リアクション
○ ○ ○ 港に面した場所に、第七龍騎士団の駐屯施設はあった。 堅牢な造りの3階建ての建物の中に、ルシンダとの面会を求めた契約者は招かれた。 面会室は、窓ひとつなく、無機質な厚く白い壁に覆われた部屋だった。 テーブルは一つ。 椅子は人数分並べられている。 桐生 円(きりゅう・まどか)、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)、樹月 刀真(きづき・とうま)、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)イルマ・レスト(いるま・れすと)。それから、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)と、神拳 ゼミナー(しんけん・ぜみなー)は、各々、指示された場所に腰かけて、彼女を待った――。 「君達が聞きたいことから、聞いてくれて構わない」 団長のレストが、自分より年上の龍騎士と共に、ルシンダを連れて現れる。 彼女は……少し、やつれていた。傍には医者と思われる人物が付き添っている。 細い腕は、金属の紐で縛られていた。 「お土産とか、渡してもいいかな?」 円はお土産品の箱を開いて、中を見せる。 いちごケーキに、チョコレートケーキ。 メモなどは何も入れていない。 「構わない」 レストの返事を聞いてから、円はルシンダの前にお土産を置いた。 「その手じゃ、持てないから、ね」 少し、寂しげに言った後。 「ルシンダさんごめんね、ボクの勘違いで色々変な事言っちゃって。……何か事情があって、敵側に通じてるって勘違いしちゃった。確かに、キミとソフィアとは違う。解ってるつもりだったんだけどね」 本当にごめんなさい。と、円は頭を下げた。 「先日は大変失礼な物言いをしてしまい、申し訳ありません」 「こちらも、お受け取りください」 千歳も円と同じように頭を下げて謝罪し、イルマはケロッPカエルパイをお詫びの品としてルシンダの前に置いた。 「ありがとうございます。どうか、御気になさらず」 「ただ、結果としてはこちらの勘違いだった訳だが、助けになりたかっただけで、円も私達も悪意があったわけじゃないんだ」 「はい」 「私達にも、その、色々あったので…二度と同じ間違いをしたくないという思いが強すぎたようだ、誠に申し訳ない」 「ご迷惑おかけしたのは、私の方ですから。私は、あなた方に、許していただけるはずのないことを……しています」 言った後、ルシンダは俯いてしまった。 小さく息をついて、イルマは席へと戻って椅子に座りなおす。 (先入観に引きずられすぎた、ということでしょうかね。しかし、この間、監視していた感じでは、やはり何かしら外部から干渉を受けているという気はしますね) じっとイルマはルシンダを見ながらも、口を開きはしなかった。 (言いにくいんだろうなぁ) そう思いながら、千歳も席に着いた。 彼女から真相を聞きだせるのは……自分ではなくて、多分円や、刀真だろうから。 イルマと共に、千歳はルシンダを見守ることにする。 「これは俺の推測だが……君はズィギル・ブラトリズの精神操作を受ける事がある、もしくはズィギルの記憶のコピーを埋め込まれている……そして君はその自分を可能な限り意思の力で抑えている、それが俺の抱いた違和感の正体では?」 刀真の言葉に、ルシンダの手が軽く震えた。 何も言わない彼女に、刀真は穏やかな口調で、語りかけていく。 「アルカンシェルで君を庇っちゃった時に君やミケーレを信じて力になろうと決めたんだ……ただアルカンシェルでの君の行動に、疑問は抱いた、だからミケーレと話をして君との約束の事も聞いている」 その言葉に、ルシンダは驚きの目で、刀真とミケーレを見た。 すぐに瞳を揺らして、再び俯く。 「その時の話と、月へ向かう時に俺が渡そうとした禁猟区のお守りを拒んだ後でわざわざ謝罪をしてくれた事、その時の声の調子から抱いた印象と円から聞いた君の様子で、疑問に関しては気にしないことにしました……勘ですが、君は俺達を傷付けない」 ルシンダは目を閉じて首を左右に振る。 「君は迷惑をかけないようにと全て自分の中に抱え込んで誰にも頼らず独りで目的を果たそうとしていたのだと思う、そしてもう無理だからと諦めて帰るのでは、とも……」 「円に言っていた、公には出来ない理由。