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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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騒々しくも賑やかだった日々〜八神 誠一〜

「せーちゃん、お昼ごはん取りに行くから一緒に来て」
 拒否を許さぬ姿勢で、八神清津流八神 誠一(やがみ・せいいち)に告げる。
 誠一は清津流の強い視線を受け流し、冷静な口調で応じた。
「今日の当番は清津流じゃなかったか?」
「何か用事でもあるの?」
「別に用事はない。ただ……」
 誠一が続けようとするのを、清津流は言葉を被せて遮った。
「用事が無いなら良いじゃない、それとも何? 私と一緒にいるのが嫌とかそーゆー事?」
「別に嫌とかじゃないんだが……あーもう、分かったよ、行けばいいんだろ、行けば」
 面倒くさそうに誠一が立ち上がる。
「そうそう、それでいいのよ」
 清津流は満足そうに笑い、誠一を連れて歩き出した。


 八神家は暗殺者の一族で、誠一はその八神家分家の養子だ。
 幼くして、冷静で冷徹な彼を見て、分家が彼を養子にしたのだ。
 前を歩く清津流は誠一よりも2歳年上で、誠一の姉弟子にあたる。
 その姉弟子に誠一は不満そうに言った。
「さっきはさんざん叩きのめしておいて、こき使いやがって」
「叩きのめされる方が悪いんでしょ〜」
 ふふん、と清津流が笑う。
 彼らはお昼に鍛錬をしているのだが、その時、姉弟子の清津流はビシバシ誠一を叩きのめしているのだ。
「そんなんだと……」
「おー、誠一、清津流」
 誠一の言葉に他の言葉が被って遮られた。
 今日はなんで妙に言葉が遮られるんだ、と不満に思いつつ、誠一が横を向くと八神修司が2人を見てニヤニヤ笑っていた。
「相変わらず仲良いな。屋敷の中でデートか?」
「どこからどう見ても荷物持ちにしか見えない状況をどう表現したらそうなるんだ?」
 誠一は冷たい声で言い返す。
「あっはっは、もう少し照れるくらいしろよ」
 修司は明るく笑った。
 修司は八神本家の次男なのだが、理知的で冷静な人間が多い本家の人間には珍しいフランクで友人思いな性格の人間だった。
「いいじゃねえか〜お二人さん仲良くて」
「よく聞こえなかったんだけど、もう一度言ってくれるかしら、修ちゃん?」
 ニコッと笑いながら、清津流が木刀を構える。
 それを見て、修司は慌てて体の前で両手を振り、後ずさった。
「……って、待て清津流、木刀を構えるな!? どこから出したんだよ、その木刀! 炊事場に飯取りに行くんじゃなかったのか!?」
「どんなときも戦いの心を忘れるなかれ、弦斎先生に言われてるでしょ〜」
「いや、先生が言ってるのは心だから! 武器を用意しておけって話じゃないから!」
「さて、修ちゃん。さっきの話。もう一度言ってくれるかしら。よく聞こえなくて〜」
 木刀を手に笑顔で迫る清津流。
 修司は後ずさりして逃げようとしたが、その背に何かが当たった。
「修司、もう一度同じ事を言えたら、俺はお前を尊敬するよ。尊敬ついでに何をするかは保証できないけどな」
「誠一、お前いつの間に背後に!? 背筋が寒くなるような殺気を放つな!? わ、悪かった! もう言わないから!」
 誠一に首筋を押さえられ、修司はジタバタした。
 その修司に清津流はさらに迫る。
「ごめんなさい、は?」
「へ?」
「謝罪は心からの方がいいぞ。心がこもらないと見抜かれる」
「わーー、ごめんなさいごめんなさい、もう言わないから!」
 前から迫る清津流と、後ろから殺気を発する誠一に、修司は慌てて謝る。
 助かりたいために心から。
 その謝罪を聞き、清津流はニコッと笑った。
「わかればいいのよ、わかれば」
「はぁ……」
 難を逃れたことが分かり、修司は溜息をつく。
「お前ら、こういう時息合いすぎだろ」
 修司の言葉に清津流はふふっと笑う。
「修ちゃんも荷物持ちね。行くわよ」
 軽快な足取りで歩き出す清津流を見て、修司は誠一に耳打ちする。
「怖えな、誠一、あれのどこがいいんだ?」
「どこがって?」
 不思議そうな誠一に、修司はがしがしと自分の頭をかく。
「なんだよ、気付いてねえのかよ」
「は?」
「……近くにいすぎるからなのか。これは一つ一つ例を上げて説明すべきなのか、それとも……」
「修ちゃん、せーちゃん、ほらほら、さっさと運んで!」
「わかったよ。おい、また木刀が出る前に行くぞ」
 何かぶつぶつ言っている修司を置いて、誠一が行ってしまう。
「わ、待ってくれよ、オレだけ木刀の餌食にしないでくれ〜!」
 

