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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

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世界を見渡す頂にあなたを


 その神殿は、高い山の頂にあった。
 帝国を、パラミタ全土を見渡そうとするかのように。そして、下に広がるのは龍神族の谷。
 厳かな空気の漂う奥の間では、祭壇の前の棺へ司祭が葬送の言葉を送っていた。
 棺の中に眠るのはケクロプス。
 遺体が安置されていたところから何千ものスパルトイにより運ばれてきた。
 粛々と続く列を上空からたくさんの龍が見守り、嘆きの咆哮をあげていた。
 目を伏せ、司祭の言葉を聞いているのは大帝と選帝神に重臣達、それからアイリスなどの各龍騎士団長。団長が出席できない隊は代理人が来ている。首のない状態のセリヌンティウスもいたし、隣にはエキーオンもいた。
 他は、カナンの一領主の代理人とよく見ればアイシャの代理としてセレスティアーナの姿もあった。
 司祭の言葉が終わると、アイリスがケクロプスの実績を語る。
 シャンバラの学生達も出席を許されていた。
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は列の後ろのほうでおとなしく葬儀の進行を見守りながら、これまでのことを思い出していた。
 ケクロプスを見送るため、通には大勢の帝国民が押し寄せていた。
 ケクロプスは自身の最後となった戦いに悔いはないようだったが、その死は帝国に多大な悲しみをもたらしている。
 それを目の当たりにし、呼雪はかの龍騎士がどれほど慕われていたかを知った。
 その龍騎士を倒したドージェはこれからどこへ向かうのか。
 パラミタに来て三年が経つ呼雪だが、その間にさまざまな出会いがあり、中には共に歩もうと契約した者もいる。
 シャンバラ国内だけだった活動範囲も広がり、ナラカの底の底まで行ったりもした。
 そのたびに知識が増え、想いも増え……。
 満たされて終わったことも、やりきれない気持ちを抱えたまま終わったこともあった。
 これから先、さらに何が待っているのか。
 思いに耽っているうちにアイリスの話しが終わり、出棺の時がきた。
 神殿の裏に広がる墓地に、ケクロプスは埋められる。
 十数人のスパルトイが棺を持ち上げ、ゆっくり進む。
 大帝を始め参列者達が短いが深い心のこもった別れを告げていく。
 その後、呼雪達も棺に近寄った。
「おやすみ、ケクロプス」
 白い布に包まれた棺は神殿を出て行った。
 ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)ジル・ドナヒュー(じる・どなひゅー)はこの時ようやく棺に近づくことができた。
「故郷に帰って来れてよかったね」
 ブルタが悪友だと思っているウゲンは、誰にも触れられないところに厳重に管理されている。
 ウゲンとケクロプスが重なって見えたブルタとしては、彼の願いを叶えたいと思っていたのだ。
 墓穴の前に着くと主だった龍騎士団長の手により、帝国の国旗で棺が包まれた。
 みんなが見守る中、棺はスパルトイ達の手によりケクロプスが眠ることになる穴へ沈められていく。
 どこからか鎮魂歌が聞こえてきた。
 呼雪が弾くリュートの伴奏にマユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)の歌声が乗る。
 葬儀の責任者に歌を贈りたいと申し出たら快く許可をくれたのだ。
 まだ幼い呼雪が亡父から教わったという歌を、マユが受け継いで歌っている。
 神様があるべきところに還る時に見送る神送りの歌だ、とマユは呼雪から聞いた。
