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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め

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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め
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第4章 だから神社だって言ってるじゃんよ 3

 荷馬車に積まれた樽の中に入っているのは大量の甘酒。そしてそれを運ぶのは、千早に緋袴という巫女装束に身を包んだ優男風のメガネ男と英霊の娘で、ただひとり荷馬車に乗って、女王様のごとくをそれを見つめる吸血鬼は、ププ……と楽しそうに笑っていた。
 地球の契約者である月詠 司(つくよみ・つかさ)にそのパートナーの英霊、イブ・アムネシア(いぶ・あむねしあ)。そして吸血鬼のシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)である。
「お正月と言ったら巫女さんでしょ?」
 という実に曖昧かつ安直な発想で、彼女の玩具としての扱われる司は巫女服姿にさせられたのだった。
「シオンさぁ〜ん……あんまりですぅ〜」
「いいじゃないイブ。ちゃーんと似合ってるわよ。プププ」
 イブは涙目になって訴えるが、シオンはそれを軽く一蹴した。いや、むしろ笑った。
「ああぁぁ、いま絶対笑ったじゃないですかぁっ! もう〜、司さんからも何か言ってくださいよぉ」
「イブくん、シオンくんと付き合っていく上で最も大切なことは、『あきらめる』ことですよ」
 キリッとした顔で言う司。
「司さん…………全然かっこうよくないです」
 呆れたような視線で、イブはため息をついた。
 とはいえ、まだ彼女は、一応は男であるものの見た目が女性のそれであるためさほど違和感をもたれない。だが、明らかに細身の男が女装していると分かる司には、ひそひそとささやかれる声と周りの視線が痛かった。
(ああ…………今日も私はこうしてシオンくんの玩具にされるんですね。分かってますけど……分かってますけど……っ)
 イブにも助言したように、あきらめの良いところが、彼が生き抜いてきた術の一つであった。
 と、そうこうして甘酒を配りつつ神社を回っていた頃、シャムスたちと出会う。決して知らない仲ではない司たちは、せっかく領主様たちがいるのだからと、それを振る舞ったのだった。
「ほう。これが甘酒というやつか」
「美味しいですわぁ…………なんだか芳醇な香りで……」
「うん、これなら、ボクたち魔族の舌にも合いそうだよ」
 甘酒を飲みながら、口々に感想を言うシャムスたち。
 が――それをうんうんと満足そうに見ながら、自分もそれを口にしたとき、司は重大なことに気づいた。
「って、シオンくん!? これ、甘酒じゃなくて白酒じゃないですか!」
「あら、甘酒と白酒って違ったの!? 知らなかったわぁ〜」
「…………」
 しらじらしいことこの上ないが、どうせ突っ込んだところで無駄だろうと、司は呆れた視線を向けるだけにとどめた。
 と――改めてちゃんと別の樽の中に入っていた甘酒を皆に振る舞っていたそのとき。
 三人の影が、遠く通りの向こうから境内に向けてドドドドと走ってきた。
「にゃあああぁぁっ! エンヘちゃーん、アムくーん!」
「ナ、ナベリウス!?」
 それは、いまは遠きゲルバドルの地にいるはずの魔神ナベリウスだった。
 彼女たちは、走ってきたその勢いのままにエンヘドゥへと突撃してくる。その場にいたアムドゥスキアスの友人でもある柚や三月も、彼女の姿に驚いていた。
「ど、どうしてこんなところに、三人が?」
 柚が訊くと、三人の娘たちは首をかしげた。
「にゃー? だって、エンヘちゃんに呼ばれたからだよー」
「わ、わたくしですか?」
 だが、エンヘドゥは何のことか分からず戸惑いの声を発する。
 なにせ、彼女自身、ナベリウスはバルバトス亡き後、不安定になっている自分の街をまとめあげることで忙しく、このイベントには来ていないと思っていたのだから。
 しかし、ナベリウス三人娘はさほどそのおかしなすれ違いを気にすることはなかった。なんにせよ、彼女たちはエンヘドゥや柚たちと会えたことは嬉しいのだ。それこそ本当に主人になつくペットのように、柚たちに抱きついてきた。
(ま、まあ…………いいですわ……ね)
 色々気になることはあったが、エンヘドゥたちはせっかくなのでそのことは頭の片隅においておくことにした。
「なにそれー」
「変なのー。あ、ナナたちの絵が描いてあるー」
「凧っていう日本の玩具なんだよ。一緒にやるかい?」
 三月の言葉に、うんっと笑顔で頷くナベリウスたち。エンヘドゥらも、その様子に幸せそうな微笑みを浮かべていた。