 誠一と清津流と修司は年が近いこともあって、仲が良かった。
 誠一と清津流は八神家筆頭剣士八神弦斎の弟子で、姉弟弟子の間柄。
 修司は弦斎の弟子ではないが、年頃も近いし、ちょうどいいだろうと誠一や清津流と引き合わされ、それ以降、時々一緒に修行をしている仲だ。
 なぜ、本家の人間である修司が八神家筆頭剣士である弦斎に習っていないのか。
 それを誠一が知るのは少し後のことになる……。


 日が暮れると、誠一は一人で八神弦斎の元に行った。
「待っておったぞ」
 表向きは八神家筆頭剣士。
 誠一、清津流を教えているときの弦斎は厳格ながらも弟子思いの老剣士だ。
 しかし、夜に会う弦斎は違う顔を持っていた。
「始めるぞ」
 その表情は冷徹で、夜の師匠だと誠一に感じさせた。
 昼の弦斎は剣術しか教えなかったが、夜の弦斎は違った。
 剣術の他に投擲術、体術も修めた技を誠一に伝授した。
 八神家筆頭剣士が表の顔だとしたら『現代の人斬り』というのが弦斎の裏の顔だった。
 その裏の教えを受けているのは誠一だけだった。
「そこまで!」
 弦斎は誠一の動きを止め、注意した。
「最後の一撃は良かったが、残身を怠るのはようない。敵が息を吹き返したらなんとする。誠一は初手で得意の突きを使う癖が治っておらぬな」
「気をつけます」
 素直に謝る誠一に弦斎はもう一つ注意を加えた。
「何度も言うが昼の修行では今教えた業は決して使うな」
「何故ですか、先生」
「自ら考えるが良い。考えなしはすぐに死ぬ」
 考えろという師匠の言葉を理解し、誠一はこう言った。
「武術の業だけではなく、智にいたるまでの全てを使いこなす事が、無現流の真髄である、と言う事ですね」
 その言葉に、弦斎はうむと答え、誠一の回答を待った。
 誠一の答えはこうだった。
「見せた技は、必ず対策がとられるから、と愚考します」
「その通りじゃ」
 弦斎は誠一の回答に合格点を出し、続けてこう言った。
「剣術を含めた全てを扱う事こそが八神無現流の真髄。確実に殺す事で姿を現さぬ、それが無現流の由来ゆえのう」
「はっ」
 うむうむと弦斎は頷く。
 しかし、この弦斎の教えが、誠一の身を守り、同時に大切な人をその手で奪わせることになるという結果をもたらすことになる。


「……先生」
 棺に入った弦斎を誠一はじっと見つめた。
 隣では清津流が涙を流してる。
 その清津流の肩を誠一が抱いてやる。
 今日は修司も軽口は叩かなかった。
「……いい先生だったよな」
「ああ……」
 修司の言葉に誠一は言葉短く答える。
 そこには万感の思いが込められていた。
 直接の弟子だった二人を気遣い、修司は暖かく言った。
「これからはさ、3人でがんばっていこうぜ。オレじゃ役に立たないかもだし、2人みたいに弦斎先生の直弟子じゃないけどさ。相手くらいするからよ」
 修司の言葉はありがたかった。
 それからは誠一も清津流も修司の明るさに救われた。
 しかし、それも、途中で断絶する。
 八神家本家で家督争いが起き、修司はその結果、本家の長男である兄に殺されたのだ。
 修司が弦斎の直弟子でなかったのは、こういうときのために強くならないよう仕組まれていたのだ。

 八神家は武をもって……。
 その家としての傾向が、こんなに血で血を洗うものになるとは思わなかった。
 分家の養子である誠一にもその血の争いは降りかかってきた。
「……誠一と本気でやるの初めてかもね」
 清津流の言葉に誠一は何も答えなかった。
 答えられる言葉などなかった。
 清津流も、もう、誠一をせーちゃんと呼んでいなかった。
「私の方が強いの、知っているよね。それなら……」
「……清津流」
「なに?」
「これまで、ありがとう」
 勝負は、一瞬だった。
 昼の剣だけなら、清津流の方に分があったかも知れない。
 しかし、それ以外にたくさんのことを弦斎先生から教わっていた誠一に、叶うはずはなかった。
 清津流が倒れるのと同時に、雹混じりの雨がいきなり降ってきた。
 最近は異常気象が多く、天気も気温も変わりがちで……それはまるで八神家や自分の周囲と同じようだと思った。
「ひだまりの日が……ずっと続くわけじゃないんだな」
 その後、誠一は分家を追放されることとなる……。