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リアクション
最後の間
最後の間まで少し通路が続く。
石の床を歩くワイルドペガサスの蹄の音が静かな空間に響いた。
「こんなところまで入らせてもらえたのも、リラードさんのおかげですね!」
レガートという名のワイルドペガサスの背に揺られるティー・ティー(てぃー・てぃー)の腕には表リラードが抱きかかえられている。
ティーはその感触を楽しみながら微笑んだ。
「私も、この旅のおかげできっと自分を見つけられる気がします」
「そうか。おまえの中に眠る可能性に出会えるといいリラ」
「はい。リラードさんも、素敵な自分が見つかるといいですね」
「……」
この先にいるもう一人のリラードは、はたして素敵だろうか?
微妙な心境に陥った表リラードの様子に、ティーは気づいていない。
しばらくして、そういえば、と再びティーが口を開く。
「埋没しがちな個性のことで、友達に相談したことがあるんです」
「ほぅ」
「語尾に『〜だティ』って付けてみてはどうかって言われました。いくらなんでも短絡的かなって思ったんですけど、リラードさんはどう思いま……あっ」
「……鉄心、俺、この子に恨まれるようなことしたリラか? やさしい顔して痛いトコロをドリルで抉ってくるリラ」
「悪気はないんだ。許してやってくれ」
「……鉄心、笑いをガマンしきれないなら、いっそ大声で笑ってくれるほうが親切というものリラ」
恨みがましさのこもった表リラートの視線を受けながらも、源 鉄心(みなもと・てっしん)は苦労して笑いを飲み込んだ。
ちらりとティーを見やると、左右の開けた景色に心を奪われているようだ。
この通路は屋根があるだけで、両側は豊かな森と山並みを眺めることができる。
まるで、清めの泉に着くまでにここまでの試練により昂ぶった心を静めよと言うように。
「さあ、追い詰めましたよ! あなたが世界を滅ぼすというラスボスですわね!」
最初に扉を潜り抜けたリリィ・クロウ(りりぃ・くろう)が、最奥に見つけた裏リラードを指差した。
裏リラードは、石造りの立派な椅子にふんぞり返って座っていた。
「フッ。よくここまでたどり着いたド、愚かな勇者達よ。だが、お前達の命もここで終わりドー!」
「そんなことはさせませんわ!」
裏リラードとリリィはノリノリで言い合い、構える。
先手必勝、と飛び掛るリリィ。
裏リラードはひらりと羽ばたくが、リリィはそれを見越していた。
軽身功で椅子を蹴り、裏リラードを追う。
「ワハハハハ!」
伸ばしたリリィの指先を急旋回してすり抜ける裏リラード。
着地したリリィは悔しそうに頭上を旋回する鳥を見上げた。
「さすがはラスボス。そう簡単にはいきませんわね。ですが、わたくしもこのまま引き下がったりはしませんわ」
「無駄なあがきだド。俺のスーパーワイルドな技にもだえ苦しむがいいド!」
そんな暇は与えない、とリリィはいっそうスピードをあげて裏リラードの確保にかかる。
だだっ広い最後の間を、所狭しと追いかけっこをする一人と一羽を目で追い、ふと笑みを浮かべるエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)。
「活きのいい鳥だ……身がしまって美味そうだとは思わんか?」
「やる気満々ですね。あ、リクエストいいですか? 味付けは塩でお願いします。おまえ達は……あれ、いない」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が紫月 睡蓮(しづき・すいれん)とプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)にも声をかけたが、さっきまで傍にいた二人はいつの間にかどこかへ行ってしまったようだ。
辺りを見回してみれば、広間にはもう一部屋あることがわかった。
そして、この場に泉はないからそちらの部屋にあるのだろう。
「俺も泉に行くって言ってたのに……」
置いていかれたことに少しばかりショックを受ける唯斗。
その間にエクスは長剣二振りの光条兵器を現し、
「妾はタレにしようか、それとも照り焼きにしようか!」
その他鳥肉料理の名を次々連ねながら、リリィと挟み撃ちをする位置へ駆け出す。
さらにもう一人。
ベルフラマントに身を包み、裏リラートの隙を伺うイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)。
少しずつ裏リラードととの距離を縮めながら、イコナの目は時折鉄心をちらりと見やる。
──彼の役に立ちたい。いつもどんな時も頼りにされたい。傍に置いてほしい。
そう願い、裏リラード確保にも真面目に参加しているというのに。
(ま、ティーは子供ですから仕方ありませんわね)
強がって、そう思おうとするが鉄心の隣のティーへの視線はどうしてもきつくなってしまう。
(ダメですわ。ちゃんと集中しなくては!)
