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空に架けた橋

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空に架けた橋

リアクション


○     ○     ○


「うむ、アレナグッズも買ったしケーキでも食べていくか!」
 変熊 仮面(へんくま・かめん)はヴァイシャーの塔の中にいた。
 アルカンシェルで代王の警護についていたのだが、数秒で飽きてしまったのだ。
 何せ、代王の一人、セレスティアーナが、変熊に服を着ろなどと言うのだ。
 半ば無理やり制服を着せられ、やる気は急下降。
 アレナがいなくなってからセレスティアーナに許可を取り、遊ぶためにヴァイシャリーに繰り出したのだ!
 いや、アレナの様子が変だったので、手がかりになりそうな場所に来たと言ってもいい。……多分、そんなことも多少は考えていた。
「アレナ、やっぱりいなかったね。諦めてお茶にしようか」
「個室の無料利用券ももらったしね」
 変熊から連絡を受けて、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)もその塔に訪れていた。
「よし、イオマンテに連絡を……ん?」
 その時点で、変熊は携帯電話が圏外になっていることに気付く。
 窓を探してみるが……固く閉ざされていて開かないことにも気づいた。
 何かがおかしい、そう気づいた3人は顔を合わせて警備室の方へ走った。

「アルちゃん!」
 秋月 葵(あきづき・あおい)は、ショップで小物を選んでいる魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)の肩を叩いた。
「もうちょっと待ってください〜。まだ決まってないですぅ」
「ごめん、今日はもうお買いものはおしまい。イレーヌちゃんと連絡がとれないの」
 先に個室喫茶へと向かったイレーヌと精神感応での会話を試みたが、返事がなかった。
 携帯電話を鳴らしてみても、反応はない。
「圏外になってるのも変だし、外へも出られないみたいで。とにかく、警備室で確認してみよう!」
「わかりました〜」
 まだちょっと状況がつかめないながらも、アルは葵に手を引かれて、警備室に向っていく。

「ありがとー。マリちゃん! わーい」
 ローリー・スポルティーフ(ろーりー・すぽるてぃーふ)は、マリー・ランチェスター(まりー・らんちぇすたー)から、アレナの靴に、アレナーマスク、ザクロの着物などを買ってもらって、わきゃわきゃしていた。
「……こっちに」
 対照的に真剣な表情で携帯や籠手型HCを見ていたマリーが、突如、ローリーを階段横の狭いスペースに連れ込んで胸に手を伸ばした。
「きゃーっ!」
 突然のことに、ローリーは両手で体をガード。
「アレナちゃんがズィギルおじさんのよくぼーの受け皿じゃないよーに、ロリちゃんはマリちゃんのお便利ポケットじゃないよう。このへん、ちゃんとわかってるぅ?」
 じと目で自分を見るローリーに、マリーは「はあ……」と答える。
 光条兵器があるかどうか確認しようとしただけなのだが。
「武器は受付に預けましたが、光条兵器については書かれていませんでしたから、預けていませんよね?」
「ん? 光条兵器ならロリちゃんの中にあるよ」
 ローリーの言葉に頷いて、マリーは、HCを使って呼びかけてみる。
「なんか、鍵が故障したみたいで、入口しまってる」
「他に出口ないのかよ」
「非常階段から出られるみたいだけど、そっちも閉まってるみたいでさ」
「コンピュータートラブル?」
 そんな客たちの会話が、マリー、ローリーの耳に届く。
「よくわからないけど、閉じ込められた?」
 ローリーの言葉にマリーは頷きながら、HCの送信を続ける。
『塔内に誰かいましたら、協力してください。上の階が静かすぎるような気がしますが……。確認できる方はいますか?』
 そんなマリーの文章に、答えたのは変熊だった。
 変熊から警備室に向かっていることを聞くと、マリーはローリーを連れて、上の階に向かってみることにした。

