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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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23


 それは、何の変哲もない一日だった。
 いつもと同じく、朝起きて、食卓を囲んで、各々自由に行動して。
 ただ違ったのは、いつまで経ってもメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)の姿が見えなかったこと。
「メシエ?」
 疑問に思い、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はメシエの部屋を訪ねた。返答はない。しん、と静まり返っている。再度ノックをし、しばらく待つ。やはり、何も返ってこなかった。ドアに手をかけ、扉を開く。
「っ、」
 部屋で、メシエは倒れていた。
「エオリア! 救急車!」
 咄嗟に叫んで、脈を取る。弱い。呼吸も静かすぎる。
「どうしたんですか!?」
 エースの声を聞いて、エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が駆けつけた。すぐに状況を把握し、電話をかける。
 ほどなくして救急車がやってきた。エースも同乗し、病院へ向かう。


 数日後。
 病院で、担当医としてエースを出迎えたのはダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。
「ダリルが何でここに」
「非常勤医師なのでな。病状の説明に移るが、いいな?」
「あ、うん」
 話を聞く。医学的な用語を交えながらの説明だったがわかりやすく、理解はできた。
「要するに、生血をあまり吸えなかったことが原因ってこと?」
「その通り」
 吸血鬼は、生血から魔力生成のための栄養を摂取している可能性があるらしい。
 必要としている栄養素が不足し、人で言うところの貧血を起こして倒れたと。
「症状は貧血と殆ど変わらない。そのため貧血改善の治療が施されていたのだが一向に回復しないから俺にお鉢が回ってきたというわけだ。それで幾つかの検査の末に以上のことがわかった。じきに良くなるだろう」
 ひとまず、大事には至らないということでほっとした。
「でも……俺の血、足りてなかったんだ」
 エースは、メシエに力を貸してもらう対価として血を与えることを約束している。そして約束通り与えていたのだが。
「満足するだけお前から吸っていたら、今頃干からびているだろうな」
 くつくつとダリルが笑う。そういうものなのか。
 だとしたら、俺以外からあまり飲むなと言ってしまったのは失言だったか。でも、人から取るのはどうなのか。加えて、メシエは好き嫌いが激しいようで、剣種族の血は「造り物の味がする」と言って嫌がり、他種族の血も不味いからと拒絶する。
「輸血パックの血とか飲ませたら機嫌悪くしそうだな」
「問題ない。生血を用意した」
「え?」
「ルカのものだ」
「…………え?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の名前が挙げられ、驚いた。いや、ダリルがここにいるのだからおかしくはないが。おかしくはないが。
「ルカの血はただの血ではない。健康そのもの、頑強な軍人の血液だ。生気に溢れているぞ?」
 普段の彼女の様子を思い出して頷く。
「いや、うん。だろうけど。……いいの?」
「ルカお気に入りのケーキ屋で好きなだけ食べていいと言ったら二つ返事で了承したぞ」
「軽いね……」
「嫌がるほどのことでもなかったのだろうな。驚いてはいたが」
「あとで謝っておこう」
 迷惑をかけてしまったし。お気に入りのケーキ屋とやらを教わって、何か買ってくるのもいいかもしれない。
「ルカはメシエと同じ病室にいる。個室なのが幸いしたな、付き添い用のベッドを広げやすい。今日は泊まるように言ってあるからいくらでも話せるだろう」
 泊まるほど血をもらったのか。ますます申し訳なくなってきた。
「退院したらステーキを奢ろう。どっさりと」
「ルカに言ってやれ。喜ぶぞ?」
 そうする、と言って席を立った。病室へ、向かう。


