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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め

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【ザナドゥ・アフター】アムトーシスの目覚め
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第1章 巡る巡るよ、時は回る 4


 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、立ち並ぶ個人商店のなかでも特に宝飾系のお店を見て回っていた。
 赤い髪の20歳程の美麗な女性に似合う装身具――というものを探して、色々と物色しているのだが。
 どうやらなかなか見つけ出せずにいるようだった。
(イヤリングがいいかティアラがいいかペンダントにするか……)
「わあああぁぁ、ザナメシー!」
「あ、こらクマラっ! 一人で全部食べちゃダメですってば……!」
 ずっとショーウインドウを見つめているメシエの周りで、騒がしく動き回るクマラたち。
(あるいは、この剣帯の飾り帯……なんてのも捨てがたいな)
「シャムス、せっかくだから、君もなにか飾りでも選んだらどう?」
「オレか? うーん…………オレは今のままで十分なんだがな」
「孫にも衣装ー! 豚に真珠ー!」
「ああぁぁっ、クマラ! なんて失礼なことを……っ!」
 シャムスの逆鱗に触れそうになっていたクマラを、なんとかエオリアが諫めようとした。
 そのとき。
「よし……」
 ついにメシエは買うものが決まったようで、店の中に入っていった。
 しばらくして出てきた彼が買ってきたのは、剣帯の飾り帯とイヤリングだった。それを見るだけで、どこかそれを身につける人というのが想像できそうだ。特に、常に腰の剣だけは手放さないシャムスからすれば。
「……さて、行きましょうか、皆さん」
 まるでエースやクマラたちからの追求を逃れるように、メシエはそう言って彼らを促した。
 袋の中で綺麗に包装された二つの装飾具が、カラリと揺れて音を鳴らした。



 出店巡りをしている内に、エンヘドゥがばったり出会ったのは如月 正悟(きさらぎ・しょうご)という契約者だった。彼は、エンヘドゥにとってはとても親しい友人の一人で、自分を何度も救ってくれたかけがえのない恩人でもあった。
 そんな彼がエンヘドゥに『少し時間がとれないか』と尋ねたのは、お互いの近況などを話していた時のこと。なにやら相談事があるらしい。彼は請け負っていた仕事の続きをバイトの青年魔族にお願いすると、エンヘドゥと二人の時間を作ってもらった。
 そしていま二人は、近くの公園へと来ているのであった。
「年賀状配達のお店……ですか?」
「ああ。滅多にない機会だしな。こういう店があっても良いかと思ったんだ」
 近くでお店で果汁たっぷりの触れ込みがあるジュースを買ってくると、正悟はそれをエンヘドゥにも渡してベンチに並んで座った。
「それで……ご相談って……?」
「ん? あー…………うーん……その……」
 何とも言いにくそうに、何度も言いあぐねて鼻をさする正悟。エンヘドゥはしばらくなにも言わずにそれを見守っていた。やがて、踏ん切りがついたようで、正悟はようやく口を開いた。
「恋愛……相談? っていうようなヤツなんだが……」
「正悟が?」
「お、おかしいか?」
 驚いたのか、目をぱちくりとさせるエンヘドゥに、正悟は恥ずかしくなって慌てて問いただした。
 しかし、エンヘドゥは首を振って、破顔した。
「ふふっ……別に、おかしくありませんわ。誰だって、恋愛は経験していくものですもの」
 そんな彼女の言葉に安心したのか、正悟はその経緯をポツリポツリと話し始めた。
「その……、告白した相手から、複数の相手に気があるように取られてしまったってわけで……」
「あらら」
「誤解を生んでしまった行動を取ってしまったのは自分ではあるんだが……行動自体には後悔はしてない。それは、俺の譲れない生き方な部分だったし。で、そのときの考えとかは直接伝える事は出来たんだが……そのときに、他に心移りしないと、行動で証明してって言われたんだ」
「なるほど……」
「口でうんと言うのは簡単なんだと思う。けど……多分そういうことを求めてるわけでもないんだろうし……正直言って、どうすればいいのか、俺には分からない。行動で示すっていうのは、どういうことなんだろう」
 本気で悩んでいる様子である。
 だから、エンヘドゥもしばらくうなるようにして真剣に考えた。だが、結局はその答えは、彼女には1つしかないように思えた。
「親しい人と大切な人を思う思慕は違いますでしょ? 一途に想うことは大変だと思いますが、思慕を一緒くたにされないよう、脇目を振らずに想い続ける必要があると思いますわ」
「脇目も……振らず……?」
「人は、誰かの満足を得ようとすれば、誰かの不満を買ってしまうものですわ。それと同じです。思慕と愛。一緒くたにして、皆に思いを降り注いでいたら、それは必ずそれぞれの不満を買ってしまいます」
「…………そんな、ものか……?」
「別に他の人に冷たくしろというわけではありませんわ。ただ、一途に思い続ける愛すべき人を思うならば、時にはそこに区切りをつけないといけないのです。それが、行動に表れる――ということ、ですわ」
 そう言って、エンヘドゥは正悟を安心させようと思ってか笑いかけた。
 思わず、その笑みにつられて、彼もクスッと笑ってしまう。
「それじゃあ、俺はそろそろ行くよ。相談……乗ってくれてありがとな」
「どうして、わたくしなんかにこんなご相談をされたのですか?」
 エンヘドゥは、今後は逆に、ずっと自分が腑に落ちなかったことを訊いた。
「それは…………」
「それは?」
「俺の周りじゃあ、君が一番、真剣に答えてくれそうだったからな。それだけだよ」
「……それって、堅物ってことですか?」
 首を傾げるエンヘドゥ。
 だが、正悟はそれを微笑するだけの返事にとどめて、「それじゃ」と言うとその場を立ち去った。
「あぁっ、こ、答えてください、正悟!」
 後に残されたエンヘドゥの不安げな顔で想像できて、正悟は久しぶりに面白いものを見て、晴れやかな気分だった。



