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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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お見舞いに行こう! ふぉーす。

リアクション



10


 先日から、妙にくしゃみが出るな、と思っていた。
 ああ、これが噂の花粉症か。ついに発症してしまったか。神威 由乃羽(かむい・ゆのは)は、そう思っていた。だから病院にもいかなかった。
 けれど、花粉症ではなかったらしい。
 風邪。
 しかも長いこと放置したためにこじらせ、倒れ、緊急入院。
 ベッドの上で、由乃羽は思う。
 ――不覚……。
 こんなことをしている場合ではないのだ。早く、信仰集めに行かないと。
 身体を起こし、ベッドから抜けだそうとしたところ、
「何やってんだ?」
 タイミング悪く、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)がやってきた。
「じ……じっとしてるわけにもいかなくて」
「馬鹿。じっとしてなきゃだめだろ、風邪で倒れたんだぞ」
「…………」
「今日は安静にしていないと」
 な? と心配そうな眼差しで言われたら、従うしかないじゃないか。
 仕方がないからベッドに戻り、掛け布団を引き上げる。
「……そういえば、なんであたしが入院したって知ってるの?」
「なんでって。そもそもお前を病院に運んだのは俺なんだぞ?」
「え?」
「昨日、夕飯作りすぎたからお裾分けに……って由乃羽の家に行ったら鍵が開いてて。声をかけても出てこないから、悪いと思いつつ中の様子を伺うことにして」
 部屋に入ったら、倒れていたと。
「だからこの病院まで駆け込んだんだ」
「ふうん……」
 それならそれで、そこまでにしておけばいいものを。
 どうしてわざわざお見舞いに来たのか。別に、大丈夫なのに。
 疑問が視線に出ていたらしい。佑也が小さく息を吐いた。
「俺と由乃羽は、一応パートナーだろ? 放っておくのもなんだから様子見に来たわけ」
「律儀ねー」
「ちょっとは喜べば? 可愛くねー」
 軽口の応戦をしながら、佑也が見舞いにと持ってきた林檎の皮を剥く。
「先生から聞いたんだけどさ」
「何」
「風邪はほとんど治ってるって」
「へえー」
「だから大人しくしてればすぐ退院できるってさ。さっきみたいに逃げ出そうとした方が、ぶり返して悪化するかもって」
 ちゃっかり釘を刺している。やるな、と思う。
 まあ、下手に悪化して信仰集めが大幅に遅れるのは、避けたい。ほんの少し大人しくしていればいいのであらば、そうしたほうが得策か。
「どれくらいかしら」
「大人しく? さあ、とりあえず今日一日は安静って言ってたけどな。あとは由乃羽の回復力次第だろ」
「回復力」
「よく寝て、よく食べる。それに尽きるんじゃね。つーわけで林檎食え、林檎」
 差し出された林檎を摘み、食べる。幸い食欲はあった。
「あとこれ、タオルな。置いてくから。汗かいたらちゃんと身体拭けよ。冷やすなよ」
 ――なんだか。
「あああと、他の人にうつるといけないからマスクもつけて……」
「ふはっ、あははっ」
「?? なんだよ、何笑ってんだ」
「や……佑也がさ。うちの神主さんみたいだったから」
 あれこれつけて、心配して、面倒見てくれて。
 なんだかそれが、無性にリンクしてしまって。重なって。ツボに入ってしまった。
 いつまで笑ってるんだよ、と佑也が言ったが、気にせず笑った。


 しばらくの間、他愛もない話に興じて。
「っと……そろそろ帰ろうか」
 いい時間になってきたので、佑也は席を立った。立ってから、ふと思いついた。
「由乃羽。賽銭箱貸して」
「え?」
「ほら、ベッドの脇に置いてるそれ」
 指差し、賽銭箱を取ってもらう。受け取ったらその中に、いつも通り硬貨を三枚入れた。
「由乃羽の風邪が、早く治りますように」
「……神頼みでなんとかなるわけないでしょ」
「おま。人の気持ちをなぁ」
 抗議しようとして、服の裾を引っ張られていることに気付いた。
「退屈なの。もうしばらくここにいなさい」
「いやいなさいって」
 家に帰ろうかなって、思ってたんですけど。
 とは言わず、備え付けの椅子に座った。
 まあ、あと少しくらいなら。
 嫌じゃないから、いてやってもいいかな、なんて。