差し支えなければ、教えていただけないかしら? 情報を持ち出せなくても、安心できると思うし、何か手がかりになる気もするわ」 オリヴィアがそう言った。 ……ルシンダは、眉を寄せて考え込んでいる。 刀真はルシンダに近づいて、彼女の顔を上げさせる。 そして自分と、周りにいる人々に目を向けさせる。 「もしそうならば、俺達を頼れば良い」 「それは、出来ません……でした」 ぽつりと、ルシンダは言って、縋りたかったのにというような目で刀真を見てから。 ミケーレに悲しげな目を向けた。 「全て話していいよ。彼らはきっと、解ってくれる」 「……はい」 小さく返事をして。 軽く瞳を彷徨わせて考えながら。 ルシンダはゆっくりと語り始めた。 「私は……エリュシオンのスパイです」 彼女の言葉は、その場にいる者達にとって予想外だった。 だけれど、誰も驚いたりはせずに、静かに彼女の次の言葉を待つ。 「鏖殺寺院派のエリュシオン人として地球に下りて、地球で寺院の一派と接触し、内部に入り込んでエリュシオンへ情報を流す役目を担っていました。シャンバラの建国より前からです」 シャンバラが東西に分かれて独立した時に。 ルシンダは司令官である父親にエリュシオンに呼び戻された。 ルシンダの家は、本当は名家でも、貴族でもない。スパイの一家であり、代々続く貴族を装っているだけの家。 呼び戻されたルシンダは、当主の長男と婚約してヴァイシャリー家に潜入し、情報を流すように命じられた。 だが、ルシンダは長男と会うことは叶わなかった。 しかし、ミケーレに見初められ、結婚の約束をすることが出来たと、話していく。 「寺院の一員としての立場も捨てたのではなく、寺院にもシャンバラの情報を流すために、ヴァイシャリー家と接触する旨、許可を得てありました。ミケーレさんには何も話してはいませんでしたが、何か、勘付いていたと思います」 「俺も、ルシンダさんには言えないことがあった。俺は、地球で地球に潜む鏖殺寺院の動向を探っていたから。キミの事も、ヴァイシャリーで出会う前から知っていたんだ」 ルシンダがスパイであることを、ミケーレが知ったのなら。 寺院、もしくはエリュシオンの手の者が、2人を抹殺に動く可能性が高い。 だから、互いに、真実は語り合わない。 騙されている振りをして、互いの目的の為に、2人は偽りの恋人同士でいた。 「そうだったんですね……」 ルシンダは悲しげな目をして、視線を落とす。 スパイに徹していた時とは違って、今の彼女は、素直な感情を表していた。 「アルカンシェルの事件が起きた時、私は寺院の一員として彼らに協力をしていました。スパイであるために、より信用を得るために」 ただ、と彼女は続けていく。 「この作戦の時に、気づきました……。時々、意識が途切れることを。その間にも、自分は何か行動をしているようであることを。どのような方法かわかりませんが、精神を乗っ取られていたようです。今は、電波や魔法が届かない部屋に入れいただいているお蔭で、そのようなことは、ないようですが……」 刀真の憶測に近いことが、ルシンダに起きているようだ。 「私は、皆さんの味方ではありませんでした。浮遊要塞が空京に向かった時。どんな事情があるにせよ、私は皆さんの大切な人を害する存在でした」 「でも、今は違う。スパイをしていた理由だって、国の――パラミタの為だった」 ルシンダの話を聞き、刀真はそう言う。 「これからは、きちんと頼ればいい。協力が必要なら望め、俺達はそれに必ず応えよう、ロイヤルガードの協力は便利だよ?」 「どうして、ですか? 私は、あなたの味方ではありません」 それは、と刀真は語りかける。 「東シャンバラが帝国の保護下にあった時から今まで、ただ独りシャンバラに来て目的の為に、長い時を頑張ってきたであろう君が、いやそれ以前から、独り、寺院の中で耐え忍び、頑張ってきた君が、目的を果たせずに帰るのは俺が納得ができない……その君に力を貸さない自分を認められない、だから」 一旦言葉を切り、真剣な目で刀真はルシンダを見る。 「俺が君の力になる機会を下さい」 ルシンダの目に戸惑いの色が広がっていく。 