薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

リアクション公開中!

【ザナドゥ魔戦記】ロンウェルの嵐

リアクション


第8章 決  戦(2)

(あれは……)
 ロノウェ軍の動きに一番最初に気づいたのは、上空で戦っていた姫宮 みこと(ひめみや・みこと)だった。
 みことは開戦と同時に飛び出していき、あえて敵軍の上空で、地上で戦う者たちへの攻撃を少しでも上空へ向けさせようとレティ・インジェクターで派手に飛び回っていた。
 どう見ても巨大な注射器が浮かんでいるようにしか見えず、その奇妙さに目を奪われている彼らに向け、ファイアストームを放つ。攻撃を受け、はっと正気に返った彼らから撃ち出される魔弾からその射程距離を算定して、ギリギリのラインで飛ぶことであえて挑発し、できる限り目を引きつけようと地上の様子を伺っていたみことだからこそ、気づけたことだった。
 ロノウェ軍が陣形を変化させようとしている。
 それはみことたちも計算のうちだった。いつまでも横陣のままでいるわけがないのは想定済み。
 ただ、その動きが奇妙だった。一番可能性のあった鶴翼ではなく、むしろ左右の翼は後退していく。逆三角形、向こうもまた、魚鱗になろうとしているのだ。
 人型の魔族兵を内側とし、一番外側はゴーレム型のままで、さらにその層を厚くしようとしている。
 矢じりとなった先頭と先頭がぶつかっている陣形では、消耗戦となる。そしてそれは、より外側が固い方が勝つ。
 つまりは魔族兵が。
「これに対処するためには、東カナン軍は扇形に広がるしかないと考えたんですね……」
 反対に東カナンの方こそ鶴翼に変形せざるを得ず、へたをすれば総大将の元まで突き込まれかねない。
「どうしたのじゃ? さる」
 みことが動きを止めたことに気づいた本能寺 揚羽(ほんのうじ・あげは)が小型飛空艇を寄せてきた。そしてみことがじっと見つめているものを求めて下をみる。
「ああ」
 理解して、にやりと笑った。
「なるほどのう。さすが名将ロノウェということか」
 きびきびと動いてその形を変えていく魔族兵。その速度はよほど訓練を積んだ兵にしかできない動きだ。
「美しい。一糸乱れぬこれほどの動きは、戦乱の世でもそうは目にできなんだわ」
 そう言う間も、動きを止めた自分たちを狙ってきた飛行型魔族兵に向かい、矢を放つ。投擲された槍は揚羽の髪をかすめたのみ。矢は確実に魔族兵を射抜き、矢を引き抜こうと手をあてたまま、魔族兵は墜落していった。
「じゃがわれら東カナン軍の智将も、そう負けてはおらぬぞ」
 小気味よくくつくつと笑う揚羽の視線の先、側面からマキャフリー隊が飛び出した。



「皆さん、今がチャンスなのです!!」
 暗がりから立ち上がった長槍歩兵の中央で、ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)は号令をかけた。
 陣形を変えている今、彼らは移動に時間をかけることになり、攻撃がその分手薄になる。動かない中央はともかく、左翼・右翼は魔弾も魔力の塊も半減するはずだ。
 もちろん敵もそれと知らないはずはない。組織戦に優れたロノウェ軍であれば、その変形速度は並以上に速いはず。そこに斬り込んでいけるのは伏兵である長槍歩兵しかない。
 つまりは、自分たちこそ。
「ものども、拙者に続け!! 敵のどてっぱらに大穴を開けてやろうぞ!!」
 ミス・ブシドーこと音羽 逢(おとわ・あい)が雄々しく三尖両刃刀を掲げた。
 今、何よりも優先されるはスピード。魔弾を撃たれようともひるまず、バーストダッシュで距離を詰め、正面のゴーレム型魔族に乱撃ソニックブレードをたたき込む。振り下ろされる剣を紙一重で避け、カウンターで斬り伏せた。
 そんな彼女を貫かんと、死角から槍が引かれる。今まさに突き込もうとした刹那、強烈な光が魔族の目を焼いた。
 ぎゃっとあがった声に気づいた逢が、目を押さえてよろめく魔族を斬って捨てる。
「おいおい、あんま、はりきってんじゃねーぞ」
 どこか笑いを含んだ声が背後からする。
「気持ちは分かるが最初っからとばしすぎだ。兵たちはただの人間なんだ、おまえの速度にゃついていけねーよ」
 フロッ ギーさん(ふろっ・ぎーさん)がクイ、と親指で後ろを指す。少し遅れて、鏃型に隊列を組んだ長槍歩兵たちが2人の横をすり抜けて突撃して行った。
「そ、そうか。すまぬ」
 素直に反省する逢に、フロッギーはくつくつ笑った。
「まぁ、おまえが先頭で派手に飛び出して目をひいたからこそ、彼らが魔弾に狙われずにすんだっていうこともあるがな」
 と、オイレの上で伸びをして、前線の様子を見る。逢が開いた穴をふさごうとする魔族兵と、それを許すまいとする長槍歩兵たちが力闘していた。
 そしてその上を飛び越えて魔族兵の上に躍り出たナナの則天去私が炸裂する。
 そのまま敵のど真ん中へ着地したナナの姿に、逢はあわてた。
「ナナ様! 拙者を忘れては困るでござる!」
 三尖両刃刀を手に、ナナを追って魔族兵の中へ突っ込んで行く。ナナを背後より狙う魔族兵の背中を割り、すぐさまナナと背中合わせに立った。
「ナナ様の大切な御身はこの拙者が必ずやお守り通す! ナナ様を傷つけようとする賊は、決して容赦せぬぞ! 心してかかってくるでござる!!」
 周囲すべてが敵の中、乱撃ソニックブレードほかヴァルキリーの脚刀も駆使してナナを守る逢。ナナは内側から前衛のゴーレム型魔族を倒すべく、なんとかして接近しようと則天去私をたたき込んでいる。
 やがて、2人を追って長槍歩兵たちも敵陣の中へ入った。
 ロノウェ軍の一角を崩すことに成功したのだ。あとはこれを確保し、さらに広げなければならない。
「へへっ。勇敢な者たちだぜ、まったく。オレも負けてらんねーな」
 フロッギーは吸い込める限りの空気を肺にため、怒りの歌を天高く放った。
 できる限り多くの者に届くように。
「オレたちの歌、おまえらの魂まで届けるぜええっ!! この熱きソウルソングを受け取れ!!」

 

 フロッギーの歌声は風に乗り、上空のみことや揚羽の元まで届いていた。
「爽快なやつじゃ。どれ、わらわも手を貸してやろう」
 笑って和弓を引き絞り、ナナや逢たちを狙う魔族兵を射ていく。
 みことははるか先、前線の光の届かない後方でゴーレム型魔族の肩に乗っているらしい、ロノウェらしき人影を眺めた。
 その影に、みことは最後に会った、あの屋根の上でのロノウェの姿を重ねる。
(ロノウェよ、あなたが上に立つ者として公正であることは分かりました。あなたとならば、あるいはいつか分かり合うことも可能でしょう。
 しかし敗者が何を語っても、無様な命ごいとしか受け取られないのが戦いというもの。ならばボクたちは、この戦いであなたに勝ちます。勝って、あなたに人間の言葉を届けます。――必ず)