 悲しみに暮れる心をやさしく慰撫する歌だった。
 棺が丁寧に設置されると国旗は取り除かれ、大帝の手に渡された。
 それらを見届けたブルタは順番を待ち、棺の上に白い花を投げた。
 いよいよ土が被せられていくと、空の龍達が一斉に咆哮をあげる。
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)もブランドと名付けたレッサーワイバーンに乗り、空へ上がった。
 今まで物語の中の存在だった龍。
 パラミタに来て、本物がいると知った時の感激は大きかった。
 憧れ続けてきた龍と友達になりたいとか、かっこよく乗り回してみたいとか、誰もが思うことを尋人も思っていた。
 だが、龍は思っていた以上に知性が高く、彼らの話の内容を聞いても謎は深まるばかりで。
 そして修学旅行。
 龍騎士が修行したという龍神族の谷の試練場にぜひ行ってみたいと思ったのだが、最後の龍神族の葬儀が気になって仕方がなかった。
 何故だかわからないが、見ておかなければならない気がした。
 ナラカの底で見届けた龍騎士の最後は、忘れられない記憶となっている。
 誇り高い龍騎士との別れを叫ぶ龍達の咆哮に尋人の龍の咆哮も混じり、空の彼方に溶けていった。
 いつか、彼のいる高みに届きたいと願って。

 葬儀の後、神殿で食事会が始まった。
 その時、ブルタは山を下りようとしているエキーオンを見つけて声をかけた。
「ねぇ、ケクロプスには本当に親族はいないの? 聞こえは悪いけど、隠し子とか」
『いないな。本当にあの方が龍神族の最後の一人だ』
「そうなんだ……」
 ブルタの嘘感知には何も引っ掛からない。
『ケクロプス殿の死を悼んでやってくれ』
 そう言ってエキーオンは去って行った。
 食事会の場へ戻ったブルタは、難しい問題に直面したような唸り声をあげる。
 せっかく帝国の主だった面々が来ているというのに、相応に警備が厳しく学生達や帝国の一般の参列者は近づけないようになっていた。
「あれじゃあどうしようもないね。向こうで食べよう」
 ジルに促され、仕方なくブルタは諦めた。
 葬儀が執り行われている間、弁天屋 菊(べんてんや・きく)は食事会の準備に参加していた。
 エキーオンに話しを通してもらったのだ。
 詳しいことは厨房の責任者のスパルトイから聞いた。
 獣肉をいっさい使わないあたりは地球と共通している。
 主な食材は野菜と木の実、魚介類だ。
 味付けはあっさりめで。
 国のトップが大勢来るため、料理長は神経質なくらいに細かい指示を飛ばしていて、菊に対しても区別なくコキ使った。
 菊の手際がよかったから、料理長も安心して仕事を任せたのだ。
 テーブルに料理を並べ終えると、菊は労いの言葉と共に解放された。
「ご苦労様」
 席に着いた菊に呼雪が声をかける。
 菊は苦笑して、人使いの荒い料理長だったよと返す。
「おまえ達の歌も聞きたかったんだけどな。瞬きも許されないような空間でさ」
「瞬きも……!?」
「大げさな話じゃなくて、わりと本当にそんな感じだよ。でも、いい経験になった」
「それはよかったな。疲れただろう」
 そう言って呼雪はポットからリンゴジュースを注いで菊に勧めた。
「菊さん、このスープおいしいねっ」
「ああ、そいつは葬儀には必ず出るものだそうだ。他は肉を使わなければ何でもいいらしい」
 菊の答えに感心するファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)。でも本当はスープの味に感心しているのかもしれない。
「食べ過ぎるなよ」
「コユキ……ボク、そこまでいやしくないよ。TPOくらいわきまえるよ」
「TPOのOは何を指すか知ってるか?」
 ファルは不意にされた問いにきょとんとする。
 それから思い出そうと首を傾げ……思い出せなくて反対側にも傾げ……。
