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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

リアクション

 キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)は広大な浴場を隅々まで見渡そうとしていたが、はるか向こうは湯気により霞んでいてよく見えない。
「龍のサイズだと、これくらいは必要なんですのねぇ。あのおっぱい龍騎士もここで修行したんですわよね」
 ケクロプスの葬儀は何時からだっけ、と思いながら呟くキャンティ。
 その隣では聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)が真剣な表情で何やら考え込んでいる。
(龍が体を癒し、休めに来る温泉でございますか……。温泉神殿もそのような場所になれば良いのですが)
 そのための新しいビジネスモデルがここにあるはず!
 と、野望に燃える聖の気配を感じ取ったのか、キャンティはそろりと目だけで窺った。
 長い付き合いから、聖の中のどこか純粋なものに気づき始めているキャンティだったが、深く追求する気はない。
 キャンティは袖まくりをすると、気合を入れるように深呼吸をする。
「とりあえず、ここは龍の丸洗い大会ということでいいんですの? それなら、温泉神殿で日々お客様の背中を流している温泉アイドル☆キャンティちゃんにお任せですぅ! おーっほっほっほっほ!」
 高笑いの後、キャンティは近くに放置されている巨大デッキブラシを担ぎ上げると、湯に浸かって鼻歌をうたっている龍に近づいた。
「お客様〜、お背中流しますですよぅ〜」
『フフン、フンフン〜♪』
 龍はまるで聞こえていないようだったが、のっそりと湯から上がるとキャンティに背を向けて座り込む。
「では、失礼しますわね〜。ところで、何のお歌ですか〜?」
『フ、フ、フ〜ン、フフ、フン♪』
「……ヘンな龍」
 内心ではそんな態度に悪態をつきつつも、キャンティは表には一切出さずに笑顔を保ち続けた。
 噛み合わないやり取りをしているキャンティと龍を眺めていた聖だったが、辺りに散らかっているブラシやタワシを片付けているスパルトイを見つけると話しかけに向かう。
「お仕事中すみません。少々お願いがあるのですが」
『何だ?』
「私、温泉神殿の管理人をしております。実は、こちらの温泉水の素を作り、シャンバラの人達にもここの雰囲気を味わってもらいたいと……」
 聖の話を相槌も打たずに聞いているスパルトイ。
 全てを話し終えるとスパルトイは龍のいない浴槽を指差す。
『好きにするがいい』
 素っ気ない返事だが許可は得た。
 聖は丁寧に礼を言うと、さっそく水筒に温泉水を入れる。
「きゅー……?」
 聖が脇に置いたバスケットからドラゴニュートの赤子が顔を出した。
「ちびちゃんも温泉に入りたいですか?」
 聖はちび ちゃん(ちび・ちゃん)をバスケットから出すと、浅いところに導く。
 いつもと違う温泉にちびは興味津々だった。
 ちびは温泉に入る前に尾で水面をちょんと突付き、温度を確かめている。
 聖が水筒の蓋を閉めた時、ふと頭上から影が差した。
 見上げると龍と目が合う。
「こんにちは。休憩に来られたのでございますか?」
『……お前の子か?』
 龍は聖の問いには答えず、逆に質問を返してきた。
「いいえ。直接の血縁ではございませんよ。アトラスの傷跡近くで拾ったのです。巣から転がり落ちてしまったのでしょうか、親も見当たらないので引き取りました。今では親子のようでございます」
『そうか』
 龍からはちびへ対する負の感情は感じられない。
 それどころか、人気急上昇中のシー・イーの例でもわかるように、地球人と契約するドラゴニュートという存在に興味を抱いているようにみえる。
 龍はちびが流されないように静かに湯に身を沈めると、尾の先を湯から出してちびをあやし始めた。
 ちびはそれにさっそくじゃれ付いている。
 聖はしばらくの間、観察するように見つめていた。
 もう一人野望を胸に秘めた人がいる。
 テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)だ。
 彼女は自分の温泉旅館を持ちたいと思っているのだが、その時の名物に温泉卵をと考えている。
「そういうわけで、試験的に作らせてほしいのです。許可をいただけますか?」
『好きにするがいい』
 聖の時と同様に愛想のない返事だったが、許可は出た。
 テレジアは龍のいない浴槽を見つけると、持ってきた卵を浮かべた。
「時間も計っていろいろ試してみましょう」
 腕時計を確認してしばらく。
 一般に出回っているレシピ通りの時間になると、一つを試食してみようと手に取り──。
「あ」
 手に取ろうとした瞬間、鱗と鉤爪の巨大な手が卵を入れてあるザルごと横から掠め取っていった。
 顔を上げると、バリバリと卵を食べる龍が。
『……うまい』
「……そうですか」
 もうないのか、と目で問われる。
「卵はありますが、また少しお時間かかりますよ」
『待つ』
 傍らに座り込みおとなしく待つ龍が、何だかかわいく思えてテレジアはほんのり微笑みを浮かべる。
「温泉卵、お好きなんですね」
『好き』
「次は私にも一つ下さいね」
 返事はなかった。
 その後、何度目かにしてようやくテレジアは温泉卵を一つ確保できたのだった。

