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リアクション
22
瀬島 壮太(せじま・そうた)が入院したと聞いて、椎名 真(しいな・まこと)がお見舞いに行こうと手土産のゼリーを買おうとした時。
「あ」
椎葉 諒(しいば・りょう)に、憑依された。
既に身体の自由はない。ああ、なんというタイミングか。狙い済ましたかのようなピンポイントさに苦笑する。
しかし、こうなってしまったのなら仕方がない。意識は明確に残っているわけだし、頭の中から諒に指示を出そう。決めて、『諒』と声をかける。
――『何?』
――俺、これから壮太の見舞いに行くところだったんだけど。
――『あー、なるほど。タイミング悪かったな』
――ホントだよ。とりあえず病院向かって。手土産買ってから。
――『プリンでいいか? っていうかプリンだよな見舞いなんだろプリンに決まってる』
見舞いじゃなくてもプリン推しのくせに。とは言わないでおく。たぶん筒抜けだろうけど。
――プリンでいいからとにかく買って。遅くならないうちに行くよ。
面会時間のこともあるし、それに篠原 太陽(しのはら・たいよう)の薬を貰わなければならない。
かくいう篠原は、プリンを大量に持った諒を見て、
「『俺』は椎葉に憑かれたか」
淡々と言った。その通りです篠原さん、と真は内心で答える。
「魂は色が近いとより強く魅かれ合うと聞く」
「色? はぁ」
諒は、大して興味なさそうに適当な相槌を打っていた。たぶん、良くわかっていない。
――色……つまり二人ともからかわれ体質と……?
そう言いたいのだろうか。なんとも不名誉な括られ方をした。
「椎葉」
「ナニ」
なおも話しかける篠原に、諒が硬い声を上げる。諒は、篠原が苦手だ。曰く、『ナンカキライ』だそうだ。からかわれ体質の性だと思う。真も、嫌いとまではいかないが得意ではない。
「人間は理解を超える事柄に相対すればそこから目をそむけようとするそれは人が本来持つ防衛本能でありつまり君は私の事が苦手ということだな」
「ソーデスネー」
聞く気なんてないんだなぁ、と苦笑してしまうような返答だった。
――うん、だけど俺でもわかりづらかったぞ。もっと簡潔に、ついでに句読点を打ってゆっくりと話して……。
前半が長く、しかも淀みなくすらすらと言っているため何かの呪文のように聞こえる。最後の十数文字だけの方が理解も易い。
――『篠原がアレだからさっさと行くぞ。道案内早く』
――あ、うん。そこの道真っ直ぐ行って、交差点右。
道案内をして、迷わず病院に辿り着いた。それでも予定していた時間よりだいぶ遅く、
――諒、病室着いたら双他に遅れたお詫び言ってくれ。
――『はいよ』
これで一安心、とほっとしたのも束の間。
「よう貧弱。遅れて悪かったな」
――こらー!!
壮太のいる病室に着くなり諒が言い放った言葉に真は叫んだ。
真の叫びも意に介さず、諒は適当な椅子に座って見舞い品のプリンを開けて食べ始める。
――ちゃんと詫びろよ! あとプリンも渡せよ! っていうか食べるなよお前ぇ!!
――『……頭の中で怒鳴るなクソ。わかったよ』
「ん」
「……とりあえず色々突っ込みたいんだけど。真が見舞いに来てくれるって聞いてたのに、なんで椎葉が憑依してるんですか」
「事故みたいなもん」
――ごめん壮太ごめん。ほら諒、伝える!
