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あの頃の君の物語

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家族を失ったあの日〜想詠 夢悠〜

 ああ、ワタシ死ぬのね……
 地面に伏したまま想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)は自分の人生を思い返そうとした。
 古王国は鏖殺寺院の起こした内乱に見舞われた。
 そして、長い戦いがあり、瑠兎子はその戦いに参加して……。
「あら……」
 色々思い返したいのに、意識が無くなっていく。
「走馬燈なんて……ウソじゃない」
 人生最後の苦笑いをしようとして……瑠兎子はそのまま目を閉じた。
 その後、瑠兎子は幽霊となり、長い年月を彷徨い、寝ては覚め、記憶を失い……を繰り返すこととなる。


「夢くん、ちょっとお父さんとお母さん、お買い物に行ってくるわね」
 春コートを手に持ちながら、母がパタパタと廊下を走る。
「え、2人だけで行くの?」
 テレビから目を離し、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は母の方を覗いた。
 すると、すでに父も靴を履いていて、出かける準備を整えていた。
「夕方には帰るから、少し待っていてくれ」
 父も夢悠を置いていくつもりらしい。
 ちょっと不満げな夢悠を見て、母はふふふと笑った。
「帰ったら、この間言っていたお店にハンバーグを食べに行きましょう」
「本当!?」
「ええ。だから少し待っててね」
 母はそう約束して、父と一緒に出かけていった。
 残された夢悠は再びテレビに戻り、好きなドラマの再放送があるのに気付いて、チャンネルを変えた。
 せっかく共働きの両親が2人とも休みの日なのだから出来るだけ一緒にいたかったが、ちょっと待てば帰ってくるということなので、夢悠はそのドラマを見ていることにした。

 そして、ちょっとして、夢悠に連絡が入った。
 父と母の交通事故の連絡が。


「……無免許運転ですって」
「相手は無傷で、お二人は即死なんて……ひどいものねえ」
 葬式に来た近所の人の声がまるでドラマの台詞かのように聞こえてくる。
 喪服を着て、喪主席に座っている夢悠だったが、目の前で行われる光景もまるでドラマのように思えた。
 現実感のない光景。
 それは火葬場まで続き、夢悠はずっとまるで自分が現実にいないような感覚を覚えていた。
 葬儀が終わり、親戚たちも食事をして帰った。
 夢悠は喪服も着替えず、自室のベッドにいた。
 そのままぼうっとしていると、写真が目に入った。
 それは小学校に入りたての頃の写真。
 父と母に挟まれて撮った入学式の写真。
 それを見た途端、夢悠の中で何かが弾けた。
「お母さん、お父さん、なんで……なんでなんだよぉぉぉ!!」
 ベッドの布団に顔を埋めて、夢悠は慟哭した。
 泣いて泣いて、顔がびしょびしょになるくらい泣いた。
「少し待って……ってなんだよ。待ってたら帰ってくるのかよ。帰って来ないじゃないか……」
 夕方には帰るから。
 ハンバーグを食べに行きましょうね。
 少し待っててね。
 家を出る前に両親が言っていた言葉が夢悠の心に去来する。
 それと共に、自分の部屋にある両親の思い出に気付いてしまう。
 小学校入学の時に父が買ってくれたランドセル。
 母が縫ってくれた上履き袋。
 幼稚園の時に父が出張のお土産に持ってきた…………。
 いろいろ考えそうになって、夢悠は目を閉じた。
 『想い出』だなんて思いたくなかった。
 だって、ほんの数日前まで、父も母も生きていたのに。
 時計の音が聞こえる。
 その時計も夢悠が生まれたときに買ったものだとは母が……。
 布団を被った夢悠は耳を塞いだ。
 何もかもが両親の思い出ばかりで、ここから消えてしまいたかった。


 慟哭が聞こえる。
 瑠兎子はそれに導かれるように歩いた。
 月明かりの差し込む部屋。
 明かりも灯っていないその部屋から慟哭が聞こえる。
 瑠兎子はその部屋への入り口を探して、登っていった。


 壊れた身体は元には戻らない。
 失った家族は帰ってこない。
 それをわかっていても、涙も悲しみも抑えられない。
 ただ、泣いて。
 ただ、叫んで。
 あまりの慟哭に息も心臓も止まりそうだった。
 止まっても、良かった。
 死んだら両親に会える。
 死んで両親に会いたい。
 いつもの夕飯後みたいに、お父さんが左側にいて、お母さんが右側にいて。
 三人で話すんだ。
 褒められたり、撫でてくれたりなんてしないでもいい。
 食べたら片付けなさいとつねられたっていい。
 ちゃんと勉強をしているのかと怒られたっていい。
 2人と会えれば、もう一度、あの幸せな時間を……。
 悲しみが深まり、もう今が何時で自分が何をしてるのか夢悠には分からなかった。
 

 一瞬、誰もいないのかと瑠兎子は思った。
 しかし、ベッドの中に子供がいた。
 慟哭はその子供から聞こえていた。
 子供が明かりもない部屋で泣いている。
 慰めてあげたいが、自分では声をかけることもできなければ触れることも出来ない。
 それでも瑠兎子の口から言葉が出た。
「どうしたの? 大丈夫……?」
 子供は布団の中で身を震われている。
 瑠兎子が耳を澄ますと、小さな声が聞こえてきた。
「お父さん……、お母さん……」
 その言葉に瑠兎子はピクッとする。
 瑠兎子は触れられなくても慰めようとして……何かの視線に気付いて顔を上げた。
 窓際には、男性と女性が立っていた。
 茶色の髪の男性と、緑の瞳の女性。
 一瞬、何かの感情がその人たちから自分に入り込んでくる気がした。
 でも、それは一瞬で。
 月明かりに透けていたその2人はもう瑠兎子からも見えなくなっていた。
 瑠兎子は部屋に侵入したのを見咎められた気がして、急いで部屋を出た。
 道を移動しながら、瑠兎子は浮かんだ言葉を呟いた。
「家族…」
 それからしばらくして、想詠家に新たな人物が加わる。
 それをまだ泣き崩れる夢悠は、知らない。