「温泉、おんせん、おんせん〜♪ ああ、ここは桃源郷なのだわ」
 うっとりとした目で広大な浴場を眺める早乙女 蘭丸(さおとめ・らんまる)
「みこと、壁の絵や彫刻、なかなかステキだと思わない? 薔薇や柚子を浮かべて入りたいわ」
「蘭丸、どう見てもそういう温泉とは違うと思いますよ」
 学生達は巨大ブラシやタワシ、石鹸などで龍を洗って親睦を深めている。
 姫宮 みこと(ひめみや・みこと)の冷めた発言に蘭丸は口を尖らせた。
「それくらいわかるわよ。ちょっとくらい付き合ってくれてもいいじゃない」
 文句をこぼしたが、みことは聞いていないようで巨大デッキブラシを持ち上げている。
 みことにしてみれば、第三の試練が第二の試練のようでなくて良かったというところだ。
 これなら挑戦できるし、こういうふうに龍と付き合うのも悪くないと思った。
 果物と酒樽を脇に置いた龍を見つけた。
「よかったらお背中流しますよ」
『そうかい。頼むよ』
 リンゴを食べながらの返事。
「お腹すいてるんですか?」
 聞きながら龍の背に回り、湯と石鹸を使って鱗一枚から磨いていく。
 固そうに見えたので、腰を入れて取り掛かった。
『ああ、腹減った。おまけに寝過ぎた』
「ふふ、そうですか。……よっと」
 巨大デッキブラシはけっこう扱いにくかった。
 龍はまだ半分寝ぼけているのか、時折あくびをする。
 今は背中を磨いているが、そのうち前に回った時は逆鱗に注意しないと、と思っていた。
「いったん流しますね」
 そう言って背から下り、お湯を汲んだ重い桶を担いでまた龍の背を上り……。
 何回か繰り返した後に洗った背中を見上げると、見違えるようにピカピカになった──気がする。
 けっこうな重労働にみことが額の汗をぬぐった時、背中にピトッと何かが張り付いてきた。
 振り返らずともわかる、蘭丸だ。
「つまんないわ〜。というわけで、あたしがみことを洗ってあげる☆」
「え、い、いや、いいですよ。別に……」
「遠慮しなくていいのよ」
 妖しく微笑む蘭丸の目は、上気したみことの頬や水着には隠されていない肌がほんのり色づいている様子を、夢見るように眺めている。
「いつも思うけど、みことの肌ってきれい〜」
 肩から肩甲骨、背筋へと指を滑らせる蘭丸。
「ちょっと、蘭丸……ッ」
「ちゃんと洗うわよ」
 スポンジを泡立てて丁寧に洗う。
 洗うのだが。
「ねぇ、ちょっと……!」
「ん〜? ここ、ええのんかぁ? 嫌がるフリしてカラダはしっかりその気になってんじゃねぇかよぅ♪」
「もう、蘭丸ってば!」
 調子に乗り始めた蘭丸を振り切ろうとみことが勢い良く振り向いた時、後ろでゴンッという音がした。
「蘭丸〜!?」
 デッキブラシを放り出し慌てるみこと。
 振り向いた時、デッキブラシの柄が当たってしまったのだ。
 重量がそれに蘭丸はノックアウト。
「目を開けてください〜!」
 ガクガクと蘭丸を揺さぶるみことの慌てっぷりに、龍が笑っていた。