*...***...*


 西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)が入院したと聞いて、クロエは走りそうになるのを押さえながら博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)リリー・アシュリング(りりー・あしゅりんぐ)の待つ待合室へ向かった。
「クロエさん。劇は終わった?」
 博季がやんわりと微笑んで、訊いてくる。
「だいせいきょうだったわ。ゆきこおねぇちゃんは?」
「これからお見舞いに。ただその前に、僕も診察しなくちゃいけなくなって」
「その間、クロエちゃんはリリーと一緒にお留守番っ」
 何か言う間もなく、リリーがクロエの手を取って。
 博季は、目の前にあった診察室へと消えていく。
「パパ、精密検査してくるんだって」
「せいみつけんさ?」
「うん。パパ、敵の一番偉い人を説得しようとしたの。でも上手くいかなくて、撃たれちゃったんだって」
 撃たれたと聞いて、さすがに不安になってくる。だって、博季は平然としていた。どこも悪そうに見えなかったのに。
 博季は魔法使いだから、傷は魔法で治したのかもしれない。それでも病院に来たということは、……悪い方にばっかり、考えがいってしまう。
「だいじょうぶ、よね?」
「え?」
「ひろきおにぃちゃん。へいきよね?」
「クロエちゃん、心配してくれてるんだ。大丈夫だよ、パパはこんなところで倒れたりしないんだから」
 だってパパには守るものがいっぱいあるんだよ、とリリーは言う。
 守るものがある人は、強い。
 だって、何度だって立ち向かっていくから。
「……あー、そっか。だから、パパ、撃たれたりしても諦めなかったんだなぁ」
 リリーが、合点がいったとばかりに頷く。なにかしら。首を傾げると、「リリーね」と話をしてくれた。
「どうして、パパが諦めなかったのか不思議だったの。だって撃たれたんだよ? リリーだったら説得も何も諦めちゃうし、挫けちゃうよ」
 普通そうだろう。撃たれるなんて攻撃的な手段に出られたら、少なからず相手に敵意を抱くだろうし、場合によっては心が折れる。リリーが言ったように、挫ける。
「でもちょっとわかったな。パパは、守るべき人のためにも退けなかったんだ」
「つよいのね」
「ね! リリー、そんなパパを誇りに思うよ。目標にしてるんだ」
 ぐっ、とガッツポーズを握ったリリーの顔が、赤く見えた。興奮して紅潮しているわけではないだろう。
「リリーおねぇちゃん。ぐあいわるいの?」
「……なんで今の流れでバレるんだろ? ……うん、リリー、風邪気味なの。でも、平気だよ。診察もいらないよ。だって、リリーの裸見ていいのはパパとママと幽綺子お姉ちゃんだけだもん」
「それでもっとぐあいがわるくなったら、リリーおねぇちゃんがはだかをみせてもいいっておもってるくらいしんらいしてるひとたちが、いちばんしんぱいするわ」
「……でーもー」
「さいきんは、キャミソールのうえからでもちょうしんきをつかってしんさつしてくれるのよ。もし、とってもぐあいがわるくなったら、かんがえてみてね」
「リリー思うんだけどね。クロエちゃんって、実は大人でしょ」
 そんなことないわよ、と笑う。
 でも。
 ――おとなになれるのなら、すてきだわ。
 この身体が成長することはないだろうから、せめて心だけでも。
「そんなクロエちゃんに歳相応なこと教えてあげる。じゃんっ、あやとりー」
「あやとり?」
「知らないの? あのね、これをこうして――」


 入院だけはするわけにはいかない、という博季の訴えは存外あっさりと聞き入れられた。魔法での治療が早かったことが幸いしたようだ。ひとまずほっと胸をなでおろす。これで大切な人が飢える心配はなくなった。
 ――家事、苦手だもんなぁ……彼女。
「腕が引き攣っているのは、治療の後酷使してしまったのが原因でしょう。少しは休めなさいね。それで良くなるはずだから」
「はい」
 でも、これからは手伝ってもらわないといけないなぁ。内心で、苦笑。
 検査も終わり、待合室に戻る。リリーがクロエとあやとりをして遊んでいた。なにやら難解に紐が絡み合っている。そのくせするすると二人とも紐を取り、組み替えていくのだから驚きだ。
 仲良さそうにしていることに安堵しつつ、
「ただいまー」
 と声をかける。同時に二人が振り返った。
「「おかえりなさいっ」」
 加えて同時に同じ言葉。くす、と笑ってから、「行こうか」と促した。


