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リアクション
12
最近、どうにも体調が優れない。
あまりに長く続いたため、不安を覚えて病院へ行ってみたところ、告げられた病名は『過労』。
「リンスさんのことを笑っていられませんね」
ベッドの上に横たわり、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)はくすくすと小さく笑った。
静かな、部屋だった。
個室ではない。けれど、半分のベッドは空いていて、また埋まっているベッドの主は外出中なのか部屋に居らず。
時計の針が進む音と、廊下のざわめきが聞こえるだけ。
そんな静かな環境だと、思考ばかりがぐるぐると蠢く。
ロザリンドは。
契約者としては、頑丈な部類だ。多少の攻撃に怯みはしない。
けれど、戦闘においての才能があるかと言われれば、NOだ。
手数を重ねる。時間をかける。持久戦に持ち込んで、自分の出来る小さいことをいくつもいくつも重ねていって、やっと人並み程度。
だから、頑張らなければいけない。頑張ろうと、していた。
なのにこうして倒れてしまっては、取り柄である頑丈ささえも疑わしいじゃないか。
――自分の限界を知らないと。
もっと、もっと。
限界を知って、その中で最も良く動けるすべを知っておかないと。動けるようにならないと。
それができないうちは、まだまだ未熟だ。
――……違う。
否定した。
限界を知らなかったわけじゃない。
知っていた。知ってなお、無茶な動きを続けた。
たぶん、怖かったのだ。
様々なことが、めまぐるしく起こって。
自分も、周囲も、環境が変わってしまって。
失敗したらどうしよう?
みんなの役に立てていなかったらどうしよう?
笑われたらどうしよう?
そんな不安に押しつぶされそうで。
私は頑張っているんだ、とアピールするかのように。
また、自分自身を怖さから逃がすために。誤魔化すために。
ひたすら仕事をしているように、動き続けたのではないか。
もし。
もしも、そうだとしたら。
カチッ、と。
一際大きく、時計の針が鳴った。催眠術が解けた人のように、はっとする。
ふと。
今まで会った人の笑顔や、日常の風景が思い出された。
『ありがとう』と言って、ロザリンドに手を振った人。
和やかな景色。
――これを、失いたく……ない。
笑われる?
役に立たない?
――それって、怖いこと?
あの風景が。
人々の笑顔が。
無くなることの方が、よほど怖いじゃないか。
ミスを減らしていって、着実に積み重ねていこう。
毎日、ほんの僅かでもプラスになるように。
日々を守るお手伝いができるように。
そのために頑張ろう。
考えが纏まって、いくらかすっきりした。適度に頭を使ったことで、うっすらと眠気もやってきている。
今日はこのまま寝てしまおう。
そして、体力を回復させて。ご飯もしっかり食べて。
早く退院して、そうしたらまた、平和を守るお手伝いだ。
「頑張ります、よー」
声に出し、しっかりと自分に言い聞かせて。
ロザリンドは、瞼を閉じた。
*...***...*
テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が入院した。
ギプスで巻かれた足が、ぶらんと吊られている。漫画とかにありそうな風景だ、と皆川 陽(みなかわ・よう)は思った。
病室の入り口に立って、テディを見る。なんとも情けない顔をしていた。一歩、踏み出す。
「お見舞いー」
ベッド脇に立ち、テディの目の前に大きな箱をずいと差し出した。
「え、あっ。陽」
「カステラ持ってきたよー。ドカ食いできるもの好きでしょー?」
「うん。好き」
素直でよろしい、と箱から手を離した。食べていいよと言っているのに、テディの手は箱を大事そうに抱えたままだ。
「骨、綺麗にくっつきそうだってさ。ボクの応急手当のおかげだね」
一緒に行った冒険先で。
戦闘があり、その際に負傷したテディの手当てをしたのだが功を奏したらしい。折る前よりも丈夫になりますよ、と医師は言っていた。
「……ボクがいて、良かったでしょ」
恩を売りたいわけじゃないけれど、口走っていた。
自分だって役に立つのだと、言いたくて。
テディは、なんでもかんでも一人でやろうとする。実際、ある程度彼一人でできてしまう。陽が傍に居ないほうがはかどるのではないかと思うくらいだ。
だって、陽は弱いし。臆病だし。戦闘だってまともにできないけれど。
「……ボクだって魔法の勉強してるし」
そのままでいいなんて、思っていない。
「守られてるだけのお姫様扱いなんて、馬鹿にされてるみたいでイヤだ」
まだまだだということは、自分が一番わかっている。
だけど、だけど。
「……後ろじゃなくて、」
横に、立ちたい。
隣に並びたい。
――なんて言えるか。いまさら恥ずかしい。
不自然に途切れた言葉に、テディが疑問符を浮かべながら見上げてきた。
「退院する頃には桜の季節だね」
突っ込まれてもいやだったので、話を変える。
そういえば、去年も花見に行ったっけ。ただ、随分と気まずかったけれど。散々だったと評するくらいに。
だけど、あれから。
――ちょっとは距離が近付いた、かな。
――……うん。……たぶん。
だったら。
――もうちょっと、近付いていけるのかな?
