リアクション
● そして。 そんな彼女たちの様子を見ることもなく――商店街の雑踏の中で饅頭片手に楽しむ者たちが二人。 「本当に、会わなくてよかったのか?」 「いいのよ。あたしが会ったところで、水を差すだけだから。それよりも、エンヘドゥたちと一緒にいられたほうが、幸せってものよ」 地球の契約者、茅野 茉莉(ちの・まつり)は、パートナーのダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)の言葉にささやかな笑みを浮かべてそう言った。真名をナベリウスという黒髪の悪魔は、茉莉のそんな仕草にただ黙って頷いた。 ナベリウスたち三人をエンヘドゥのもとに呼び出したのは、彼女たちだった。エンヘドゥの筆跡に似せた手紙をゲルバドルに送り、あたかもエンヘドゥが呼んだかのように見せたのだ。むろん、見る者が見ればそれはすぐに他人が真似た字だと気づくことは出来たが、ナベリウスたちはその純真さゆえか、気づかなかったようである。 彼女たちを最後まで見届ける――という選択肢もあったが、それすらも茉莉たちはしなかった。 (ま、心配する必要もないでしょう) ぱくっと、饅頭の最後の一口で食べきる茉莉。 「さーて、これからどうしましょうかね」 「羽根突き対決というのはどうだ? なかなか面白いゲームが開催されておるようだぞ」 「そうね…………よっし、じゃあそうしようか」 言って、茉莉たちは自分たちも正月を楽しむべく、その場を後にした。 ● 黒スーツに度の入っていない伊達眼鏡、それに日本から輸入されたワックスを使って髪型を変えて。 契約者の久我内 椋(くがうち・りょう)は、普段のイメージとはまったく違う格好で、アムトーシスの街にいた。 いかんせん、元々カナンやパラミタと敵対して戦っていたのである。普段と同じ格好では悪い意味で目立ってしまうということを考慮してのカモフラージュであった。むろん、自分だけではない。 「少年……この格好はいかんせん動きづらいんだが」 銀糸のような長髪をポニーテールにまとめてローブを着た、魔術師風の格好をしているのは、彼のパートナーの浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)だった。 「仕方ないですよ。バレてしまったら、いつ捕まってもおかしくないですから。我慢してください」 椋はそう言って、背負っていた荷物を持ち直した。結構な重量があるが、これらは全てクロケルの趣味による芸術品ばかりである。なんでも今後の作品の参考にしたいから、資料的なものとしても大量に購入したいそうだ。先日の戦いで自分がやりたいことが出来なかったという理由ですねていたため、椋の今回の役目はそのフォローなのだった。まあ、もともと、クロケルの希望が叶わなかったのはモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)の独断によってのことなのだが――椋葉、わざわざそれを言い訳にするようなことはしなかった。 と、椋の後ろで、さらにより大きな荷物を抱えさせられている青年が弱々しい声を発した。 「なー……なんでオレまでかり出されるんだよぉ」 「仕方ないです。クロケルのわがままですから」 この青年もまた椋のパートナー、魔鎧のホイト・バロウズ(ほいと・ばろうず)である。 悪目立ちする身体のタトゥーを大きめの布鎧で隠している他は、大した変装もしていないが、それが逆にホイトにとっては自責の念を抱かせるものだった。今回のリッシファル宣言までの戦役で、自分はほとんど椋たちの役に立つことが出来なかったのだから。あの戦いが終わってからずっと、そればかりを考えていて、せめて罪滅ぼしのためを思って出来るのは、椋よりも大きな荷物を抱えるぐらいのことである。 色々と文句を言うのは素直になっていないからか。意地っ張りなのはゲルバドルの民の性分なのかもしれなかった。 (ナベリウス様……元気にしてるかなぁ) ホイトはそんなことを思って空を見上げる。 こんな面白そうなイベントだったら、きっとナベリウスがいたら喜ぶこと間違いないだろう。 (ま、関わり合いにはなりたくないけど) みんなは妹みたいだの、愛らしいだのとあの魔神を可愛がるが、あの獣の魔神の実力を間近で見ながら生き続けたホイトとしては、あれほど恐ろしい存在はないのだった。 と――そんな彼の視線がある神社に向けられた。 「どうしたんですか? ホイト」 「いや…………それがよ。ちょっとナベリウス様の背中を見たような気がしてな」 「それは……偶然ですね。俺も、シャムスやエンヘドゥたちの背中を見たような気がしましたよ」 「マジか……っ」 最初は見間違いかと思ったが、そう言われると、本物だったんじゃないかという気がしてくるホイト。 もう一度振り返る。だがその影はもう雑踏の中に消えてしまっていて、もはやどこにいるのかすら分からなくなってしまっていた。 しかし――気のせいかもしれないが。単なる幻想だったのかもしれないが。 「嬉しそうな顔してたな……」 彼は、自分もどこか嬉しくなって、思わず笑みを浮かべた。 「おーい、少年、ホイト。我はまだまだ買いたいものがあるんだよ。早くいこうじゃないか」 「へいへい。わっかりましたよ。行こうぜ、椋」 ホイトに促されて、同じように笑みを浮かべていた椋も、クロケルの後を追った。 ● |
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