 そして。
 そんな彼女たちの様子を見ることもなく――商店街の雑踏の中で饅頭片手に楽しむ者たちが二人。
「本当に、会わなくてよかったのか?」
「いいのよ。あたしが会ったところで、水を差すだけだから。それよりも、エンヘドゥたちと一緒にいられたほうが、幸せってものよ」
 地球の契約者、茅野 茉莉(ちの・まつり)は、パートナーのダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)の言葉にささやかな笑みを浮かべてそう言った。真名をナベリウスという黒髪の悪魔は、茉莉のそんな仕草にただ黙って頷いた。
 ナベリウスたち三人をエンヘドゥのもとに呼び出したのは、彼女たちだった。エンヘドゥの筆跡に似せた手紙をゲルバドルに送り、あたかもエンヘドゥが呼んだかのように見せたのだ。むろん、見る者が見ればそれはすぐに他人が真似た字だと気づくことは出来たが、ナベリウスたちはその純真さゆえか、気づかなかったようである。
 彼女たちを最後まで見届ける――という選択肢もあったが、それすらも茉莉たちはしなかった。
(ま、心配する必要もないでしょう)
 ぱくっと、饅頭の最後の一口で食べきる茉莉。
「さーて、これからどうしましょうかね」
「羽根突き対決というのはどうだ? なかなか面白いゲームが開催されておるようだぞ」
「そうね…………よっし、じゃあそうしようか」
 言って、茉莉たちは自分たちも正月を楽しむべく、その場を後にした。



 黒スーツに度の入っていない伊達眼鏡、それに日本から輸入されたワックスを使って髪型を変えて。
 契約者の久我内 椋(くがうち・りょう)は、普段のイメージとはまったく違う格好で、アムトーシスの街にいた。
 いかんせん、元々カナンやパラミタと敵対して戦っていたのである。普段と同じ格好では悪い意味で目立ってしまうということを考慮してのカモフラージュであった。むろん、自分だけではない。
「少年……この格好はいかんせん動きづらいんだが」
 銀糸のような長髪をポニーテールにまとめてローブを着た、魔術師風の格好をしているのは、彼のパートナーの浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)だった。
「仕方ないですよ。バレてしまったら、いつ捕まってもおかしくないですから。我慢してください」
 椋はそう言って、背負っていた荷物を持ち直した。結構な重量があるが、これらは全てクロケルの趣味による芸術品ばかりである。なんでも今後の作品の参考にしたいから、資料的なものとしても大量に購入したいそうだ。先日の戦いで自分がやりたいことが出来なかったという理由ですねていたため、椋の今回の役目はそのフォローなのだった。まあ、もともと、クロケルの希望が叶わなかったのはモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)の独断によってのことなのだが――椋葉、わざわざそれを言い訳にするようなことはしなかった。
 と、椋の後ろで、さらにより大きな荷物を抱えさせられている青年が弱々しい声を発した。
「なー……なんでオレまでかり出されるんだよぉ」
「仕方ないです。クロケルのわがままですから」
 この青年もまた椋のパートナー、魔鎧のホイト・バロウズ(ほいと・ばろうず)である。
 悪目立ちする身体のタトゥーを大きめの布鎧で隠している他は、大した変装もしていないが、それが逆にホイトにとっては自責の念を抱かせるものだった。今回のリッシファル宣言までの戦役で、自分はほとんど椋たちの役に立つことが出来なかったのだから。あの戦いが終わってからずっと、そればかりを考えていて、せめて罪滅ぼしのためを思って出来るのは、椋よりも大きな荷物を抱えるぐらいのことである。
 色々と文句を言うのは素直になっていないからか。意地っ張りなのはゲルバドルの民の性分なのかもしれなかった。
(ナベリウス様……元気にしてるかなぁ)
 ホイトはそんなことを思って空を見上げる。
 こんな面白そうなイベントだったら、きっとナベリウスがいたら喜ぶこと間違いないだろう。
(ま、関わり合いにはなりたくないけど)
 みんなは妹みたいだの、愛らしいだのとあの魔神を可愛がるが、あの獣の魔神の実力を間近で見ながら生き続けたホイトとしては、あれほど恐ろしい存在はないのだった。
 と――そんな彼の視線がある神社に向けられた。
「どうしたんですか? ホイト」
「いや…………それがよ。ちょっとナベリウス様の背中を見たような気がしてな」
「それは……偶然ですね。俺も、シャムスやエンヘドゥたちの背中を見たような気がしましたよ」
「マジか……っ」
 最初は見間違いかと思ったが、そう言われると、本物だったんじゃないかという気がしてくるホイト。
 もう一度振り返る。だがその影はもう雑踏の中に消えてしまっていて、もはやどこにいるのかすら分からなくなってしまっていた。
 しかし――気のせいかもしれないが。単なる幻想だったのかもしれないが。
「嬉しそうな顔してたな……」
 彼は、自分もどこか嬉しくなって、思わず笑みを浮かべた。
「おーい、少年、ホイト。我はまだまだ買いたいものがあるんだよ。早くいこうじゃないか」
「へいへい。わっかりましたよ。行こうぜ、椋」
 ホイトに促されて、同じように笑みを浮かべていた椋も、クロケルの後を追った。