近付けるのかな。
近付けたら、いいな。
というより、
――近付きたい、な。
「お花見いいね。陽、桜好きだもんね」
考えごとの内容を知らないテディは、温和そうな笑顔を向けてくる。
この笑みで。
好きだと言って、愛の言葉を囁いて、優しくしてくれて、いつも気にかけてもらえているって。
――実感できたら、それってとっても、幸せだろうな。
テディが何か言っている。
チョコレートの入った大福とか、そういう変り種を持っていこうか、とか、なんとか。
お花見の予定を、楽しそうに。
――……ボク、なんでこんなこと考えたんだろ。
そうされたいと、思っているのか。
自分でも、よくわからないうちに?
――贅沢だな。
あれだけのことがあって。
今、普通に喋れる仲になっただけでも、奇跡みたいなものなのに。
――ボクは、これ以上望もうっていうのか。
どんな我侭なお子様だ。いやお姫様か。さっき自分で嫌がっておきながらこういうときばかり。
なんて幼稚なんだろう。子供っぽい。これじゃ横に立つなんて、とても。
――って。だからどうしてそこに行き着く。頭か。頭が悪いからなのか。
お医者様の中に、頭を治せる名医は居ませんか。
*...***...*
『契約に於ける肉体年齢と精神年齢、及びパラミタ線の関係の有無に関する考察実験
被検体No6に対し、パラミタに適合し得る最低線量の計測を行う事を目的とすると共に、パラミタ線の人体に対する影響度合いを段階的に確認する為の実験を行う
尚、肉体年齢と精神年齢の契約における比重を調べる為、順当に肉体成長が行われると実験結果に影響を与える為、ネオテニー処置を施しておく
ネオテニーにより肉体の成長は止まり、さらに、他の被検体と違い精神的な依存等の症状は見られず、非常に安定した被検体である
安定の代償か、線量を増やしても他の被検体に見られるような変化がみられない
適正がなかったものとして判断し、被検体No6はパラミタに送り込む調査団の護衛として使用する事とし、訓練キャンプへの編入を行う
訓練結果は良好
武器の取捨選択、状況に対する認識、瞬時の行動、パラミタ線を浴びた事で得られた能力の戦闘への応用、全てが及第点以上の結果となっている
被検体No6、研究員、及び警備員を多数殺傷し、脱走
(またこの際、No6の脱走を補助した研究者がいると言う未確認情報もある)
また、その際施設の警備兵の武器を多数強奪、それら火器を用いられた結果、研究所は甚大な被害を受け、上層部は研究所の閉鎖を決定
研究所閉鎖に伴い、生き残った職員の内数名はパラミタへと渡る』
――――あるファイルより抜粋。
シャロン・クレイン(しゃろん・くれいん)が手術を受けてから、既に七年以上が経過している。
――一応、診てもらっておくべきかなー。
右手の手のひらを開閉させながら、ぼんやりと考えた。
違和なく動く、腕だけど。
いつどこに歪みが発生するのかはわからない。
いや。見えないところで、既に歪んでいるのかもしれない。
――そもそも、どー考えたって歪だろ。アタシら強化人間って存在自体がぁよ。
シャロンは、元はといえばただの人間だ。
ただの人間に、ちょっとした『処置』を施され、軽く訓練されただけの存在。
――ここいらでいっぺん検査を受けておくのも悪くねー、か。
自嘲めいた笑みを浮かべて、跳躍。
常人よりも数段軽い足取りで、病院を目指した。
診察室の扉を開けると、見知った顔があった。
「……何でアンタがここにいるんだよ」
無意識に、身体が警戒する。瞳孔が、開く。
「患者じゃないのかね、シャロン・クレイン?」
デスクの前に座った人物は、不敵な笑みを浮かべたままでシャロンに言った。はっ、と鼻で笑う。
「患者ですよ、『センセ』」
嫌味たっぷりに言い放ち、つかつかと歩み寄って椅子に座る。
「依存症等は?」
「出てねーよ。アタシを何だと思ってるんだ。『失敗作』だぜ?」
そんな成功例みたいな症状が出るはずないだろう。再び鼻で笑った。
「良いことだ」
「お陰様でな」
本当に、そのおかげで晴れて自由の身となったわけで。
因果とはかくいうものかと笑いたくなる。
――笑ってばっかだな。
一切楽しくないけれど。
「アンタが気にしてた、もう一人の脱走者って奴だがよ」
「何か掴んだか?」
「いんや? ただこのパラミタってぇ場所は、色々とご都合主義に溢れてっからよ」
そう、例えばここで、気まぐれに選んだ病院の一室でこいつと再会したように。
「案外近くにいるのかも知れねーぜ?」
「ふ。有り得なくは無い話だ」
「けっ退屈な反応。まぁいいさ、アタシに異常はないんだな?」
「ああ」
「それが確認できれば十分」
椅子から立ち上がった。大股でドアを目指す。
最後に一度だけ振り返り、
「またなんかあったら顔出すわ、じゃーな、『センセ』」
やはり、嫌味のように肩書きを呼んでやった。
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