「心配だったのよ。倒れたりするから」
 ベッド脇に椅子を引き、ちょこんと座ったリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が言った。メシエは、小さく頷く。
「林檎、食べられるかしら?」
「止められたりはしていないよ。具合も、まあ、食べられないほどではない」
 意識が朦朧とするのも、気分が悪いのも、いくらか良くなっているし。きっと、ルカルカの血をもらったおかげだろう。
 じゃあ剥くわね。リリアは言って、ナイフを手に林檎を剥いた。
「うさぎさんにしてあげましょうか?」
「普通でいいよ」
「あら、残念」
 するすると、丸い形のまま細く長く皮を剥く。流麗な手つきだ。じっと、見つめる。
「そんなに見られると緊張するわね」
 くすくすと、リリアは笑った。
「……ねえ、メシエ」
「なんだい」
「別に、私の血を飲んでもいいのよ?」
「気持ちだけ受け取るよ」
「エースに比べたら、魔力とか足りてないかもしれないし、貴方の口に合わないかもしれない。けれど、足りてないなら――」
「リリア」
 名前を呼ぶことで、彼女の声を遮る。リリアの目を見て、メシエは微笑んだ。
「レディの血をいただくわけにはいかないよ」
「……いつも半人前扱いしているくせに。こんなときだけ」
 酷いのね。言って、リリアが林檎を皿に乗せて置く。メシエはただ、苦笑した。
 リリアは、リージャに似ている。似すぎている。
 だから、というわけではないけれど。
 ――彼女から貰うわけには、ね。
 同一人物でないことはよくわかっている。混合視だってしていない。
 それでも、リリアが傍にいればリージャのことを思い出してしまう。心惹かれる――いや、乱されるのも事実で。
 今でさえ少し対応に困っているのに、そんなことをしてしまったら、益々。
「お。顔色良くなったじゃねえか」
 ドアがノックもなしに開き、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)が入ってきた。無作法だったが、微妙な空気になってしまっていたから丁度良い、と思う。
「人形劇はどうだった」
 劇を見てくる、と言って出て行った淵に問うと、彼は満足そうに笑った。
「良かったぞ。演技も演出も人形も操り手も、どれもな」
「淵は見舞い目的じゃなくて劇目的で来てたしな」
 カルキノスが声を上げて笑う。
「そうだ。見舞いがついでだ」
 淵も胸を張って言うが、堂々と対象の前でいうべきではない。メシエは再び苦笑した。
「ルカは?」
「寝てるよ。結構たくさんもらったからね」
 血が足りないと、人は眠る傾向にあるらしい。ふうん、とカルキノスと淵がルカルカの様子を見、何がおかしいのか笑っていた。
「あ、そうだ。俺たちも泊まるから」
 不意にカルキノスが言ったので、少しばかり驚いた。
「何故?」
「面倒だし」
「何が面倒なんだね。何が」
「いいじゃん。俺も泊まるぜー」
 淵まで便乗したので、手に負えない。好きにしたまえ。何度目かの、苦笑。
 その夜、メシエは夢を見た。
 夢の中では、リージャが美しく微笑んで導くように手を伸ばしていた。
 その手に触れようとこちらも手を伸ばした瞬間、リージャの姿は霞のように消えてしまった。


