきを得ていたが、そうならなければあの炎の中でレイチェルは死んでいたかもしれない……。
 瞬間、冷や水を浴びたかのように泰輔の中からバルバトスへの一切の情が消えた。
「それで、ロノウェちゃん、どうしたの?」
「歩哨がこの者たちを連れて戻ってきたのです。私に話があると言っていたと。てっきり領主バァルからの使者かと思っていたのですが、そうではないようです」
「ふぅ〜ん」
 バルバトスの視線が再び泰輔に向く。
 泰輔は彼女からの無言の圧を跳ね返すように、にやりと笑った。
「僕は、ロノウェはんには僕らを傍に置くだけの度量ありとみて、お願いしにきました」
 わざとロノウェの名前のみを使ったことに気づき、バルバトスの眉がぴくりと反応する。
「このたびのザナドゥの地上への侵攻、あなた方魔族は、かつて不当な理由で魔族を地底に押し込めた人間たちに対する正当な復讐、そして地上へのザナドゥ復権の戦いとして位置づけておられるとか。けど、正当な復讐のためには手段をいとわなくてもよい、ということにはならんと僕は思います。むしろ、卑怯な手を使えば使うほど、禍根は残る。あのときあーいうことが起きひんかったら負けんかったんや、あないなやからに負けたんは向こうが卑怯モンやったからや、正面からやれば勝てるわ――負けた者はそう考え、決して敗北を認めんし、勝利者を受け入れることもない。
 それに、卑怯な手、不当な手段を使うということは、あなた方魔族がかつて人間が為したと言っているのと同じ行為で、結局はあなた方が自分自身をおとしめることも同じ。そうならんよう、監査の任に僕らを置いてもらえませんやろか」
「ロノウェさんたちが知ってるかは知らないけど」
 フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が補うようにおもむろに発言を始める。
「人間の言葉には「獅子身中の虫」っていうのがあるんだ。ようは、獣の王とされる獅子であっても1匹の害虫に食われて終わることもある、ってことなんだけど。
 ロノウェ軍は大きい。それだけに、ロノウェさんだけでは虫の存在を把握できないこともあるんじゃないかな」
「それをあなたたちなら見つけられるというの?」
「さあ。だけどやらせてみたって損はないでしょ」
 フランツは肩をすくめて見せる。
「まぁご立派」バルバトスは嘲った。「それで、あなたたちが戦いの真っ最中に大将であるロノウェちゃんを襲撃しないという保証はどこにあるの〜?」
「それは信じてもらうしかないです。僕らはあくまで中立です。何か不正行為があったら、全力で止める。それが東カナン軍側であっても」
「信じる? だまし討ちが常套手段の人間なんかを?」
 面白い冗談でも聞いたように、ぷっと吹き出し嗤う。それを見て、レイチェルが泰輔の後ろから進み出た。
「私が人質となります」
 彼女の言葉に、泰輔もフランツも、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)も驚きを見せなかった。すべては彼らの中で考慮済みなのだろう。沈黙し、彼女を諌めようとしない。
 レイチェルは強い眼力でバルバトスを真っ向から見据えたあと、ロノウェに向き直った。
「私の武装をすべてロノウェさんに託します。必要なら鎖でつながれてもかまいません。もし泰輔さんたちが不審な動きをしたと判断されたのであれば、即座に首を落としてくださって結構です。一切抵抗はいたしません」
「……人質を不当待遇したりはしないわ」
 鎧を脱ぎ落した彼女に、ロノウェは約束した。
 ロノウェからすれば、これは侮辱にほかならない。彼女の軍兵はすべて、彼女が厳しく規律を教え込み、仕込んだ者たちだ。その兵が卑怯な行為をしてロノウェやロノウェ軍をおとしめるとは考えられない。
 だが、バルバトスの息のかかった者がひそんでいるかもしれないと考えたのは、自分ではなかったか?
 その消せない疑いがロノウェに泰輔の提案を受け入れさせた。
「ただし、もしあなたの言うその卑怯者をわが軍内で見つけたとしても、勝手に処罰することまでは許さないわ。捕えて私の前に連れて来なさい。
 それでいいですか? バルバトス様」
「ここはロノウェちゃんの戦場ですもの。私は見てるだけ。ロノウェちゃんがいいなら私は全然かまわないわ」
 バルバトスはあっけらかんと応じる。
「武器は返してもらえるんやろか? それないと、捕えるの難しいんですが」
「いいわ。――返してあげなさい」
「ありがとうございます」
 レイチェルをすぐそばにいた兵に託し、ロノウェとバルバトスは揃って去って行く。返却された武器を身に着けていると、顕仁がつぶやいた。
「虫というには、いささか大きすぎる相手のようだが」
 見つめる先を追う。そこにいたのは、メニエス・レイン(めにえす・れいん)だった。
 彼らからの視線に気づき、受け止め、あざ笑う。
 腕組みを解き、あいさつのように軽く手すら振って、身をひるがえしロノウェに続いた。
 その後ろにいたパートナーのロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)が何か楽しげにメニエスやミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)に話しかけていたが、距離があるせいで聞き取れなかった。
 なおも見つめる泰輔たちの警戒をすかすように、キスまで投げてくる。
「やれやれ。さすがにあの者たちは、我らには荷が重いかもしれぬぞ」
「かもなぁ。けど、かといって無視するわけにもいかん。まぁ、一応気ィつけとこか」
 気安く肩に肘を乗せ、身をもたせかけてきた泰輔の熱とにおい、重みを感じて、顕仁は笑みを浮かべる。
「それはよいが、無茶はするなよ。そなたの魂は契約の下、すでに我の物ゆえ。魔神とはいえ、他人に盗まれてはかなわぬ」
 これだけは譲れぬと、心に誓う。
「はいはい。じゃあ死なない程度に頑張るかねぇ」
 泰輔は目を線になるほど細めて、にっこり笑った。