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リアクション
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人形の材料と、作った人形に着せる服の材料を片手に持って。
もう片方の手には、愛しい彼女の手を取って。
「いいの?」
心配げな眼差しで問うリィナに、ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)は「ん」と頷いた。
「届けるのは今日中って約束」
「ゆっくりだねぇ」
「っていうか、あいつの仕事が速い」
から、それで間に合うのだ。明日の人形劇に使う人形の準備は。
「リィナはさー、」
もう、作らないの?
「……、……」
「ん?」
「や、なんでもないわ」
「なにー。へんなの」
「はいはい、変です」
教えてくれる気もしないし、だから問うつもりもないけれど。
「リンスがさ、明日人形劇をやるんだって」
「へえ? そうなんだ」
「そう。慰問っていうのか? 病院の小児病棟でさ、暇もてあましてる子たちにーって」
「いろんなことするようになったんだねぇ」
「で、そのための材料を届けに行く最中っていう」
「じゃ、やっぱり早く行かなくちゃ」
わたしとデートしてる場合じゃないよー、とリィナが言った。しまった、墓穴だ。
違くて。
リィナにも、関わってほしくて。
人形作りに。人形劇に。
誰かと、自分と、『つくっていく』ことに。
――……言いだせん。
言わなければ、彼女は絶対に来ないのに。
どうしようか。頭の中で考える。
材料を渡してすぐ、かつての仲間にでも会いに行こうか。
たぶんそうなれば無事に帰ってくることは出来ないし、ともすれば入院沙汰になるし、ならば見舞いに来てくれるかもしれなくて、そうすれば必然的に、
――いやいやいや違うだろそれ。何か。
考えは即座に否定した。
いいじゃないか。
素直に誘おう。
「あのさ、リィナ」
「んー?」
「人形劇、観にに来てよ」
俺も手伝ったんだ。
だからさ、リィナも一緒にさ。
夕闇の街。
乾き、冷えた風が、二人の間を流れていった。
*...***...*
同時刻、人形工房。
「人形劇、するんだって?」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は、まさに『わくわく』といった様子でリンス・レイス(りんす・れいす)とクロエ・レイス(くろえ・れいす)に詰め寄った。
「どこから」
その情報を。とリンスが驚きと呆れの混じった声を出す。
彼の問いはさっくり流し、美羽は持ってきた鞄をごそごそとまさぐった。机の上にぽんぽんと並べていくのは、人形作りの材料。
「何するの」
「人形作るの」
「明日の?」
「そうだよ?」
手伝うよ! と胸を張ると、リンスとクロエが顔を見合わせた。それから視線がまた別の方向へ行って、その先にあったのは一冊の絵本。
「……あれ?」
もしかして、既に演じるものは決まっていたのだろうか。
いや、それはそうか。だって、明日だもの。人形劇を行うのは。
「あのね。えっと。私たち、明日の人形劇の手伝いがしたくてね?」
シナリオも、用意してきたのだけれど。
「……もしかして私たち、お節介だった?」
どうしよう、と隣に立つベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)を見つめる。ベアトリーチェもまた、うーん、と唸っていた。
「いいじゃない。小鳥遊たちが考えてきてくれた劇もやれば」
と、助け舟がリンスから出たので驚く。
だって、普段なら一番乗り気じゃなくて、やる気もあまりなくて、淡々としているのに。
あまりにぽかんとしてしまったのだろうか。「あー」と、間延びした声を発してから、
「一回だけの公演じゃ、子供たちもつまらないでしょ」
言い訳のようにも聞こえる内容を、リンスが言った。確かにそうだ。けど。
「リンス、せっきょくてきね!」
そう、クロエが言うように、積極的なのだ。誤魔化すようにクロエの頭をぽふんと叩いているし。
「何かあったの? 病院と」
「ないって」
「本当?」
「本当。ただね。できることがあるなら、やろうかなって」
その言葉を彼がどういった意図をもって発したのか、全てを察することはできないけれど。
何かが彼を、良い方向に動かしたのだと感じるには十分で。
「……っ、私もベアトリーチェもコハクも、みんな手伝うからね!」
思わず、自分も何かしてあげたい、と思った。
ふ、っとリンスの表情が和らいで、
「頼りにしてます」
なんて言ってくれようものなら、なおさら。
えへへ、と美羽ははにかんで、用意してきたシナリオを渡す。
どれ、とクロエと並んで読む様は、本当の兄妹以上に自然で。
「って、ちょっと待って」
「え、何。いますっごいいい画だったのに」
「いや画とかはともかく。このシナリオって主人公俺らじゃん」
リンスのつっこみに、美羽はきょとんと目を開く。
「そうだよ?」
美羽が書いてきたストーリー。それは、リンスとクロエが出会ったときの物語。
人形師であるリンスが人形を作り、その人形が逃げ出したところから話は始まる。
リンスは友人である瀬蓮を頼り、人形を追いかけてもらうのだけれど人形は足が速くなかなか捕まらない。
だけどようやく追いついて。
事情を知って、人形に少しの時間をあげることにした。
一緒にいろいろな人に会ったり、いろいろな場所を見たり、みんなで遊んだり。
人形は、クロエという名をもらい、リンスの家に帰り。
クロエは、いまでもリンスの家で、仲良くなったみんなに囲まれて仲良く暮らしている。