気持ちを切り替え、裏リラードへ意識を戻せば絶好の機会が待っていた。
リリィとエクスに壁際に追い込まれた裏リラード。
イコナはエクスの陰に隠れるように接近し、封印の魔石を掲げて封印呪縛を唱えた。
「冗談じゃないドー!」
輝く魔石に危険を察知した裏リラートは叫び急上昇。
裏リラードの動きを追っていたことやエクスが盾になっていたことで、イコナには見えなかったのだ。見えていたけど意識されていなかったというか。
裏リラードの後ろに、まさか唯斗がいたとは。
リリィとエクスは唯斗にも合図して三人で囲んで確保、と思っていたのだが、運悪く封印呪縛を食らった唯斗は魔石の中に封じ込められてしまった。
リリィはぽかんとし、エクスは綺麗な顔を驚愕に染めていた。
イコナは──固まっていた。
エクスの目がゆっくりとイコナを捉える。
「おぬし……」
だが、続く言葉が出てこない。
「これは……じ、事故ですわ。とても、不幸な……」
「ど、どうしましょう……!」
顔面蒼白のイコナとオロオロするリリィ。
彼女達の頭上で裏リラートが憎たらしく笑う。
「ワハハハハ! 味方を潰したドー! 愉快だドー!」
「こんなもの、こうすれば元通りですわ!」
憎々しげに飛び回る鳥を睨みつけたイコナは、魔石を地に叩きつけた。
すると、一瞬の光の後に唯斗が現れた。
何が起こったのかよくわかっていない様子だ。
裏リラードは広間の壁際に並ぶ龍騎士像の一つに止まった。
「さーて、そろそろ俺の必殺技のお披露目といくドー!」
翼を広げた裏リラードに危機感を覚えた火村 加夜(ひむら・かや)は、表リラードに急いで尋ねた。
「彼の好きなものは何ですか? おびき寄せます」
「好きなものか……。女性、カネ、甘いものリラ」
「なるほど……一つは満たしていますね」
「ちょっとした提案があるんだけど、あたし達もいいかな?」
ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)と七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がいた。
歩は先ほどの第四の試練の戦いで傷ついた円達やロザリンドを治療してから駆けつけたためか、少し息切れしている。
三人は額を寄せ合い、話し合うこと一分強。
まずはソアが龍騎士像の裏リラートへ声をかける。
「裏リラードさーん! 元に戻って、みんなと修学旅行楽しみませんかー?」
「バカヤロー。そのカタブツと一緒になったら楽しいおしゃべりも念仏になるド。そんなのガマンできないドー!」
ソアは何となく思った。
ふだんクールに振舞っている抑圧が、裏リラードなのではないかと。
はっちゃけてみたかったのではないかと。
「でも、それじゃあリラードさんが修学旅行を楽しんだことにはならないんですよね……」
表リラードを見ると、かわいらしい外見に似合わず難しい目で自分の片割れを見上げている。
作戦その2を決行するしかない──ソアは加夜と歩と目を合わせ、頷きあった。
ソア達はかたまって適当なところに腰を下ろすと、くつろいだ様子でおしゃべりを始める。
「そういえばここに来るまでの試練、本当に凄いことやおもしろいことがたくさんありましたよねー!」
「そうだね。みんなといると楽しさも倍増だよね」
明るい声で話すソアに歩も微笑みながら頷く。
さらにソアは、心の試練ではと続ける。
「女の子達と龍が何だかたいへんなことになってました」
「写真撮ってるコもいたよね」
「あのカメラ、落としていったというより、置いてあったっていう感じだったそうですよ」
「もしかして、スパルトイさんが気を利かせてくれたとか……?」
「それはどうでしょうか? でも、そうだとしたら嬉しいですね」
話題のカメラはミナが仕掛けていったもので、シシルが見つけたものだ。
ミナが望んだようなシーンは写っていなかったそれは、すでに彼女の手に戻っている。
「表リラードさんはずっと一緒でしたね」
「いろいろ見てきたリラ」
加夜の膝でやさしく撫でられている表リラートも、この作戦に参加中である。
「お菓子あるよ。お腹もすいたし食べようか?」
「私も持ってきました。修学旅行にお菓子は必須ですよねー」
「お弁当と同じくらい重要ですね」
「神聖な場所リラ。くずをこぼさないようにするリラ」
「ティッシュあるよ」
歩がティッシュを手渡す。
その上に、おいしそうな数種のお菓子が乗せられていく。
わいわいと楽しそうな三人と一羽に裏リラードの視線は釘付けだった。
何より憎たらしいのは……。
「表のヤツ、かわいこチャンに囲まれるどころか、あんなに抱きしめられて……羨ましいド!」
表リラードは加夜に抱きしめられているわけではないが、裏リラードの脚色によりハーレム状態で鼻の下をのばしているように見えていた。
「同じ姿なのに、俺は冷たく固い石像の上……不公平だド!」
全部自分がやったことということは綺麗に忘れて不満をこぼす彼の様子をちゃんと目に入れていたソアが、次の段階に移る。
「裏リラードさんも表リラードさんと一つに戻ったら、思い出を共有できると思うんですよ」
「みんな、後で泉に行くよね? ちゃんとお清めして締めくくりたいね」
にっこりした歩が表リラードの頭を撫でた。
加夜が歩に聞いた言葉に、裏リラードは目を剥く。
「歩さんも抱っこしてみますか? ふかふかであったかくて癒されますよ」
「わぁ! いいなぁ。リラードさん、いい?」
「う、うむ……」
「ありがとう!」
照れる表リラードを抱き上げる歩。
いい子ぶって女の子の気を引くとは卑怯だドー!