「……ビンゴかよ! 分かりやすい奴だな!」
 伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、ズィギルのやり口をよく理解していた。
 ズィギルはアレナ本人より周りの人物を狙う事が多い。
 アレナが暮らしているヴァイシャリーの街に出来た塔。十二星華関連の一般客が多く集まるこの場……更に、射手座=アレナのグッズを購入した客に特典があると聞いたら、怪しいと思わないわけがない。
 そして、この塔の中に入り込み、射手座のグッズを購入し、注意を払って個室喫茶側で潜んでいた明子は、ガスの臭いと、騒がしくなっていく塔内の様子に気づき、確信を持った。
 これはズィギルの仕業だと。
「よし、殴る。問答無用だ。殴りに行く」
「いやまあ、そうしたいところだけど、塔の中にいるとは限らなねぇし」
 明子に纏われている魔鎧のレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が言う。
「バタバタ倒れていってるあたり、空調も制御下な感じね……。そっちは下の階にいる人に任せて私はやる事をやるわ!」
 ベルフラマントで身を隠し、明子はズィギル本人がいそうな場所を探す。
(機晶姫……また爆弾持ちでしょうねえ。今は構ってる余裕はないわ)
 倒れた人のことも、機晶姫の対処も任せて、ズィギルを探しだし、殴る事だけに集中する。

 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、ズィギルの狙いはアレナそのもの。
 単なる好意ではなく、肉体そのものを狙っているのではないかと予想していた。
 レンはアルカンシェルにいたが、会議には出席はしなかった。
 顔を合せたくない相手――帝国代七龍騎士団の団長がいたからだ。
 代わりに、ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)を派遣し、内容を聞こうとしたが、会議の内容は口外禁止となるため、ザミエルのみでの参加の許可は下りなかった。
 その後、アレナが突然不調を訴え、ヴァイシャリーに戻ったと聞き、彼女を追うのではなく、パートナー達と急ぎヴァイシャリーに飛び、ヴァイシャリー家の才女を通して、事前準備を進めようとした。しかし、アポイントもなかったため今日中に連絡を取るのは無理なようで、状況の把握が出来ないままに、時間だけ過ぎていってしまっていた。
 アレナにテレパシーを送ってみても、彼女から返事が届くことはなかった。
 何かが起きている。準備が必要だ、必要な情報がある。しなければいけないことが沢山ある。
 そして、時間はない。
 それが解るだけに、気持ちは逸るが自分達だけで出来ることには限界がある。
「女王や十二星華のグッズを扱う店が、最近オープンしたようです」
 聞き込みをしていたメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)がレンに報告をする。
「オープン特典で、射手座のグッズを購入した方には、上階の個室喫茶利用権が配られているそうです。多分……」
「人質をとることが目的か」
 低い声で言い、レンはメティスに案内をさせて塔の方へと走る。
 塔では、大きな熊が1匹暴れていた――。

「なんじゃ! われー! 携帯で呼びつけておいて中に入れないってどういう要件じゃ!」
 身長18メートルのゆる族、巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)は、閉ざされている入口に無理やり頭を突っ込んでいた。
「自分達だけケーキなんてズルい! いれろー! いれろー!」
 ドアが閉ざされているからだけではない。その巨漢では入ることは無理なのだが、パートナーの変熊と連絡がつかず、変熊が自分の分のケーキも食べているのではないかと思いこみ、ぐりぐり頭を押し付け、ついにはドアを破壊する。
「なんじゃこりゃ! 入れんのじゃー!」
 しかし、当然ながら頭を入れる事すらできず、手を伸ばしてみても、ケーキを掴むことは出来ず。
「出て来んか、変熊ー! ケーキよこせー」
 挙句の果て、塔を両手で掴んでゆさゆさ揺すりだした。
「ここから入りましょう」
 従業員用の出入り口からの潜入を検討していたが、状況を見てメティスはレンにそう提案をした。
「警備会社の作業服を調達したいところだが……時間が差し迫っているようだな」
 メティスとレンは開いた入口から塔の中へと入っていく。
 変装をする時間はないが、サングラスは外しておく。
 潜入後はメティスは制御室を探しに、レンは状況から上階が怪しいと知り、上階へと向かった。

