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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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20


 その日、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)はいつもと同じようにイルミンスールの図書室で本を読んでいた。
 リースにはひとつ癖があった。お行儀が悪いから直しなさいよ、とたびたび注意される癖で、それは本棚の前に座って読むことである。
 その場で本を読み、読み終わった本を横に積み上げ、また次の本を手にし、積み重ね……と繰り返す。
 いつもなら、ある程度山になったところで本棚に戻すのだが、今日は本を読むのに夢中になっていて。
「…………」
 黙々と、ただひたすらページを手繰るリースは気付かなかった。
 積み上げすぎた本がバランスを失いかけていることに。
 そしてついに、本は崩れた。
 影がかかり、あれ? と思ったときにはもう遅く。
 息を飲み、目を閉じた。衝撃を覚悟する。……が、いつまで経っても、痛くない。
「……?」
 そっと目を開けると、桐条 隆元(きりじょう・たかもと)がリースの前にいて、代わりに本の直撃を受けていた。
「た、隆元さん!?」
 驚いて彼に声をかけるが、隆元からの返事はない。気を失っているようだ。慌てて人を呼び、救急車が来て――。
 現在。聖アトラーテ病院に搬送され、念のため検査をしましょうと言われ入院が決まり。
 リースは、頭を下げて医師の下を去った。
 ――どうしよう。
 廊下で、リースは途方にくれる。
 隆元と、少しでも仲良くしたくて本を探していた。契約を解消したいと言う隆元の願いを叶えるための、契約解除の方法が載った本を。
 だけど、見つからなかった。それどころか怪我を負わせてしまった。
 ――も、もう絶対に、私が隆元さんにぶつかったせいで契約しちゃったこと、許してもらえないよね……。
 とにかく、謝らなくちゃ。
 決めて、歩き出す。隆元のいる病室へと。


 不覚だ。隆元は、ベッドの上で息を吐く。
 リースのことをかばったことは、まあいい。
 いいのだが、なすすべなく本に埋もれ、あまつさえ気絶するなど言語道断。鍛錬の足りない証拠だ。
 おかげで、先ほどからずっと、リースが不景気な顔をしてしまってしょうがない。
「大事無いと医者も言っていたであろう。そのような目でわしを見るな」
「あ、は、はい。すみません……あの、でも本当に平気、ですか? 怪我、痛くないですか?」
「何度も言わせるな」
 睨み付ける。と、リースは俯いた。俯かせてから、しまった、と思った。
 本当は、一言謝りたかった。
 図書室でリースが夢中で読んでいた本が、パートナー契約に関する本だったから。
 きっと、日頃から自分が「小娘との契約を解消したい」と言っているのを気にして調べていたのだろうから。
 ――わしは、……。
 そんなことをさせたかった、わけじゃない。
 本気で嫌なら、もっと自分だって積極的に調べている。
 本当は、本当は。
「…………」
 だけど、上手く言葉にできなかった。なんと言えば伝わるのか。そもそもなんと言えばいいのか。わからないのだ。どうしても言葉にトゲが混じってしまって。
「わ、私……」
 考えていると、リースが俯いたままで喋り始めた。かと思えば急に顔を上げ、隆元の目を真っ直ぐに見る。あまりにも真っ直ぐすぎて、全て見透かされたような気分になった。
「……何だ?」
「私、あの……、た、隆元さんに、嫌われ、てるから……」
「…………」
「あのその、えっと、……えと、だから……隆元さんが、庇ってくれたのが、嬉しくて……あの、怪我させちゃったのに、こ、こんなこと……思ってるのって、不謹慎、ですけど……その……、あ、ありがとう、ございますっ」
「……別に」
 本気で嫌っているのなら、助けるはずがないのに。
 ――気付かぬか。鈍感な小娘め。それともわしに言わせる気か。
 言うべきなのだと、知っていたけど。
 どうしても、上手く声にならなかった。
 沈黙。


 なにやら病室には静寂が満ちていた。
 見舞いにきたマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)は、ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)と顔を見合わせる。
「何かあったのかな?」
「さあ……でも居心地悪い沈黙じゃないから大丈夫なんじゃね?」
「そだね。んじゃ入ろっかー。
 きーりじょーさーん。来たよー!」
 沈黙を打ち破るべく元気よく言い放ち、隆元のベッドに近付いた。
「あっ。お見舞い来たけど勘違いしないでね。桐条さんのこととかどーでも良いんだよ? だけど一応、リースを助けてくれたお礼いはしないといけないじゃない? ほらリースはあたしの親友だし。親友のピンチを救ってくれたわけだし。だから来たんだよ。桐条さんが心配だったわけじゃないからねっ」
 矢継ぎ早に喋り、パイプ椅子に座った。ナディムが苦笑している。「不自然なまでの早口だなー」と言っていた。うるさいうるさい。気付かなかったふりをしておいてよ。
「小娘。わざわざ来ておいて言うことがそれか」
「へーんっ。ほんとのことだもんねー。……あ、でも、林檎くらいなら剥いてあげるよ。ほらほらお見舞いの定番でしょー買ってきたんだー」
 と言って、鞄から真っ赤な林檎を取り出した。
「リースを助けてくれたお礼ね!」
「勘違いなどする余地は最初からないわ、馬鹿め」
「うわー、可愛くなーい。素直に『ありがとう』とか言っておいてほしいよねー」
 また、ナディムが苦笑した。どっちもどっちじゃねぇの、と言っていたが、聞こえない聞こえない。
 とにもかくにも林檎を剥こう。ナイフを構える。と、その場にいた全員がぎょっとした顔になった。
「マ、マーガレット?」
「俺、そーゆー林檎の切り方見るの生まれて初めてだわ……」
「鍋の時にも思ったのだが……おぬし、相当料理下手であろ? 悪いことは言わん、ナイフを置け。わしが剥く」
「な、何よー!? いいから黙って見てなさいよ!」
 マーガレットは至って真剣に林檎を剥いているのだから、そんな反応を取らないでほしい。
 さて、その剥き方なのだが。
 林檎が動いたら危ないからと、林檎が動かないように左手で鷲づかみにし。
 その、掴んでいる林檎にナイフを突き刺すという、
「いやー……画期的な剥き方で。……いくらなんでも横からはねぇよ……」
「ナディム、うっさい!」
「いやいや、こうして剥いてみ? やりやすいから」
「いいの、これで!」
 意固地になってしまい、本当は剥きづらいものの頑張ってみた。
 が、
「あ」
「っ!!」
 手が滑った。ナイフが隆元に向かってすっ飛んでいく。
「あぶねっ!」
 幸い、ナディムが軌道を見切って刃を掴み、止めてくれたおかげで大事には至らなかったのだが。
 さすがに、冷や汗が出た。ので、
「ナディムせんせー。林檎の剥き方教えてー」
「最初からそうしろよな。ったく寿命縮むわー……」
 教えを請うことにした。隆元が「このたわけっ!」と怒っていた。仕方がない。
「まあまあ。怒れるくらい元気ってことだよね! いいこといいこと」
「はっ。そうだ、隆元さん具合は……!」
「だから大事無いと言っておるだろうが! ええい貴様ら帰れ! わしを一人にしろ、落ち着かんわ!」