と、裏リラードは憤慨するが、激しすぎる怒りに言葉がうまく出てこない。
歩は表リラードにそっと囁いた。
「リラード君、もう少し辛抱してね。きっと、元に戻すから」
「すまないリラ」
自分が分裂してしまったために世界を滅亡の危機に追いやってしまったことを気に病んでいた表リラードは、歩の言葉に幾分か救われた。
それから表リラードが加夜のもとに戻った時、ついに裏リラードが爆発した。
「おまえばっかりずるいドー! 俺も女の子とふかふかしたいドー! お菓子を食べさせてもらいたいドー!」
龍騎士像の上から加夜目掛けて急降下してくる。
そして、彼女の腕の中に無理矢理体を押し込んだ。
「ドドー! 何というあたたかさ、やわらかさ! ラスボスの傍に美女は不可欠だドー!」
裏リラードはすっかり有頂天だ。
三人はこの瞬間を待っていた。
加夜の目がきらめき、表裏のリラードを抱く腕に力を込める。
「一つに……!」
「──ハッ! もしかして俺、騙されたドー!?」
寸でのところで加夜のもくろみに気づいた裏リラードは、ジタバタと暴れて逃げ出そうとする。
加夜はもちろん表リラードも捕まえようとするが、裏リラードは猛烈な嘴突きを食らわせて飛び立っていった。
「い、痛いリラ……」
「騙された俺の心の痛みだド!」
「大丈夫!? 見せて!」
歩が急いで突付かれた箇所に手をかざす。
すると、あたたかい熱がじんわりと広がり表リラードの痛みをやわらげていった。
裏リラードはその様子にまた僻みの叫びをあげる。
「あいつ、また姑息な手を使ってるド。許せないド。いい加減にするドー!」
表リラードの脳天目掛けて嘴から突っ込んだ時、その体は何者かにがっちり掴まれた。
「いい加減にするのはキミだよ……」
「ぬっ。放すド!」
「わかった、放そう。──そっちのリラード、ちゃんと捕まえといて!」
鉄心は加夜達に早口にそう言うと、裏リラードを大きく振りかぶり表リラード目掛けて力いっぱい投げた。
弾丸のように飛ばされた裏リラードと、真正面からそれを受けることになった表リラードの悲鳴が重なる。
思わず逃げようとする表リラードを加夜、ソア、歩の三人がかりで押さえ込んだ直後、裏リラードが突っ込んできた。
しかし、両者は弾き合うことなく少し弾力を持たせたような抵抗の後に裏リラードが表リラードの中に沈んでいった。
「も……戻った?」
最初に我に返った歩がリラードに触れたが、彼はショックで気絶していた。
「やりすぎたか?」
気まずそうにやって来た鉄心がリラードを覗き込むが、戻ったからいいんじゃないかということに落ち着いた。
『戻ったか。手間をかけたな』
「エ……エキーオン!?」
不意に現れたエキーオンに驚き、目を丸くする学生達。
「ここには入れないんじゃなかったの?」
『すまぬ。契約者の力を見たくて、リラードが分裂したことを利用した』
表リラードはエキーオンの頼みを聞き、世界が滅亡するなどと言っただけだという。
また、エキーオンがこの試練場に入れないというのも嘘で、後からこっそり入り契約者達の力を見るためについて来ていたそうだ。
『リラードを責めないでやってくれ』
カクン、としゃれこうべを下げるエキーオン。
「まぁ……心の底から世界が滅亡の危機に瀕していると信じてたわけじゃないしな。で、俺達の力をどう見たんだ?」
鉄心の寛容な姿勢にエキーオンは礼を言うと、いったん間を置いてから言った。
『多くの可能性を秘めた、興味深く侮れない存在であるな』
第四試練の龍の見解とほぼ同じことをエキーオンも感じていた。
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