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リアクション
彼らの様子を離れた石柱の陰からこっそり覗く顔が二つ。
「ロクロさん、これはロクロさんが望んでいた修学旅行か?」
「カノコ、シューガク旅行って温泉入る前に秘密を暴露したり一発芸をしないとダメなのかな?」
「そんな温泉、心の底からお断りや。もうええわ。どこかで写生でもしよ。……ん?」
あれは……、と別の場所に由乃 カノコ(ゆの・かのこ)は見知った顔を見つけた。
この修学旅行に行くと聞いてはいたが、運悪く巡り会えなかった人達だ。
「薫ちゃん……!」
カノコは瞳を輝かせると、パッと駆け出して行ってしまった。
置き去りにされまいとロクロ・キシュ(ろくろ・きしゅ)も慌てて追いかける。
薫ちゃーん、という呼び声に天禰 薫(あまね・かおる)が声のするほうを見ると、カノコが走ってきていた。
「やっと会えたねぇ」
「よかったよかった」
笑顔でハイタッチをする薫とカノコ。
「温泉入れる思うて来たのに、なんや知らんが立ち往生や。もうワケわからん。もふもふさしてぇ〜」
カノコは愚痴をこぼした直後に、薫の頭にピョコンとあるナキウサギの耳の感触に癒しを求めた。
「この毛並み……落ち着くわ〜」
「ふふ、くすぐったいよ。この先に行くには試練を突破しないといけないんだって」
「試練突破して入る温泉て、どんだけ厳ついんや……」
「そうだねぇ。でも、我は受けてみようと思う」
「そうか。応援しとるで、ここから!」
カノコは、うかつに近づいて巻き込まれたくないと思っていた。
彼女にとって、オトメの秘密を暴露するなど言語道断である。
そんな彼女を気にしたふうもなく薫は微笑む。
「おじーちゃんと熊さんも行くんか?」
カノコが熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)と後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)を見れば、二人とも頷き返した。
すると、その二人にカノコの手がニュッと伸びる。
「もふもふさしてぇ〜。……うっ、熊さんの頭、届かん……」
座っていた又兵衛のふさふさした髪は難なく撫でることができたが、立っている孝高には背伸びしても手が届かなかった。
孝高はカノコの手が届くように少しかがんだ。
そして、行ってくるねと手を振る薫達を見送った。
薫は祭壇の正面に立つと、大きく息を吸い込み言うと決めていた言葉と共に吐き出す。
「我は、生まれつき心臓に持病があったのだ!」
驚いたのは周りの学生達ではなく、このことを知っているはずの孝高と又兵衛のほうだった。
又兵衛は薫の腕を引き、確認する。
「天禰、あんた今ここでぶっちゃけるのかい?」
「え、ダメなのだ?」
「いや、ダメじゃないけれど……驚いたぞ」
なぁ熊、又兵衛が孝高を見やると彼も大きく頷いていた。
それでも薫はやめる気はない。
見た目からはそんなふうに見えないが、彼女は一度決めたら簡単には曲げない一途なところがある。
薫はちょうど心臓のあたりに手を置き、続ける。
「五歳くらいまで経過がよろしくなくて、本当は手術を受けるかもしれないくらい、弱っちかったのだ、我」
その頃の自分を思い出したのか、薫の表情にほろ苦い切なさが浮かぶ。
孝高と又兵衛もこれ以上は何も言わず、薫を見守ることにした。
「でも、そんな我に『奇跡』が起きたのだ。それで我の心臓、よくなったの」
薫の瞼の裏に奇跡を起こしてくれた人物が見えた。
「我、その人にとても感謝しているの。いつか、その人に会ってお礼を言いたいな。その人のおかげで、我は前に進めたから」
レリーフの龍騎士を見上げ、微笑む。
反応があるわけではないが、何となく聞いてくれている気がしていた。
そして、厳しいが懐の広い眼差しで先を促してくる。
薫は、気圧されるなと何度も言い聞かせ、言葉を紡ぐ。
「我の勇気は、救われた命を大切にして『前を向いて生きること』なのだ」
何か心に触れることでもあったのか、孝高と又兵衛がそっと薫をうかがう。
薫は気づかずにまっすぐに龍騎士を見据えている。