刀真はロイヤルガードエンブレムを外すと、禁猟区を施してルシンダに渡す。 「今回は受け取ってくれ。……もし俺の提案に乗ってくれるのなら、君自身が返しに来てくれ、待ってるから」 「……」 ルシンダは手の上に置かれたエンブレムを戸惑いながら眺めていた。 (スパイかぁ……) 千歳は何ともいえない目でルシンダを見守り続けていた。 (それにしても樹月さん、話がうまいなぁ。私もあんなふうに喋れたらいいんだが……) かける言葉が見つからず、千歳は大きく息をついた。 (なんと言いましたっけ、キヅケさんでしたっけ? やはり、天性のたらしの才をお持ちの方のようですね) イルマは出されたお茶を飲みながら、冷徹な目で見守り続けている。 「……やっぱり、自分自身の感情を殺す事で悟られないようにしてたんだね」 円が優しくルシンダに語りかける。 「ズィギルに何かされた記憶とか、心当たりとかあるかな?」 「私は一応、ズィギルさんの精神攻撃を疑って、観察していました」 オリヴィアが円の問いに続けて、語りだす。 「医務室で、アレナさんを見た辺りで、ルシンダさんの感情が無くなったように見えました。生気を無くし何かを見ていた感じだったわ」 オリヴィアの言葉に、ルシンダは動揺を見せる。 「わかり、ません。でも、眠っている間に、何かされていた……んだと思います」 数年に渡り、同じ寺院の施設で、暮らしていたから。 「そっか。ちゃんと検査してもらわないとね」 円の言葉に、ルシンダはこくりと首を縦に振る。 「それから……司令官だっていう、ルシンダさんのお父様ってどんな人なの? 倒れる時、ごめんなさい、ミケーレさん、お父様って言ってたから気になっちゃって。お父様とミケーレさんの為に今まで一人で頑張ってたのかな?」 「父は、厳格な人です。家族のことは大事にしていますが、軍人として、母も私も部下であり、同志でした」 「そんな家族とミケーレさんの為に、1人で頑張っていたんですか?」 オリヴィアがそう問いかけていく。 「ズィギルに何か条件を付き付けられたからとか?」 「いいえ……そのようなことはありませんでした。父の為というわけではなくて……私は神の力を持ち、そういう家に生まれた者として、自分自身の意思でそう動いただけ、です。祖国エリュシオン帝国の為に」 「そっか……でも、辛かったよねぇ。ルシンダさんも、1人で抱えこんじゃうタイプかな?」 円の言葉に、ルシンダはただ、俯いた。 「この場だったら、皆の記憶には残らないし、思っていること素直に吐き出しても良いんじゃないかな? 言葉に出して自分の思いを吐き出せば、だいぶ楽になるし、たまには我侭いっても良いと思うんだー」 円はちらりとミケーレに目を向ける。 「ミケーレさんも上辺だけじゃなく、本音が知りたいんじゃないかな? ボクの恋人だったらそうして欲しいし」 ルシンダは戸惑いながら。 恐れるように、手を震わせながら、顔を上げて。 「聞いても、いいですか」 ミケーレに目を向けた。 「何でも、どうぞ」 その返答に頷いて、ルシンダは話し始める。 「私はミケーレさんのことが……本当に好きでした。私が、ヴァイシャリー家に行った時。監視に来たのだろうと、誰もが思ったと思います。それなのに……あなたは優しかった。家の者からも、世間からも守ると言ってくれました。私の目的が何であっても、変わらない……愛、してると……言ってくれました。それは、嘘、でしたか?」 「嘘じゃない。俺はルシンダさんのこと、好きだよ。だけれど、結ばれることは出来ないということは……互いに、解っていた」 「そうです、ね」 ルシンダは悲しげに言った。 「操られていたからだけではなくて、私は、スパイになりきれませんでした。彼のことを好きになってしまって、感情のコントロールがしきれないことも、あって。迷いが出来て、皆さんにバレてしまって……。ダメですね、ホント」 辛そうに泣き出した彼女に、ミケーレが近づいて。 優しく抱きしめて、彼女の背を撫でた。 「君は、よく頑張ったよ。誰も君を責められはしない。エリュシオンが君を手放すというのなら、俺のところにおいで」 優しく語られたミケーレの言葉に、ルシンダはただ、頷いた。 |
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