「なんか真が必死で謝ってる。ごめんだとさ」
「や、……はぁ」
壮太がため息を吐いた。いけない、これでは気疲れさせる一方だ。だがどうすることもできない。
真が葛藤していると、
――『伝えること伝えたしプリン食っていい?』
諒が言った。どこまでもマイペースなプリン大好きっ子め。好きにすればいい。
――けどその前に篠原さんに頼んでほしいことが、
――『断る』
――少しは聞こうよ俺の話。お茶の用意や花瓶の花の入れ替えとか、ほら頼んで。
――『プリン』
――頼んでくれたら食べていいから。
「篠原ー、お茶入れて。花瓶の花替えて。……って真が言ってる」
篠原が「わかった」と言って病室を出て行った。頼みを聞いてもらえたし、及第点ということにしておこう。それにしても頭が痛い。
お茶の用意を終え、花も替えて。
一段落したと思えば、じっ、と篠原が壮太を見るし。
諒も壮太を――というより、病院の売店で買ってきたらしいプリンをじっと見ているし。
「……食う?」
「食う」
視線に耐え切れなかったらしい壮太が、諒にプリンを与えていた。ああもう、本当ごめん。心の中で何度目かの謝罪をした。
遡って、少し前。
ミミ・マリー(みみ・まりー)はルルススの病室にやってきた。
壮太が入院したから必要なものを届けに来たのだが、ソレイユの子供が入院していると聞いて。
ドアから顔を覗かせて、ルルススが居ることを確認する。ルルススの傍には紺侍もいた。
「こんにちは」
そっと声を掛けると、二人が同時にミミを見た。
「具合、どう? 良くなった?」
ルルススの顔色を窺う。少し悪いが、辛そうではなかった。本調子ではない、といった程度か。これなら退院の日は近いんじゃないか。
「もうだいぶ。ご心配、おかけしました」
丁寧にルルススが頭を下げる。気にしないでと両手を振って、少しの間世間話に混じった。
面会時間が残り一時間を切ろうとしたとき。
「オレ、そろそろ帰りますね。また明日来ます」
「お兄ちゃん。無理、しないでいいからね?」
「寂しがりのくせにいっちょまえ言うなァ。具合悪いときくらいは甘えなさい」
ルルススの頭をくしゃくしゃと撫で、紺侍は席を立った。ミミもそれに倣う。
またね。そう手を振って、病室を出て廊下を歩く。
「そういやミミさん、お一人で?」
「壮太はね、今入院してるよ」
「え」
「壮太がマリアンさんから電話もらって、ルルススくんが入院してるって教えてもらったんだ。でも動けないから僕が代わりにお見舞いに来たの」
「動けないって。そんなに悪いんスか」
「あ。ごめん、そうじゃなくて。足折れてるし擦り傷だらけだしで、しばらく出歩かないように言われてるんだ」
怪我以外は元気だよ、とどこか矛盾したフォローを入れておくと、紺侍はほっとしたようだった。
バイト先が同じだからてっきり知っていたと思っていたのだが、知らなかったらしい。ルルススが入院するに当たって、ソレイユの手伝いに回るためシフトを減らしたのかもしれない。
――知ってたら、お見舞い来てくれたかな?
あの、雪の日以来、どうにも二人の関係がぎこちなくなっているような気がする。
放っておいてよくなるかどうかはわからなかった。
だから。
「壮太ってね。契約してからもしばらく僕のこと女の子だと思ってたんだよ」
「へェ? そうだったんスか」
「うん。紡界さんにはすぐわかっちゃったのにね。でも壮太にはわかんないんだよね」
できることをしようと思った。言葉で、動かせないかと。
「言わなきゃ伝わらないこともあるんだよね」
少し、間が開いて。
そっスねー、と、普段よりいくらか低い声で返答があった。
――伝わった、かな?
僕の言いたかったことは。
たぶん、大丈夫だ。
なんとなく確信して、ミミは病室まで案内するように、紺侍の数歩前を歩いた。
ミミに連れられてやってきた青年を見て、壮太が「あ」と驚いた声を上げた。
誰だろう。面識はない。けど、壮太からたまに聞く話を思い出して、
――もしかして、紡界紺侍さん?
真はあたりをつけた。ほら訊いて。諒をせっついて、喋らせる。
「壮太が度々話すから知ってたよ」
「えっと、貴方は……?」
「俺、同じ蒼学で大学部に通ってる椎名真。今は椎葉諒ってやつに憑依されてるけど、気にしないでくれ。よろしく!」
「はい。よろしくお願いします」
挨拶は、穏やかに終わった。
なのになんだろう。
――何か、引っかかるような……。
篠原もそう思っているのか。先ほどまで壮太を見ていたのだが、今度は紺侍をじっと見ている。
真の心中に気付いていない壮太が、
「紡界と真は初対面か?」
と、言った。「ああ」と頷く。
「同じ蒼学なんだしすれ違ったことくらいはあるかもな」
「ないだろ。俺、大学部だし」
「……同い年のくせに。ムカつく」
「なら、退院したら勉強強化合宿でもするか?」
「パス」
やり取りを見ていた紺侍が、「仲良いんスねェ」とのんびり笑っていた。
そんな紺侍に、「紡界」篠原が声を掛ける。
「はい?」
「人は常に何かを隠し、他人に心を開けるなど皆無に等しい」
また、小難しい言い回しで始まった。何か失礼な言葉を続けなければいいが。
――諒、そうなったらストップかけてくれよ……!