 夜になった。個室のドアがノックされ、ルカルカは「はーい」と声を上げる。
 入ってきたのはダリルで、つい先ほどまでカルキノスと淵がエースたちを巻き込んで行っていた宴会の跡を見て眉を潜めた。
「病室で宴会をするなとあれほど」
「ごめんごめん。ちゃんと片付けるから」
 怒られそうだったので先手を打って謝っておく。お酒は飲んでないよ、と付け加えると、当然だと言わんばかりの視線を向けられた。
「具合はもういいのか」
「え? あ、うん。ばっちり♪」
 血を採られてから妙に眠くて布団に包まっていたけれど、宴会の気配に目を覚ました。飲んで食べてと笑っているうちに眠気やけだるさはどこかにいってしまった。今ではすこぶる調子がいい。
 ダリルは、メシエの寝ているベッドに近付き傍にあった椅子に腰を下ろす。しばらく居るのかな。そう思って、ルカルカはもう少し話しかけることにした。
「ダリルはさ。人より機械と話すほうが得意でしょ?」
「? まぁ、そうだが」
「なら、どうして患者と接する医師もやってるの?」
 以前から、不思議に思っていた。人と関わることが好きでないのに、わざわざこの仕事を選んだことが。暇でもないのに、呼ばれれば病院へ赴く理由が。
 ――もしかして、少しは人に興味を持ったのかな?
 救いたいと、思ってくれたのだろうか。
 けれど。
「俺が医師なのは、生かし方を知る者は殺し方も知るからだ。対象を効率よく殺すため。それだけだ」
 ダリルの一言で、ルカルカは息を飲んだ。
「医師として活動する以上、適切な処置もする。必要だからな」
「…………」
「それだけだ。少なくとも、医の倫理や命の尊厳を語るようなロマンチストではないな」
 シニカルに、ダリルが笑う。でも。と、咄嗟に言い返していた。
「でも、ダリルは今まで大勢の命を救ってきたよ」
「言っただろう。『医師として活動する以上、適切な処置もする』」
「それでも事実よ。効率よく殺すため? それだけなら、現場に来なくていいはずでしょ」
「…………」
「今こうしてるのは、人を助けたいって気持ちがあるからなんじゃないかな」
 はっ、とダリルが笑った。先ほどよりも皮肉の度合いが増した笑み。
「笑える冗談を言うようになったな」
「冗談じゃ、ないよ」
 ルカルカの言葉に、ダリルは何も言わなかった。静かに椅子から立ち上がり、病室を出ていく。
「……否定、しなかったね」
 ダリルが去った病室で、ルカルカは小さく呟いた。


 ――人を助けたい気持ち、だと?
 リノリウムの廊下を歩きながら、ダリルは自問する。
 ――ありえない。
 あるはずがないと、否定する。
 だがもう一方で、ルカルカの言う通りかもしれない、とも思っていた。
 人の身体について識ることだけが必要だったのなら、いつまでも医師である理由はない。たかだか貧血に関わる理由も。
 ――いや。
 ――簡単に辞められないから続けているだけだ。深い意味などない。
 否定を重ねて、歩く。
 ――……けれど。
 相変わらず、さらにそれを否定しながら。
 いつからこんなに女々しくなったのだ。苛立って、舌打ちした。


 時間は少し、遡る。
 一日前の昼間、遠野 歌菜(とおの・かな)は考えていた。考える内容は、隣を歩く月崎 羽純(つきざき・はすみ)のことだ。
 ――羽純くんって元気そうだけど……。
 本当に、どこも悪いところはないのだろうか。
 歌菜が羽純の封印を解いてから、結構な月日が経った。けれど、その間にきちんと病院のお世話になったことはない。
 元気そう。それはいいことだ。元気であって欲しい。だって、もっともっと長い間一緒にいたいから。
 だからこそ。
「ねえ、羽純くん」
「ん?」
「これ、受けない? 一緒に」
 指差したのは、病院の広告。
「『人間ドッグ』? なんだそりゃ」
「健康診断……かな?」
「必要か?」
「必要だよ」
「面倒臭い。要らない」
 あからさまにいやそうな顔をされた。ダルくてつまらないだろう、と羽純の目が如実に語っている。
「そんなこと言わないでよー。ほら、備えあれば憂いなしって言うでしょ?」
「見ての通り、俺は元気だが。……何かあったのか?」
 別に、ない。ただ、
「羽純くんと、ずーっと一緒にいたいから。だから、診てもらってもいいんじゃないかなって思ったの」
 口にしてみると、結構恥ずかしかった。けれど、これが素直な気持ちだ。
 じっ、と見つめて返事を待つ。
「お前……ずるいぞ」
「え?」
「無自覚か。だよな。知ってる」
「え? え?」
「ほら、行くぞ」
 戸惑っているうちに、手を握られた。
「受けてくれるの?」
「気が変わらないうちに早く行くぞ」
「うんっ!」