「あの……さ。シャムスは……好きな人……いる?」
 唐突に尋ねられた桜の質問。シャムスは思わず飲んでいた果汁の飲み物をブホッと吹きだした。
「な、なな、なにを……突然……」
「い、いや、その……」
「もしかして、好きな人がいるのか?」
「ち、ちがっ……いや、違うってことはないんだけど……その……そう! もしもっ! もしもの話っ!」
「あ、ああ……もしもか」
 慣れない話で顔を真っ赤にする二人は、言葉が安定していない。バタバタと手を振る桜が決定打になるキーワードを言ったことで、ようやく二人は落ち着きを取り戻し始めた。
「その……相棒とか親友だって思ってた相手から告白されたら、君ならどうするかなって……」
「相棒や……親友……?」
「好きって言われて、嬉しくて……でも同時に、その人のことを、好きって言われた人は本当はどう思ってるのか分からない。時々ね、その人といると変な感情になるときがあるんだ」
「ほう。例えばどんなときに?」
「例えば……そう。怪我しても戦おうとしたら『こうしねえと無茶するから黙って抱えられてろ』って抱えられたり」
「ふむ」
「景色の綺麗な場所を教えたらお礼か何なのか頬キスされたり」
「う、うむ」
「他にも――」
 それ以降も桜の話題は続き、その『例えば』が出る度に、二人の顔は赤くなっていった。なにせ、あまりにも恥ずかしい体験談ばかりである。いっそ、シャムスにとってはその相手は何を考えてるんだと呆れさえ感じるほどだった。
「その……ど、どう思うっ!?」
「どう思うって……」
「この感情は何なんだい!? 一つ思い当たるワードがあるけど、本当にそうなのか分からないんだぞ! というか自信がないっっ」
 もはや自分のことだとハッキリ公言するように話していることには気づいておらず、桜はわああぁぁと頭を抱えて叫んだ。
 若干だが、周りの視線が痛い。
 だからというわけではないが、シャムスはしばらく黙り込んで彼女の話を考えて、自分なりに答えを出した。と、いうより、もはや考えるまでもないことであった。
「そうだな……それは……どう考えてもお互いに好――」
「うわああああああぁぁぁぁ。言わないでえええぇぇ!」
 シャムスの襟を掴んで、がくがくと彼女を揺さぶる桜。
(どないしろっちゅーねん)
 シャムスは、少しだけロランアルトたちの気持ちが分かるような気がした。
 その後、近くにあった『地上で学んだ本格ソフトクリーム』を謳い文句にしている出店でソフトクリームを買ったシャムスは、それを桜に渡し、なんとか彼女を再び落ち着かせることに成功した。そして再び、しばらく俯くようにして考える。やがて、ゆっくりと、彼女はその口を開いた。
「どちらにせよ、お互いに素直になるのが……大切なことなんじゃないのか?」
「素直に…………」
「オレも、あまり素直なほうではなくてな。いまだに、答えを出しあぐねていることがたくさんある」
「…………」
「それでも、前に進もうと思うなら、時に自分の心に素直に従うときが必要なときが来るんだ。そうじゃないと、なにも変わらない。変わらないままで、中途半端なままで、ただひたすらに時だけが過ぎていく」
「それは、いけないこと?」
「いけないことじゃない。悩むのは悪くないし、答えを出すための準備で、必要なときだってある。だが自分で、前に進もうと決めたときには、そのときには、迷っているわけにはいかなくなる。君の答えを待っている者がいるときは、なおさらな」
 シャムスはあえて、それが誰かは言わなかった。
「……うん」
 手に持っていたソフトクリームが溶けてきて、雫のようなクリームが手の甲にポタっと落ちる。それでもしばらく、二人はそのままベンチに座って前を見つめたままだった。