 その直後に、アレナは塔へと到着を果たした。
 到着を知らせるために、アレナはすぐに姿を隠すアイテムを解除した。
(左側の通路のロックを解除するから、外階段を上って屋上までおいで)
(……はい)
 イオマンテの行動に驚きながらも、アレナは頭に響くズィギルの指示に従っていく。
 揺れるせいで、何度か転びながらも出来るだけ急いでアレナは塔の屋上へと駆け上がった。
「待ったてたよ、アレナちゃん」
 ズィギル・ブラトリズは、中型の飛空艇の前に立っていた。
 微笑んだ彼の顔を見て、アレナは不思議そうに首を左右に振る。
「ズィギルさんじゃ、ないです」
「生まれ変わったからね。アレナちゃんは昔のままで安心したよ。あの女の好みの外見にならなかったんだね」
「……」
 あの女――それが、優子のことであるとアレナは気付いて。優子のことを想い、表情を一段と曇らせた。
「さあ、こっちにおいで。積もる話でもしようか。でも、その前に」
 ズィギルは映写機で、塔の中の様子を――百合園生達が眠る部屋を映し出した。
「皆に何をしたんですか? 私、来ましたから解放してください」
 訴える彼女の前で、ズィギルはにやりと笑みを浮かべる。
「そうしたいところなんだけどね、君、つけられたでしょ」
 目を見開いたアレナの目の前で、ズィギルは室内にいる機晶姫に指示を出し――一人、百合園生を抱え上げさせた。
「この子、アレナちゃんの大切なお友達だよね。さよなら、だね」
「やめてっ、やめてください!」
「落ち着け!」
 駆け付けようとしたアレナの手を掴む者がいた。
 猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)
 街で買い物をしていた彼は、騒ぎを知って塔の傍に訪れ、そして屋上へと向かうアレナを見つけた。
 特に親しいわけではなかったが、彼女のことは知っている。月軌道上での戦いに参加しており、敵に関する知識も最低限、あった。
「ズィギルさん、私、そちらに行きますから。お話し、しましょう。何が望みなのですか? どうしたら、やめてくれますか……っ」
 そんな必死の彼女の言葉に、薄ら笑いを浮かべながら、ズィギルは機晶姫に命じ――百合園生、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)の胸を至近距離から撃ち抜かせた。
「あ……っ」
 叫ぶことも出来ず、アレナはその場に崩れ落ち、ただ目を見開いていた。
「デートの邪魔をしたら、他の子も殺すよ? ちょうどこの下の階にいるんだ。他の子を助けに行ったらどう?」
 ズィギルが勇平に言う。
「くっ……」
 勇平は迂闊に動くことが出来なかった。
 だが、アレナを行かせれば、彼女を利用しこの男は更なる災厄を呼ぶだろうという確信がある。
「任せて、ください。ヴァーナーさんを、皆を、早く、助けて……っ」
 絞り出すような声で、アレナは勇平に訴えた。
「わかった」
 機晶姫がヴァーナーを投げ捨て、次の少女に手をかける映像を見て、勇平は階段へと戻り駆け下りる。
 アレナは、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。
「また、誰かを傷つけたら、それをする理由を無くします。私は私を無くします」
 言いながら、アレナはいっぽいっぽ、ズィギルに近づく。刃先を自分の喉に向けながら。
「君がそんなことをしたら、君の心を奪ったこの子達への憎しみが抑えきれなくなって、塔ごと吹き飛ばしちゃうだろうね」
 ズィギルはそう答えながら、手を伸ばしてアレナを待った。
(おいで、アレナちゃん。今度はもっときちんと封印してあげる。今度は先に起きたらだめだよ。一つになろう。……永遠に君は私のものなんだ)
 その言葉は、テレパシーで、アレナの頭に直接響いた。