「めでたし、めでたし。……え、何か変かなぁ?」
「……いや、すごくいい話にまとまってると思うんだけどね?」
「だよね!」
「うん、だけど演じるの俺らだよ」
それのどこに問題があるのか。
「恥ずかしくない?」
「クロエ、恥ずかしい?」
リンスの問いを、まんま、クロエに問い返す。もちろん返答は、
「はずかしくないわ! わたしがんばる!」
とのもので。
リンスがはぁ、と息を吐いた。よくできましたとクロエを抱き締める。
「大丈夫、リンスの役はコハクに任せるから」
ね、とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に視線をやった。コハクが自信のこもった目で頷いた。
「瀬蓮ちゃんの役は私がやるし。ストーリーテラーはベアトリーチェに任せてもいいし。リンスは観客でもいいんだよ?」
「もっと恥ずかしいから俺もストーリーテラーやる」
「協力的ぃ」
確信犯じみた笑顔を浮かべると、額をぴんっと弾かれた。
「明日! 楽しみだね!」
「まったくもう。たくさん協力してもらうからね」
「もっちろん!」
夜も更けて。
人形を作り終わり、リハーサルをこなした後の、ティータイム。
「こんなことも、あったんですよね」
ベアトリーチェは感慨深げに呟いた。
「僕はこの頃のことは知らないから……なんだか不思議な気分だね」
作ったばかりのデフォルメ人形を動かしながら、コハク。
「あのころは、まだこんなふうになかよしさんじゃなかったのよ」
とは、自身の人形を手にしてご満悦な表情をしたクロエ。
「本当に、不思議だよね」
美羽も、瀬蓮の人形を撫でながら言う。
あの時は、今日、こんな風にここで笑っていることなんて想像もしていなかったのに。
リンスとクロエの繋がりだって、こんなにしっかりとしたものになるなんて思ってもみなかったのに。
ねえ、そんな奇跡が起こるのなら。
――私たちにだって。
大好きな親友の人形を見つめて。
遠く離れた彼女を、思う。
*...***...*
「切、近いうちにクロエ達が病院で人形劇をするそうだ。我は見に行くが切はどうする」
と、黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)がましょうじきに言ってきたものだから、少なからず七刀 切(しちとう・きり)は驚いた。
「あの音穏さんが……」
思わず、にやぁと笑って頷いてしまうのも仕方がない。
だって、これまでの音穏はどうにかして誤魔化そうとしてきた。
『違う』とか、『そうじゃない』とか、『勘違いするな』といった否定の言葉を頭において。
時には暴力的になり、隠そうとしてきたのに。
――ほんと、クロエと出会って変わったねぇ。音穏さんってば。
そう、揶揄してみたかったけれど言ったら殴られそうだからやめておく。
「でも、いいことだ」
「何がだ。我はこれ以上切のニヤけ顔を見ているのは不愉快なのだが」
「音穏さん酷い」
「いいから。行くのか行かないのか。はっきりしろ」
「行くよ、もちろん。面白そうだし、何か手伝えることがあったらしたいしねぇ」
応えながら携帯電話を操作する。呼び出すのは人形工房の番号。数コール後、「もしもし」と平坦なリンスの声が聞こえてきた。
「あぁ、リンス? ワイやけど、病院で人形劇するらしいって?」
『毎度思うんだけどね? なんでみんな俺らがやることなすことそんな把握してるの』
「そりゃみんなお前のことを気にしてるから?」
気にしてもらえるなんていいことじゃないか。声に笑みを含ませて言うと、「あ、そ」と小さい声で返してきたので、「照れてる照れてる」とからかった。即座に電話を切られた。
「酷くない? 音穏さんといいリンスといいワイへの扱い酷くない?」
『ないよ』
「ないな」
電話口のリンスの声と音穏の声が重なってステレオ音声となって聞こえてきた。悲しい。
「……まぁともかく。リンスとクロエがそうやって頑張るって言うから、ワイらも何か手伝えたらなって思ってね」
劇の最中に子供の面倒を見るでも、舞台の設営なんかがあるならそれを手伝うでも、荷物の運び出しでもエキストラでもなんでも。
「ど? 割と急だったみたいだし、人手はあって困るものじゃないよねぇ?」
少しの間。考えているようだった。
『迷惑じゃないの』
「ないない。迷惑だったらそもそも言い出さないし」
『確かに。じゃ、手伝ってもらおう』
「うん。病院側には言っておいて。
……ちなみに手伝うことでバイト代とか出たりしない?」
クリスマスの時から引き続き、七刀家の財政状況は逼迫していたのであった。
冗談と本気が半々の言葉に返事はない。ついでに音穏がとてもとても冷たい目をしている。「ハハハ。冗談ですよハハハ」取り繕って乾いた笑いを零すと、電話の向こうのリンスが「ああよかった」と言った。
『七刀なら言い出しかねないなって』
「あの。リンスの中のワイのイメージってどんな」
『聞きたいの』
「遠慮しておきます」
下手に真面目な相手なものだから、遠慮も飾り気もない硝子のような言葉を頂戴しそうだ。
「クリスマスの時だって、普通に返してきたしなぁ……ってあぁあそうだ。まだお礼言ってなかったな」
『お礼?』
「お宿。あの時は助かった、ありがとなぁ」
『いいえ。その分今回働いてもらうから』
「あは。やっぱりちゃっかりしてらっしゃる」
その後いくつか言葉を交わして、もう遅いので「おやすみぃ」と締めくくり。
「じゃ、音穏さん。明日、ワイらも楽しもうねぇ」
「参加する以上、手を抜くなよ」
「しないって」
こちらもこちらで、おやすみなさい。
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