 採血検査はちょっぴり苦手。
 針が血管に入ってくると、背筋が粟立つ。
 だけど嫌がっていては羽純に示しがつかないからと、普段は目を閉じてやり過ごす検査もきちんと見た。
「そんなに凝視しなくていいんですよ」
「う、はい」
 看護師さんとのやり取りに、羽純が小さく肩を震わせている。
「わ、笑わないでよぉ」
「悪い」
 思わず涙目で抗議する。と、頭を撫でられた。これで許せる気分になってしまうのだから、
「羽純くんだって、大概ずるいよね」
「はあ?」
「昨日のお返し〜」
 検査も一通り終えたので、立ち上がる。眩暈がした。くらり、世界が歪む。
「危ない」
 倒れかけたところを羽純が抱きとめてくれた。
「検査に来て怪我していたんじゃ世話ないぞ?」
「だよね、ありがとう」
 自分の足でしっかり立って、深呼吸。だいぶマシになってきた。もう一拍置いてから歩き出す。
「それにしても、意外と検査って体力使うんだね。もうフラフラだよ〜」
「昨日の夜から何も食べてないしな」
「ね! ご飯楽しみだな〜」
 移動し、人間ドッグの患者用にと用意された食事を摂る。病院食、というとマイナスイメージの方が強かったが覆された。
「美味しい〜」
「……ぷ、」
「あ、また笑われた……」
 だって、半日ぶりの食事だし。
 予想以上に美味しいし。
 つい、はしゃいでしまっても仕方がないじゃないか。
 さて、そうこうしつつも午後の検査を終え。
 夕飯も食べ終わり、病室に戻ってきた。歌菜と羽純は夫婦なので、二人部屋に同室入院している。
 ――入院着で病室に二人って……何か変な感じ。
 ちら、と羽純を窺い見る。羽純も落ち着かないのか、視線があちらこちらへ飛んでいる。と、目が合った。
「…………」
「…………」
 逸らす理由もなかったので、しばらく見詰め合う。そして同時に噴出した。
「なんでずっと見てるんだよ」
「羽純くんこそ!」
 けらけら、笑っているとドアがノックされた。
「はぁい」
「楽しそうだな」
「ダリルさん」
 入ってきたのはダリルだった。
「何しに来た?」
「明日の検査の説明に」
 羽純の問いに、ダリルが簡潔に答える。
「ダリルさんって、ここのお医者様だったんですね〜」
「非常勤だがな」
 すらすらと淀みなく答える様はいつも通りだが、気のせいか普段より理知的に見えた。
 ――白衣効果?
 まさかー、と心の中で笑ってみる。だけど、ダリルの白衣姿はよく似合っている。
 ――素敵だな〜。
 ――羽純くんも、白衣、似合うかな? ……ちょっと違うかな?
 なんて、ダリルを見ながら考えていると、小突かれた。
「い、いたい」
「説明。ちゃんと聞け」
 ちょっと声が硬かった。
「?? 怒ってる?」
「何に」
「わかんないけど」
「変な奴」
「へ、変じゃないよー」
 やり取りに、ダリルが笑う。
「説明は以上だ。羽純から説明してやれ。
 ああ、くれぐれも二人きりだからといって夜更かしはしないこと。いいな?」
 にや、と意味ありげに言うものだから、疑問符。羽純は意味がわかったのだろうか。一瞬言葉を詰まらせていた。
「……さっさと仕事に戻りやがれ」
「そうする」
 言って、ダリルが部屋を出た。
「ねえねえ羽純くん。今のってどういう意味かな」
「さぁな。そのままの意味だろ。検査に響くからちゃんと寝ろってことだ」
「そっか。そうだよねー」
 ダリルさんって面白い言い方するね、と笑ったら、なぜか羽純が笑った。
「なんだか今日は笑われっぱなしだなぁ」
「笑ってるほうがいいだろ?」
「そうだけど」
「じゃ、電気消すぞ」
「はーい。おやすみなさい」
 翌日の検査も無事に終え、出た結果を見て笑顔になるのはまた少し先の日の話。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいは初めまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 落ち着いた! と思って油断したら調子を崩しました。
 リアルに、「入院したい」が口癖になってました。あぶねえ。
 というわけで、三月下旬からこっち、相当焦ることとなりましたが原稿は間に合ったし調子も落ち着いてきました。終わりよければ全てよし。
 あとはこのリアクションを皆様が楽しんでくだされば重畳。
 どうぞごゆるりとご覧くださいましね。

 それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。