 撃たれた下腹部の傷は、もう塞がっていた。
 忌々しくも、あの男に――父にやらされていたネクロマンサーの修行が功を奏したらしい。 
 リジェネレーション。回復の儀。もう、すぐにでも退院できるくらい、身体はなんともない。
「だからそんな心配そうな顔をしないで。ね?」
 幽綺子は、ベッドにしがみつくクロエに優しく言った。
「だって……」
「もう大丈夫。心配かけてごめんね。もうすぐ退院できるから。
 リリーにもたくさん迷惑かけたわね」
「迷惑なんて。……確かに、お姉ちゃんが居なくておうち、てんやわんやしてたけど。でも、お姉ちゃんが元気そうだったから。それで十分だよ!」
 クロエもこくこくと首を縦に振った。二人して、嬉しいことを言ってくれる。心がほっこりとした。
「ああ、そうだ。クロエちゃん、人形劇お疲れ様」
「えっ? どうしてしってるの?」
「この病室からね、丁度小児病棟が見えるのよ」
 しかも、劇を行ったホールがピンポイントで。
 偶然にしては嬉しいめぐり合わせだった。
「楽しかったし素敵だったわ」
「みていてくれて、ありがとう。ゆきこおねぇちゃんがたのしんでくれて、わたしもうれしい」
「ふふ。それでね、これ。人形劇を見せてくれたお礼と、心配かけたお詫び」
 と、幽綺子は編んでいたカーディガンをクロエの肩にかけた。春先にも使えるような、柔らかい色のものだ。
「いいなーっ。お姉ちゃん、リリーにはないの?」
「リリーには、退院してから教えてあげる。一緒に作りましょう」
「むー、……うん。それでいいやっ。だから早く退院してね!」
「ええ。家事も教えていかなきゃいけないしね」
 頑張る! と言ったリリーに微笑みかけて、幽綺子は博季を見た。
 器用に林檎を剥く博季の表情は、どことなく硬い。
「あのね。わたし、ちょっとおてあらい」
 クロエが席を立った。つられるように、リリーも立つ。
 もしかして気を利かせてくれたのかしら。空気の読めすぎる子ねぇ、と苦笑い。
 林檎をかじり、博季が淹れた紅茶を飲む。会話はまだ、ない。
「後悔は、してないです」
 不意の言葉。だが別に驚くことはない。前後に言葉がなくても、十分に言いたいことは伝わっている。
「何処にも行き場がなくて、戦うしかない人なんて作りたくないんです」
 だから、説得に向かった。
 聞き入れては、もらえなかったけれど。
 でも、自分の信念のために向かっていった。
「僕は、未来というのは今と理想の中間点に出来るものだと思います。……だから、失敗してもいい。行動することが大切なんです」
「ええ。でも、あの子たちをあんなに心配させるようじゃ、もう少し自分のことを省みなくちゃね」
「……そう、ですよね。でも」
「わかってる。貴方の信じる『魔術士』の道ですもの」
「……はい。けど、……幽綺子さんの言うとおり、です。もうちょっと、気をつけます。次から」
「うん。お互いに、ね」


 見舞いを終えて、リリーはクロエ、博季と並んで歩いていた。
「リリー」
 博季に名前を呼ばれ、立ち止まる。
「これ、遅くなっちゃったけど」
 前置きをひとつ置いてから、ちょっと不恰好なラッピングが施された箱を渡された。
「バレンタインのお返し」
「えっ、そんなの。良かったのに。……でも、嬉しいっ」
 パパからもらえた。その喜びで、顔がにやける。
「クロエさんにも」
「え? わたし? どうして?」
 隣で、クロエがきょとんとしていた。本当に、どうしてかわかっていないようだ。
「僕も含めて、皆がお世話になってるから。受け取ってもらえないかな?」
「いいの? ……ありがとうっ!」
 クロエと顔を見合わせて、幸せそうに、にまり。笑う。
「腕が思い通りに動かないから、いつもより不恰好だけど。
 それでも、感謝の気持ちは込めたから」
 そんなこと、言われなくてもわかってる。
 リリーはもちろん、クロエだって。
 だから、二人は笑うのだ。
 最高の笑顔で。
「「ありがとう!」」