――『プリンうめぇ』
――ああもう、うん、プリン食べながら出いいから。頼む……。
「つまり、君はとても楽しそうな人間だということだ」
続いた言葉は一見褒めているようにも聞こえるけれど。
――皮肉、だよな?
やはり、篠原も彼に何か引っかかるものを感じていたのだ。
紺侍は皮肉を解したのか。それともいないのか。何も言わず、薄く笑んでいた。
「意味は自分たちで考えるといい。瀬島と『俺』にはわかるだろう」
篠原は、言い終わると席を立った。病室を出て行く。
真たちも出て行こうと、後を追うように立ち上がる。
――あっ待って諒、これだけは伝えて帰ってくれ!
慌てて引き止め、
「後日改めて、メロン持って見舞いに来る……!」
気持ちだけは土下座せんばかりの勢いで。
謝罪の言葉を口にして、篠原を追いかけた。
ばたばたと、慌しく人が去って行った病室で。
「お前は帰るなよ」
壮太は紺侍に釘を刺す。はは、と笑って、紺侍は椅子に腰掛けた。
嫌がりはしなかったが、若干、居心地悪そうにしていた。
怪我平気スか、とか、話しかけられた気がする。が、スルーした。
少し、考えていた。
雪の日に、あんなことを言ったけど。
ああやって笑うのが紺侍の癖であることを壮太は知っている。わかっている。
簡単に直せないであろうことも予測できる。だって、たぶんずっとそうやって生きてきたのだろうから。
わかるんだ。
わかるからこそ、何か言わなきゃ気が済まなかった。
だってあんなの、その場凌ぎだ。笑って誤魔化して、辛いとか苦しいとか言えるときに言わないで、一人で抱えてどうすんの?
――いや。うん。わかってんだけどさ。
怖いから抱えているんだって。
助けてくれるかも、って、一歩踏み込んで心の内を吐き出すことが。
というより、誰かに期待することが。
――怖いんだろ?
地球にいた時の自分がそうだった。
期待しない。裏切られるのが、裏切られて傷付くことが。
それゆえ浅い付き合いしかしなかった。できなかった。虚無感は大きくなる一方だった。
――楽ではあったけどな。
――結局は、辛いだけなんだよ。
紺侍は馬鹿じゃない。きっと、わかっている。
――だから来たんだろ?
気まずい思いして。居心地悪そうにして。でも、こうして、ここに。
「壮太さん」
幾度目かの呼びかけに、ふっと笑みを零す。一瞬、身体をこわばらせたようだった。
「そんなに構えんなよ」
「構えるでしょ。何言っても反応ねェし。面会時間もう終わったし」
「マジで。……まいっか」
「いいんスか」
「いいんじゃね。怒られるのおまえだろ」
「うわ、ひでェ」
軽いやり取りをしていたら、いくらか雰囲気が和らいだ。
「あのさ」
「はい」
「オレ、別になに言われたって今更おまえに愛想尽かしたりしねえよ?」
え、と目を瞬かせるので、またクッと笑った。
「もう長い付き合いなんだしよ。ちょっとやそっとじゃ揺るがねえっての」
「壮太さん、」
「だから。何か困ったら、言えよ。オレはおまえから逃げたりしねえから」
だからおまえも逃げんなよ。
言外に、言う。
「……はい」
紺侍は素直に頷いた。ならばよし、と笑っていたら、「面会時間は終わってますよ!」と怒る看護師の声が聞こえた。
「ギリギリセーフ」
「いや、アウトでしょ。帰ります。そんじゃ、お大事に!」