「芸術の街アムトーシス……今思えば、色々あったわね……。芸術大会とか芸術大会とか芸術大会とか!」
(年が変わってもまだ引っ張るんだ、芸術大会……)
 宙を見つめながら声高らかに語る、誰に喋っているのかも分からない契約者、葛葉 杏(くずのは・あん)の傍で、パートナーの橘 早苗(たちばな・さなえ)は呆れというか感心さえ抱いていた。
 どうやら杏自身は芸術大会に並々ならぬ思い入れがあるらしい。別の言い方をすればそれは逆恨みで、石像になって芸術大会に参加したものの、誰からも関心を向けられず放置状態にされたということなのだ。仮にもアイドルの星を目指している彼女は、そのことを結構根に持っていたりしたのだった。
 とはいうものの、そこは彼女も大人である。
「まぁいいわ、今日は芸術大会のことは忘れてお祭りを楽しむわよ早苗!」
「は、はい!」
 早苗の首根っこを掴むようにして、アムトーシスの街へと繰り出した。
 そうしてしばらく街を散策すること数十分。そう時間も経たないうちに彼女は――バッタリとエンヘドゥに遭遇した。
「あら……杏さん、お久しぶりで――」
「あ、あんたはこの葛葉杏の永遠のライバル、エンヘドゥ!」
「――す……え?」
 エンヘドゥが友人たちといるにも関わらず、ライバル心むき出しで後ろに後退する杏。
 エンヘドゥとしては彼女も友の一人であり、せっかく出会ったことを喜ぼうとしたのだが、いかんせん杏本人はそうはいかなかった。
「フッ……これが運命ってものなのかしらね。やっぱり私たちは永遠のライバル。たとえ望まぬとも、二人はこうして互いを引き合ってしまう……」
「え、いや、あの……」
「でもいいこと、芸術大会で私が負けたのはブロンズと石という材質の差で負けたのよ。材質の差がなければ8対2、いえ6対4くらいで私が勝っていたわね!」
 グッと拳を握りしめて力説する杏。
 比率が少なく見積もられたのは、彼女が少しはエンヘドゥをアイドルとして認め始めたからか。
「あの……杏さん……?」
「つまり、アレは私の勝利! すなわち本当のアイドルはこの私なのよ!」
「…………」
 もはや言っても無駄かもしれないと、エンヘドゥは言うことをあきらめる。しかし、そんな二人を早苗は仲よさそうだなぁと見つめていた。
「本来ならここでその決着をつけてあげるところだけど……まあ、今回は芸術大会じゃなくてみんなでお祭り騒ぎのお正月イベントだって言うから、勘弁してあげるわ」
「そ、それはどうも……」
 苦笑ながらも、エンヘドゥは律儀に微笑みの形で受け答えした。
「でもね、お祭りだからって浮かれてるんじゃないわよ、そういう浮かれ気分のときは軟派野郎が声をかけてくるんだから」
 ちなみに、杏に難破野郎は寄ってこない。
「下手にそういうのと付き合っちゃうと後で後悔する上にスキャンダルになるんだからね、気をつけなさい!」
「はあ…………」
「去年は僅差であんたの勝ちだったかもしれないけど今年はそうはいかないわよ! 私があんたに圧勝するんだから! せいぜい、この隙に自分を磨いているのね!」
 ビシィッ!
 どこからか音が聞こえてきそうなほど鋭く指を指した杏は、そう言い残してその場を立ち去っていった。
「杏さん、まってくださいぃ〜」
 それを追って、早苗もその場を立ち去る。
「な、なんだったのかしら、いったい…………」
 結局、エンヘドゥの前に残されたのは理解の範囲を越えて指摘されたアイドルの心得と、寂しげに鳴る風の音だけだった。