*...***...*


 魔物の討伐依頼は、無事に終了した。
「みんな大丈夫か?」
 瀬乃 和深(せの・かずみ)は、続く上守 流(かみもり・ながれ)アルフェリカ・エテールネ(あるふぇりか・えてーるね)ルーシッド・オルフェール(るーしっど・おるふぇーる)に声を掛ける。いくらか細かな傷が出来ていたので、丁度良くあった病院に外来でやってきたのだ。
「問題ありません」
「わしがトチるはずもない。大事ないぞ」
「ボクもだよ〜。元気元気。そういう和深は?」
 ルーシッドに逆に問われ、「俺は」と言いかけて、口を噤んだ。
 診てくれた医者が、「ちょっと待ってくださいね」と言っていた、ような。
「瀬乃さん」
 なんだか嫌な予感がする。「はい」と声を上げて、呼ばれた部屋へ、入る。既に診察を終えた流たちもぞろぞろと。
「ここ。この骨なんですけれど、折れてますね」
 レントゲン写真を、細長い棒で指して。
 さらり、医師は告げた。
「ですので、入院して治していってください」


 場所は変わって、和深の入院することになった病室。
「ふっはっは! 一人だけ情けないな!」
 アルフェリカが、文字通り腹を抱えて笑っていた。ベッドの上で、病院の入院着に身を纏った和深は口をへの字にした。
「しかもそれ。よく似合うておるぞ。立派に、病院の住人と化したな」
「……とかなんとか言ってるけどさ? 和深くんが入院するって聞いて、アルフィー結構焦ってたくせに」
 不意打ちが、ルーシッドから浴びせかけられた。一瞬だけ、アルフェリカの顔が赤くなる。が、すぐに普段の不敵な表情に戻り、「はて、そうだったかな?」と惚けてみせた。
「それよりさ。ツァンダと空京、どれくらい距離があると思ってるの。明日からのお見舞い、大変だなー」
 続けてルーシッドが言う。
「確かに……ツァンダからここまで来るのは骨が折れるよな」
「和深くん。それ自虐ネタ? つまらないんだけど」
 そういうつもりじゃない、と慌てて否定した。「どうでもいいよ」と取り付く島も無かった。もう口を噤んでいようか。短く息を吐くと、
「だからさ。早く怪我を治してよね」
 囁くようなルーシッドの言葉が、かろうじて聞こえた。
「え、」
「なんでもないよ。……それより流、いつまで落ち込んでるの」
 ルーシッドが流を見る。和深もつられて視線をやって、驚いた。
 しょんぼりと肩を落とし、うなだれ、俯き。
「ごめんなさい……」
 視線が自分にあると気付いて、謝る。
「いや……流が謝ることじゃ」
「でも。私、和深さんを守れなかった」
「軽傷だし。気にするほどじゃないって」
「私の気が済みません。何か、私にできることはありませんか? あ、付きっ切りで介護とか!」
 想像してみた。
 流は、戦闘センスはともかく、それ以外のことは壊滅的に不器用だ。そんな彼女が世話をする?
 ――気疲れで悪化しそうだな……。
「いや、本当。大丈夫だからさ、留守を守っていてくれないか?」
「ううう……はい……」
 ぼかした言い方をしたけれど、たぶん本音が透けて通じてしまったようだ。流は若干涙目だった。
 と。面会時間を終えるアナウンスが、流れた。各々が椅子から立ち上がる。
「明日着替えとか持ってきてあげるね」
「サンキュ、ルーシー。助かる」
「わがままを言ったりするでないぞ」
「言わないって。俺は何歳児だ」
「あの……本当に、すみませんでした」
「だから流のせいじゃないって」
 一言ずつ言葉を交わし、見送って。
 病室に誰も居なくなると、しん、と静寂が空間を支配する。
 静けさは、孤独を煽った。
 ――寂しいな。結構。
 四人でいることが、当たり前だった。
 だから、こうして一人でいることには、慣れていない。
「……早く治そ」
 それでまた、みんなで冒険に出かけよう。
 誰も怪我をしないで、笑って帰ろう。
 心に決めて、和深はベッドに潜り込んだ。