「必ず、やり遂げるよ」
決意を口にしたことで薫の中に芯が通ったのか、孝高と又兵衛へ向けた笑顔にすがすがしさがあった。
又兵衛は薫の頭を一撫ですると、入れ替わりに前に立つ。
彼女に負けていられないと思った。
自分も、もう何も見えていないふりはやめなければならない。
「俺さ、不安だったんだ」
ぽつぽつと静かに話し出す又兵衛。
「英霊として再び生を受けた時、俺には何もなかった」
かつて仕えた黒田家の主人や若君がいるのかもわからない。
現状を見れば、豊臣家再興もできない。
その豊臣家を滅ぼした者は誰なのかを思い出せない。
『ない』ばかりで、又兵衛は落胆し目を閉ざした。
けれど、薫が前を向いて生きると言うなら、縁を感じた彼女のためにも腑抜けてはいられない。
「もう逃げるのはやめだ。全部なくしたなら、せめて今あるものはなくさない。そいつのためにこの槍をふるおう」
薫も孝高も初めて見る気迫のある眼差しでレリーフの龍騎士を見上げ、槍を掲げる又兵衛。
何かが解決したわけではないが、輪郭のはっきりしない薄暗い道が終わりを告げた。
又兵衛の目に、世界はかつてのように生き生きとしたものとして映った。
槍を下ろし振り向いた又兵衛の顔は、今までの引き締まったものとは打って変わり、どこかからかうような楽しむものだ。
その視線の先は孝高。
薫も孝高を見ている。
「孝高は何を示すの?」
ああやっぱり、と逃げられないことを悟る孝高。
その腕を又兵衛が引っ張り、何やら耳打ちしてきた。
「あんた、天禰に再度告白しろよ」
「なっ!?」
「天禰のヤツ、あんたと恋人同士っていう自覚ないだろ? だから、今はっきり言っておけよ、ほら」
ドンッ、と又兵衛は孝高を天禰の傍に突き出す。
二人の会話が聞こえていなかった天禰は、いきなり突き飛ばされた孝高に驚く。
すぐに又兵衛を見るも、ニヤニヤしているばかりだ。
孝高は一度深呼吸をすると、レリーフを睨みつけてから天禰に向き直り、その肩を掴んで言った。
「……天禰」
「なぁに?」
「その……お、俺と、ずっと一緒にいろ」
「うん、一緒にいるよ。前に決めたもんねぇ」
「……」
ほのぼのと答える薫と、気持ちが通じていないことに気が遠くなりそうになる孝高。
そんな二人を見て笑いをこらえる又兵衛。
(これじゃダメだ。もっとストレートにいかなければ!)
どんな鈍ちんにも通じるように。
半ば追い詰められた感じの孝高の出した結論は、薫の肩に置いていた手をそのまま自分のほうに引き寄せることだった。
小柄な薫が苦しくならないよう、気をつけながらも逃げてしまったりしないように腕の中に閉じ込める。
そして、彼女を思うたびに浮かぶ言葉を囁いた。
「愛している、薫」
これが、孝高の示せる精一杯の勇気だった。
しかし薫からの反応がない。
代わりに龍の石像の全身が、三人の示した勇気により残りの部分を輝かせた。
『次の間へ進まれよ』
重い音を鳴り響かせて開く扉を示すスパルトイ。
学生達はぞろぞろと歩き出す。
が、孝高と又兵衛は進めずにいた。
「薫? おい、薫!」
「正面突破は少し刺激が強すぎたか……?」
「笑ってる場合かっ」
薫は真っ赤になって目を回していた。
そこにカノコも加わりいっそう賑やかになる。
そんな彼らを微笑ましく眺めながらロクロは父に手紙を書いていた。
──拝啓 父上様
アムトーシスのみんなは元気にしていますか?
カノコにお願いしてシューガク旅行というものに連れてきてもらい、とっても綺麗な景色の場所に着いたわけで。
温泉もあると聞いてワクワクしていたけれど、何だかよくわからない祭壇のようなところで立ち往生してしまったわけで……。
そしたらカノコがお友達を見つけたらしく話しかけている間、ボクはこの景観を写生して楽しんだ、わけで。
結局、温泉に続く道は開いたのだけれど、カノコのお友達が真っ赤になってふにゃふにゃになってしまったわけで。
ボクは今日も元気です。
また手紙書きます。
みゃあー。
「ロクロさん、ティータイムやー! 早ぅ!」
カノコに呼ばれ、ロクロは彼女達のところへ急いで駆けていった。
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