 マユはハラハラと見守り、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)はクスクス笑いながら眺めている。
「がんばれ、お兄ちゃん」
 ヘルに言われたもののどうしても思い出せないファルは、Oの謎と目の前の料理の誘惑に板ばさみになるのだった。
 何だかな気の毒な状況になっているファルにどう声をかけたものかと戸惑う尋人の耳に、夢野 久(ゆめの・ひさし)の声が入ってきた。
「フマナ平原のあの死闘は、マジで凄まじかった……!」
 その戦いを間近で見た久は、思い出したとたんに背筋がゾクリとするのを感じた。
 そんな戦いだったからこそ、結末の呆気なさに拍子抜けしたし信じられなかったし、納得できなかった。
「ドージェもろともナラカに落ちることを承知で、大帝のためにってそれをぶっ通したケクロプスにも腹が立った。だが、その忠義はたいしたもんだって思った」
 悔しさを抱えたまま終わったと思い、でもひょっとしたら、とも思った。
「……まさか、ナラカでずっと続きをしてたぁな!」
「ああ。オレもそれには驚いたよ」
「だろ? 俺達が圧倒されたあの死闘が、ほんの序盤だったんだ。バケモンにも程がある」
 久と尋人は頷きあう。
 が、ふと久は瞳に強い憧れの色をにじませた。
「俺みたいなならず者には忠義なんて難しくてよくわからねぇけどよ。だが、その信念を通して最後まで一直線の筋にした。それが、どれだけ凄ぇことかはわかる。その一本線がどんなもんより鮮烈だ。尊敬されてたはずだ。──強ぇはずだ」
 おそらく自分の存在などケクロプスの眼中にはなかっただろう、と久は思う。
 それでも、彼はケクロプスから多くのことを学んだ。
「決して忘れねぇよ」
 目標にするには途方もない相手だ。
 けれどいつか越えてみたい。
 久が胸に秘めた思いを理解しているかのように佐野 豊実(さの・とよみ)が微笑む。
「忠義も武勇も成すべきことも、彼ほど極め尽くした者は稀有だろう。多くの人から惜しまれ、見送られるに相応しい人物だったと思うよ」
 豊実は供養の一つの形として、葬儀の様子を絵にしたいと思っている。
 そのために最後までしっかり目に焼き付けておくつもりだ。
 けれど、思うのは、生きていればもっと絵にしたい場面を見られただろうということか。
「本当、惜しいな……」
 豊実はもう戻らない彼にワイングラスを掲げ、飲み干した。

 葬儀の全ての工程が終わり山を下りていく大帝達を見送りながら、マユはヘルに肩車をしてもらい谷の景色を楽しんでいた。
「どう、よく見える?」
「はい。試練場が見えます。あそこにみんないるんですね。最後の間にはたどり着いたのかなぁ?」
「んー、大丈夫じゃない?」
 ヘルは特に根拠もなく軽く答えたが、マユは「そうですよねっ」と素直に受け止めた。
 二人は墓地の端から谷を見下ろしている。
 墓地は木の柵で囲まれているが、二人がいるその向こうは崖だ。
 試練場は近くで見ると荘厳な石造りだが、上から見ると森に埋まっているように見える。
 常に吹く緩い風は時折下から強く吹き上げ、二人の髪や服の裾をはためかせた。
「ファルも肩車する?」
「お兄ちゃんだからしないよ」
「ふぅん」
 無理しなくていいのに、とヘルは思ったががんばるファルを思って言わなかった。
 しばらくして呼雪に呼ばれた。
 そろそろ帰るようだ。
 呼雪と尋人と菊がヘル達を待っている。
「マユ、帰るみたいだけど、もういい? それとも、もう少し見ていたい?」
「帰りましょう」
 ヘルが聞くとマユはあまり迷わずに答えた。
 地に下ろしたマユと手を繋ぎ呼雪のところへ歩き出す。反対側の手はファルと。
 三人で仲良く……のはずだったが、呼雪のところへ着いたとたんヘルの手は二人から離れて呼雪のもとへ。
 葬儀の間、ガマンしていたのだ。
 いきなり手を離された二人はヘルと呼雪の名をそれぞれ呼びながら、間に割り込もうとする。
 それを尋人と菊が止めようとして──賑やかに山を下りていった。